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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

グアナム神戸店より/それはまるで悪夢みたいだった

掲載日:2025/09/29



「グアナム神戸店」



 秋の夕暮れ時、外は帰宅ダッシュの真っ只中。ロングコートを着たサラリーマン、悩みなんてないように笑い喋りながら帰宅する学生たち、そんな彼らを横目にみながらけいんは店の窓ガラスを拭いている。通りすぎるお客さん達は、店のディスプレイに惹かれて窓ガラスに手をつける為、店内から窓を見ると手形がいっぱいついている。まるで、幽霊屋敷みたいだ。

 窓ガラスに反射して後ろで何かが左から右に飛んできた。


 「なんや?」


けいんが振り向くと、ネズミと猫が激戦を繰り広げていた。

 その猫には体型は細く、体毛もない。エジプトとかにいそうな猫の種類だった。

 「誰か飼い主でもおるのかな?、なんで神戸にはあんな猫がいっぱいおるんやろ?野生であんな猫おらんやろ」なんて考えながら、向き直し窓拭きを再開。

 この町であのような猫をよくみるが、飼っている人がいてもおかしくはない。ここは100万ドルの夜景だってある大都市。お金持ちも五万といる。いかにもお金持ちが買いそうな独特な猫の種類だ。


 ここはグアナム神戸店、わりと最近できたファッションブランド。茶色をベースに世界中の国々のデザインが施されているのが特徴。

 しかも、世界130ヵ国分の地図があり、1つのTシャツに一つの国の地図のデザインとなっている。

 

 つわの「けいん!このTシャツ、地図が見切れてるやんかぁ、こんなものやったっけ?」


 つわのは店のドアから顔を出し、Tシャツのデザインを見せている。


けいん「それ、どこの地図?」


   「えぇーとね、フランス」


   「他の同じデザインのTシャツと見比べてみたらええやん」


  「ないんよ、もうこれが最後やねん」


  「まじか」


けいんは窓を拭きを終えると、脚立を下り、畳み脇に挟んで早歩きで店の中に入っていく。「ほな、寒いなぁ」と呟いて。

 つわのが持ってるTシャツを手に取ると、そのデザインをじっくり見ていく。店内は静かな空気がながれ、つわのはけいんが何か答えるまでじっーと見つめている。


 「これ、確かに見切れてんな」


 「せやろ」


この場合、どうするんやったっけ?

 

 「えぇーとな、、、」


けいんは顔を天井に向け、冷静な表情で考えている。一重で少し垂れめの目筋、背は高くないが、肥満体質な体型がリーダーの様な雰囲気を醸し出している。

 だが、けいんとつわのは同期のバイト生で同じ24歳。高校を卒業して、グアナムで出会って以降、プライベートでも遊ぶほどの仲になった。

 フレンドリーで仲間愛の強いけいんに対して、どちからというと冷酷で人を信じないタイプのつわの。でも2人は出会ってすぐ意気投合。特に共通点はなく、古いダチというわけでもないが、何も知らない他人から見れば、幼馴染同士といったところだ。


 「そうだ、たしかなぁ、店の在庫数から省いて、破棄して倉庫行きにするんやったかなぁ?どうやったっけ、、、」


 「ほんなら、菜月に聞いてみる?明日出勤やろう?」


 菜月は同じバイト生で同じく同期。グアナムのバイト生は全員でこの3名で、店長のサチコさんの4名が勤務している。正社員はサチコさんだけで、シフトによって3人出勤と2人出勤の日があり、今日はけいんとつわのの2人出勤。

 開店は9時、閉店は20時、早番と遅番、3人の時には中番で店を回している。

 つわのの言った事に対し、難しい顔をするけいん。

 

 「せやけど、明日サチコさんも出勤やろ?」


 「そうや」


 「菜月は遅番やん?このTシャツをどうするかっていうだけで、この件を次の日に持ち越したら、サチコさん怒るで」


けいんの言葉に、つわのはTシャツを見つめながら難しい表情になっていく。


 「そうやなぁ、最近機嫌悪いしな」


サチコさんはグアナムで働いてから20年以上になる。最初はバイトで入り、今は正社員として店長にまでなった。

 サチコさんほどの仕事ができる販売スタッフがいない。最近ではけいん、つわの、菜月の3人の失敗が続き機嫌が悪い。

 決して大きい失敗でないが、すごく細かい所まで仕事ぶりを見ている。


サチコさん「ねぇ、このディスプレイしたのは誰?」


けいん「あぁ、これはつわのやったと思います」

 

 「つわの?Tシャツのデザインがよく見える様に飾れって、あれだけ言ったんだけどねぇー、、、細かい所まで見て欲しいんだけど、どうしたら治るかなぁ」


ヨーロッパ式の壁に床、お城の様な雰囲気の店内は店の端から端まで見える程度の広さ。窓ガラスに向かって3つのマネキンが立っている。

 マネキンはそれぞれ違うデザインのTシャツを着ていて、サチコさんは真ん中のマネキンのTシャツのシワを引っ張りながら、「しつこいほど言うけど、こういうシワも気をつけてね」と言った。


 「了解です。それ、明日つわのと出勤同じなんで、言うときますね」


 サチコさん「言っといてねぇ」


Tシャツのデザインを指摘した時の声とは打って変わって、小さめの優しいトーンであったが、その声のわりに一切笑ってないその顔から、苛立っているのがわかる。

 けいんはその雰囲気に緊張しながらも、いつもの陽気なテンションを崩さず、その場を乗り切った。

 けいんはサチコさんの表情を思い浮かべて、こんな小さな事で何時間も注意を受けるのは避けたいと思った。


けいん「ほな、菜月に今連絡したらあかんかな?」


普段、休みの人に連絡する事はしない。つわの以外には、、、

 しかし、この程度のミスを持ち越すのは、この件に見合わないほどの大嵐が待っているということ。

 同期でもあるし、菜月になら聞きやすい。



「ええと思う。今連絡してみよか?」


「そうしてみて」


つわのはiPhoneを取り出すと、菜月に電話を入れた。


「おお、電話するん?」


LINEを入れると思っていたけいんは、つわのの相手に気を使わない傲慢なやり方に少し戸惑うが、今は大嵐を避ける為の手段として、一緒に菜月が電話をとるのを待った。


「おぉ、お疲れ様〜、なつき?」


「電話でたん?」けいんはiPhoneに顔を近づける。


「え、独り言やで」


「独り言なんかい!!ややこしいわぁ、やめぇ、そういうの」


「練習やんかぁ、とった時の、、、あっ、」


「もしもし、、、お疲れ〜」


寝起きで少し高めの声、だるそうで男勝りな喋り方、菜月だ。


「あっ、お疲れさん、急に電話してごめんなぁ」


「おぉっ」


「聞きたいんやけど、デザインが見切れてしまっているTシャツとかあるやんかぁ」


「あぁ、Tシャツねぇ」


「あれって、どう対応するか知っとる?」


けいんは、慎重な表情でiPhoneに顔を近づけ、菜月の声を聴いている一方、つわのは相変わらずマイペースな顔だ。


「あれなぁ、えーと、廃墟やから倉庫に送らなアカん。店の在庫数あるやろ、あれからTシャツ一枚除くやんか、それからグアナムに電話して、次の納品の時に取りに来てもらうんよ。」


「グアナムって、あれやんな、神戸の本部やろう?」


けいんと顔を合わせながら、理解できなかった部分を聞くつわの。


「そうそう」


けいんが「代わって」と小声で言いながらiPhoneに手を伸ばすと、「なんで、小声なん?」とツッコむつわの。

 それに対して「今それえぇって」眉間にシワを寄せ、若干焦りを見せながら代わる。


「お疲れ様!」


「おおっ」

相変わらず、必要以上に発言しない菜月。


「ほんまごめんな〜」


「別にええで」


「あの、廃墟のTシャツの在庫をずらすのは、タブレットの在庫数を管理しているデータをいじってー、この後に本部に連絡入れてー、取りに来てもらうまでバックヤードにおいてたらええのかな?」


「そうそう、それでええで、でな、Tシャツは袋に戻して上にメモ書き忘れたらあかんよ、なんで廃墟なのか書かなあかん」


「おっ、オッケー。了解や。」

けいんの表情がほぐれていく。つわのはさっきのけいんと同じくiPhoneに顔を近づけ、菜月の声を聴いている。


「ええで、ほなまたな」


「ほんまにありがとう!助かったわ」


「はいよー」


電話が切れたのを確認し、つわのにiPhoneを返した。


 つわの「焦ったやろう?」


 けいん「別に焦っとらんよ」


 つわの「なら、代わって〜言う前に、スピーカーにせぇってツッコミめぇ」


 しばらく間があくと、、、

 けいん「いやなんでスピーカーにせんかった!!」


 つわの「遅いわ」


 つわのがそう言うと、けいんは「もうええから」と適当に流し、菜月から聞いた対応方法を振り返りながら、つわのに説明していく「えーと、、、」




「睡眠中のトラブル発覚」



Tシャツの件は菜月から教わった通りに片付け、気がつけば時間は19時になっていた。


「そろそろ閉店作業せな、つわの、トイレ掃除できるー?」


「ええで!バックヤードの掃き掃除もついでにやっとこうな」


「ありがとう、俺、レジ周りと売り場の掃除機かけるわぁ」


今日は一日落ち着いていた。おかげでテンパらずに済んだ。

 お客さんがいない、店内ではけいんとつわのの大声な会話が響いている。


けいんがレジのカウンターを消毒液のついたふきんで拭いている時、1人のお客さんが入ってきた。


「いらっしゃいませぇー」


お客さんは30代後半の男性客。茶色のロングコートにネイビー色のスーツ、何から何までハイブランドで固めている。

 「すんっません!間に合いましたわぁー、3日ほど前にTシャツの注文をした坂井ですー」


 「あっ、坂井さん?待っててくださいね、確認してきますー」


けいんは、早歩きでバックヤード入った。暗闇で棚で密集した部屋の一番奥端で唯一光っている所、社員用のトイレだ。

 つわのがドアを開けっぱで掃除をしている、緑色のゴム手袋をして、異様に大きめのボディーソープの容器の様な形をした洗剤を便器の中にかけているところだった。

 けいんは、一番奥の棚の所にある注文商品を入れておくスペースに、手を入れて山積みになった7〜8枚のTシャツの透明袋に貼られたメモ書きを見ながら、一枚ずつ「坂井」の苗字が書かれたTシャツを探す。

 つわののけいんを見て動きを止め、腰を上げて気にかける素振りはけいんの横目にもぼんやりと写っている。

 何も言わなくても、「坂井さんって言う人来てんけど、わかる??」つわのに聞いた。


 「一番したのやつじゃん?青色のTシャツよ、オニオンジャックのTシャツや」


 「これか、ありがとう!」

けいんは一番に積まれていた青色がベースのTシャツを手に取り、すぐさまレジに戻った。

 レジ前にはお客さんがカウンターに左手をつけ、人差し小指の4本を順に打ちリズムを刻んでいる。


 「お待たせしましたー」


ケインの声に目を開き、笑みを浮かべる。優しいそうで気さくなお客さんといった印象だった。


 「こちら、オニオンジャックのTシャツです」


 「あれやんなぁ、イギリスの地図やろ?」


 「あぁ、そうですね。イギリス地図のデザインになりますね」


けいんがバーコードをスキャンし、袋に詰めている間、お客さんは話し続けている。けいんは会計を立てながら、お客さんの話に軽く相槌する。


 「ここで前にも購入したことあるんやで、その時は可愛い女性の店員やったで黒のボブヘアーのな」


 「あぁ、それ、多分サチコさんやと思います」


 サチコさんの容姿は小柄で、現在も眉毛より上で綺麗に揃えられた前髪に輪郭に沿ったストレートのボブヘアー。顔もなかなか可愛い顔だが、その割りにサイコチックな雰囲気を醸し出している。


