第10章:信じるということ
信じることは、過去を許すことじゃない。
心に傷を負った元犯罪者・翔真。
彼をまっすぐな瞳で見つめる看護師・光生。
夜の診療所で交わされる、静かで温かい会話。
これが「悲劇」の前触れだとしても、二人の間に生まれた絆は本物でした。
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◆ 【夜の簡易医療相談所】
夜9時を過ぎても、待合室の椅子には人影が絶えなかった。
「……次の方、どうぞ。」
光生はカルテを確認しながら名前を呼ぶ。
ゆっくりと立ち上がったのは翔真だった。
包帯の巻かれた腕を気遣いながら、無言で診察スペースに入る。
「不破さん、こんばんは。調子はどう?」
淡い桃色の唇が優しく微笑む。
翔真は少しだけ視線を逸らし、低く答えた。
「……まぁ、普通です。」
光生は彼の隣に椅子を寄せると、そっと腕に触れた。
指先が包帯の端にかかる。微かに彼の身体が震えた。
「痛む?」
「……大丈夫です。」
短い返事。だが声は以前より柔らかかった。
包帯を解き、消毒液を含ませたコットンで傷を拭う。
膝の擦り傷、殴られた痕、手の甲の切り傷――どれも古くて新しい。
「白帳差別……ひどいよね。」
ぽつりと光生が言う。
「ここに来る人達も、“社会のゴミ”って言われることに慣れちゃってるけど……」
彼女の声は震えていなかった。
ただ、淡々と事実を並べるようでいて、瞳の奥には確かな怒りが宿っていた。
「でも、不破さんは人間だよ。」
翔真は唇を引き結び、無言で目を伏せた。
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◆ 【灯の視点】
少し離れた棚の影で、灯は二人の様子を見ていた。
(光生さん……どうして、そんなふうに笑えるんだろう。)
自分には到底真似できない。
改訂者への恐怖が、どこかにあるから。
相手が何をしてきたかも分からないのに――
(私だったら、怖くて触れない。)
でも、光生は違う。
その笑顔は、決して嘘じゃなかった。
(……すごいな。)
灯はそっと拳を握りしめた。
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◆ 【光生の告白】
包帯を巻き終え、光生はゆっくりと翔真を見つめた。
「不破さん。」
「……はい。」
低く掠れた声。
けれど、その瞳にはわずかな光が宿り始めていた。
「私ね……記録改訂法には、反対なんだ。」
一瞬、翔真が目を見開く。
「……なんで、そんなこと……」
「人の記憶を奪うなんて、間違ってる。
大切な思い出も痛みも奪われて……
それで“はい、生まれ変わりました”なんて、酷いと思う。」
光生の声は優しかった。
だが、その奥には決して曲がらない芯があった。
「……でも。」
光生は微笑んだ。
「でも、こうしてあなたと話してると……思うの。
もしかしたら、この制度にも救えるものがあるのかもしれないって。」
翔真の胸に、何かが落ちる音がした。
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◆ 【翔真の視点 – 微かな揺らぎ】
(救う……?)
この女は、何を言っているんだ。
こいつは、俺を救うって言うのか。
(救いようなんか、ないのに。)
そう思いたかった。
けれど、今の自分に向けられるこの微笑みが、なぜか胸を軋ませる。
「……ありがとうございます。」
掠れた声が漏れた。
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◆ 【光生の微笑】
光生は、ふっと笑った。
「ううん。ありがとうって言ってくれて、嬉しいよ。」
その笑顔が、柔らかく翔真の胸に触れた。
(どうして……この人の声は、こんなに優しいんだろう。)
胸奥で、長く凍っていた何かが、溶けかけていた。
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◆ 【灯の視点 – 夜道】
帰り道、灯は光生と並んで歩きながら、横顔を盗み見た。
「光生さん……」
「ん?」
「……もしも、その人が、すごく酷いことをしてきた人だったら……それでも信じますか?」
光生は、足を止めて灯を見た。
「分からない。」
そう言って、微笑んだ。
「でもね、信じるって、過去を許すことじゃないんだよ。
その人の“これから”を信じることだと思う。」
灯は、泣きそうになるのを必死に堪えた。
(光生さん……
あなたがいるから、私はこの場所にいられる。)
夜風が二人の髪を揺らしていた。
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第10章・完
第10章をお読みいただき、ありがとうございます。
• 「不破さんは人間だよ」と告げる光生。
• 初めて「ありがとう」と口にした翔真。
• 「その人の“これから”を信じる」という言葉。
灯が憧れ、今も心に焼き付けている光生の姿がここにありました。
しかし、私たちは知っています。
この後、光生が殺害され、透也がNOISEを結成することになる未来を。
心を溶かされた翔真は、この後どうなるのか。
そして、誰が光生の命を奪うのか。
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