第6章:灯の決意
舞台は再び、第1章の病室へ。
しかし今度は、すべてを知る看護師・灯の視点で描かれます。
新太が記憶を失っていた本当の理由。
そして、妻・沙耶が望んだ「メンテナンス」とは。
同じ場面でも、視点が変われば真実が見えてくる。
あの「感動の再会」の裏側をご覧ください。
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◆ 2050年、病室
天井の白さは、朝日に照らされてわずかに黄金色を帯びていた。
病室のカーテン越しに差し込む光の中、黒峰新太は目を閉じたまま、浅く息をしている。
その傍らに立つ白石灯は、無表情にカルテを確認していた。
視線は紙面を追いながらも、眠る男の顔に注がれている。
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◆ 事故とメンテナンス
カルテの端には、こう記されていた。
「定期メンテナンス・前倒し実施。理由:事故外傷疑い、および配偶者・沙耶からの強い要望。」
本来、記録改訂者には数年単位でのメンテナンスが行われる。
だが今回は異例だった。
事故による軽度の頭部外傷をきっかけに、沙耶が何度も研究所へ要請した結果、急遽メンテナンスが前倒しされたのだ。
その影響で、新太は予定外の一時的な記憶消失を起こしている。
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◆ 灯の心の声
(……前倒しメンテナンス。
安定度が低下する可能性は高い。
沙耶さん……あなたの願い通り、記憶は薄れたけど……
果たして、それが彼にとって幸せなのかしら。)
灯は心の中で業務確認を呟き、ペンを走らせた。
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◆ 灯の立場
灯は、国家直轄RE:CODE研究所所属の看護師だった。
主任研究官・結城維人の下で、改訂者の健康管理や経過観察を担当している。
あの日から――
光生が姿を消したあの日から、灯は決して感情を乱さなくなった。
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◆ 現家族生活
カルテにはもう一つの情報もある。
「現家族生活開始より2年経過」
改訂後、新太は沙耶と月陽との“家族生活”を送り始めて2年が経っていた。
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◆ 新太、目を覚ます
静かな呼吸がわずかに変わった。
新太の瞼が、かすかに震える。
灯は無意識に息を呑む。
次の瞬間、重たげに彼の瞼が開いた。
光の中で瞬きを繰り返す黒い瞳。
焦点は定まらず、虚ろに天井を見つめている。
「……ここは……」
掠れた声が、誰に問うわけでもなく漏れる。
灯は表情を崩さず、カルテを閉じた。
「おはようございます、黒峰さん。」
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◆ 家族の再会
病室のドアがゆっくりと開き、
小さな足音が駆け寄ってくる。
「パパっ! ほんとに目が覚めたんだねっ!」
少女――月陽が、頬を紅潮させて笑っている。
彼女はベッドの縁にしがみつき、新太を覗き込む。
その無邪気な声と笑顔に、新太は戸惑いながらも微かに口元を動かした。
「……君は……?」
灯が横から告げる。
「月陽ちゃんです。あなたの娘さん。」
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◆ 月陽の言葉
少女はにこっと笑うと、透き通る声で言った。
「私はね、パパの言うこと、何でも聞くね!」
その言葉が病室に響いた瞬間、
新太の胸奥で、かすかな鈍い音がした。
彼女の瞳に映る“父親”としての自分に、
強い違和感はなかった。
だが、違和感がないことに、かえって戸惑いを覚えた。
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◆ 沙耶の登場
その時、病室のドアが再び開く。
淡いベージュのワンピースに身を包んだ女性が入ってきた。
肩口で揃えられた髪、穏やかな微笑み。
だが、その瞳の奥には冷たい硬質が潜んでいる。
「あなた……大丈夫?」
柔らかな声が新太に届く。
灯が淡々と告げる。
「こちらが奥様の沙耶さんです。」
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◆ 灯の心の声
(沙耶さん……
あなたは彼を救いたいの?
それとも……永遠に眠らせたいの?)
灯はゆっくりとカルテを抱え直し、無機質な病室を後にした。
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第6章・完
第6章をお読みいただき、ありがとうございます。
第1章では謎だった「記憶喪失の原因」が明かされました。
それは事故の後遺症ではなく、**人為的な「メンテナンス」**によるもの。
• 妻・沙耶の強い要望による記憶処理。
• それを冷静に観察する灯。
• 無邪気に「なんでも聞くね」と言う月陽。
「幸せな家族」の皮を被った「管理された日常」が、いよいよ始まります。
灯は、この歪んだ家族の中で何をしようとしているのでしょうか。
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