第5話 鉄国ドワルゴの巨戦士(ごせんし)
観客席が震えた。
次に戦場へ姿を現したのは、全身を黒鉄の装甲で覆った――まるで山のような男だった。
「ドワルゴ代表、ガルド=バルム!」
身の丈はアレンの倍以上。
鍛え上げられた肉体は鎧の隙間からでも分かるほど分厚く、歩くたびに地面が揺れる。
ドワルゴ――それは“力”を哲学とする国。
魔法よりも筋力、鍛錬、武技を重んじ、
**肉体そのものを武器とする“戦闘種族”**として知られている。
「ちっさいな、おまえ」
ガルドはアレンを見下ろし、鼻で笑った。
「学園も出てねぇ小僧が、俺と戦う? 冗談だろう」
アレンは肩をすくめる。
「まぁ……やってみないと分からないですよ」
「ハハッ、言ったな。後悔するなよ?」
審判が手を上げる。
「両者――構え! 第二戦、開始!」
◆
開始と同時に、ガルドの足が爆ぜた。
「“土走”ッ!!」
大地の魔力を脚に流し込み、爆発的な推進力を生む武技。
ただのダッシュとは比べ物にならない速度で、巨体が弾丸のように迫る。
(速い……!)
アレンの髪が衝撃波で乱れた。
ガルドの拳が横殴りに迫り――
轟ッッ!!
一撃で石床がえぐれ、大量の砂埃が舞い上がった。
しかし。
「……かわされたか」
ガルドの眉がわずかに上がる。
アレンの姿は拳の軌道から、ほんの紙一重でずれていた。
(力は……エルフの比じゃない。まともに受けたら骨が砕ける)
アレンは距離を取る。
ガルドは不敵に笑った。
「逃げるなよ? “鉄国”には後退の概念はねぇんだ!」
再び地面を蹴り、ガルドが突進する。
ただの重量ではない。
魔力の奔流が大地を砕きながら前へ押し出している。
(あれをまともに受ければ……試合終了。なら――)
アレンは指先を軽く合わせ、魔力線を描いた。
「“雷纏”」
空気が震え、小さな光が弾けた。
魔法式は極小。
だが瞬発力は最大。
ガルドの拳が降りかかった瞬間――
アレンの身体は一気に弾けるように横へ跳ぶ。
バチッ!
雷速の回避。
ガルドの拳が空を裂き、地面に深い亀裂が走る。
(今だ)
アレンは低く息を吸い、魔力を圧縮する。
「“雷縛”――!」
細く鋭い稲光が地面に走り、蜘蛛の巣のように広がる。
その中心にガルドが乗り込んだ瞬間――
バチバチバチバチィッ!!
雷が足元から巨体を飲み込んだ。
「ぬっ……ぐぅ……!」
ガルドの筋肉が硬直し、一歩、二歩とよろめく。
だが――
「甘ぇよ」
ガルドは全身に力を込め、雷を強引に断ち切った。
筋肉が膨れ上がり、鎧が軋む。
「雷なんざ……力で押し切れば十分だ!」
(さすがドワルゴ……! 雷すら筋力で相殺するなんて)
アレンは距離を取りながら魔力を練る。
ガルドは全身から蒸気のような魔力を噴き上げていた。
「次で終わりだ、小僧!」
巨体が一気に跳躍する。
石床が砕け、砂煙が舞い、アリーナ全体が震えた。
(きた……!)
アレンは手をかざす。
ガルドの体が真上から落下する――
その瞬間。
アレンの周囲に薄い魔法陣が複数展開した。
「“圧縮雷球”」
魔力を極限まで圧縮した雷球が、空へ向かって数十発。
ドドドドドドドドッ!!
空中のガルドへ連撃が浴びせられる。
避けられない。
空は逃げ場がない。
「ぐおおおおおおお!!」
巨体が雷撃に貫かれ、落下速度が一気に鈍る。
そして――
ドォン!
ガルドは地面に沈むように倒れた。
審判が駆け寄る。
「……勝者! ラグナ王国、アレン!!」
◆
観客席が爆発したように沸いた。
だがアレンは肩で息をしながら、倒れたガルドを見つめる。
ガルドは苦しそうに笑った。
「は……はは……。小国の……魔法使いが……ここまでとはな……」
アレンは手を差し出した。
「あなたの力こそ……本物でした」
ガルドはその手を掴み、豪快に笑う。
「次は負けねぇぞ、小僧」
二人の手が固く結ばれる。
◆
アレンは観客席の最上段で腕を組んでいたヴァルデール師団長の視線に気づく。
ヴァルデールは薄く笑った。
――「まだ行けるな、アレン?」
その無言の圧力に、アレンは小さく息を呑んだ。
(……次は、もっと強い相手か)
その予感とともに、第二戦は幕を閉じた。




