第2章:欠けた感情の設計図
第1章では「記憶を消された男」を描きましたが、
第2章は「記憶を消した男」のお話です。
なぜ、この国では記憶改訂が合法化されているのか。
その裏には、ひとりの天才科学者の「欠落」と、国家の冷徹な計算がありました。
すべてを論理で支配しようとする男・結城維人。
彼の過去と、歪んだ理想をご覧下さい。
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◆ 2年前:RE:CODE研究所 第3階層・記録処理室
2048年
無機質な白い光の下。
最新鋭の脳波解析装置と情動パターンモニターが、幼い少女の神経地図を投影していた。
「……4歳ですよ。たった4歳の子どもに、ここまで精度の高い記録改訂が成功するなんて。正直、震えました。」
助手の橘は、ホログラムを見つめながら興奮をあらわにした。
そこに映るのは、改訂直後の月陽のデータ。どれも理論上の“正常値”を示している。
「家族構成の理解、対人反応、言語処理……どれも理想的。主任、あなたの理論があってこその成果です。」
隣でデータを眺めていたのは、RE:CODE研究所 主任研究官――
結城 維人。
「……逸脱がないからこそ、不完全だ。」
低く静かな声が、橘の胸元を打つ。
「不完全……?」
「完璧な反応は、“深度”が浅いということだ。成長に伴って崩壊する可能性がある。」
「……つまり、幼児は、記憶の定着が不安定だから?」
「脳が未発達な分、神経回路はこれから再構築される。
改訂した記憶の“上に”、再び過去の記憶が芽吹く可能性がある。」
橘は息を呑んだ。
結城の瞳はホログラムを貫き、その奥を見つめていた。
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◆ 現在:RE:CODE研究所 モニタリング室
2050年春。
結城は、2年前の月陽のデータと並べて表示された最新モニタリングデータを無言で見つめていた。
脳波パターン、情動反応、ホルモン分泌――
どれも異常値はない。
だが、ある“微かなズレ”が連続して記録されていた。
助手の橘が沈黙を破る。
「……灯さんが言っていたこと、当たっているのかもしれませんね。」
結城は答えなかった。
灯は、月陽の情緒的変化に早くから気づき、
「感情は遺伝子に由来する可能性がある」と指摘していた。
結城はそれを一蹴していた。
だが今、モニターに映る月陽の“目”が、彼の論理をわずかに揺らしていた。
消したはずの記憶は、感情という“残響”として、再び現れる。
それは、制度を崩す“ノイズ”であり、
人間を人間たらしめる、“真実”でもあった。
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◆ 回想:少年・結城維人
――猫が死んだ、と聞いたのは、小学四年の春だった。
同級生の広田が泣いていた。
飼っていた猫、ココアが車に轢かれて死んだという。
周囲の子どもたちは「かわいそう」「天国に行ったんだよ」と口々に言っていた。
だが、結城だけは、その輪の外にいた。
(なぜ泣く? 死は不可逆的な自然現象。感情をぶつける意味がわからない。)
そのとき彼は、自覚してしまった。
自分には、“人と同じ反応”が欠けているということに。
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◆ 感情の排除と、再設計の夢
祖父の死も、母の入院も、友人の涙も――
彼の中に「痛み」は生まれなかった。
代わりに芽生えたのは、論理と疑問。
感情とは、記憶の副産物に過ぎない。
行動の予測や判断を乱す、“ノイズ”である。
彼はそれを排除し、人の“構造”を再定義する手段として、記憶改訂の研究にのめり込んでいった。
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◆ 国家との接触と、制度の起源
16歳で大学に飛び級入学。
神経科学と記憶工学を専攻し、18歳で発表した論文が、倫理と学会を大きく揺るがせた。
「人格とは、記憶の総和である。
よって、記憶を改訂すれば、人は別人になり得る。」
その“危険な理論”に目をつけたのは、科学界ではなかった。
当時の国家は、深刻な課題を抱えていた。
・急激な人口減少による社会インフラの崩壊
・犯罪者の長期収監による労働力の浪費
・再犯率の高さと、刑務所運営コストの肥大化
「罪を犯した人間を、記憶を書き換えて再教育すれば、
刑務所に入れるよりも早く、社会に“再利用”できるのではないか?」
こうして、国家直轄の記憶改訂研究機関――
RE:CODE研究所が極秘に設立され、
主任研究官として任命されたのが、結城維人だった。
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第2章・完
第2章をお読みいただき、ありがとうございます!
今回は、この物語の「敵」とも言える組織、RE:CODE研究所と、その中心人物・結城の過去編でした。
• 感情を持たない少年が、論理で導き出した「救済」の形。
• 「囚人を労働力として再利用する」という、国家の闇。
単なる悪の組織ではなく、「社会のために必要だと信じられているシステム」である点が、新太たちをより困難なものにしていきます。
「感情を信じる新太」vs「感情を排除する結城」。
正反対の二人が交差するとき、物語は大きく動き出します。
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