第52章:地下のぬくもり
偽りの楽園よりも、薄暗い地下のほうが温かい。
再会の涙と、不器用な優しさが交差する夜。
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(偽りの楽園よりも、
薄暗い地下のほうが、温かいことがある。)
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◆【帰路 – ワゴンの中】
ハイウェイを走るワゴンの車内は、奇妙な沈黙に包まれていた。
運転席の真田は無言でハンドルを握り、助手席の佳乃も珍しく軽口を叩かない。
後部座席には、透也と、救出された灯が座っていた。
灯は膝をつき合わせた状態で固く手を握りしめ、窓の外を流れる景色を見つめている。
「……ごめんなさい。」
ぽつりと、灯が呟いた。
「私のせいで、危険な真似を……。」
「謝るな。」
透也は短く遮った。その声には、先ほどのエレベーター前で見せた怒りはもうない。
ただ、深く重い疲労だけが滲んでいた。
「俺たちが決めたことだ。……それに、月陽が待ってる。」
「……はい。」
灯は小さく頷いた。
脳裏に焼き付いているのは、先ほど見た光景。
沙耶と笑い合う新太の姿。
あまりにも幸せそうで、あまりにも遠い世界。
(さようなら、新太さん。)
彼女は心の中で静かに別れを告げた。
あの「優しい世界」は、私たちがいていい場所じゃない。
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◆【Café 琥珀 – 地下室】
「到着だ。」
ワゴンがガレージに滑り込む。
エンジンの停止音と共に、地下室への扉が開いた。
そこには、心配そうに貧乏ゆすりをしていた紋之丞と、カウンターの隅で小さくなっていた月陽の姿があった。
足音が響く。
階段を降りてきた透也の後ろから、帽子を脱いだ灯が恐る恐る姿を現す。
その瞬間、月陽の顔がパッと輝いた。
「――灯ちゃん!!」
月陽が椅子から飛び降り、小さな足で駆け寄る。
迷いなく、一直線に。
「月陽ちゃん……!」
灯が膝をついて腕を広げると、月陽はその胸に勢いよく飛び込んだ。
ドンッ、と小さな衝撃。そして、すぐに温かい体温が伝わってくる。
「よかった……よかったぁ……っ!」
月陽は灯の首に腕を回し、顔を埋めて泣きじゃくった。
「パパは?」なんて聞かない。
ただ、大好きな灯が、怖い場所から帰ってきてくれた。自分を忘れていなかった。
それだけで、彼女の世界は救われたのだ。
「ごめんね、遅くなって。……もう、どこにも行きません。」
灯は震える声で、月陽の背中を何度も優しく撫でた。
RE:CODEの施設で感じていた、清潔だが冷たい空気とは違う。
ここは薄暗く、埃っぽく、タバコと機械油の匂いがする。
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◆【苦くて優しい一杯】
「……おい。」
二人の再会を遮るように、低い声が響いた。
灯がビクリと肩を震わせて見上げると、カウンターの中から鋭い眼光の男――紋之丞が見下ろしていた。
「い、いつまでも入り口塞いでんじゃねぇよ。邪魔だ。」
「あ……も、申し訳ありません!」
灯は慌てて月陽を離し、深々と頭を下げた。
腕に入った刺青と、不機嫌そうな表情。
どう見ても「堅気の人」ではないその迫力に、灯は完全に萎縮する。
「……座れ。ガキがずっと待っててうるさかったんだ。」
紋之丞はそう吐き捨てると、カウンターにマグカップを乱暴に置いた。
カチャリ、と硬い音が鳴る。
中身は、湯気の立つホットミルクと、黒いコーヒーだ。
「……いただきます。」
灯は恐る恐るカップを手に取り、一口すすった。
熱い液体が喉を通り、冷え切った体に染み渡る。
その瞬間、灯の目が丸くなった。
「……美味しい。」
思わず漏れた本音だった。
ただ苦いだけでなく、深みがあって、驚くほど香りがいい。
灯はまじまじと紋之丞の顔を見つめ、そしてポツリと言った。
「あの……こんな感じ(・・・・・)なのに、コーヒーはとっても美味しいですね。」
「……あ?」
紋之丞がピクリと眉を跳ね上げる。
灯はハッとして、慌てて手を振った。
「あ、いえ! 違うんです! 失礼な意味じゃなくて……」
灯はしどろもどろになりながら、真剣な顔で言い直した。
「その……『こんな感じ』だから、美味しいんでしょうか……?」
「…………。」
紋之丞は言葉を失い、呆気にとられたような顔をした。
褒められたのか、貶されたのか分からない。
だが、その真っ直ぐすぎる瞳に毒気を抜かれたのか、彼は大きく舌打ちをして背を向けた。
「……うるせぇな。さっさと飲め。」
耳の先が少し赤くなっているのを、透也は見逃さなかった。
透也は壁に寄りかかり、ふっと長く、息を吐いた。
(……よかった。)
ただ、それだけだった。
張り詰めていた糸が切れ、ドッと心地よい疲れが押し寄せる。
月陽が笑っている。灯も無事だ。
妹が遺した大切な場所が、こうして守られた。今はそれだけで十分だった。
透也は胸ポケットからタバコを取り出し、火をつけずに咥えた。
「……これから、頼むぞ。灯。」
「はい……よろしくお願いします。」
灯は姿勢を正し、まだ慣れない地下の空気を、深く吸い込んだ。
月陽が隣で、嬉しそうに灯の手を握りしめている。
その手の温もりが、ここが自分の新しい「居場所」なのだと教えてくれていた。
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第52章・完
第52章をお読みいただきありがとうございます。
涙の再会と、地下室の温もり。
そして灯の「天然発言」にタジタジになる紋之丞……。
緊迫した展開が続いただけに、彼らの穏やかなやり取りに救われます。
灯が加わり、少しだけ賑やかになったNOISE。ここからまた、新たな生活が始まります。
ほっこりした!よかった!と思っていただけたら、
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