第58章:深淵の光と影
少女は地獄の記憶を越え、真実の名前を取り戻す。
4人の親の愛に守られ、今、新しい命が芽吹く。
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(悪夢が終わる時、
人は初めて、本当の朝を迎える。)
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◆【開戦の合図】
地下室の空気は、張り詰めた弦のように冷たく、重かった。
簡易ベッドに横たわる月陽の腕には、点滴の管が繋がれている。
その管の先には、甲斐が精製した透明な液体――『ECHO誘発剤』がセットされていた。
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「……月陽ちゃん。怖くない?」
灯が、月陽の小さな手を両手で包み込んで尋ねる。
月陽は青ざめた顔で、それでもコクリと頷いた。
「……こわい。でも、やっつける。……ママをいじめるおばけを、やっつけるの。」
その瞳には、7歳とは思えないほどの強い意志が宿っていた。
彼女もまた、逃げ続けることの限界を本能で悟っていたのだ。
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「よし。……始めるぞ。」
枕元に立った紋之丞が、太い腕でベッドの柵を掴み、覚悟を決めたように言った。
暴れ出した時、彼女を押さえ込み、守るのは彼の役目だ。
甲斐が頷き、コックを開いた。
透明な液体が、一滴、また一滴と、月陽の体内へと流れ込んでいく。
それは、パンドラの箱を開ける鍵だった。
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◆【赤と黒の嵐】
「う……うぅ……っ!!」
数分後。月陽の体が弓なりに跳ね上がった。
「ギャアアアアアアアッ!!」
少女の口から、裂帛の悲鳴が迸る。
脳内のシナプスが強制的に発火し、閉じ込められていた記憶の扉が一斉に吹き飛んだのだ。
月陽の視界は、現実の天井から、あの日の「地獄」へと塗り替えられた。
――ガシャーン! バキッ!
物が壊れる音。怒号。暴力の旋律。
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視界いっぱいに広がるのは、赤黒い影だ。
新太のような優しい笑顔はない。あるのは、獣のように荒れ狂い、全てを破壊する圧倒的な暴力(翔真)。
『――逃げろ!!』
誰かが叫んでいる。
怖い。痛い。苦しい。
月陽は記憶の中で必死に耳を塞ぐが、その咆哮は脳に直接響いてくる。
逃げ場のない絶望。影が大きな口を開け、月陽を飲み込もうと迫ってくる。
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「いやぁぁぁ! パパやめてぇぇぇ!!」
現実世界で、月陽が狂乱し、暴れる。
紋之丞がそれを必死に抱き止める。
「しっかりしろ月陽! 俺がいる! 俺たちがついてる!!」
だが、その声は悪夢の嵐にかき消されそうになっていた。
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◆【日だまりの記憶】
闇に飲み込まれる寸前。
月陽の記憶の底から、一筋の「光」が溢れ出した。
それは、暴力の記憶よりももっと深く、もっと根源的な場所に眠っていたもの。
『……真羽。』
柔らかく、温かい声。
月陽がハッとして顔を上げた。
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そこには、赤黒い嵐の中に、凛と立つ一人の女性がいた。
長い髪。日だまりのような瞳。
写真や絵ではない。動いている、生きている「本当のママ(光生)」だ。
ママは傷だらけになりながらも、決して影に背を向けず、両手を広げて月陽を庇っていた。
『大丈夫。ママが守るから。……愛しているわ、真羽。』
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その名前。
偽りの「月陽」ではなく、魂に刻まれた本当の名前。
(……まう。……そう、わたしは、まうだ!)
