第12章:終わる日々
光生と翔真の間に生まれた、愛娘・真羽。
「真っ直ぐに羽ばたいてほしい」と願う母と、
それを無言で見つめる父。
幸せなはずの家族の肖像画に、黒い絵の具が垂れ落ちていきます。
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◆ 【2044年 – 誕生】
2044年、春。
病室に響き渡る産声が止むと、光生の瞳から大粒の涙が零れ落ちた。
「……真羽……」
小さな産着に包まれた赤ん坊は、まだ目も開かず、光生の腕の中で静かに息をしている。
「可愛いな。」
ベッド脇に立つ翔真が、小さく微笑んだ。
「パパの言うこと聞くんだぞ。」
光生は驚いた顔で翔真を見上げ、そして優しく微笑んだ。
「……まだ何も分からないよ、この子。でも――」
赤ん坊の小さな手をそっと握りしめる。
「この子には、“真っ直ぐに、羽ばたいてほしい”って思ったの。
だから、“真羽”。」
「真っ直ぐ……羽ばたく?」
翔真はその言葉を呟き、黙って赤ん坊を見下ろした。
光生は微笑みながら続けた。
「うん。どんな場所でも、誰といても、この子がこの子らしくいられるように。
私たちがその羽を折らないようにしなきゃね。」
翔真は答えなかった。
ただ、その眼差しは赤ん坊をじっと捉えていた。
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◆ 【2045年 – 家族の時間】
真羽が1歳になった。
ハイハイから伝い歩きへ。
リビングのテーブルを掴み、小さな足で立ち上がる姿を、光生は夢中でカメラに収めていた。
「すごいね、真羽!歩けるようになる日も近いね。」
真羽は無邪気に笑い、両手を伸ばす。
その隣で翔真が言った。
「パパの言うこと聞けるようになったか?」
光生は少し眉をひそめる。
「もう……まだ赤ちゃんなのよ?」
「……そうか。」
翔真は短く返事をし、真羽の頭を撫でた。
撫でる手のひらに力はなかったが、その瞳にはかすかな影が宿っていた。
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◆ 【2046年 – 公園】
初夏の風が、桜並木の葉を揺らしていた。
「真羽、帰るぞ。」
滑り台を登ろうとする真羽に、翔真が声をかける。
「やだ。」
真羽は手すりを掴み、背を向けた。
「パパの言うこと聞きなさい。」
声が低くなる。
「やだ!」
翔真の目が細くなった。
無言のまま真羽の腕を掴み、無理やり引き寄せる。
小さな身体がぐらりと倒れ、肘と膝を擦りむいた。
「痛い……やだぁ……」
泣きじゃくる声を無視し、翔真は真羽を抱え帰路につく。
途中、泣き続ける真羽を背負いながら、誰もいない道端で翔真は小さく呟いた。
「言うこと、聞けよ……。
ちゃんと、聞けさえすれば――」
その声は風にかき消された。
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◆ 【帰宅】
その夜。
玄関のドアが開く音に、光生はキッチンから顔を出した。
「おかえりなさい――」
言葉が途中で止まる。
翔真の背に負われた真羽の顔は、泣き腫らして赤く、腕と膝には泥と擦り傷が滲んでいた。
「真羽……どうしたの!?」
光生は駆け寄り、翔真の腕から真羽を受け取った。
「痛いの……」
真羽が嗚咽混じりに呟き、光生にしがみつく。
「どうしてこんな怪我を……公園で転んだの?」
震える声で問いかける光生に、翔真は靴を脱ぎながら無表情で答えた。
「……言うこと聞かないから、帰ろうとして転んだだけだ。」
その声音は淡々としていて、怒気も苛立ちもなかった。
だが、その無表情の奥に、わずかに揺れる何かを光生は見た。
(……今の顔……なに?)
胸の奥に冷たいものが走った。
「……あなたが……やったの?」
思わず零れた問いに、翔真はゆっくりと顔を上げ、光生を見た。
その目には何も映っていなかった。
光生は息を呑む。
(ごめん……今、私……疑った……)
震える指先で真羽の髪を撫でる。
「大丈夫よ。ママがいるからね。」
その声は震えていた。
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第12章・完
第12章をお読みいただき、ありがとうございます。
気づかれた方もいらっしゃるかもしれません。
翔真が繰り返し口にする**「言うことを聞く」**という言葉。
これは、第7章で泰輔が、被害者たちに向けていた言葉と同じです。
• 記憶を消しても、人格を書き換えても、「支配欲」という本質は消えなかった。
• 光生が感じた、夫への決定的な違和感と恐怖。
そして、真羽が生まれたのは2044年。
もし彼女が無事に育てば、2050年の現在では6歳。
第1章に登場した新太の娘・**月陽**と同じ年齢になります。
真羽と月陽。翔真と新太。
過去と現在が繋がり、悲劇の瞬間が訪れます。
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【読者の皆様へのお願い】
徐々に迫りくる恐怖を感じていただけましたら、
「続きが気になる!」「怖いけど読んじゃう」 と思っていただけると嬉しいです。
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衝撃の結末を、どうか見届けてください。




