第21話 “皇帝直轄部隊、出陣”
帝都方向の空が、黒く裂けていた。
黒い魔力柱は雲を貫き、
まるで夜を無理やり押し広げるように、周囲の光を飲み込んでいる。
将軍
「……あれは……《帝国黒皇槍》……!」
副官
「皇帝が……本当に動かれるというのですか……!」
アレン
「皇帝直轄部隊……?」
将軍は、震えた声で答えた。
将軍
「帝国でも、一部の者しか存在を知らぬ……
“皇帝の意思をそのまま魔力にした部隊”だ。
彼らは魔導技術ではなく――“皇帝の魔力”そのものを使う」
アレン
「皇帝が……そんな危険なことを……?」
将軍
「アレンを恐れているのだ。
……いや、恐れるというより……“お前を手に入れたい”のだ」
アレン
(手に入れたい……ね)
黒核の言葉が頭をよぎる。
――“世界は、お前の力を巡って争いを始める”――
アレン
(……僕ひとりのせいで、戦争なんて……嫌だな)
だがその思考を吹き飛ばすように、
帝都から“黒い何か”が迫ってきた。
空を滑るように進む、三つの影。
兵
「な、なんだあれは……!? 飛んで……いや、浮いているのか!?」
副官
「三人……? たった三人で……あの魔力……!」
将軍の顔色が変わった。
将軍
「直轄部隊の“三本槍”……
帝国最強の処刑部隊……!」
三つの影が音もなく着地する。
地面が、黒い魔力の圧で沈んだ。
先頭の影――“黒槍隊長”が、ゆっくりと手を伸ばす。
黒槍隊長
「――確認。対象:アレン。
帝国の脅威指数:最上位。
皇帝の命令により、“確保かつ強制従属”を実施する」
アレン
「強制従属……?」
黒槍隊長
「拒否権はない。
世界管理者候補――危険因子アレン」
アレン
(……なんでみんな僕を“管理者”扱いするんだろ)
黒槍隊隊長が、静かに槍を構える。
黒槍隊長
「戦闘開始」
次の瞬間――
空間が“黒い線”で裂かれた。
アレン
「――ッ!? 速……!」
地面すら音を置き去りにする突進。
五万の兵を沈黙させたアレンの防御式が、
黒い槍に触れた瞬間、悲鳴のような音を上げて歪む。
アレン
(この槍……魔力じゃない……!?
“世界式の隙間”を通ってる……!)
黒槍隊長
「妨害不能。防御式、無意味」
アレン
「いや、“無意味”にしないよ!」
アレンが指を鳴らす。
封印紋が光り、世界式が組み替わる。
アレン
「《世界式・分割干渉》!」
黒い槍の軌道が一瞬止まり、
アレンは身体をひねって避ける。
すぐに二本目、三本目の槍が襲う。
副官
「速すぎる……ッ!?
アレンが……防戦一方……!? そんな馬鹿な!」
将軍
「いや……よく見ろ……」
アレンの足元の草が、風もないのに揺れている。
将軍
「アレンは……まだ“本気で反撃していない”……!」
黒槍隊長が空を裂く。
黒槍隊長
「対象アレン。抵抗の意思を確認。
捕獲優先度を最高位に変更――」
そのとき。
三本槍の背後に、影が膨れあがる。
アレン
(……あれ……魔力じゃない……?)
黒槍隊長
「“皇帝の影”。
皇帝陛下の魔力を媒介とする、絶対制圧権限だ」
黒い影が形を変える。
塔のように高く、
巨人のように重く、
生物のように蠢き、
魔術のように理不尽。
将軍が震える。
将軍
「帝国の……“切り札”……!」
影がアレンへ向かって落ちる。
黒槍隊長
「逃れられない」
アレンは目を細めた。
アレン
「それ……反則でしょ」
影が世界を覆い――
アレン
「――でも僕も、少しだけ“反則”使うね」
封印紋が白く反転する。
青ではない。
黒でもない。
“世界の根源に触れたときだけ発動する色”。
アレン
「《世界式・根源干渉》」
影が触れた瞬間――
世界そのものが“巻き戻った”。
黒槍隊長
「……ッ!? 世界式が……書き換わった……!」
副官
「時空……? いや……概念……?」
将軍
「な……なにをしたのだアレン……!」
アレン
「ちょっと“なかったこと”にしただけ」
黒い影は跡形もなく消え、
三本槍は一斉に跪いた。
黒槍隊長
「……理解不能。
“管理者”級の干渉……確認」
アレンはため息をつく。
アレン
「僕は管理者なんかじゃないってば……
ただの魔術オタクだよ」
だがその瞬間――
黒槍隊長の瞳が“赤”に染まる。
黒槍隊長
「……第二命令発動。
“皇帝陛下が直々に指揮系統へ介入”」
副官
「な……皇帝が……この場に直接……!?」
アレンは気づく。
黒槍隊長の口から出る声が、
――もう黒槍隊長の声ではないことに。
皇帝
『――初めまして、アレン。』
空気が変わった。
世界の魔力が震える。
皇帝
『お前の力……
私に渡せ』
アレンは、一歩前に出た。
アレン
「……ごめん。
僕は、誰のものにもならない」
皇帝
『ならば――力づくだ』
黒槍隊長たちの身体から、黒い炎が噴き上がる。
アレン
「……来るか」
世界最大国家の“皇帝”との戦いが――
ついに幕を開けた。