その瞬間、月陽――いや、真羽の体に温かい力が満ちた。
暴力への恐怖よりも、母から受け取った「愛された記憶」の方が、確かに強かったのだ。
真羽は泣きながら、ママの背中にしがみついた。
その背中から伝わる鼓動が、真羽に勇気を与える。
パパは怖かった。でも、ママはそれ以上に強かった。
そして今、その「ママの温もり」は、現実世界の別の温もりと重なり合っていた。
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◆【二つの声】
「負けないで、真羽ちゃん!!」
闇を切り裂くように、現実世界からの声が届いた。
灯の声だ。彼女もまた、月陽の「本当の名前」を叫んでいた。
「あなたは光生さんが命懸けで守った宝物です! あの影なんかに、絶対に負けない!」
そして、もう一つの低い声。
「お前は俺の娘だ! 誰にも傷つけさせねぇ!!」
紋之丞の怒号のような、けれど頼もしい叫び。
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記憶の中の光生が、ふっと微笑んだように見えた。
まるで、『後は頼んだわ』と、灯たちにバトンを渡すように。
真羽は、涙を拭い、赤黒い影を睨みつけた。
「……わたし、もうこわくない。」
真羽は震える足で、一歩前に踏み出した。
「パパは、かわいそうなひと。……でも、わたしはママの子だから。」
その瞬間、赤黒い影は光に焼かれ、霧散していった。
過去の恐怖が、現在の愛によって「ただの記憶」へと変わった瞬間だった。
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◆【四人の親】
「……はっ!」
真羽が大きく息を吸い込み、カッと目を見開いた。
荒い呼吸。全身汗まみれだ。
嵐は去った。
真羽は、呆然と天井を見つめ、乾いた唇で何度も、何度も繰り返した。
「……わたしは、まう。……わたしは……まう……。」
「……っ!」
灯はたまらず、震える真羽の体を強く抱きしめた。
「そうよ……! そうよ、真羽ちゃん!」
灯の涙が、真羽の頬に落ちる。
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真羽の瞳に、ゆっくりと光が戻ってきた。
目の前には、泣きじゃくる灯と、サングラスを外して目を赤くした紋之丞がいる。
灯は、真羽の顔を両手で包み込み、噛み締めるように言った。
「今日から、あなたは『志 真羽』。」
灯は、隣に立つ紋之丞(志 紋之丞)を見上げ、そして力強く宣言した。
「私達の娘よ!」
真羽が、瞬きをする。
「……わたしたちの?」
「ええ、そうよ。……あなたは一人じゃない。」
灯は、優しく、けれど確信を込めて告げた。
「あなたは……光生さんと、翔真さんと、紋之丞さんと、私の……4人のパパとママの娘よ!」
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血の繋がった両親の記憶。
そして、これから共に生きる両親の愛。
その全てが、あなたを守る盾になる。
「……うん。」
真羽の瞳から、大粒の涙が溢れ出した。
それは恐怖の涙ではなく、自分が何者であるかを知り、受け入れられた安堵の涙だった。
「……うんっ……!」
真羽は声を上げて泣き、灯と紋之丞の腕の中に飛び込んだ。
地下の薄暗い部屋に、新しい家族の産声が響き渡る。
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その光景を、透也は少し離れた場所から静かに見つめていた。
彼はふっと天井を仰ぎ、見えない誰かに語りかけるように目を細めた。
(……光生。)
妹の笑顔が、脳裏をよぎる。
(お前は……翔真を救ったんだな。)
かつて翔真を狂わせた闇。
しかし今、真羽はお前への愛を武器に、その闇を乗り越え、受け入れた。
憎しみではなく、哀れみと愛で、父親を許したのだ。
(真羽を通して、お前の想いはあいつに通じたぞ。……お前の死は、決して無駄じゃなかった。)
透也の頬を、一筋の熱いものが伝う。
彼はそれを拭おうともせず、新生した家族に向かって、万感の思いを込めて呟いた。
「……ようこそ、真羽。」
長い夜が明けようとしていた。
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第58章・完
第58章をお読みいただきありがとうございます。
過去の悪夢を乗り越え、真羽が「4人の親」を持つ娘として生まれ変わりました。
実の両親の愛と、育ての両親の愛。
すべてを受け入れた彼女は、もう誰にも負けません。
物語はいよいよ、彼らの「未来」を描く新章へと向かいます。
感動した!真羽ちゃんおめでとう!と思っていただけたら、
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