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ECHO-記憶の残響-  作者: GODS04


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第46章:幸福という名の病

そこにあるのは、完璧で、幸福で、嘘にまみれた楽園。

ただ一人、真実を知る彼女を除いて。



(ここでは、笑顔こそが最大の「強制」であり、

悲しみこそが、唯一の「自由」だった。)



◆【モデルルーム「黒峰家」 – 朝】


「おはよう、沙耶。今日もいい天気だね。」


「おはよう、あなた。……ふふ、寝癖がついてるわよ。」


窓から差し込む、人工的な朝日。

清潔で、生活感のないリビング。


そこには、絵に描いたような「理想の夫婦」がいた。

新太あらたは、屈託のない笑顔でコーヒーを飲み、沙耶はエプロン姿で朝食を並べる。


かつて彼らの間にあった「不自然な緊張感」や「怯え」は、微塵もない。


部屋の隅で、その光景を記録するともりだけが、異物のように立ち尽くしていた。


(……完璧すぎる。)


あまりにも明るい。

まるで、三文芝居のホームドラマを見せられているようだ。

けれど、これは演技ではない。彼らは心から、今のこの幸せを信じ込んでいる。



◆【消された「月」】


「そういえば、あなた。」


沙耶がトーストをかじりながら、首を傾げた。


その首元には、チョーカー型の新型デバイス『ECHO抑制機』が埋め込まれているが、彼女はそれをアクセサリーのように扱っている。


「昨日の夢でね……小さな女の子が出てきたの。」


灯の心臓が跳ねる。

月陽のことだ。


新太はキョトンとして、そして優しく微笑んだ。


「女の子? ……僕たちに子供はいなかったはずだけど。」


「ええ、そうね。でも、なんだか懐かしい感じがして……。」


「きっと、君が子供を欲しがってるからだよ。……仕事が落ち着いたら、考えようか。」


「ふふ、そうね。楽しみ。」


二人は顔を見合わせて笑った。


灯は、持っていた電子カルテを強く握りしめた。

爪が画面に食い込む。


(忘れてる……。)


あんなに愛していた娘を。命を懸けて守ろうとした月陽を。

彼らは「いなかったこと」にしている。

脳のデータをいじるだけで、愛おしい日々は、最初から存在しなかったことになるのだ。



◆【灯の孤独な戦い】


「……白石さん?」


新太が、不思議そうに灯を見つめていた。


「顔色が悪いよ? 看護師さんが倒れたら大変だ。」


その瞳は、あまりにも純粋で、残酷なほど優しかった。


かつて「翔真」として苦悩し、灯に背中を預けてくれた男は、もうどこにもいない。


ここにいるのは、結城維人が作り上げた「最高傑作」――悩みのない、ただ幸せなだけの男。

灯は、こみ上げる吐き気を飲み込み、口角を無理やり上げた。


「……いえ。なんでもありません。」


「そうですか? ……ああ、そうだ。」


新太は屈託なく言った。


「いつも僕たちのケアをしてくれて、ありがとう。君のおかげで、僕はすごく幸せだよ。」


灯の心が、音を立ててきしんだ。

その感謝の言葉は、どんな罵倒よりも深く、灯の心をえぐった。



◆【隔離室 – 夜】


業務を終え、灯は自分の独房へと戻った。

監視カメラの赤い光だけが、彼女を見つめている。


ベッドに倒れ込む。

天井を見上げると、そこには何もなかった。


(……月陽ちゃん。)


灯は、枕の下に隠していた小さな紙片を取り出した。

それは、あの日、月陽が落書きしたメモの切れ端。

ただの線と丸だけの、つたない絵。

でも、これが唯一の証拠だ。

彼らが家族だったこと。月陽という愛しい命が、確かにここにいたこと。


(パパもママも、あなたのことを忘れてしまった。)

(でも……私だけは覚えている。)


新太がどれほど娘を愛していたか。

沙耶がどれほど苦しんでいたか。

灯は紙片を胸に抱き、声を殺して泣いた。



◆【決意の灯火】


泣き止んだ後、灯の目に宿っていたのは、以前よりも冷たく、鋭い光だった。


(結城維人。……あなたは人の心をデータだと思っている。)

(でも、消せないものがあることを……私が証明してみせる。)


いつか、外の世界で育った月陽が、私を迎えに来てくれるその日まで。

私はこの「嘘の楽園」で、真実の墓守はかもりになろう。


「……おやすみなさい、新太さん。……沙耶さん。」


灯は呟く。


それは、明けない夜を耐え抜くための、たった一人の宣戦布告だった。



第46章・完


第46章をお読みいただきありがとうございます。


娘の記憶を失い、幸せに笑う両親。

その残酷な「楽園」で、たった一人戦うことを決めた灯。

彼女の孤独な戦いは、ここから始まります。


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