第23章:緻密なる改訂
「理想の家族」は、こうして設計されました。
冷徹な指先が紡ぐ、偽りの幸福へのプログラミング。全ての始まりの記録です。
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◆ 【無音のプログラミング室】
2046年、秋。
RE:CODE研究所 第5階層 プログラミング室。
深夜、無音の室内に、端末の光と無数のコードスクロール音だけが響いていた。
結城維人は、淡いホログラムに映る三人のプロファイルを見つめていた。
【不破翔真】
【不破真羽】
【結城望】
(……始めるか。)
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◆ 【黒峰新太 – 父性再構築】
【第1号被験者:山下泰輔】
彼のコードラインは、既に何百にも枝分かれしていた。
“暴力衝動抑制”
“支配欲求変換”
“父性形成”
(抑制では不十分だ。)
結城の灰色の瞳に、淡い光が反射する。
(“父親”という社会役割を人格の最上位パラメータに再構築する。)
無感情にコードを書き換える指先。
【黒峰新太 – 娘への保護行動優先付与】
(これで……暴力衝動は家族保護衝動に統合される。)
電子音が短く鳴り、人格改訂シナリオの第一段階が完了した。
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◆ 【月陽 – 幼児改訂への挑戦】
次に映し出されたのは、幼い少女の脳スキャン映像。
【不破真羽】
【初:4歳幼児への記録改訂】
ホログラム上に、赤い警告タグが点滅する。
《ECHO発現率:高》
幼児期の脳は可塑性が高く、記憶改訂の副作用は未知数だった。
結城は指を止めない。
“父への服従記憶”
“母の喪失記憶抑制”
“日常適応シナリオ挿入”
(……危険性は高い。)
灰色の瞳に、恐怖も迷いもなかった。
(だが、成功すれば……幼少期改訂適応理論が実証される。)
未来の“理想社会”を拓くための一歩に過ぎない。
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◆ 【沙耶 – 妻という監視者】
【結城望】
モニターに表示されたファイル名が切り替わる。
【改訂後:黒峰沙耶】
改訂そのものは最小限だった。
“結城維人への従順性保持”
“新太への妻役シナリオ挿入”
“ECHO監視抑制役割”
「望。」
静かに結城が呟くと、背後に立つ沙耶が微笑んだ。
「はい。」
「君なら出来る。」
「……はい。新太さんを支えます。」
その瞳は虚ろで、けれど微かな喜びさえ帯びていた。
(望……お前は役割を果たすだけだ。)
結城は無感情にそう結論づけた。
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◆ 【橘との会話 – NOISEへの懸念】
2047年、冬。
プログラミング室に入った橘が、タブレットを結城へ差し出した。
「主任。NOISEの活動が……活発化しています。」
結城はコードを叩きながら呟いた。
「そうか。」
「それと……甲斐からの報告頻度が減っています。」
「……必要最低限の報告のみ、か。」
橘は唇を引き結んだ。
「スパイ化……失敗の可能性もあります。」
結城の指が止まった。
「失敗……か。」
しばし沈黙し、灰色の瞳が僅かに細められる。
「……だとしたら、どうやって失敗する。」
「……?」
橘が首を傾げる。
「改訂前、甲斐はメンテナンス室で長時間PCに向かっていました。」
「記憶を……残したか。」
結城は無表情のまま、再びコードを打ち込み始めた。
「……だとしても。」
橘が微笑む。
「このRE:CODE研究所のセキュリティ暗号システムを突破できる者など……」
橘は短く笑った。
「主任も認める天才の仕事です。」
「……ああ。」
結城の声に感情はなかった。
(突破できるはずがない。)
(……。)
コードスクロール音が、再び無音の室内に響き渡った。
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◆ 【改訂完了】
2048年 春。
処置室。
電子音が鳴り響き、処置台の上で翔真と真羽が微かに痙攣する。
《記録改訂プロセス – 完了》
ホログラムに浮かぶ、新たな名前。
【黒峰新太】
【黒峰月陽】
【黒峰沙耶】
結城は冷たい瞳でそれを見つめ、短く告げた。
「……改訂者専用区域へ移送しろ。」
「了解しました。」
スタッフの声が無感情に響く。
(……理想社会への……一歩だ。)
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第23章・完
お読みいただきありがとうございます。
第1章で病院のベッドで目覚めた「黒峰新太」と、彼を慕う娘「月陽」、そして妻の「沙耶」。
彼らの人格や関係性が、結城維人の手によってどのように構築されたのかが明らかになりました。
暴力衝動を「家族を守る父性」へと書き換えられた新太。実験台としてリスクを背負わされた月陽。そして、新太を監視するために配置された沙耶(望)。
また、橘と結城の会話に出てきた「セキュリティを突破できる者はいない」という確信。
第21章で佳乃があっさりと突破したことを知っていると、彼らの慢心がより際立ちます。
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