 「多分、その子やな、まだおるの?」


 「えぇ、はい、店長ですよー」


 「あっ、えぇー店長やったん?すげえな」


話しながら、お客さんはクレジットカードでの支払いを済ませ、終わり間際までけいんがTシャツの入った茶色の紙袋を持って、お客さんにすぐ渡せるように構えてた。

 お客さんがTシャツを受け取ると、「ほなまた来ますわぁー」といって、店を後にした。内心やっと終わったと思ったけいんは、そのままカウンター掃除を再開した。

 売り場の掃除機かけていた頃に、つわのは既にバックヤードの掃き掃除を終えていたが、掃除機をかけているけいんを後ろから呼んでいる。

 

 「なぁ、けいん!おい!」


掃除機の音に埋もれながらも微かに聞こえるつわのの声気づき後ろを振り向くと、バックヤードの扉から、再びTシャツを持って名前を呼ぶつわのの姿が映った。

 「勘弁してやぁーー」


ため息しながら、恐る恐る掃除機を止めると、音で埋もれた話を続けて話している。

 

 「まって、まってやぁ、最初からもう一回」


 「だから、このTシャツの注文を受け付けたのって、けいんなん?」


 「何そのTシャツ?」


 「ヴェノピア島地図のTシャツや」


ヴェノピア島は、世間的に知られていないヨーロッパの小国である。この島にはいくつもの伝説は神話、秘宝などが眠っているという噂が絶えない。事実、ヴェノピア島に生存する生き物はどれもこれもが珍しい生き物ばかりだ。

 宇宙衛星でも、ヴェノピア島だけは映せず島の形も明らかではないが、グアナムの創設者マイケル・グアナムが冒険家時代にこの島を訪れ、地図を完成させたとかそんな話だ。


 「ほんで、俺が注文とったけど、、、」


 「これ、Tシャツ間違ってん?」


 「そんなことないと思うけど、、、」


けいんは掃除機を持ちながら、つわののそばまで行く。Tシャツを取ると袋の封を開けようとすると、つわのの人差し指が開けさせまいと力強く抑えて、そのまま値札のところへ指をすべらせた。

 けいんは指につられるまま、値札を見るとそこには、「ヴェネチア」と記載されていた。

 しばらくその文字を見つめ、額からは汗が流れ出し、血流は早くなっていく。


 「はぁぁぁ!ヴェネチアややん!、、、、待って、ヴェノピア島やない」


 「そうやぁ、でもメモ書きにヴェノピア島って書かれてんやんか、ほなおかしいなと思うて、担当者とこ見たら、けいんってなっとったから、、、」


 「えぇ!待って!やばいやん。えぇ、これお前の見間違いとかやない?」


けいんの声は荒くなっていく。


 「俺の間違いやないで、お前がさっきの客の注文商品探してた時に、棚の中のTシャツ、めっちゃめちゃにしてん、直そお思うたら、これ見つけたんよ」


 「ほんなら、、、待って、、、」


けいんは掃除機をレジカウンターの横にもたれさせると、バックヤードに直行した。

 そして、注文商品を保管する棚の前まで行くと、Tシャツを一枚一枚念入りに確認し始めた。

 つわのもけいんを手伝い、けいんの見たTシャツを2度確認していくが、ヴェノピア島のTシャツと記載されたものなど一枚もなく、メモ書きの貼り間違いでない事は明らかになった。つまり、けいんの注文ミスということになる。


 「終わったぁー」


けいんは棚を見つめながら、壁にもたれる。つわのはめっちゃめちゃになったTシャツを綺麗に整え直しながら言った。


 「ヴェノピア島のTシャツって、これ最後なん?」


 「多分、最後や。注文の電話がきた時も必死になって探してん、見つけた思うたらこれや」


けいんの目はどんどん落ち込み、ふてくとやばいの焦りが混じり合っては体の力が抜けていく。

 頭に浮かべたのは、お客さんからのクレームに対する恐怖が2割、残り8割はサチコさんの顔だった。


 「終わってん、、、絶対終わった」


けいんを見て、「どうにかしたろ!」とつわのの気持ちは友情に燃え始めた。

 それは、けいんが今まで手助けしてくれた瞬間が走馬灯のようにカムバックしてきたからだ。


 「けいん!一度、在庫数タブレットで見な!!」


 「見つかるかなぁ?ないと思うねんけど」


つわのの助けようとする姿勢は、けいんを安心させ、もしかしたらという希望を完全に死なせなかった。


けいん「ほな、調べてみよう」


2人は、清掃を忘れてレジカウンターにあるタブレットの前に立っていた。

 若干震える手と、騒がしくなる心臓の鼓動を無理に抑えながら調べる。

 青文字で検索と記されている枠にヴェ・ノ・ピ・ア・島と打っていく。

 

 遂に検索を押す。「Tシャツ/ヴェノピア島」。検索中の文字がウェーブに揺れ、結果を表示した。


 在庫数、、、0


画面の表示を見て、けいんは心ここに在らず。小さい声で呟いた。


「終わっった、、、、」


そのそばでつわのもぼーってしている。


そんな時、誰かが店のドアを開けた。

けいんもつわのもドアの音が聞こえたが、タブレットから目が離せず、「いらっしゃいませ」なんて言う気力もない。

 

「何してるん?、、、、」


聞き覚えのある声だった。2人は同時に顔を上げると、ドアの方に菜月が立っている。


「菜月!、、、」


つわの「なんでおるの?、、、」


けいんもつわのもぽかーんとした表情だ。


「おばあちゃんのミネストローネ食べたくて、おばあちゃん家よったんよ、その帰りにこの通りを歩いていたら、店まだ開いとるから」


2人は同時にタブレットの左端の時間を見た。


 「もう!20時やん!!」


けいん「はぁぁああ!終わったぁーー」


けいんの希望は完全に死去。横でつわのは体力が尽きたようにカウンターに体を倒す。

 そんな2人を見て、菜月は疑問だらけだった。なぜ、掃除が終わってない?何を落ち込んでいる??

 けいんとつわのは菜月に事情を説明。気がつけば、菜月はお客さんが靴を試着する時に使う椅子をレジ前まで持ってきて、足と腕を組み座りながら聞いていた。


菜月「ほな、なんでちゃんとTシャツ名見なかったん?」


けいん「見たつもりやってん、言い訳になるけどな」


「ちゃんと見なあ、あかんやろ」


「せやけど、もう起こってんねん!」


つわの「これって、どうにもならんの?」


けいん「絶対無理よ、、、ないもんね、Tシャツが!」


菜月は冷静な顔で言った。


「待って、、、ヴェノピア島地図って、もう廃盤になるって聞いてんねんけど、店に納品される前にそのまま倉庫行きになったのがあんねん」


つわの「それ誰から聞いたん?」


「サチコさんよ、ちょうど廃盤になるって決まった日に出勤同じやってん」


けいん「ほんまなん、ほんで倉庫はどこにあんねん」


「倉庫は結構ここから近いで」


菜月によると、ヴェノピア島地図のTシャツはもう廃盤になったとの事だった。ただ、廃盤が決まった時点で、売り場に出されていた分だけ売り出し、納品予定で倉庫に保管されていた分は、行き先が決まるまで倉庫に保管される事になった。そして、倉庫は店からさほど遠くないが駅が近くない為、車で行った方が早く、走らせれば30分程度で着くらしい。


 つわの「ほな、とりに行ったらええんちゃう?」


つわののぶっ飛び発言に、目を見開くけいん。

 「お前、正気なん?」


つわのの意見に賛同するように菜月はこう言った。

 「倉庫の鍵なぁ、店長用にここに一つ置いてんねん」


けいん「えぇ、ほんまなん?」


菜月の言葉に希望みいだし始めるけいん。声も大きく、いつもテンションに戻っていた。


「ほんまや」


つわの「倉庫って、防犯ブザーとかついててんよな?」


菜月「カメラはさすがについとるで」


けいんの表情は一瞬で真顔に戻った。


菜月「いや、でもブザーあんねんけど、鍵開けて入った時点でブザーはならんねん。車の鍵と一緒や」


けいんの表情はふたたび光出した。


けいん「ほんまかいなぁ!、、、、えっ、行くん?」


菜月「どうしようもないやろ、それにサチコさんの機嫌悪かったら、うちもきついねん!」


つわの「せやね、うるさそうやしぃー、、、てか、なんでお前倉庫のこと知っとるん?」


「一回行った事あるんよ、去年の正月の時にな、思いの他セールでバカ売れしとったからなぁ、サチコさんからも仕組みは聞いとったし」


けいん「あぁー忙しかったなぁ」


つわの「ほんで行くの?」


菜月「行こうや」


けいん「これって犯罪やないよな?」


つわの「あぁーでも俺らグアナムの関係者やん」


菜月「そうやん!販売スタッフやで」


けいん「そっかぁ、時間ある?」


菜月「あるで、今日暇やったしな!ほら早よぉ店閉めえてぇやぁ、遅くなるで!!」


けいん「鍵は?」


菜月「ほな、あたしバックヤードから鍵取ってくるわ!!」





「放置された倉庫」



3人は、店の残った掃除を早々と終わらせた。菜月が案内するという事になり、駅を出ると菜月のおばあちゃん家に寄った。

 おじいちゃんの車を借りて、倉庫へ向かう。そして、ヴェノピア島の地図のTシャツを取って、次の日の出勤に菜月がこっそり注文商品の保管棚に入れて、問題解決という作戦になった。


おばあちゃん家に着くと、灰色のハイブリッド車の運転席に菜月が、つわのとけいんは後部座席に乗った。

 既に夜21時半、暗い外はさらに冷え、月の光が妙に明るく、星は光ってまさしく寒い季節の夜空といった感じだった。

 緊張が走る中けいんは心の中で絶対にうまくいく!と唱え続けた。

 つわのは相変わらずマイペースで、右手を窓際に肘かけ、頭は完全に窓にもたれかかっている。横目で通り過ぎる夜景を見ながら、人差し指と薬指で唇をぷるっと揺らす動作を繰り返している。何も考えてないかのように。

 菜月は、しっかり両手でハンドルを握り、信号が赤になると、シートにもたれ青になると、背筋を伸ばして運転、最近運転免許を取っただけあって、初々しい姿勢を見せつけている。


しばらく車内は沈黙が続いた。音楽もかけなかったが、3人ともこの静寂を好んだ。犯罪ではないと言い聞かせながらも、悪行である事に間違いはない。

 そんな緊張と罪悪感に包まれた空気を正そうと、最初に口を開いたのは、菜月だった。


 「なぁ、こん中で運転免許持ってるのあたしだけ?」


「俺持ってるでぇ、一応」ツワノが答えた。


 「俺は持ってんし、持たへんよ。」けいんが答えた。


「なんで、持たんの?怖いん?」バックミラー越しでけいんを見る菜月。

 左は窓にもたれかかり、今にも眠りそうなつわの、右に両手を股に挟んでシートにもたれて外を見ているけいんが映っている。


「ほなぁ、車ってあんまいい思い出ないわ」


「なんなん?」菜月が聞くと、質問を遮り思い出したかのようにつわのが口を開く。


「そうやった、こいつ車が無理やねん」


菜月はさらに興味深く、「えぇー、なんでー」と聞き返す。するとけいんが答えた。


 「交通事故で親2人亡くなってん」


この言葉に車内は気まずい空気が漂った。菜月は申し訳なさそうに言った。


 「そうだったん、そりゃあ嫌やな」


少し間が空いてけいんが続けて言った。


 「4歳くらいやったで、俺。母さんと父さんが乗っていた車は小さかってん、トラックが激突してぺちゃんこや」


「ほんで、あんたはどないしたん?」


「俺はばあちゃんに引き取られてん、育ててもらったわ」


けいんの声が口籠る。


つわの「世界で初めて車が誕生した時代に史上最初の交通事故があったはずやろう?」


けいん「んん、、、」


つわの「その時うちもあぁなりたないわ思うて、運転やめへんかったんかなぁ」


けいん「せやねぇ、でも便利やからな」


つわのの言葉に優しく返すけいん。その声には切なさと、涙をおさえてるようにも聞こえた。

 もしかすると、ただ鼻づまりなだけかもしれない。つわのはそんな事考えながら、窓から入る夜の街光がけいんを通り越していくのを目だけで追って見つめている。


菜月「あんた、おもろい事、言うなぁ」


菜月の声も優しめだ。


けいん「なんかぁ、、、ごめんな。こんなトラブルに巻き込んで、ほんまに申し訳ない」


「謝らんといてぇなぁ、偶には頼れ!」


菜月のこの一言が、3人の友情を感じさせた。けいんは「いい仲間持ったわぁ」と照れ臭そうに言いながら、両腕を上げ背筋を伸ばした。

 つわのも照れ臭そうなけいんを見て笑みを浮かべながら、窓に目を移す。今けいんの気分が落ち気味なのは、事故の話のせいではない。たしかにそれは少しあるが、ほとんどは自分の小さい間違いで、2人が協力してここまでしてくれているという申し訳なさからだ。


