第45章:完全なる白紙
痛みも苦しみも消し去る、完璧な「治療」。
それは救いか、それとも魂の殺人か。
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(壊れたのなら、直せばいい。
傷跡ひとつ残らないほど、完璧に、美しく。)
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◆【RE:CODE最深部 – 尋問室】
コンクリートの壁に囲まれた真っ白な部屋。
手錠をかけられた灯が、パイプ椅子に座らされていた。
扉が開き、結城維人が静かに入ってくる。
その表情には、怒りも動揺もない。ただ、実験データを分析する学者の目だけがあった。
「……君がNOISEのスパイだったとはね。白石君。」
結城はタブレット端末を見ながら、淡々と言った。
「本来なら、即時処分(処刑)するところだ。……だが、君は逃げずに残った。」
「なぜだ?」
灯は顔を上げ、結城を真っ直ぐに見返した。
「……私の患者だからです。」
「患者?」
「新太さんは……まだ治療の途中です。彼を見捨てることは、看護師としてできません。」
結城は少しだけ眉を上げ、興味深そうに微笑んだ。
「なるほど。……その異常なまでの執着。君は、貴重なサンプルになるかもしれない。」
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◆【実験の失敗と修正】
結城はモニターを操作し、壁面に新太の脳波データを映し出した。
「今回の暴走で、一つの結論が出た。……『抑制』では限界があるということだ。」
「過去の記憶を押し込めても、感情(残響)は漏れ出す。それが今回のエラーの原因だ。」
結城の声が、冷たく響く。
「だから、変えることにしたよ。」
「変える……?」
「ああ。過去を『隠す』のではなく、完全に『消去』し、新しい記憶で埋め尽くす。……継ぎ目の一切ない、完璧な人格を作り上げる。」
灯の背筋が凍る。
それは、翔真という人間が、今度こそ完全に殺されることを意味していた。
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◆【沙耶 – 廃棄寸前の人形】
ガラス越しの隣室。
そこには、首に包帯を巻いた沙耶が、虚ろな目で座っていた。
「沙耶。」
結城がマイク越しに呼びかける。
沙耶がビクリと肩を震わせた。
「君の演技には失望した。……だが、君もまた被害者だ。」
「新太のアップデートに合わせて、君の設定も調整する。……もっと明るく、もっと悩みなどない、幸せな妻になれるようにね。」
沙耶は震える唇で、小さく頷いた。
それは救いのように聞こえて、実のところは「心の死」への宣告だった。
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◆【灯の役割】
結城は再び灯に向き直った。
「君を生かしておこう、白石君。」
「君には、新しく生まれ変わる『彼ら』の経過観察を命じる。……過去を知る人間がそばにいて、それでも彼らが過去を思い出さなければ、私の理論は完成する。」
灯は拳を握りしめた。
実験動物の飼育係になれと言うのか。
けれど、灯はここで死ぬわけにはいかなかった。
外には、月陽がいる。
いつか必ずここを出て、あの子のもとへ帰らなければならない。
(……耐えてみせる。)
(どんなに完璧なウソで塗り固められても……私は、真実を覚えておく。)
「……分かりました。その命令、受けます。」
灯の答えに、結城は満足そうに頷いた。
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◆【再始動 – オペレーション・クリア】
数日後。
集中治療室。
手術台の上で、新太が静かに眠っている。
無数のケーブルが頭部に繋がれ、データの書き換えが行われていた。
《Memory formatting... 98%... 99%...》
《Installation complete.》
モニターに【Complete(完了)】の文字が浮かぶ。
新太のまぶたが、ゆっくりと震えた。
灯はベッドの脇で、祈るようにその顔を見つめていた。
もう、そこには「翔真」の苦悩も、「新太」の迷いもない。
ゆっくりと目が開く。
その瞳は、澄み切った青空のように明るく、そして恐ろしいほど空っぽだった。
「……おはよう、新太さん。」
灯が声をかける。
新太は瞬きをして、子供のような無邪気な笑顔を向けた。
「……おはよう。……ここは?」
「病院ですよ。少し、悪い夢を見ていたんです。」
「そっか……。なんか、すごくスッキリしてるんだ。」
新太は伸びをして、笑った。
その笑顔には、一点の曇りもなかった。
かつて娘を愛し、妻を殺した男の「痛み」は、きれいさっぱり消滅していた。
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(こうして、地獄は楽園へと塗り替えられた。
誰も傷つかない、誰も悲しまない。
――ただ、誰も「本当のこと」を知らない世界へ。)
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第45章・完
第45章をお読みいただきありがとうございます。
翔真の「痛み」ごと、新太の人格が完全にリセットされてしまいました。
曇りのない笑顔の恐怖。そして、すべてを知りながら監視役として残る灯の孤独な戦いが始まります。
この展開に衝撃を受けた方、続きが気になる方は、
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