第1話 小国ラグナの異端児
ラグナ王国は、地図の端にある小さな国だ。
どの大国からも領土的価値がなく、魔力資源も少ないため、
「え、ラグナ王国?w」と放置されてきた国である。
だが──この日を境に、ラグナは世界地図のど真ん中に名を刻むことになる。
五歳の少年が、国を揺るがす事件を起こしたのだ。
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「アレンくん、今日は魔力測定の日だよ。こわくないからね」
測定士の老人が優しく声をかける。
五歳の誕生日が来ると魔力測定をするのだ。
魔力測定は、魔法適性を判断する儀式だ。
儀式は、近くの集会所や教会などで執り行う。
通常、測定器に魔力を流すと、
「青色=低い」「緑=平均」「赤=高い」と表示されるだけ。
危険など、あるはずがない。
──少なくとも、普通の子供なら。
アレンは黒髪に灰色の瞳。
特別な外見ではない。
だがその瞳はどこか“静かすぎる”。
幼いのに、大人より冷静な印象。
魔力測定器の前に立つと、アレンはぼそりと呟いた。
「……これ、魔力の流し方が非効率だ」
「え?」
「内部構造が歪んでる。魔力の流入経路が片側に寄ってるよ」
老人は顔をひきつらせた。
(五歳で機械の構造なんて分かるわけが……)
「アレンくん、とりあえず手を置いて──」
老人の言葉は最後まで続かなかった。
測定器が、奇妙な音を立てた。
ボゴンッ。
そして──次の瞬間、爆ぜた。
いや、正確には“魔力暴走による破裂”だ。
青も緑も赤も表示する暇はない。
測定器そのものが、アレンの魔力を受け止められなかったのだ。
瓦礫と煙が舞う。
老人は倒れ込み、スタッフは悲鳴を上げた。
アレンだけが、無表情だった。
「やっぱり歪んでた。これじゃ正確な測定は無理だよ」
まるで興味がないように、淡々と言った。
そのとき、国の測定士たちは理解した。
──この子は“異常”だ。
“強い”のではない。“異質”なのだ。
世界にとって、災害となりうる。
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測定結果はすぐに国王のもとに届いた。
国王セルディオは資料を見て、思わず声を失った。
「……魔力出力、成人平均の十五倍……?
測定器を破壊した!?」
隣で王妃が不安そうに問う。
「危険な子なのでしょうか?」
国王はゆっくり首を振った。
「危険というより……世界が放ってはおかぬ存在だ。
五大国のどれかが察知すれば、即座に奪いに来るだろう」
「では、どうすれば……?」
国王は苦渋の表情で答えた。
「隠すしかあるまい。
封印し、魔力を三割ほどに落とし、一般人に紛れ込ませ育てる。
彼が大きくなるまで……この国で守るしかない」
この判断が、後に世界を救う選択となることを、
まだ誰も知らなかった。
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その後、封印術師が呼ばれ、アレンに魔力制御の封印が施された。
普通の子なら魔法を使えなくなるような強力な封印だ。
だが──
翌日にはアレンは魔法を使えていた。
しかも、封印術師本人が驚くほど“正確”に。
(……封印を理解して、最適化してる……?
そんな馬鹿な……まだ五歳だぞ!?)
アレンはただ静かに言った。
「この封印、魔力の流し方に無駄が多いから。少し調整したよ」
調整──?
五歳の子供が、封印魔法を“調整”した?
封印術師は震え、王へ報告した。
王は深く息を吐いた。
「封印を調整!?そんなこと可能なのか……やはり血は抗えんというわけか。」
そう言っても、アレン自身は無邪気だ。
魔法学園に通うと、教師たちはただ呆れるしかなかった。
・解答不能とされた理論問題を数秒で解く
・魔法陣の不備を指摘し、教師の論文を覆す
・属性魔法を“混合”し、独自の魔法式を作り出す
教師たちは恐怖さえ覚えた。
だが、アレンは戦うことに興味がない。
魔法そのものの“仕組み”に興味があるのだ。
(強さなんてどうでもいい。
もっときれいな魔法式を作りたいだけなのに)
だが、世の中はそう都合よくいかない。
十五歳のとき。
アレンは学園を飛び級で卒業し、
ラグナ魔法師団の「特別枠」へ入団した。
もちろん最年少。
師団長は渋い顔をしていた。
「……お前のような化け物を扱える器ではないが、
国の命令とあれば仕方あるまい」
アレンは肩をすくめた。
「化け物じゃないよ。ただ魔法が好きなだけだ」
その返しがまた師団長を困らせた。
だが、この入団が世界を動かしていく。
アレンはただ研究していたかった。
争いにも、政治にも興味はなかった。
しかし──
才能は、世界が放っておかない。
ラグナ国王がアレンを呼び出したのは、
魔法師団に入団してわずか三ヶ月後だった。
「アレン。
今年の“世界武術大会”に、お前を推薦する」
アレンは絶句した。
「あれって、大国の英雄同士が戦う大会でしょ?
僕みたいな小国の人間が出ても──」
「いや。
お前に勝てる者など、おそらく世界にいない」
「……は?」
王は深刻な顔で言った。
「この大会は小国にとって唯一の“国威発揚”の機会だ。
大国もお前の存在に気付き始めている。
大会で優勝すれば、小国ラグナの地位は跳ね上がる」
アレンはため息をついた。
出たくない。
めんどくさい。
研究したい。
だが、王は続けた。
「頼む。
お前は、この国の希望だ」
アレンは、静かに目を閉じた。
(……ああ、もう。
どうしてこうなるんだろう)
そして、ゆっくり答えた。
「……分かりました」
──世界が動き出した。
ここに、後に“世界魔法史を塗り替える少年”として語られる
アレン・ラグナの物語が幕を開ける。
五大国はまだ知らない。
この少年が、
いずれ“世界の理を上書きする存在”であることを。
—————第1話 終