しばらく外を走らせると、大きな建物の影が見えてきた。

 夜というのもあり、形が見えずらい。正方形の建物にも見えるし、丸みの屋根にも見える。ただ、建物の周辺には背の高い木がいくつか立っていて、その下にも背の低い木がいくつも立ち尽くし、雑草は生い茂って、手入れされてないのがわかる。

 でも、その雰囲気は逆に3人を安心させた。そこまで「重要視される事のない放置された倉庫」だと。





車の止める場所など初心者に分かるわけもなく、「すぐに出るんだから」という感覚で、入り口の真ん前に止めた。

 3人は車を降りる。菜月はハンドバッグに車の鍵をしまうと、ピンクのキラキラにデコられたクマのキーフォルダーがついた倉庫の鍵を取り出す。

 いかにもサチコさんが好きそうなクマのキーフォルダだった。けいんは、このクマを見るだけで緊張感が増して目視する事ができない。

 倉庫を前にすると、離れて見るより更に大きく感じる。薄汚れた白の大きな正方形、上を見上げると丸みを帯びた屋根である事を確信した。

 窓はほとんどなく、入り口は2人がかりで開けられるサイズのシャッターになっていた。入り口を挟むように、長方形の窓ガラスが二つ、倉庫の上についていて、人の手が届く範囲には一切窓はない。


 けいん「シャッターだったん?」


 菜月「そうやで」


 けいん「どうりで、鍵の形が違うなぁ思うたわ」


菜月とけいんの2人はシャッターの前に立ち、その後ろにつわのが倉庫を大きく見渡し目だけを動かし探索している。


 菜月「ほな、開けんで」


その言葉は作戦決行の合図だ。誰もいないとは思うが、息を殺し、なるべく音を立てないように、慎重にシャッターの真ん中の鍵穴に鍵をさしこむ。

 菜月が鍵を回すと静かに手を離し、「けいん、端持って、うちはこっち持つから」と小声で言い、「せーの」の合図でゆっくりシャッターを開けた。

 軋みながらガラガラとシャッターの開く音が倉庫内に響いている。けいんが完全に上げ切ろうとすると、「待って!ここまで上げたら通れるやん!これでくらいでええよ」と菜月が小声ながら焦り口調でけいんを止めた。

 2人をぼーと見つめるつわのに「おい!つわの、お前先に入れ!」けいんが言う。

 身長はほぼけいんと変わらない細身のつわのは、途中まで上げられたシャッターを身軽に腰を屈ませ、そそくさと入っていく。両サイドには堅い2人が腰をまげ肩を使ってシャッターを抑えている。

 「次、菜月入れ、抑えとるから」けいんがそう言うと、「りょう!入るで」と菜月は慎重にシャッターから肩を離し、ゆっくり倉庫内に入った。

 その後を続いてけいんも菜月の真似をして倉庫内に体を移すが、まだシャッターから手を離さず慎重にシャッターを下げていく。

 シャッターが手を挟むところまで見届けると腕を引き、閉め下ろした。

 けいんは姿勢を戻すと、菜月とつわのの方へ向き、いつものトーンでこう言った。


 「よし、探そうか!」





「蛇と老婆」



真っ暗で声が一言一言が響き渡るほどのクリアな空間。

 もう使われてないマネキンやくるまれた布がいくつも立ってて、長方形で大きめのゴミ箱の中に入れている。そして中央にはバックヤードでも使われている鉄の柱でできた棚が7つ並び立っていた。まるでバックヤードを大きくしたみたいだ。棚もビッグサイズだった。

 物置部屋にされているような倉庫、よく見るとホコリも舞っている。

 目線を邪魔するようなものはなく、広いスペースの隅に鉄の細丸い柱に支えられた階段があるが、今にも崩れそう。まるで、工事途中の光景だ。


 つわの「こんなに広くて、どこから探す〜」

 

 菜月「大丈夫!地図デザインのTシャツ類は、端に固められている」


けいん「よかったよかった」


けいんは慎重な顔つきだ。つわのもこの雰囲気を呼んで、いつものおふざけはしない。


 3人はまるで異世界に迷い込んだように、倉庫内を広く見渡しながら菜月を先頭につわの、けいんの順になって歩く。

 入り口から見えた7つの棚の後ろに列を成してさらに7つの棚が並んでいた。

 なつきは「たしか、この棚だったはず」と小声で言いながら、左側の奥端の棚まで行くと、棚側に体を向けた。順に2人も続いた。

 棚には綺麗に整頓され納められたTシャツがずらりと並んでいる。

 菜月は上から1〜2枚の値札を見て、その下に積まれたTシャツのデザインを判断している。

 けいんは菜月の逆側からTシャツの値札を調べている。棚は一番端っこの為、背中側は壁になっている。

 

 両サイドから調べてらだんだん真ん中でけいんと菜月が肩を合わせる。 

 菜月「ここじゃないなぁ」

 けいん「Tシャツって、ここだけなん?」


「いいや、まだあると思うで。こんなに棚があるんやから」


「じゃあ、隣の棚探そうや」


「せやね」


2人の会話を聞きながら周辺を探索していたつわのは、棚と壁の間にピッタリ挟まった大きめのダンボールを見つけた。

 好奇心でダンボールの中を開けると、そこにもTシャツが積まれていた。


 一枚手に取り、値札を目に近づける。

 値札には「ヴェノピア島」と記載されていた。


 「あった!」


つわのの声は倉庫内に響いた。声を聞いたけいんとなつきは見開き、つわのの方へ顔を向ける。

 けいん「あったん?」


 つわの「これやろ?」


つわのはけいんにTシャツを渡すと、けいんは顔を近づけ値札を確認した。

 「これや!」けいんの表情に光が差し、慎重な顔つきは解けた。

 けいんの横にいる菜月も「ほんま!」と言いながらTシャツを奪い取り、2人と同じように値札を確認した。

 「ほんまにみんなありがとう!!」けいんはニッコリ微笑んだ。


つわの「この中にまだいっぱいあるで」


菜月「ほんまやん!けいん、もっと持っていっとこーかー?」


つわのの一言にひとつボケをかます菜月。


いつものツッコミのテーションで答えるけいん。みけんに皺を寄せ、口を尖らす。


けいん 「えぇーて」


3人は作戦の一番重要な部分を乗り越え、倉庫内で一息ついた。

すると、バゴン!と何かが倒れた音がした。その音は一瞬で落ち着ける空気をぶっ壊し、3人を不安に落とし入れた。


けいん 「今の何なん?」


菜月「何か倒れたんちゃう?」


けいん「早よ行こか!」


焦り出すけいん。つわのと菜月も焦りながら「出よう!出よう!」とけいんを先頭にシャッターに向かった。

 しかし、けいんは向かう途中、倉庫の中央で立ち止まった。


 菜月「なにしてん?」


 けいん「人やったら、どうする?」


 つわの「あるわけないやん!夜やで!」今にもけいんをのし避けて我が先に倉庫を出たいつわの。


 けいん「そうやな、、、、」


人がいるわけない、そう考えながらも焦る3人の頭をよぎるのは、「もし、これで残業でもしているグアナムの社員が倉庫にいて、不審者でも入ってきた!なんて思って、隠れているとしたら、、、」


 けいん「念の為、、、確認しとく、、、?」


 つわの「車なんて、なかったやろ!」


少し怒り口調のつわのに対し、菜月は「車はなかってん、裏側に止めたぁーとかないん?」


 つわの「はぁぁ」ため息する。


 けいん「念の為、見とこ」


3人は同時に2階を見上げる。けいんが先に動き出し、菜月、つわの、の順で後を追っていく。

 階段前に立つと、やはり階段は平らの鉄でできた、工事現場とかでしか見ないような階段だ。しかも茶色のサビも目立つ。

 けいんは、階段の一段目に足を乗っけて、ゆっくり体重をかけていく。

 全体重をかけても細く長く丸い柱でしっかり固定されているのを確認すると、後ろの2人に大丈夫だと頷き、前に目線を戻すとゆっくり上がっていった。

 2人もゆっくり階段を登り始める。キシキシと階段を踏む音が倉庫内にひびく。

 段は高く、十段目まで登ると折り返してさらに十段登っていく。手すりすらも細いパイプでできており、隙間だらけで頼りがない。

 2階に上がると、そこには何枚もの木の板、3人がかりでも持ち上がらなそうな大きな植木鉢と立派な葉が植えられ、大工小道具などが、壁につけられた棚にお粗末に置かれている。ついさっきまで使われていたように。

 家の屋根裏みたいで、倉庫の外側から見た時にあった2つの長方形の窓ガラスはここの窓だった。

 二階の部屋の面積は小さく一階の3分1しかない。もともと一階建ての建物の中に付け加えたようだ。

 奥の窓まで曲がり角を曲がった位置にあり、気づかなかったが、そこには手すりがついていて、一階を広々と見下ろせるようになっていた。そして何より肌寒い。


 なつき「誰もいないやん!」


 つわの「良かったわァー」息を吐くように小声で言った。3人は階段前から少しづつ前へ進み、部屋の中を見渡した。


 けいん「誰もおらんな、よかった」


 つわの「はよ、帰ろ〜や」


 菜月「せやね、降りよう」


菜月がそう言った瞬間、棚の中から何か落ちた。3人は同時にビビり、落ちた音のした方向を見る。金属が落ちる音とぺたっと柔らかくて分厚い物のが落ちる音だ。

 暗い中でよく見えなかった。

 

 菜月「何?何落ちたん?」


 つわの「金属やない?」


 菜月「なんで、おちたん?」


けいんは何も言わず、暗闇の中で目を細め何が落ちたか見ようと必死になっている。

 菜月がiPhoneのライトで周辺を照らした。

ニョロっと何か動いている。眉間に皺を寄せその正体を見た。

 「蛇だ!」

菜月は大声をあげ、「蛇だー!!」と叫んだ。けいんもつわのも「なんなん?」と言いながらも菜月を盾に、蛇を見ようと探している。

 そして、「蛇やん!」つわのがそう言うと、けいんが「どこにおんねん!」と叫ぶ。後退りして、階段からかけ離れていく菜月の流れに従って、けいんとつわのも下がっていく。

 蛇は長く細い。波のように体をくねらせ、3人の方に迫ってきた。


 菜月「待って、待ってぇー、やめてぇーやー」と叫ぶ、そして自分が一番前にいる事に気づき、けいんとつわのの方に向くと、「あんたら!盾にせんといてー!」と怒鳴りながらけいんの腕を引っ張り、自分の前に押し出した。

 けいんも抵抗するが、つわのを巻き添えにして、気がつけば3人固まって2階奥端のスペースに追いやられた。3人の目線には蛇とその向かいにある階段が映っている。

 やがて、蛇に襲われそうだ。だが、そもそも蛇は襲う気なのか?それはさておき、存在そのものが狂気なのだ!

