第62章:聖者の落日
偽りの聖人が、静かに息を引き取った。
その死すらも利用され、世界は歪んだ熱狂へと飲み込まれていく。
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(人は死して星になるという。
だが、作られた星の光は、誰を照らすのだろうか。)
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◆【2056年・夢の少女】
季節は、色のない冬だった。
あの日から数年、黒峰新太の体調は、まるでロウソクの火が小さくなるように、徐々に、しかし確実に衰えていった。
原因は、脳の深層に施された強力な記憶封印による負荷。
脳が「本来の記憶」と「作られた人格」の矛盾に耐えきれず、静かに崩壊を始めていたのだ。だが、その事実は公表されていない。
病室の窓の外には、彼を心配して集まった市民たちが手向けた花が溢れている。
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「……沙耶。」
ベッドに横たわる新太の声は、枯れ木のように細い。
しかし、その瞳だけは少年のように澄んでいた。
「また、あの子の夢を見たよ。」
新太は、夢見心地に語る。
ここ数ヶ月、彼は毎晩のように同じ少女の夢を見ていた。
太陽のように明るく、どこか懐かしい笑顔の少女。
彼女はいつも遠くで笑っていて、新太に手を振っている。
「きっと、予知夢だ。……お腹の子は、女の子だよ。あの夢の子みたいに、元気で、可愛い女の子が生まれてくる。」
新太は、沙耶の膨らんだお腹に、骨と皮ばかりになった手を添えた。
その手からは、かつて多くの人を傷つけた暴力の記憶も、多くの人を救った善行の記憶も、全てが抜け落ちていくようだった。
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◆【最後の優しい嘘】
「……そうね。きっと、そうね。」
沙耶は、新太の手の上から自分の手を重ね、震える声で答えた。
彼女は知っていた。
医師から告げられた性別は、「男の子」だ。
しかし、沙耶はそれを言えなかった。
夢の中の少女を愛おしそうに語る新太の笑顔を、壊すことなどできなかった。
(ごめんね、新太。……その夢の子は、きっと……)
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沙耶は本能的に感じていた。
新太が見ているのは未来の子供ではない。
彼がかつて愛し、そして忘れてしまった過去の娘――月陽(真羽)の残像なのだと。
皮肉にも、命が消えかける今になって、魂だけが失われた絆を求めているのだ。
「楽しみだなあ……。名前は、何がいいかな……。」
新太の意識が、ゆっくりと混濁していく。
「……会いたかったな……。」
それが、最期の言葉だった。
モニターの電子音が、一本の線を描く。
誰からも愛され、誰よりも優しかった「黒峰新太」という虚構の聖人は、真実の娘に気づくことも、生まれてくる息子を抱くこともなく、静かにこの世を去った。
同時に、彼の中に眠っていた「山下泰輔」と「不破翔真」という罪人もまた、誰にも裁かれることなく永遠の闇へと消えた。
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◆【英雄の葬送】
新太の死は、国葬級の扱いとして大々的に報じられた。
RE:CODE本部前の広場には、何万人もの市民が参列し、涙を流した。
演壇に立ったのは、黒いスーツに身を包んだ結城維人だった。
彼は沈痛な面持ちでマイクを握り、そして世界に向けて爆弾を投下した。
『――我々が愛した黒峰新太氏は、かつて凶悪な犯罪者でした。』
どよめきが広場を包む。
しかし、結城は言葉を続けた。
『ですが、見てください。彼の晩年を。彼の行いを。
過去に過ちを犯した人間でも、記憶を正しく修正すれば、これほどまでに清らかで、社会に貢献できる聖人になれるのです。』
スクリーンには、生前の新太の笑顔と、彼に救われた人々の感謝のメッセージが次々と映し出される。
『罪を憎んで、人を憎まず。……記憶を変えることは、魂の救済なのです。』
当初の困惑は、次第に感嘆と称賛へと変わっていった。
「そうだ……新太さんは素晴らしかった。」
「記憶を変えれば、やり直せるんだ。」
「犯罪者も、あんな風になれるなら……。」
結城の巧みな演説により、新太の死は「RE:CODE計画の成功」を証明するこれ以上ないプロモーションとなった。
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◆【時代の変革】
モニター越しにその光景を見ていたNOISEの面々は、言葉を失っていた。
「……やられた。」
透也が、ギリリと歯を噛み締める。
新太の死すら利用し、結城は「記憶改変」を「善行」へと昇華させたのだ。
これまで忌避されていたRE:CODE技術は、この日を境に「更生の光」「新しい医療」として、肯定的に受け入れられ始めていた。
「パパ……?」
12歳になった真羽が、不安そうに紋之丞を見上げる。
紋之丞は何も言えず、ただ真羽の肩を抱き寄せた。
世間は、真羽の実の父(翔真)の死を悼んでいるのではない。
「成功した実験体」の死を称えているのだ。
その歪んだ熱狂は、静かに、しかし確実に世界を侵食し始めていた。
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第62章・完
第62章をお読みいただきありがとうございます。
黒峰新太の死。
彼が最期に夢見ていたのは、未来の息子ではなく、過去に失った娘・月陽(真羽)でした。
そして結城維人の演説により、世界はRE:CODEを受け入れ始めます。
死してなお利用される新太。NOISEにとって、そして世界にとって、大きな転換点となる回でした。
新太さん安らかに……と思った方、続きが気になる方は、
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