第48章:硝子の鳥籠
作られた幸福、忘れ去られた過去。
硝子の檻の中から、彼女は静かに反逆の狼煙を上げる。
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(空はこんなにも青いのに。
私たちはまだ、透明な檻の中にいる。)
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◆【ショッピングモール – 休日】
季節は巡り、春。
結城による「記憶改訂」から3ヶ月が経過していた。
新太の適合数値は安定しており、RE:CODEは試験的な「外出許可」を出した。
もちろん、厳重な監視付きで。
「うわぁ……! すごい人だね、沙耶!」
新太が目を輝かせて周囲を見渡す。
その姿は、初めて遊園地に来た子供のようだ。
かつてその目に宿っていた、他人を射抜くような鋭い光はどこにもない。
「ふふ、そうね。……はぐれないように手、繋ぎましょ?」
沙耶が腕を絡める。
新太は照れくさそうに、しかし嬉しそうにその手を握り返した。
その二人の後ろを、私服姿の灯が歩く。
設定上は「従姉妹の付き添い」ということになっている。
(……気味が悪い。)
灯は、周囲を警戒するそぶりも見せず、ただ幸せそうに笑う新太を見て、冷たい感情を抱いた。
彼は、自分がかつて「何を背負った罪人なのか」さえ、忘れてしまったのだ。
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◆【ウインドウショッピングの棘】
「あ、見てあなた。これ、可愛い。」
沙耶が足を止めたのは、子供服の店の前だった。
ショーウィンドウには、小さな靴や春物のワンピースが飾られている。
「いいね。……僕たちも、そろそろ考える?」
新太が優しく沙耶の肩を抱く。
沙耶も、まるで本物の妻のように幸せそうに微笑む。RE:CODEにプログラムされた「理想の母親役」として。
「私は女の子がいいわ。……おしゃれさせて、一緒に歩きたいの。」
「うん、そうだね。きっと楽しいだろうな。」
二人は未来の子供について語り合う。
灯は、思わず視線を逸らした。
(やめて……。)
あなた達には、もういるじゃない。
月陽ちゃんという、かけがえのない娘が。
その子が今、どこでどうしているかも思い出せないまま、新しい命を望むなんて。
それは、月陽の存在を二重に抹殺する行為だった。
けれど、灯は何も言えない。
ただ、笑顔の仮面を貼り付けて、二人の背中を見守ることしかできなかった。
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◆【NOISEからの信号】
ふと、モール内の大型ビジョンにノイズが走った。
一瞬だけの映像の乱れ。
一般客は誰も気にしない。「故障かな?」と通り過ぎる程度だ。
だが、灯だけは逃さなかった。
画面の隅に、サブリミナル的に映し出された図形。
『月』と『太陽』が重なり合うマーク。
(……月陽ちゃん!)
月(月陽)と、太陽(希望)。
それは「離れ離れになっても、家族は空で繋がっている」という、佳乃(gyudon)からのメッセージだ。
彼らは忘れていない。
そして、この監視下の日常を、どこかで見守ってくれている。
灯の心臓が早鐘を打つ。
そろそろ、こちらからも返事をしなければならない。「私はまだ、あちら側には染まっていない」という合図を。
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◆【伝言板のメッセージ】
「……少し、休憩しましょうか。」
灯が提案すると、二人は近くのカフェスペースに入った。
新太が注文に行っている間、灯は店の入り口にある
「お客様交流ノート」や「願い事ツリー」が飾られたコーナーに目をつけた。
今、このエリアでは『春のメッセージフェア』として、来客が自由にカードを書いて吊るせるようになっていた。
(ここなら……。)
灯はペンを取り、桜色のカードに文字を書いた。
監視カメラの位置を確認する。
ここなら、佳乃がカメラ越しに文字を読み取れるはずだ。
灯が書いたのは、一見するとありふれたポエムのような文章。
『ここはとても静かで、綺麗な場所。
でも、私はまだ覚えている。
雲に隠れてしまった、小さなお月様のことを。』
そして、灯はその横に、あるイラストを描き添えた。
NOISEのシンボルではない。
新太の本当の名前「翔真」。
その名を象徴する、一枚の「大きな羽(真羽)」の絵。
(私は忘れない。新太さんは、こんな従順な羊のような男じゃなかった。)
(もっと傲慢で、自分勝手で……「言うことを聞け」と他人をねじ伏せるような、どうしようもない人だった。)
(……でも、だからこそ彼は「人間」だった。)
綺麗なだけの嘘よりも、血の通った罪人の方がいい。
これは、NOISEへの「生存報告」であり、同時に「彼(翔真)という猛禽を、私が必ず檻から解き放つ」という誓いのサインだった。
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◆【受信完了】
カードをツリーの目立つ場所に吊るす。
その直後、店内のBGMが一瞬だけ音飛びし、すぐに元に戻った。
《Message Received(受信確認)》
灯は小さく息を吐き、席に戻った。
「お待たせ! ……灯ちゃん、何書いてたの?」
戻ってきた新太が、トレーを置いて無邪気に尋ねる。
「……秘密です。」
灯は微笑んだ。
それは、久しぶりに浮かべた「心からの笑顔」だった。
(待っていて、新太さん。)
(今は偽物の家族(沙耶)と、作られた幸せの中にいるけれど。)
(私が必ず、あなたを「地獄のような真実」へ引きずり戻す。)
硝子張りのショッピングモール。
明るい日差しの中で、灯の心の中にだけ、静かで熱い反逆の炎が燃え上がっていた。
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第48章・完
第48章をお読みいただきありがとうございます。
無邪気すぎる新太の様子に、胸が痛む回でした。
しかし灯は屈していません。「地獄のような真実へ引きずり戻す」という言葉に、彼女の歪みなくらい深い愛情と覚悟を感じます。
ショッピングモールの喧騒の中で交わされた、無言のやり取り。反撃の時は静かに近づいています。
灯の覚悟にしびれた!応援したい!と思っていただけたら、
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