 3人は逃げ場を失い、けいんとつわのは抱きしめ合い、その後ろから菜月が2人に追い被さるように2人を大きく抱く。

 目線を逸らした隙に蛇は足元まで来ていた。それに最初に気づいたのはけいんだった。


 けいん「うわぁ!!下やぁぁ!」


子供のように飛び跳ね出すけいんとつわの。菜月は2人を避けて前に飛び出そうとした。しかし、出る前につわのの足でつまずき、目の前にあった茶色の布を被った長方形の板に、ハダ色と金色のグラデーションで天使のデザインがネイルされた爪が目立つ手を伸ばし、転倒を防いだ。

 菜月は下でうごめく蛇で精一杯だと言うのに、板から手を離し前へ進もうとすると、板に被せられた布と同じ色の布を被った何者かが、板の横から出てきた。

 菜月「きゃあ、動いて、、、る、、!」


 その得体の知れない何かが「ひぃぃーー」と驚いたような声を出す。

 けいんとつわのは蛇に夢中だったが、蛇は2人のいる方向を外していく。

 2人は正面からゆっくりと離れていく蛇を抱き固まりながら見送っていく。

 そんな時に菜月の声が聞こえてきた。

菜月の方を見ると、菜月の前に布を被った丸っこい物が目の前で驚いた仕草をしていた。

けいん「あれ、何なん?」

 驚いたあげく、その者は何かに足をつまずかせ転倒した。


菜月はまたけいんとつわのの所に急ぎ戻ると、3人でその汚れた茶色の布切れを被ったその者を見つめている。

 けいん「あれは、、、何なん?」


 けいんの頭の中は状況が掴めず、蛇から次、これは何なのか?たしかなのは、それは動く生き物という事である。

 それは、静かに立ち上がると、布のしたから細い裸足が出ている。そして、3人側を向いている。長い白髪が数本、布の間から出てきていて、顔は下を向いているようだ。これは人だ。

 「あぁぁー、、、あぁぁー」ゾンビの様な声で唸っていて、その声は高いしわがれた声だ、この人は腰の曲がった老婆だった。

 3人はじーっと老婆を見つめ、老婆はゆっくりと3人の元に近づいていく。3人は勘弁してーと言わんばかりに恐れた。

 老婆は3人の近くまで来ると、右の手をゆっくり伸ばして、人差し指でこちら側を指している。腕は傷だらけ、乾燥して白い粉が舞っている。痛そうだ。

 

 

 菜月「何やねん〜!」

 けいん「なんで、うちの事指さしとるん」


 つわの「言うても聞かへんよぉー」


 恐怖に落ちゆく3人の前に腕を伸ばしきると、その老婆はゆっくり顔をあげる。

 表情は白髪や黒い布のせいでしっかり見る事ができないが、その隙間から80代の頬のこけたしわくちゃな老婆の顔が見え隠れする。魔女みたい。

 そして、くしゃれた声を絞り出して一言発した。


 「リ・ン・デ・ロ・ン」


しばらく沈黙が続いた。

 最初に口を開いたのはけいんだった。


 「なんて、言うたん?」


 「なに、これ?」

つわのは未確認生物を見てしまったと言わんばかりの表情。それも無理はない、なにせ人間かどうかもわからないほど、奇妙なのだから。

 老婆は腕をゆっくり下げ、菜月の鞄に指を向けた。菜月もそれに気づいたのか、「へぇぇええ〜、やめてや」とほんとに嫌そうな顔をしている。

 老婆はまた繰り返し言う。


「リ・ン・デ・ロ・ン」


けいんは気づいた。

「菜月、、、鞄にリンデロンVSを入れてる?」


菜月はよく理解できないまま答えた。

 「あるけど、、、」


 けいん「はよ、出せや!」


菜月「なんで?」


けいん「リンデロンVS言うてんねん!こいつ!」


菜月「だから、なんでなん?」


リンデロンVSというのは、湿疹・かぶれ・やけどに塗るチューブ状の塗り薬。効果抜群で量はあまり入ってないが、一本1900円という高額さ。

 けいんは肌が弱くかぶれてしまうたびにリンデロンに頼っている。時々、リンデロンが切れたら菜月から少し分けてもらう事も多いのだ。

 菜月は鞄を探って、黄色のスヌーピーが絵柄のポーチを焦って取り出す。その中から使いかけのリンデロンを出した。


 菜月「これのことやろう!」

小声で言いながら、けいんにリンデロンを渡した。

 けいんは、リンデロンを老婆に見せつける。けいんにちょうだいと言わんばかりに、広げた手を差し出してきた。

 慎重に老婆へ近づき、手のひらにリンデロンを乗せると、老婆は伸ばしてた腕を曲げ布の中へとしまった。布の中で手を動かしている。おそらく、リンデロンを肌に塗りたくっているのだろう。

 いつも大量に使われることを嫌がる菜月も、リンデロンの事など忘れて、目の前の老婆を不気味そうに見つめている。

 しばらくすると、老婆はリンデロンの殻になったチューブをけいんに差し出す。

 けいんがそれを受け取ると、老婆は布からから頭を出した。


 「ほいで、おまらは誰じゃ」


老婆が3人に問いかける



3人は戸惑っている。けいんを真ん中につわのと菜月が固まっている。


 けいん「えぇ、あの〜、、、」


 菜月「今、何か言うた?、あのばぁちゃん、なんか言うたよね、、、」


つわの「何、あの人、ほんまに、、、人?」


 焦って小声で喋る菜月を放ってけいんは答えた。


 「グアナムのスタッフです。Tシャツを探してここに来たんですけど、あなたは?」


老婆は笑いながら言った。


 「ひぃひぃひぃひぃ!わしはここに住んでるやでぇ〜ほんまに長いこと、ここに住んでるんや」


その喋り声はますます魔女のようだ。


けいん「それは、どういう事なん?」


老婆「どうもこうも、わしゃー、ここで長い事暮らしとるちゅう言うとんねん」


菜月「こいつ、不法滞在ちゅうん?」

菜月のぼそぼそとした発言も聞き取り、老婆は笑いながらすぐに答える。


 「不法滞在、、、わしゃー、ここの責任者じゃよ」


菜月「何言うてんの、こいつ、、、」


菜月の老婆に対する奇妙さは強くなる。つわのも菜月と同じく眉間に皺を寄せ、警戒心を強くする。


けいん「はぁぁ?ホンマに、、、誰?」


「ここに住んで、10年経つ。お前らよりもこの倉庫を知っとるぞ。マイケル・グアナムよりもな」


老婆はふざけた発言と裏腹に、低いトーンと真面目な表情で語った。

2つの窓から反射する月の光が老婆とそれを見つめる3人を照らす。蛇は窓の方へ行ったのか、気がつけばいなくなっていた。


老婆は続けて語る。


「おい!若僧!お前、よくリンデロンを持っとったな」


老婆は菜月をみながらにやけ始め、菜月もこの空気に慣れ初めたのか、老婆と言い合いを始めた。


「使ってるわ!お前が使い切ったけどな、、、ほんまに何者なん?許可得てんやろ!」


「許可得るって、誰にや」


「グアナムに決まっとるやん!」


「グアナム、、、そんなに偉いんか?グアナムが」


つわの「ここ、グアナムの場所やん」

つわのが口を開いた。


つわの「住まいなくて、こっちに住み着いとるとちゃうんかい?」


老婆はつわのの発言を完全に無視し、「蛇はどこいった?神の使いよ」なんて言って、3人を横切ると窓の方へ歩いていく。

そして、蛇を見つけたのか、曲がった腰をよりかがませた。

身にまといっている所々穴の空いた布が老婆の周りを隠している。

用が済むと姿勢を戻し3人の方に戻ってくる。

けいん、つわの、菜月は老婆が近づいてくるのを苛立ち気味に眺めてる。


老婆は布から左腕を出した。腕にはさっきの細長い蛇が巻きついていた。また月の光のせいか、蛇の鱗が淡い青色に光って見えた。

3人はきょとん顔で、老婆の腕を見続けた。乾燥してた痛々しい肌に蛇が巻きついている。想像しただけでなんとも言えない気味悪さだ。


「あっははは!、お前らは人間以外を受け入れへんのやろ!わしゃぁ、蛇だって、ここに住むネズミだろうが友達になれるんや。言うてみたら、みんなグアナムから許可なんて得てないで、、、」


常識的でないが、それは確かに!なんて理解できなくもない意見だ。


菜月「でも、あんた人間やん、、、」


老婆「人間かなんて、まだ分からへんやんか、見た目に騙されたらあかんよ、、な・つ・き」


3人の背筋は凍る。「名前呼ばれたァ!!私の名前覚えられたやん!!」菜月は心の中で焦る。


けいん「ええわ、警察呼ぶわ、ええんやろう、、後は警察にはなしぃ」


老婆「お前達がここにおる理由も言わなあかんなぁ」


その言葉につわのは思わず、けいんを見て「たしかやわ」と言った。


菜月「何もできんやん。犯罪者が目の前におんのに、犯罪者にウチらが犯罪者扱いされとるやないか!」


けいんは老婆に強気で言った。「さっきも言うたけど、俺らグアナムのスタッフやねん。悪いけどな、、いっしょにせんといてほしいですわぁ」


「ほんなら、お前ら何をそんなに焦っとるん?」


「マッシュヘアーのボクちゃん達と不良少女、どんな組み合わせやねん!

ほんで、ダンボールからTシャツとるところも見たでぇ、ヴェノピアしまのTシャツやろ」


3人が倉庫に入ってきた時から監視してたのか、老婆は事情に詳しかった。Tシャツの名前すらも。

そして、驚いたのはここからだ。


「お前が着とるその服もグアナムの廃盤になったデザインやな、日本地図のTシャツは日本じゃあまり売れるわけないわ」


自分のグアナムの知識を知らしめる為か、けいんの着ている白がベースの日本地図のTシャツが廃盤になったものである事を言い当てた。というのも、ヴェノピア島のTシャツと同じく、売り場に出されている分のみで、これ以上は日本で販売しないらしい。

ダークデニムに茶色のコンバースの靴、白色の日本地図がデザインされたTシャツのコーデは今後、けいんのトラウマになりつつあるものになりそうだ。

「もう着るのやめよ」心の中でそう思っていた。

そして、老婆は標的をけいんからつわのに変えた。「横の細いの!、パーカーの下に着とるのは、ジャマイカの地図やろ、今はダークグリーンになったんやねぇ、昔は茶色やったのに、、、」


つわの「なんで知っとるん?」

つわのはその知識量に少し恐れ入った。黒のパーカーの中から着ているのは、確かにジャマイカ地図のTシャツだった。しかし、恐ろしいのは倉庫に入る前から身丈に合わない黒のパーカーを着てるというのに、どうして中のTシャツを言い当てられたのかということだ。

続いて菜月に標的を定めた。「お前はグアナムの服着とらんけ、今日は休日やったんか?」老婆は得意げに笑みを浮かべた。

菜月はむっちりとした足にフィットしたレインボーのラインが縦に伸びるナイロン素材の黒いロングパンツに、白のパーカーを着ている。

茶髪のストレートヘアーが肩首までたれさがり、金のラビットのヘアピンで前髪を左に流すようにとめている。


3人はさっきとは異なる恐怖を感じ始めた。

「ほんまに、何者なん?、、、」


「さっきから、何者なん?何者なん?しつこいなぁ」

老婆は頑なに自分の身分を話さない。でも、確かなのはこいつはグアナムをよく知っているという事だ。


けいんは駄知があかないと、和解を求め始める。


「わかった!俺たちはTシャツを1枚取りに来ただけや、盗むじゃなくてお客さんに渡す為にな、だから用は済んだからもう行くわ、ほんでお前の事は見なかった事にする。これでええやろ」


