第51章:赦されざる笑顔
作られた楽園で笑う、罪なき加害者。
その笑顔は、復讐者にとって何よりも醜悪だった。
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(抵抗せよ。
どうせ世界は、望んで「その檻」に入るのだから。)
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◆【RE:CODE本部 – 最上階】
ショッピングモールの喧騒を遥か遠くに感じる、空調の効いた静謐な部屋。
結城維人は、クリスタルのチェス駒のような美しい端末を指先で回しながら、モニターを眺めていた。
画面には、モール内の監視カメラ映像。
そこには、明らかに「不自然なノイズ」が走っている箇所がある。
「……侵入者あり。システムへの介入を確認。」
AIの無機質な報告。
通常なら即座に警備班を急行させ、エリアを閉鎖する事態だ。
だが、結城の表情には焦りも怒りもない。あるのは、実験動物を見るような冷徹な観察眼だけだ。
「セキュリティレベル、現状維持。……泳がせておけ。」
結城は淡々と言い放った。
手元の別のモニターには、世界中の「意識調査データ」や「消費行動ログ」が滝のように流れている。
「人々はもう、気づき始めているよ。『楽な方』へ流れることの快楽に。」
苦しい努力より、手軽な成功。
辛い記憶より、都合の良い忘却。
人間という種は、本能的にRE:CODEの技術(=欲を満たす世界)を求めている。
「灯くん一人を連れ戻したところで、この濁流は止められない。……むしろ、思い知らせてやればいい。」
結城は薄く笑った。
「どれだけ足掻いても、世界は私の描いた図面通りに完成するとな。」
彼は「警報解除」のキーを押し、再びチェス駒を回し始めた。
それは、NOISEに対する慈悲ではなく、完全なる「見下し」だった。
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◆【ショッピングモール – 地下駐車場】
「……メッセージ確認。エリアCのツリーだ。」
地下駐車場に停めたバンの荷台で、佳乃(gyudon)がモニターを睨む。
灯が残した『羽』のイラスト。それが作戦開始のトリガーだった。
「よし。私の方から『受信確認(ACK)』を送ったわ。館内BGMの音飛び……これが『一番近くの死角へ移動せよ』のサインよ。」
「了解した。」
現場に潜伏していた透也が、帽子を目深に被り直す。
この合図は、かつて灯がNOISEに参加した当初、万が一のために決めておいた緊急プロトコルだ。
彼女がまだそれを覚えていてくれれば、数分以内に動くはずだ。
「甲斐、退路の確保は?」
『清掃員に変装して業務用エレベーターを押さえてある。……いつでも来い。』
「行くぞ。」
透也は人混みの中へと滑り出した。
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◆【硝子の迷路】
週末のモールは、幸せそうな家族連れで溢れかえっている。
その誰もが、自分たちの笑顔が「作られた平和」の上にあることを知らない。
(……ここが、あいつらのいる場所か。)
透也は人波を縫って進む。
目指すは、3階の休憩スペース横にある死角――トイレへと続く長い廊下だ。
ベンチでは、新太と沙耶が座って休んでいる。
二人はカタログを広げ、楽しそうに会話を交わしていた。まるで未来を夢見る新婚夫婦のような空気感
――その完璧な演技に、透也は反吐が出る思いだった。
灯は、その二人の傍らで、じっと時を待っていた。
(……聞こえた。)
先ほどの一瞬のBGMの途切れ。
灯はそれを聞き逃さなかった。
彼らが来ている。そして、自分が動くのを待っている。
灯は、自然な動作で新太たちに声をかけた。
「すみません。少し、お手洗いに行ってきます。」
「あ、うん。行ってらっしゃい灯ちゃん。迷子にならないでね?」
新太が無邪気に手を振る。
その屈託のない笑顔。かつて誰かを殺めた手で、よくもあんな風に笑えるものだ。
灯は胸の痛みを押し殺し、小さく会釈をして歩き出した。
「ええ。すぐ戻ります。」
灯が通路へ入り、監視カメラの死角となる角を曲がった、その瞬間。
待ち構えていた影が、音もなく彼女の腕を引いた。
「……っ!」
灯が小さく息を呑み、驚いて顔を上げる。
そこには、懐かしい帽子を目深に被った男の姿があった。
「……透也、さん。」
「迎えに来た。……約束通りな。」
言葉はそれだけだった。
再会の感動を分かち合う時間はない。
透也は素早く灯に自分と同じ上着を羽織らせ、抱き寄せるようにして奥へと誘導した。
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◆【赦されざる笑顔】
「確保。これより離脱する。」
透也はマイクに囁き、甲斐が待つ業務用エレベーターへと急ぐ。
全てが順調すぎるほど順調だった。
だが、運命は意地悪だ。
エレベーターの扉が閉まる直前、遠くの通路から、新太の声が聞こえてしまった。
「――ねえ、沙耶。灯ちゃん、遅くないかな? ちょっと見てくるよ。」
その声。
かつて地下室で、獣のような目で周囲を威嚇していた、あの凶暴な翔真の声とは違う。
あまりに柔らかく、平和ボケした、無防備な声。
灯がビクリと肩を震わせ、振り返ろうとする。
透也はそれを制し、強く抱きしめて視界を遮った。
「見るな。」
「でも……新太さんが……。」
「あそこにいるのは、黒峰新太だ。……俺たちの知る『翔真』じゃない。」
透也の声は、吐き捨てるように低く、冷たかった。
(あんなに幸せそうに笑い(・・・)やがって……。)
ふざけるな、と腹の底から黒い感情が湧き上がる。
その男は、透也の妹――光生を殺した男だ。
妹の未来を奪い、その命を絶った張本人が、自分だけ記憶をリセットし、何食わぬ顔で「良き夫」「良き父」を演じている。
罪の意識も、血の臭いも、すべて忘れ去って。
被害者は冷たい土の下にいるのに、加害者が陽の当たる場所で笑っている。
この世で最も醜悪な冗談を見せられている気分だった。
(……勝ち逃げかよ。翔真。)
(お前だけが楽園で、何も知らずに死んでいくのか。)
今すぐ駆け寄り、その喉元に真実を突き立ててやりたい衝動に駆られる。
だが、それをすれば月陽が悲しむ。
皮肉にも、妹が遺した最愛の娘(月陽)が、この「妹の敵」を慕っているのだ。
だから、手は出さない。
だが、その「偽りの幸福」を直視することには、吐き気しか感じなかった。
『透也! 沙耶が動いたわ! 新太を止めてる! 急いで!』
佳乃の鋭い声で、透也は我に返った。
通路の向こうでは、沙耶が新太の腕を掴み、何かを囁いて引き止めているのが見えた。
「……チッ。」
透也は舌打ちをし、汚いものを見るように、閉まりかけた扉の向こうの男に背を向けた。
ガコン、とエレベーターが動き出す。
地上と地下を隔てる重い音が、彼らの決別を告げる鐘のように響いた。
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第51章・完
第51章をお読みいただきありがとうございます。
灯の奪還には成功しましたが、透也の心には黒い憎悪が……。
妹を殺した男が、何も知らずに幸せに笑っている。
その理不尽さを前に、透也の拳は震えます。
新太(翔真)との、あまりにも深い断絶。彼らの運命は再び交わるのでしょうか。
透也の気持ち、辛すぎる……と思った方、続きが気になる方は、
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