第13章:理想と現実
作られた「理想の家族」を、ガラスの向こう側から見つめる者たちがいました。
彼らにとって、愛はデータであり、心はプログラムでしかないのでしょうか。
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◆ 【2046年 – RE:CODE研究所 モニタリング室】
白い蛍光灯の光が無機質に照り返す、研究所第3階層。
中央モニターには、ある家族の映像が映し出されていた。
リビングで、赤ん坊を抱き上げる男。
笑顔を浮かべ、頬を寄せる。
【第1号被験者:山下泰輔(改訂後氏名:不破翔真)】
データラベルが淡々と表示されている。
「主任……」
橘がモニターに見入ったまま呟いた。
「以前の彼を知っていると、信じられませんね。」
映像の中の翔真は、赤ん坊に向ける表情こそ硬いが、暴力や狂気の気配はない。
「山下泰輔――女性暴行致死、未遂複数件、傷害常習、人格障害傾向。凶悪型で情状酌量の余地なし。」
橘はデータシートをスクロールしながら震える息を吐いた。
「……こんな男が、“父親”になるなんて……」
結城維人は無表情でモニターを見つめていた。
「なるだろうな。」
「……え?」
「記憶と感情を改訂すれば、犯罪傾向は表出しない。殺害衝動も支配欲も、すべて抑制パラメータに組み込んだ。」
橘は言葉を失った。
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◆ 【甲斐の疑念】
隣でカルテを確認していた甲斐仁が口を開く。
「主任、確かに表出していないだけで、“無い”わけじゃない。」
結城が視線を向けた。
甲斐は真羽の映るモニターを指さす。
「彼女……擦り傷が絶えない。この2ヶ月で複数回。母親は事故と言っているが……。」
結城は静かに答えた。
「幼児には転倒が多い。特筆すべき外傷はない。」
「……しかし主任。」
甲斐は、かすかに声を震わせた。
「もしこれが“噴出”だとしたら?」
結城は無言で視線を戻す。
(ならば再改訂するだけだ。)
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◆ 【榊原の登場】
ドアの電子ロックが外れ、重い扉が開いた。
「ほう。」
低く重い声。
内閣情報統制局 高等倫理調整課 課長――榊原廉也。
「第1号被験者が“父親”になったか。」
彼はゆっくりとモニターに歩み寄り、薄く笑った。
「これでもう、記録改訂法の正当性に疑いの余地はないな。」
甲斐が歯を噛みしめる。
「死刑囚であれ、社会に還元できる……ですか。」
榊原は短く笑うと、無表情の結城を振り返った。
「どうだ?お前の“理論”は、ついに国家に“希望”をもたらしたぞ。」
結城は答えない。
モニターに映る、赤ん坊を抱く翔真の姿をただ見つめ続ける。
(……希望?違う。)
(これは、当然の結果だ。記憶と感情を書き換えれば、人は理想になる。)
(ただ――)
結城の灰色の瞳に、一瞬だけ鈍い光が宿った。
(人間は、脆弱すぎる。)
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◆ 【追加 – メンテナンス室】
2046年、夏。
冷たい白光の下、翔真はメンテナンス用チェアに横たわっていた。
「深呼吸してください。」
無機質な音声アナウンスが流れる中、結城望が静かに装置を操作する。
(維人さん……)
望の瞳には、何の揺らぎもなかった。
「記憶安定化プロトコル……完了。追加改訂シークエンス、実行。」
液晶パネルに指が滑る。
【ECHO誘導パラメータ:ON】
微かな電子音と共に、翔真の瞳がわずかに痙攣する。
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◆ 【望の心の声】
(これが、維人さんの望みなら……
たとえ、この人の心を壊すことになっても――)
望は微笑んだ。
(私は……何だってする。)
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第13章・完
ここまでお読みいただきありがとうございます!
今回は研究所(RE:CODE)視点のお話でした。
幸せそうに見える家族の風景。けれど、研究員の甲斐だけは、娘・真羽の身体にある「小さな傷」を見逃しませんでした。
元殺人鬼の本能は、本当に消えたのか。
それとも、抑制された檻の中で牙を研いでいるのか……。
そして、維人を妄信する望の手によって行われた「ECHO誘発」が、さらなる悲劇を招き寄せます。
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