菜月とつわのも深く頷く。


「ひぃひぃひぃ!誰も別にお前らの事を疑ってないわ、ええでぇ、これで交渉成立やんなぁ?」


「そうや!」けいんは語った。


老婆は解決した事に気分が晴れたのか、魔女のような意地悪い喋り方から、一気に温厚な老婆の様に話し始めた。


「グアナムは苦手や、苦手やゎ」


菜月「もう、あんたの事は言わへんよ、何者か気になってん!教えてや、なんでこんなにグアナムを知っとるの?」


菜月は落ち着いた口調で聞く。帰れるというのに、それよりもこの老婆という謎を解きたかった。


「ほんまに昔の話やで、お前達が働いてるブランド店わな、昔はトレジャーハンターって言うてな、冒険家を雇って、世界中の秘宝を発掘していく会社やったんよ」


老婆はグアナムについて語り始めた。3人はその話に釘付けになり、帰る事を忘れていった。



老婆 「まだ、若かった、、、」




「はち子」



老婆は当時22歳。話の舞台はヴェノピア島だった。不思議な森、動物たち、そしてそんなものに囲まれながら共存して平凡に暮らす人々。

家は貧しくないが、裕福でもない。レンガの外壁に瓦でできた三角屋根、いくつもの家が立ち並ぶ町、「マテル」。

その時代は日本人とヨーロッパ人の混血児は珍しかった。

顔は日本人よりだが、どことなくヨーロッパ人の父親にも似ている。色素は薄く目の色は茶色、髪は黒。無地の白色ワンピースをつけている。

日本人の母親が日本語を教えた。母は大柄で日本人の割に背は高く、ガッチリとしたおデブちゃんだった。


「ママ!ママ!」


「何よ、騒がしいねぇ、はちこ」


「さっき、森で狐を見たの。目の前で熊に食べられたわ」


「あんたは、食べられなかったの?」


「見たらわかるでしょ、生きてるじゃない」


「あら、ほんと、幽霊じゃないでしょうね」


母は白のテーブルを拭きながら、はち子の話を聞いてた。

テーブルの目の前にはキッチン、少し離れた所に、背丈の低いテーブルとそれを囲む花柄のアンティークのソファー、その両脇に木でできた椅子が2つ。後ろには大きな窓。

家の中に女性がDJを務めるラジオの音がながれている。もちろん英語で。


ラジオ「ありがとうございました!続いては、最近話題のスターが、、、、」


「はち子、」


母は布巾を片付けると、キッチンから懸念な様子で聞いてきた。


「面接、どうだった?」


「んん〜、落ちた」


「そう、大変ねぇ。まぁいいわ、きっと上手くいくからね、あら!12時になったわ!、昼ごはん食べましょう」


「うん」


はち子は仕事を探している。面接で苦戦し、自分にできることを必死に探していた。

唯一の友人は近所に住んでた男の子2人。マリスとオーエッター。3人は小学生の頃から仲良く、よく遊んでた。




オーエッター 「はち子、今から魚釣り行くんだけど、一緒にこい!」


13歳のマリスとオーエッターは、はち子が教会から出てくるのを待っていた。

太陽が2人の栗色の頭を赤毛に染め、今にも遊ぶ気満々のショートパンツに、白の肌着姿だ。


「魚釣り?前も行って釣れなかったでしょー」


マリス 「今日は、まじで釣れそう!!まじで!」


マリス「信じて、こい!」


はち子はマリスの自転車の後ろに乗ると、

思いっきり飛ばし、向かいの大きな森を囲む湖にたどり着いた。


マリスは上の服を脱ぐと、木でできた釣竿を取り出し、そっ素行湖に投げ込む。


「あんた、泳ぐ気?」


オーエッター「前、水がはねまくって、びしょびしょになっただろう、それでお母さんに怒られたんだよ。

だから、上だけは脱ぐ。」


マリスも真似るように上を脱いで釣りをしている。

はち子は釣りが下手くそ過ぎる2人を見守っている。2人が狙っている魚は、シルビーと言って、この湖にしか生息しない大きな魚。木でできた竿なんかで釣れるわけない。


釣りを初めて40分、マリスの釣竿が湖に引っ張られていく。


「きたーー!」


オーエッターは竿を置き、マリスの腰に腕を巻き、はち子はオーエッターの腰に腕を巻いた。

マリス「せーので思いっきり後ろに引っ張ってー」


はち子とオーエッターはせーのの合図でおもいっきり後ろに体重を落とし、マリスを引っ張った。

ハリスの竿の先端は折れ、両手で握っている部分は顔面に打撃した。

3人は倒れ、ゆっくりと立ち上がる。オーエッターがハリスを見て笑う、はち子も続けて笑った。


「なんだよ?」


ハリスの顔の中央には赤い線が引かれたように綺麗に竿の跡がつき、持ってた竿はスボンに引っかかりぶら下がって、なかなか取れない。


「もうズボン脱げ!」


オーエッターがそう言うと、ハリスはスボンを脱ぎ、竿が下手に絡まった部分を解いている。

はち子はその様子に笑いが止まらなかった。、、、




いつでも一緒だと思っていたが、高校時代から2人と離れていった。2人を最後に見たのは白黒テレビでやっていたコメディー・ショー、一本のマイクを前にマリスとオーエッターが天才的なトークで観客を笑かせていた。

後々、2人は天才的お笑いコンビとして名を馳せていた。はち子は取り残された気分だった。「私はここで1人苦戦している、、、」


昼食の準備中、誰かがドアを3回ノックした。

「おーい、ひふみ?」


ひふみというのははち子の母親の名前だ。


「はいよー」


母は6つにカットされたフランスパンの入ったバケットをテーブルに置くと、そのままドアへ向かった。開けるとおじさんが立っていた。汗だくで、ハンカチで首元を拭いている。白のシャツに黒のズボン、仕事の休憩時間だ。

おじさんは仕事の休憩時間、必ず家に寄る。よく差し入れの果物やジュースを持ってきてくれるが、今日は手ぶらだった。

おじさんは父親の弟に当たり、明るい茶色の髪に青い目、綺麗に整えられた口髭をはやしている。顔は兄にあたる父親にそっくりだが、父よりも柔らかい顔をしている。


「お疲れ様、早く座って、はち子、窓を開けて」


おじさん「暑いな、真夏は好きだけど、さすがにここまで暑いとなぁ」


はち子「そうでしょ、暑い季節は人を苦しめるの、私が苦しむのは決まって夏よ」


おじさん「さては、面接落ちたんだな!」


はち子「もういいでしょー」


はち子の発言に添えるように母は昼食の準備をしながら話に食いかかった。「そうよ、レディーの人生は大変なの」


おじさん「まぁ、いろんな仕事がある!いい仕事も見つかるさ」


母「そうね、その通りよ」


準備が整うと、母、はち子、おじさんの3人は食卓を囲った。

はち子は日本語で 「いただきます!」と言った。続けて母も「いただきます」と呟くように言う。

おじさんも「いただきます」と日本語で言うとそれぞれ食事を始める。これが日課だ。


おじさん「ルーサーは?」


ルーサーというのは、父の名前だ。


「1週間は帰ってないわよ、、、仕事」


母は呆れた表情でそう答えた。


おじさん「そうか」


父親が出張で家を留守にするのはよくあることで、家にいることの方が少なく、これが当たり前だった。

でも実は出張なんて嘘、実際は愛人宅にいって愛を育んでいる。母、おじさん、はち子もそれを知っているが、あえて深堀はしない。

特に母に関しては、父親の愛人が流産した時、愛人は教会に行ったらしく、神父から傷つけた人に謝りなさいと助言された事で、母に謝罪しに家に訪れた。もちろん、父親には内緒で。その時、母がどんな感情だったかなんて分からない。でも、きっと苦しかったに違いない。

その時の愛人と父親は今でも関係を続けている。

因みにおじさんはというと、母とはち子を誰よりも心配してきた。まるで、父親のようだ。おじさんは独身で誠実な人、父親のようにプライド高い男とは違う。

そしておじさんは密かに母を深く愛している事を、はち子は見抜いている。いつまでも切り出せないおじさんが愚かに見えるほど。


「はち子、そういえば、日本語喋れるよな?」


おじさんははち子に聞いた。


「喋れるよ」日本語で答える。


「おじさんのな、知り合いで世界中を飛び回っている人がいて、その人が日本に行く計画をしてるらしくて、もし、就職で困っていたら、その人に仕事ないか聞いてみようか」


「へぇぇー、日本?」


はち子より先に母が口を開く。


おじさん「そう、トレジャーハンターだったかなぁ?」


「えぇ、それ大丈夫?」


「大丈夫だと思うよ。そんな悪い噂は聞かない」


「その人、日本が好きなの?日本人?」


はち子が聞いた。


おじさん「いや、ポーランド人。でも日本が好きなのかもな」


「いいんじゃない!!はち子!聞いてみたら!」


母はこの話に興味を持った。はち子は特に興味を示さなかったが、仕事が見つからないし、いいかもくらいの感覚だ。


「うん〜、まぁ、聞いてみて」


おじさん「いいよ、聞いてみる」

おじさんは、はち子が話に乗ってくれて嬉しいかのようにご好機嫌に答えた。


「聞いた方がいいわよ、だって、日本語話せるって、なかなか技術職みたいなものじゃない!!この子、日本語の読み書きもできるわ、それもしっかり伝えるのよ」


母もこの話でご機嫌、おじさんに娘をアピールしてと言わんばかりに乗り気だ。


その話が出た日の夜、母はクローゼットから紫色の1つの箱を取りだした。箱には蝶々のイラストが描かれ、すぐに日本のものだと気づいた。

時間が経過してホコリを被っている。箱を開けると、白の和紙に包まれた真っ赤な

着物が出てきた。


「はち子!この着物を着てみて!」


着物は母が日本からヴェノピアにくる時に持ってきたものだ。

昔着てただけあって、帯や数枚の厚い布を慣れた手さばきで仕上げていく。


「見てみて」


はち子はクローゼット横にある全身鏡の前に立った。

鏡に映っているのは、桜と蝶が舞い踊っている刺繍が施された赤い着物と、黄色の帯、そしてその着物がよく似合ったおカッパ頭の日本女子。

はち子は観劇のあまり言葉を失った。



その時の感覚を老婆は思い出しながら語る。


「ほなぁ、嬉しかったわ。わしも綺麗になれるんやねって実感できたんよ」


けいん、つわの、菜月の3人は腰を下ろして、壁にもたれながら話を聞いてる。3対1だった光景が、今は4人輪になって座っていた。

老婆は話しながら、手を使って蛇の遊び相手をしている。蛇は左から右に巻き付く腕を変える。


菜月「えぇな、着物、、、女の子やもんなぁ」


「わしも女の子やったんやでぇ」


けいん「名前、はち子っていうんやね」


「そうやぁ」


つわの「ふーん、苗字は?」


「ジャックセン、はち子・エリオット・ジャックセンが名前や」


菜月「可愛い名前やなぁ」


つわの「おじさんがグアナムに紹介したーちゅうことやんな?」


「そうやでぇ」


老婆はまた記憶を思い返した。


はち子は赤い着物を着て、グアナムに会いに行った、母に「着物を着て、日本から来ました感を出しなさい」と言われて。

都会には時計台が街を見下ろすように立ち、その下で田舎から来た列車が走る。当時から車の台数も増え始めた頃だ。

いくつもの建物が並び、通りに食べ物を売る人と、それを横目に通り過ぎる通行人で町は賑わっている。

着物で列車に乗るのはさすがに勇気が必要だった。ほとんどの人達は着物を見た事がないのだから。

列車を下りてバスに乗り換え約1時間、ようやく到着した。

いくつもの建物が立ち並ぶ通りの中央、十字路の交差点を真っ直ぐ行ったところに、茶色の板で作られた看板に「グアナム」と書かれている。

「ここだ!」


はち子はドアをノックして入った。


「すみません〜」


まるで郵便局みたいな配置、目の前にカウンターがあって、受付の人が1人。

金髪に緑目にシャネルのスーツをバッチリ決めた女性、少しキツそうな顔だ。

女性ははち子を不思議そうに見つめている。


「すみません、グアナムさんにお会いしたいのですが、、、」


「あぁ、はい。マイケル・グアナムですね、少々お待ちを」


女性はち子に戸惑いながらも、電話機でグアナムに確認を入れている。

電話を切ると、グアナムさんは2階です。そちらの階段で上がって、201のドアをノックしてください。


「はい、ありがとうございます」


はち子は階段を上がり、2階の廊下を渡って1番手前のドアに立った。201号室の部屋だ。

3回ノックすると、「どうぞ〜入ってくれ〜!」と男が返事した。


「失礼します。」

はち子がドアを開けると、部屋の中には中央に資料で散らかったデスク、その後ろには本棚があり本がぎっしり詰められている。デスクの前には小さなテーブルと両サイドに向かい合わせの黒いソファーが2つ。壁にはいろんな国の地図があちらこちらに貼られている。

