第6話 商国ジャパの策士(さくし)
アレンの勝利から数時間後。
アリーナの空気はまだ熱気を残していた。
次の対戦カードが告げられる。
「ラグナ王国代表――アレン!」
「商国ジャパ代表――シラヌイ=コハク!」
ざわめきが起きた。
ジャパといえば商国。
戦争もしない。力自慢もいない。
しかし――知略・交渉・策略ではいずれの国も勝てない。
その代表が、細身の少年として姿を現した。
アレンと同じ年頃だが、雰囲気は真逆。
薄い笑みを浮かべ、手には商人特有の算盤型の魔導具を握っている。
(武器……じゃないよな?)
アレンが眉を寄せると、シラヌイは軽く会釈した。
「はじめまして。噂の“ラグナの天才”さん。
あなたの戦闘データ、全部計算済みです」
「計算、ね……」
アレンは小さく首をかしげる。
「戦いってそんな単純じゃないと思うけど」
シラヌイは口角を上げた。
「だからこそ、計算で勝つんですよ。
僕らジャパは、“情報”で戦う国ですから」
審判の合図が響く。
「第三戦――開始!」
◆
開始と同時に、シラヌイは距離を取りながら数式を唱え始めた。
「《損益計算式》起動」
算盤型魔導具の珠が勝手に走り、光の数字が弾ける。
次の瞬間――
アレンの視界に、奇妙な魔法陣が浮かんだ。
(……これ、魔力の“動き”が読まれてる?)
シラヌイはすでに距離をとり、安全圏からアレンを観察している。
「ドワルゴ戦、速度魔法三種。
初動の癖、魔力の流し方、攻撃パターン……
全部バレバレですよ」
そして――
シラヌイが指を鳴らす。
「《見切り陣》!」
足元に広がったのは、魔法陣……ではなく、網目状の情報式。
アレンが動いた瞬間――
ビッ!
不可視の束が足を止めた。
(……っ! 速度が削られてる?)
「あなたの“最適行動”も“最大火力”も、
全部この場で計算済みですよ、アレン君」
シラヌイの瞳が細くなる。
「――だから、僕は絶対に攻撃を当てさせない」
ジャパの戦闘スタイル。
それは、“戦う前に勝つ”。
魔法式を読む。
動きを読む。
思考を読む。
そして、相手の選択肢をすべて“無価値”にしていく。
だが――
(……面白い)
アレンの目が、静かに光った。
「それ、分析しながら戦ってるんだよね?」
「ええ。あなたの反応を見ながら常に更新します」
「じゃあ……」
アレンは笑った。
「本気の“速度”についてこれる?」
シラヌイの表情がわずかに固まる。
◆
アレンの周囲に、薄い雷光が滲んだ。
さっきの“雷纏”とは密度が違う。
魔力密度、回路速度、圧縮比……
すべてが桁違い。
「……まさか、それを大会で使うつもりですか?」
シラヌイの声が揺れる。
アレンは軽く息を吐いた。
「観察してよ。僕の“本当の初速”」
次の瞬間――
パッ!
アレンの姿が“消えた”。
いや――見えない。
シラヌイの情報魔法が、追えていない。
「なっ……!?
情報式が……追跡不能!?」
“見えない速度”。
アレンが真横に現れる。
「雷纏――零式」
――情報処理よりも速い。
――計算を上回る。
――予測できない。
シラヌイが慌てて指示を出す。
「《損益計算式》再構築、式を立て直し――」
もう遅い。
アレンの人差し指が、シラヌイの額の前に止まっていた。
「終わりだよ」
雷光が弾ける直前、シラヌイは目を閉じた。
審判が叫ぶ。
「勝者――アレン!!」
雷光は放たれなかった。
アレンはギリギリで魔力を収めていた。
◆
シラヌイはゆっくり目を開く。
「……勝てない、か。
計算ではどうしても届かない……“化け物領域”だね、君は」
アレンは首を傾げた。
「でも面白かったよ。
僕の魔法を“数式”で捉えたの、あなたが初めて」
しばらく沈黙した後、シラヌイは笑った。
「ラグナ……恐ろしい国だなぁ」
◆
観客席。
ヴァルデール師団長は腕を組んだまま呟いた。
「……アレン。
“零式”まで大会で使うとは、らしくないな。
それほどの相手だったか?」
アレンは無言で、小さく頷く。
――初めて、自分の“速度”をデータ化しようとしてきた相手。
――研究対象として、最高だった。
その戦意の火は、まだ消えていない。
アレンは次の相手へ視線を向ける。
軍事国家ロスア。
その代表は――
これまでのどの国よりも、アレンを静かに睨みつけていた。




