第41章:狭間の意志
閉ざされる扉。分かたれる運命。
救いと引き換えに、彼らが置いてきたものとは。
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(この手は、もう汚れている。
だからせめて、お前だけは――真っ白な世界へ。)
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◆【改訂者専用区域・ECHO観測室 - 深夜】
警報が鳴り続ける。
天井の赤色灯が、一定間隔で薄暗い室内を照らすたび、甲斐の表情が強張っていく。
壁際にはECHO抑制剤の投与装置。
その前で、翔真――いや、“黒峰新太”が、甲斐の手首を掴んでいた。
「……邪魔すんなよ。」
声は低く、しかし確かな怒気を含んでいた。
甲斐は言葉を飲み込んだまま、ゆっくりと呼吸を整える。
「新太……いや、翔真。落ち着け。」
「……“落ち着け”? 誰に言ってんだよ。」
翔真はゆっくり手を離すが、その目は獣のように研ぎ澄まされていた。
「“新太”なんて……最初からいねぇんだよ。お前らが作った幻だ。」
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◆【甲斐の葛藤】
「違う。」
甲斐は首を横に振る。
その顔には、かつての医師としての責任と、消せぬ罪の意識が交錯していた。
「確かに……お前から“翔真”を奪ったのは、俺たちかもしれない。でもな、俺は……“新太”として生きるお前を見ていた。」
「“優しい父親”として……月陽ちゃんに手をあげず、笑いかけていたお前を、ずっと見てた。」
翔真の表情が、一瞬だけ揺らぐ。
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◆【時間制限の迫り来る中で】
壁面モニターに表示される警告。
【自動隔離システム起動まで 残り 3分12秒】
甲斐は息を呑み、時計に視線を落とす。
「時間がない……お前をここから出さなきゃ、次は“完全隔離”だ。」
「……結城の思い通りにさせていいのか!?」
翔真は鼻で笑う。
「“思い通り”……?」
「違ぇよ。これは、俺が選んだんだ。」
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◆【回想の断片 – 光生の死】
――光生の顔。
――泣き叫ぶ真羽。
――血に濡れた手。
翔真は目を伏せる。
「……なあ、甲斐さん。」
「俺が……“父親”としてまともだったのは、本当に俺か?」
「それとも、あのシステムで書き換えられた記憶の“産物”か?」
甲斐は答えられなかった。
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◆【甲斐の本音】
「……それでもいい。」
震える声で、甲斐は言った。
「例え“偽物”でも……誰かを守れるなら、それでいいだろう。」
「“新太”として、あの子の手を引けるなら……それが、命を繋ぐってことじゃないのか!?」
翔真は黙って甲斐を見つめた。
灰色の瞳の奥に、かすかに揺れる何かがあった。
その瞬間――
【残り 3分01秒】
警告が再度点滅した。
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◆【別離の選択】
「……行け。」
短く、吐き捨てるような声。
「月陽は……お前らが連れて行った。……それでいい。」
甲斐はよろめきながら叫ぶ。
「何言ってる……! お前も来い! 娘と一緒に暮らすんだろ!?」
「だからだよ。」
翔真が顔を上げる。
その瞳は、怒りでも狂気でもなく、深く乾いた絶望に沈んでいた。
「今の俺が行けば……あいつをまた、怖がらせる。」
「俺は……翔真だ。……もう、優しいパパ(新太)には戻れねぇ。」
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◆【タイムリミット – 決別】
【自動隔離システム起動まで 残り 1分50秒】
廊下の向こうから、無機質な機械音と、複数の足音が近づいてくる。
警備ドローンと鎮圧部隊だ。
「甲斐!!」
インカムから透也の叫び声が響く。
『限界だ! 月陽は確保した! ルートが閉じるぞ! 戻れ!!』
甲斐は唇を噛み切り、血の味を呑み込んだ。
(連れて行くのは……月陽ちゃんだけか……!)
「翔真……頼む……!」
手を伸ばそうとした瞬間。
翔真が背を向け、低い声で言った。
「……甲斐。」
「……あいつに……月陽に……あんな絵、描かせんじゃねぇぞ。」
それは、医師への命令ではなく、父親としての最期の頼みだった。
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◆【灯の選択】
その時、甲斐の横を白い影が駆け抜けた。
「新太さん!!」
白石灯だった。
彼女は撤退ルートへ向かわず、逆走してきていた。
「灯……!? お前、月陽ちゃんは!?」
「真田さんが連れて行きました! ……でも!」
灯は立ち止まらず、翔真の背中に駆け寄った。
震える手で、翔真の血に濡れた袖を掴む。
「来ちゃだめだ!!」
翔真が振り返り、怒号を飛ばす。
しかし、灯は離さなかった。
「……離しません。」
「私は……ここの看護師です。患者さんを……一人にはしません。」
その瞳には、狂気にも似た覚悟が宿っていた。
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◆【扉の向こう】
【残り 30秒 - 全区画閉鎖】
轟音と共に、重厚な防火壁が降下を始める。
「甲斐さん! 月陽ちゃんをお願いします!!」
灯の悲鳴のような叫び。
甲斐は拳を握り締め、天井を仰いだ。
(……くそっ……!!)
「……死ぬなよ!! 絶対に……死なせるなよ!!」
甲斐は踵を返し、閉まりゆく扉の隙間へと滑り込んだ。
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◆【閉ざされた世界】
ドォン……。
重い地響きと共に、NOISEとRE:CODEを隔てる壁が完全に閉ざされた。
残されたのは、赤い回転灯が回る廊下。
警備ドローンの銃口。
そして、立ち尽くす翔真と、その袖を握りしめる灯。
翔真は力なく笑い、崩れ落ちるように膝をついた。
「……馬鹿な女だ……。」
「……ええ。知ってます。」
灯は膝をつき、傷ついた彼の背中に手を添えた。
その掌から伝わる熱だけが、ここにある唯一の真実だった。
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◆【敗北と希望の夜明け】
同時刻。NOISE撤退車両。
後部座席で、小さな毛布の塊が震えていた。
月陽だ。真田がその隣で、泥と煤にまみれた顔で月陽の背中をさすっていた。
「……パパ……ママ……」
うわ言のように繰り返す少女。
甲斐は車両に飛び乗り、荒い息をつきながらその光景を見た。
(……一人は救った。)
(でも……二人を置いてきた。)
窓の外、東の空が白み始めていた。
それはNOISEにとって、月陽という希望を守り抜く、新しい戦いの始まりだった。
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(夜が明ける。
けれど、その光はあまりにも冷たく、残酷だった。)
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第41章・完
第41章をお読みいただきありがとうございます。
月陽は光の世界へ。しかし、翔真と灯は闇の中へ……。
自身の「バケモノ」性を自覚して娘を手放した翔真と、彼を見捨てられなかった灯。
この結末は「救い」なのか、それとも。
二人の選択に心を動かされた方は、
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