デスクの前には20代後半の男が1人、いかにも忙しいそうにしている。グレーのスーツをバッチリ決め、赤毛のオールバックに、口髭、ポーランド人貴族といったところだ。この男こそ、「マイケル・グアナム」


「おっ、おぉ〜」

着物姿のはち子を見て、マイケルは呆然とした。しかし、気を切り替え、話し始めた。


「君のおじさんが、ジョーヤ・ジャックセン?」


「そうです。叔父からあなたを紹介されて、来ました。」


「そうか!いやぁーにしても、着物姿の日本人を生で見たのは初めてで、少し興奮しているよ」


マイケルは手を組み、デスクにもたれながら話を続ける。


「それで、君は日本語が喋れるんだって?」


「はい」

はち子は元気な声で答えた。


「そうか、うちはトレジャーハントって言ってね、宝探しをする冒険家みたいなものだ。それで、ヨーロッパ付近はもう制覇した。アジアでは中国も、だけど、もうひとつ神秘的な国を見つけた、、、日本だ」


「それで日本語話せる人を探してたんだ、君だよ」


マイケルは、はち子を指さし笑顔で言った。やっと見つけたと言わんばかりに。そして話を続けた。


「なぁ、最初の仕事なんだが、ここヴェノピアにある。アカラークの田舎にある廃墟になった大豪邸、そこの地下に眠る金庫があってね、、」

話をしながら、椅子に座った貴婦人の写真をはち子に渡した。


「金庫にはアンベリーのダイヤがあるんだ。」


「アンベリー?」

はち子は聞いた。


「アンベリーはヴェノピア島の洞窟で発掘された石で、青色のダイヤモンドの指輪だ。」

写真の貴婦人の指元を指さす。


「これが、指輪だ、、、いいね?」


はち子は意味がよく分かってないが、とにかく採用されたという事で仕事を受け入れた。これが、グアナムと最初の仕事だった。因みにグアナムははち子の3つ年上の若僧だ。




「巨大な貴婦人」



けいん「グアナムは今まだ生きとるよな?」


3人ともグアナム本人に会った事がない。店長のサチコさんは何度も会った事があると言っていたが、「80越えのおじいちゃんだったよ〜」と言っていたのを思い出した。


つわの「グアナムってまだ生きとるの?!死んだ思うたけど、、、」


菜月「写真見た事あるで、サチコさんが持っとった。何かの記念写真、、、」


菜月が話終える前にくい気味に老婆は言った。


「グアナムは生きとるよ、もう100歳超えるんとちゃうか」


菜月「えぇ、おばぁちゃんいくつなん?」


「わしゃ、自分の年齢なんぞ、把握しとらんよ」



しばらく間が空くと、つわのが聞いた。


「初めて日本に来たのは、グアナムとの仕事でなん?」


「そうやでぇ」


けいん「お母さんは?日本に帰りたいとか言わへんかったの?」


「言わへんかったなぁぁ、怖がっとった」


けいん「なんでなん?」


老婆は語る。


「母には持病があってな、いつ死んでもおかしくなかったんよ。それに、父は母を裏切っとたし、、、でも、母は祟りだって言っとった」


菜月「祟り?」


菜月は眉間に皺を寄せる。


「そうや、お稲荷様の祟りじゃ」


老婆によると、母は幼い頃から稲荷神社に手を合わせてきた。それは、おじいちゃんが神社の神主だったから。

しかしある時、おじいちゃんは病気で亡くなった。そして家族は稲荷神社を捨てた。お稲荷様はきっと怒ってるんだと言った。

はち子が日本に飛び立つのを見守った1週間後、母は永遠の眠りについた。おじさん伝でその事実を知った。


老婆は話を戻した。グアナムとの最初の仕事のエピソードだ。


「ガーナ嬢って聞いたことあるか?」

老婆は問いかける。


けいん「ヴェノピア島のお城なん?」


つわの「じょうって、城の方のじょう?」


老婆は笑みを浮かべながら首をふった。


老婆「ガーナ嬢ってのは、ヴェノピアに伝わる妖怪みたいなものじゃ」


「妖怪?」

けいんは興味深く聞き返した。




真夜中、マイケルとはち子は二人で廃墟と化した大豪邸の前にいる。

鉄できた大きな門はまるで古代ヨーロッパの遺産と言える。

門に鍵などかかっておらず、簡単に入る事ができた。

マイケルはトレジャーハンターになる時は毎回、大量の仕事道具が入ったリュックを背負っている。その一方、はち子の仕事着は着物のまま。マイケルがそれを望んだ。

2人は巨大なドアの前に来ると、ピッキング道具を使って鍵を開ける。何十年も開けられてなかったドアは固く、重かった。


「入るぞ」


マイケルはランプの光で前を照らし、先へ進んでいく。続けてはち子も大豪邸の中へ入った。

ヨーロッパの宮殿宛らで、どこを照らしても廃墟にするには勿体ないほどの豪華さだった。

入って出迎えるのは大きな階段、両端に小さなドアが3つずつあった。マイケルはこの廃墟に詳しいのか、迷わず「こっちだ!」と前へ進んでいく。

マイケルは、右側に並ぶ3つのドアの真ん中のドアの前で立ち止まり、はち子にこう言った。


「ここからは手分け作業だ!!」


「はい?」

はち子は困った顔をする。


「いいか、ドアの先は地下だ。1つはワインが保管されている冷暗庫、もうひとつは地下金庫だ。階段を下れば迷路みたいになっている、、」


マイケルの話が終わる前に口開くはち子。


「待って待って待って、迷路?どうやってここに戻ってくるのよ?」


マイケルはリュックから手のひらサイズの布袋を取り出し、はち子に渡した。


「これを、、、」


中を開くと小石がどっさりと入っている。マイケルは続けて言う。


「ヘンゼルとグレーテルだ、、、俺は左、お前は右、よろしく!」


マイケルはランプをはち子に渡すと、自分はドアの横のフックに下げられた火の灯ってないランプを取り、はち子の不満を聞くまもなく、ドアを開けそそくさと階段を降りていった。マッチでランプに火をつけながら。


「ちょっま、ちょっっ、、、」


はち子はどうしたらいいかも分からないまま、階段を降りていく。

階段を降りると、石でできた壁が立ちはだかり、左と右への分かれ道ができていた。

「えぇ〜〜どうしろと言うの?」

はち子は不満を吐きながら右へ進んだ。ランプの光だけが頼りで、石でできた床を下駄で歩く音は洞窟のようなこの空間に響いた。

 まっすぐ歩くとまた分かれ道。はち子はため息をつきながら、布袋から小石を取り出し床に落とす。

 そして、次は左へ。それを何度か繰り返すと、案外と早く茶色のドアが目の前に現れた。

 「やっと、、、見つけた!」


はち子はドアを開けて中へ入った。ドアノブを下げなくても開くような軽いドア。

 鍵などなく、ラッチもついてない。だから、風が吹けばドアは開閉めを繰り返すだろう。

 

「金庫?」


目の前にあったのは、小さな宝箱。奥行きのない狭い空間のど真ん中に置いてある違和感に、はち子は不信感を抱きながら、箱を開けた。

 中には青色のダイヤモンドが差し込まれていた。


「アンベリーの指輪だ!」


はち子はこのダイヤの指輪を右手の人差し指にはめた。「ヘぇ〜これがダイヤモンドか、、、」

その美しさに感激しながら、はち子はその場を後にした。後は小石を落とした方へ帰ればいい。

 小石を辿ってきた道を返していると、何者かがこちらに叫びながら走ってきている。はち子は眉間に皺を寄せ、身を縮こませた。「なんなの、、、だれ?」


 目の前に現れたのは、マイケルだった。


 「こいつかい!」


「はち子!!幽霊だぁーーー!!」


マイケルは青ざめた顔ではち子に近づいてきた。幽霊なんかよりゾンビのように叫び狂うマイケルにビビっているはち子は、少しこの男が嫌いになり始めている。


「うわぁー!逃げるぞ!」


マイケルははち子を前に押し出し、ダイヤが眠っていた部屋へ後戻り。


「マイケルさん!、、、あっちは行き止まりですよ!!」


はち子もマイケルの勢いに負け、頭の中で行き止まりとわかっておきながら、猛スピードで後戻りしていく。

 角を曲がったところで、茶色のドアの前に戻ってきた。「行き止まりだ!」なんて思っていながら、ドアを開けた。

 

 「え?なんで?」


簡単に開けれたドアは、ドアノブを下げてカチャッと開いた感覚で中へ入った。

 奥行きのない狭い空間だったはずの小部屋は、いつの間にか大きな本棚がひたすら広がる大部屋になっていた。書庫だ。

 訳も分からず、部屋の中へ逃げ込み、目の前にあった円形のテーブルの後ろに身を隠した。

 

 「マイケルさん!こんなところに隠れたらバレますよ!」


 一本の足で立つ円形のテーブルに身を隠したところで、二人の姿はまる見え。


 「もう!何から逃げてる?」


「さっき、迷路の中でどこ歩いてるか分からんくなって、、、何となく歩き回っていたんだ、後ろから、ずっと誰かに呼ばれていて、影が追いかけてきたんだよ!」


「何それ?」


はち子は呆れていた。「この人、多分、ランプの光に照らされた自分の影を幽霊と間違えたに違いない! 

 どうせ小石のこと忘れてヘンゼルとグレーテルができなかったんじゃないの?」そう思ったのだ。

 何も追ってくる気配もなく、「何をしてるんだろう、、、私?」と思っていた時、思い出したのだ。


 「そういえば、ここは?」


横で怯える頼りないマイケルに、はち子は聞いた。


 「私、さっきもここに来ました」


 「だっ、だから?」


 「こんな場所なかった!」


 「何言ってる?パニックってさっきの場所と勘違いしたんだよ!」


 「いいえ、、、まさか」


2人は何者かがドアの向こうからやってくるのを見守った。しかし、いつ経っても誰も来ない。

 気持ちにゆとりを持ち始めたところで、辺りを見渡すと、入ってきたドアとは別に左側に中途半端に開いたドアがあった。

 そのドアは左側の壁に並んだ大きな本棚の間にあり、はち子はそれに気づくとマイケルを差し置いて、そのドアへ向かった。

 立ち上がるはち子を必死に止めるマイケルの言葉など今更聞く気はなかった。

 真っ暗闇なのに、月の光がドアの向こうから漏れている。

 「出口だ!」


はち子はゆっくりとドアを開けていく。


「おい!俺をおいていくな!」

マイケルは焦ってはち子の後ろにくっつく。


「ちょっと!、、、あっ、、ていうか、なんで、迷路に入る前まで迷わずに行けたのよ?それって、この豪邸の中を調べたからじゃないの?」


「そんな訳ないだろう、、、昔住んでたんだよ」


「はぁ?ここに?」


「ああ、小さい頃はここで育った」


「じゃあ、なおさら、地下で迷うなんておかしいでしょ」


「昔の事だよ。こんなに大きい城なんだ。どこもかしこも知る訳ないだろ!」


「ありえない、しかもマイケルさん、ポーランド人じゃなかったの?」


「この国は、ヴェノピアノンだけでできてる訳じゃないだろう!」


ヴェノピアノンというのは、この国に住む人々の事で、人種を指す。


「マイケルさん、マッチ!」


はち子は一層呆れた表情で、ドアを完全に開けて飛び出す前に、ランプに火を灯した。何もいないと思うが、念の為、ドアから顔だけを覗かせ、廊下の様子を伺った。

 特に何者かの気配がない。

 なのになぜか、絶妙に見られている感覚があった。マイケルの言った影とやらを信じている訳ではないが、確かに監視されている感が強くなってきている気がした。


「マイケルさん?ずっと私を見てるの?」

はち子は、マイケルの顔に光を照らす。


「何言ってるんだお前は?」


光に灯された男は、ただの臆病者だ。顔を見てるだけで苛立ちが増し、はち子は舌打ちをして、また廊下に目線をやろうとしたその時、マイケルの後ろで何者かの影が動いた。ゆっくりと、、、

 その影は本棚を覆い被すように大きく、動く影を追うようにランプで天井を照らした。

 そこには、青いドレスを身に纏い、ボリュームのある金髪の盛りヘアーに白の羽と花のアクセサリーをつけた、3メートルは遥かに超えた巨大な女性が座っていて、大きな目でこちらを見つめていた。

 はち子は恐怖のあまり足が動かない。マイケルははち子の見上げる方に目線を移し、2人は一斉に絶叫した。

 はち子を押し倒して1人廊下へ走っていくマイケル、震えながら、上を見上げたままのはち子をただ見続ける大きな青い目、しばらくしてやっと体が動かせるようになると、床に這いつくばるように廊下へ出た。そのまま廊下を進み、階段が目の前に来たところで、立ち上がり猛ダッシュでその場を後にした。


豪邸の外へ出ると中庭になっていたが、小さな裏門を潜り、敷地内からも出る事ができた。息切れしながら塀にもたれ休んでいると、目の前に冷静になったマイケルが現れた。

 「あれは、何だったんだ?」


 「知らないわよ、、、」


しばらく沈黙が続くと、マイケルは思い出したように言った。


 「指輪?!」


 はち子は拳にした右手を見せ、「これでしょ?」と言うと、マイケルは心底から喜び、「君は最高だ!!」なんて言いながら、指輪を取った。




 けいん「グアナムろくでなしやん!」


 菜月「1人で逃げてもうてるやん、最低」



 老婆は床を見つめながら、その時代の思い出に戻り、その時の感情に浸っていた。



 つわの「それって、ほんと?」


つわのは老婆を疑っている。SFを信じないつわのは、容赦なく老婆に聞いた。

 菜月とけいんは、余計な事を言うなと言わんばかりの顔でつわのを睨む。

 

 老婆「ほんとーや」


 けいん「ほんとーかも知れへんやん!疑い深いなぁ、こいつ、ほんまこういうの信じへんのよ」


 つわの「いろいろ謎残るんやけどな、何でその後もグアナムについていったん?

 日本までグアナムについて来とるがな」


老婆「日本に来るのが、母の夢やったからなぁ、それに、母の代わりに稲荷様に謝りに行かなあかんかったんやでぇ、それやのに、住んでた町は既に滅びとったんや」


 菜月「行けへんかなったの?」


老婆「行けへんかった。稲荷神社にはな

でも、母が言っとった、日本には太陽の女神がおるって、ほんでその女神は稀に人前に姿を現して、手を差し伸べてくれることがあるって、言うてな。

母は日本人やったから、母国の女神様が助けてくれると思うたんよ。」


「助けてはくれへんかった、、、でも日本は凄いところやった」


日本 神戸の夜、屋台が広がり、嗅いだことのない料理の美味しそうな匂いが漂い、女の子たちははち子と同じような装い。

提灯が大きな門に飾られ、日本語で「祭」と書かれた赤色の薄いジャケットを着ている。

太鼓の音が響き、日本語があちらこちらで聞こえてくる。

そして、奥行のある真っ直ぐな道の先に大きな神社が立っている。


「えぇ!お稲荷様?」


「ここは稲荷神社なのか?」


マイケルははち子に聞く。


「知らない」


黒の制服を着ている少年達が目の前を自転車で通り過ぎていく。

少年たちを見ていると、思わず思い出してしまった。子供の頃、マリスとオーエッターと3人で学校帰りによく遊んだ事を。

今頃、スポットライトを浴びているマリスとオーエッター、、、「私も加わりたかったな」。2人もここに来てたら、どんな反応したかな?ひたすら妄想が広がる。

また3日前、母の死亡を聞いたところだ。覚悟してたとはいえ、まだ信じられない。だから、まだ完全に泣いてもない。 「私、もう帰る家がない、、、これからどうやって生きていけば?、、、」そう思っていると、ノーテンキなグアナムははち子を見かねてこう言った。


「お前のお母さんに感謝だな」


「どうして?」


「きっと、お母さんが連れてきてくれたに違いない!」


「そうかなぁ」


頼りないとはいえ、マイケルにも同情の心はあり、行き場を失ったこの娘が生き延びる為に、通訳人として今後も働いてもらうことにした。ここ日本で、、、



老婆は切ない表情を浮かべながら、話を終えた。

巨大な貴婦人を見た日、この世には不思議な生き物がたくさんいるのだから、もしかしたら太陽の女神もいるんじゃないかと、グアナムと日本に来た。

その後、グアナムのもとで働いたが、アンベリーの指輪は不幸をもたらし続けた。

指輪の持ち主は、代々とあの大豪邸に嫁入りした貴族の女性たちのもの。彼女らは、旦那に裏切られ、苦しい日々を送ったに違いない。

老婆曰く、あの巨大な貴婦人は、その女性たちの念が作った幻なのではないかと言っていた。

グアナムは指輪を不気味がるようになったが、金になるからと持ち続けた。しかし、受取人が見つからず、その指輪をある夫婦に売り渡したのだとか。結婚指輪が買えなかった若き夫婦に。


ある日、老婆の運命を変えた出来事があった。

65歳で誠実にグアナムで働いた。

老後、1人マンションで暮らす日々を送っていた70歳のある日、老婆は心臓発作を起こし病院に運ばれた。

気がついたら病院の中。白のベッドで寝ていたのだけれど、治療が完了したのか、発作を起こす前よりもとても気楽だった。

酸素マスクを外し、腕についてた点滴を引っ張りながら外に出たくなった。

老婆が病室を出ても、誰も何も言わなかった。

病院を出ると、外は夜だった。目の前は広い駐車場で、しばらく風に吹かれながら歩いていたら、横付けされたベンチの下に足を怪我したネズミが1匹、頑張って生きようとしていた。

老婆はネズミを見て、「可哀想やねぇー、それでも生きようとしとるの?」と話しかける。ネズミをしばらく見ていると、目の前から眩い光がネズミを照らした。

ネズミは、その光の方へ歩いて行くに連れ、どんどん歩くスピードは早くなり、気がつけば引きずっていた足を普通に動かせるようになっていた。

老婆は不思議そうにネズミの行く方を見ていると、その眩い光は更に大きくなり、老婆も照らした。


「なんやねん?」


その謎の光に老婆は唖然としている。眩いが何とも美しい光!

その光の向こうから、着物姿の美しい女性が出てきたのだ。まるで太陽を後ろにつけたように、この人から光が漏れている。

しばらく見て老婆は気付いた。


「うそやん、、、太陽の女神様?」


「こんばんわ、哀れな少女よ。」


老婆は震える膝をゆっくり地面につけながら、頭を下げた。


「女神様、、、私は死んだのですか?」


「まだよ」

女神の声は透き通り、とても美しい声だった。


「もう、やがて、、、」


女神は続けて言う。


「あなた、最後に成し遂げなければならない事があるの。それを伝える為に、あなたに会いに来たのよ」


老婆「成し遂げなければならない事?」


女神「えぇ、、、アンベリーの指輪」


老婆は何十年も昔の出来事を完全に忘れきっていた。女神の口からその名前を聞くまでは。


老婆 「アンベリーの指輪!」


女神「あれ、ヴェノピア島から持ち出したのね、あれはねガーナ嬢のものなの。」


老婆「ガーナ嬢?」


女神「ガーナ嬢に会ったはずよ。あなたに同情してわ」


老婆「あの、、、巨大な貴婦人?」


女神「そうよ。アンベリーの指輪はね、何百年も前から持ち主の人生を狂わせてきた。特にそれを指にはめた女性達の、、、、ガーナ嬢はね、そんな女性たちに同情し寄り添ってきたエネルギー体、アンベリーのダイヤを守る役割を担っていたのね。だけどあなたたち、それを盗んだでしょ」


老婆「申し訳ございませんでした」


老婆は深く土下座した。でも、太陽の女神は厳しくも優しい言葉をかけた。


「いいえ、謝る必要はない。アンベリーの指輪で苦しんだのは、あなたなのだから」


その言葉に老婆は涙した。今までの人生を振り返り、ひとりぼっちだった自分に同情した。


女神「もう時期、人生は終わる。

アンベリーのダイヤを持って、あなたが天へ参りなさい。あの指輪はあなたと共に消滅するのよ」


女神様はそういうと、ゆっくりと姿を消した。しばらく呆然としていると、気がつけばまた、病室で目を覚ました。

あれが夢か現実か分からないが、老婆が許可無く病室を出た事を医者は厳しく叱った。





「けいん」



つわのは黙て聞いているが、疑いの目つきで老婆を見ていた。


老婆「会ったでぇ、まぼろしかも分からへんねんけど、アンベリーの指輪を見つけない限り、わしは死ねへんのや。お金が尽きても、今だに生きとるやろ」


菜月「へぇぇー。凄っ壮大」


菜月は低い声でボソッと呟いた。


老婆「どこにあるんやろうか」


けいんは、何かを考えているようにぼーっとしている。

そして、何かをひらめいたように急に口を開いた。


「アンベリーの指輪売ったのって、いつ頃なん?」


「いつ売ったのかは、わしにもよく分からんよ。」


けいん「ほんなら、なんで売った事は知ってるん?」


「女神様の幻を見て、グアナムに連絡を入れてん、マイケルはアンベリーの指輪が何処に行ったか知らんととぼけよった、、、でも、気づいたんよ」


「何をなん?」


「ブランドグアナムの経営が上手くいっていることにや、今までグアナムは安定できなく、波瀾万丈やった。

 一瞬上手くいっても、すぐ何かしらの金銭問題に、文化省との揉め事で企画は台無しや、でも、ある時からグアナムの名前をよく見るようなってな、その時、アンベリーの指輪を手放したんじゃないかと思うたわ」


 けいん「夫婦に売ったってのは?」


 老婆「うちが辞める時にな、新しい新人の秘書として、男の子をマイケルは雇ったんや、その子に連絡とってん、アンベリーの指輪について聞いたんよ、そいつはアンベリーの指輪が何なのか知らへんかった、

 だけどな、とある夫婦に指輪を引き渡しのやり取りを見とったらしいんや、グアナムに指輪なんぞ売っとらんのに社長直々に何でやろう?っていうので、覚えておった」


菜月「ほんなら、絶対売っとるな」


老婆「売っとるやろ」


けいんはまだ何か考えている。菜月はそんなけいんに声をかけた。


 「けいん、大丈夫なん?どうしたん?」


「いやっ、あんなぁ、その指輪にマイケル・グアナムって裏に掘っとらんよね?」


老婆はその言葉を聞いて、しばらくして思い出した。

 「そうやあ!マイケルは自分の名前を指輪の裏に掘ったで!なんで、知っとるん?」


けいんはまるで謎が解けたかのような表情で、床を見つめながら言った。

 「お母さんがつけとったからや」




夜中1時、茶道夫妻は祭り終わりの渋滞を抜けて、車の少ない高台の道路を走行している途中だった。


 「ほんま、祭りになんで皆んな車なん?」


 「せやね、珍しいなぁ」


4歳のけいんは車の後ろの座席で居眠りしている。夢と現実の間で、お父さんとお母さんの声が聞こえている。


 「見てみー、向こうめっちゃ光っとるやろ」


 お母さんは夫に闇の向こうに見える光り輝く景色を指差す。

 

 「綺麗やな」


「せやろ、100万ドルの夜景って言われてる場所やで、前行ったところや」


 「あぁ、あの町やった?上から見たら綺麗やな」


 「そうや、いつか向こうの世界に住むのが夢なんや」


 「そうか、俺が叶えたる。」


 「ほんまかいな?」


 「ほんまや、俺たち家族はけいんが中学生になるまでに、あの世界に住んどる、宣言しとくわ」


 「ほんなら、猫も欲しいわ。ありきたりな猫は嫌や、スフィンクスみたいな、すこしエキゾチックな猫が欲しいわ」


「お!任しとけ!」


 「期待しないで、待っとるわ」


その夜景もやら見るのも面倒い、けいんは小さく開けた目に、青と金の光が見えていた。助手席に乗って、傲慢にもたる背もたれのヘッドのところを後ろ向きに抱くように両腕を巻いている。

 その手についた指輪のうっすらとした光を、寝ぼけているけいんは「これが、お母さんとお父さんの話してる世界か、たしなにきれいやな」と思いながら目を閉じようとした。

 その瞬間、、、


 「危なー!」


急ブレーキと共に上がるお父さんとお母さんの怒鳴り声、そしてブレーキを踏んだと感じた瞬間に続いて大きなアフリカ像が突進してきたかのような勢いで、右側に車は吹っ飛ばされた。

 前にテレビで見た事がある。お笑い芸人が巨大なアフリカ像と記念写真を撮る企画で、像が怒り出してその芸人に突進していった。

 4歳のけいんは事態が掴めないのと寝ぼけてたので、前に見た番組の記憶と今を照らし合わせて、子供ながらの想像力で状況を理解しようとしていた。

 しかし、意識がはっきりしてくると、けいんは宙吊りになっていた。天地が逆さまになったみたいに。

 顔を上げると、父と母がいるのがわかる。車が小さくなった感覚だ。2人も宙吊りになっていて、力の入ってない両腕が地面に寝そべっている。

 形を失った窓の微かかな隙間から光が見える。記憶はそこまでだ。


 けいんは白い病室の中。背丈に合わないほど大きな白い布団に包まれていた。点滴を打たれている左腕はかすり傷と打撲がいくつも。右腕は綺麗だが、少なからず傷が目立つ。


 「けいん!」


よこにぽっちゃりとした体型に、胸まで垂れる茶色のロングヘアーと茶色のサングラス、ジーンズに黒のジャージを着ている人が心配そうにけいんに寄り添う。


 「おばあちゃんだ!」


 おばあちゃんはみだれた涙声で、けいんの名前を呼ぶ。

 けいんは久しぶりに言葉を喋る感覚に囚われながら声を出す。


 「おばあちゃん」


 「大丈夫か?おばあちゃんやでぇ、おじいちゃんも来てるで、大変やなー」


 おばあちゃんはとうとう泣き出した。


 けいんはこの先をよく覚えてない。ただ、一つ粘り強く記憶に残っているのは、夜の病院の白い廊下で、おばあちゃんと手を繋いで歩いていたら、左側の部屋から看護師が2人と白衣を着た先生が1人、1人の男性を誘導している。おじいちゃんだ。

 おじいちゃんはけいんを見ると、無理やり涙を堪え笑顔を作る。けいんの背丈に合わせ膝を床につけ、そして言った。


 「お母さんとお父さんは、、、、、」




けいんは話した。


 「警察からお母さんが身につけていた指輪をおばあちゃんは受け取ってん、俺も、お母さんのだって分かったで。

 その指輪を手の中で転がしたり、指にはめたりしとったら、指輪の後ろにスペルで何か書いとるのに気づいたんよ。

 高校生になって、おばあちゃんが自分の昔のアルバムを見せる言うて、押入れをあさぐっとったら、その指輪が出てきてん、後ろのスペルが読めたんよ、マイケル・グアナムやったわ」


つわの「えぇ?、、、どういうこと、、、なん??」


つわのは老婆の話に疑いの耳を立てていたが、けいんまでがその話に乗ってきた為に戸惑っている。


老婆「ほな、ほんまか?マイケル・グアナムやった?」


けいん「マイケル・グアナムやったで、名前に連られて今働いとる、、、」


つわの「はぁぁ?何言っとるの?」


菜月「勘違いとちゃうんか?」


けいん「勘違いやない!ほんまに指輪はマイケル・グアナムのや!ほんで、アンベリーの指輪や!」


老婆「あぁ〜女神様、見つけたでぇー、けいん、指輪を買った若い夫婦ちゅうのは、お前の両親かいな?」


つわの「話の流れ的にそうなるやん!」

つわのは少し苛立ち始めた。


菜月「ただの事故ちゃうやん、うちもな今日初めて聞いたんよ、ここに向かう途中に」


菜月は老婆にそう言うと、「そうなん?これはただの偶然やない、運命や。けいん、どこにあるん?」


けいん「今は家の中のどっか」


菜月「どっか?無くしとるやん」


老婆「無くした!?探せー!」


老婆は目をおっきくし、けいんに怒鳴った。


つわの「っていうかけいん!お前さっき指輪はめた言うてたらやろ?お前、呪われてるんとちゃうんか?」


けいん「そうやん!」


つわの「この話が本当ーなら、呪われてるやん!」


老婆「だから早よ探せー!」


菜月「どう探すの?」


老婆「いいか、今すぐわしをお前ん家まで案内せーや、ほんで渡せアンベリーの指輪」


 菜月「えぇ!けいんの家に行くん?それちょっとヤバない?」


老婆「うっせぇわ小娘が!こっちは、 死ねるか生きるかの瀬戸際じゃ!」


つわの「さすがにやばいやろう、、、、」


けいん「呪いやったん?俺の親が死んだのは、、、」


けいんは涙声になって、老婆に聞いた。


老婆「おそらくなぁ、指輪が原因や。なんでお前は生きれたのかはわからへんのやけど、、、、」


つわの「ありえんやろう」


気づけば、ここにきて3時間が経過、もう夜中の1時だった。

 夜は相変わらず月の光で明るく、ここ周辺は静かなまま。


けいん「わかった!つわの、菜月!俺ら3人で、指輪探そう!ほんで、おばあちゃんはここで待っといてくれるか?絶対持ってくるから!」


老婆「けいん!信用するで、わしはこれ以上、苦しむのはごめんやで」


けいん「了解や!」


老婆はいつのまにか腕に巻き付いて眠っている蛇の鱗を撫でながら、けいんらに背を向け、窓から漏れる月の光を眺めた。

 けいんは、そんな老婆を見送り、菜月、つわのの3人は車に乗り込み、急ぎでけいんの家に向かった。

 外はさっきより車は少なく、明るかった街並みも眠りについている。時速50kの道路を70で走り、倉庫から40分、けいんの家に着いた。

 密集した住宅地の中、大きい車を止めるのは他の通行車に迷惑だろう。でも、今はそれどころではなかった。

 つわのは、けいんと老婆が言う「アンベリーの指輪」とやらを、この目で確かめるまで信じないと言い張った。

 

 けいんのおばあちゃんとおじいちゃんは既に眠っている。起こさないように菜月とつわのを後ろに連れてけいんは家の鍵をあけた。なるべく音が鳴らないようにゆっくりと鍵を回す。

 アルミ製の黒いドアを開けると、目の前に階段と、左側にダイニングルームで一番奥にはトイレになっている。

 両親の遺品をしまった押入れは2階にある。


けいん「静かに入れよ」


けいんは、まるで綱渡りをしてるかのように、一つの軸からブレずにゆっくり歩いていく。


菜月「お邪魔します〜」


つわのと菜月はけいんに追って入った。菜月は、はじめてのけいんの家に若干のワクワク感が隠しきれていない。

 

 けいん「こっちや!」


 つわの「あのばあさんが言っとった事、ほんまに信じとるの?」


 けいん「おかしいって思うかもしれへんけどな」


 菜月「でも、お母さんに指輪にマイケル・グアナムってついとったんや」


 けいん「そうや」


3人はぼそぼそと話しながら、2階に上がり、廊下に出ると一番奥の真正面にあるドア、それが遺品を納めた押入れの部屋。

 けいんはこれが、呪いでないでと願いながらも、両親の事故について触れる事になるのは、2人の死を理解できるのではないかという希望を感じている。

 そして、けいんは今1人じゃない。つわのと菜月がいるのだ。


 ドアを開けると真っ暗。2階というのもありとても寒い。

 

 けいんは押入れの前に立つと、おもいっきり障子を引いた。

 暗闇の中で埃が舞っている。「ここら辺にあるはずやわ」

 中の一段目は大きなダンボールが二つ。二段目には小さめの棚や袋に綺麗に詰められた洋服類、そして洋服類を区切りに、いくつもの書類がきっちりと並べられていた。

 

つわの「ほんまにあるかいな」


けいん「ある!どっから探そうか、、、」


菜月「このダンボールの中から見ていくわ、うち」


けいん「おっけー、お願いしていい?

 おれはダンボールを出した後、その奥にあるもの探してみるわ、つわの!二段目お願いできるか?」


つわの「別に、ええけど、、、ほんま正気なん?」


3人は手分けして探し始めた。


けいん「あ!片付けがすぐできるように、あんま散らかさんといて!」


つわの、菜月「了解」


探し始めてすぐ、2段目を探していたつわのが小棚をあ探っていると、アクセサリーがまとめられている段を見つけた。

 安そうなイヤリング、ネックレスと、その下に箱が2つ、その内のワイン色の小さな箱を開けた。

 そこには、青色に輝くダイヤの指輪が出てきた。「うそやろ!」つわのはそう思いながら、指輪の裏側を見た。

 「Michael Guarnam」と掘られていた。


「ほんまやん、、、」つわのは唖然としながら、けいんと菜月に言った。


「見つけたで、指輪」


菜月「うそ!ほんま!」


けいん「見してみ!」


腰を下ろしていた2人もすぐに立ち上がった。3人は指輪を囲んでひたすら見つめている。


菜月「これが、あのばあちゃんが言うてたアンベリーの指輪なん?」


けいん「そうや」


つわの「うそやろ、ほんまだったんあの話、信じられへん」


3人は改めて、この指輪の物語を事実性を実感し、関心と老婆の語った物語に信憑性を持った。

 「ほな、早く行こう。死ぬ前に」


けいんがそう言うと、菜月もつわのも何も言わず、ただひたすら押入れから出したダンボールを片付け、早歩きで車に向かった。

 けいんが先に家を出た。「鍵閉めたいから早よして」と言わんばかりに、すぐドアを閉められるようにスタンバイしている。  次に菜月が外へ出る、そしてつわのが靴を履いて靴紐を結んでいる時、非常に細い猫が1匹門の前に立っていた。


 「何あれ?」


最初に菜月が気づいた。暗闇の中のその猫は異常に不気味で、不思議と3人を見つめている。

 菜月「なぁ、けいん!門の前になんかおる」


 けいん「何がおるの?」


 菜月「分からへん、ライト照らしてや」


けいんは鍵穴に向けていたiPhoneのライトを門に向けた。「えぇ、、、何あれ、、、猫?」


 菜月「猫やん、、、、毛がない」


靴を履いたつわのも、けいんの横でその猫を見つめている。


つわの「ほんま、もう!、、、何あれ、、、今日は悪夢みたいやわ」


 けいん「あぁいう猫の種類とちゃうか?」


  菜月「へぇっ?」


 けいん「グアナムで働いとる時とかに、見たことないん?」


 菜月「ないわ!あんな猫人生一度も見た事ないわ!」


けいんは思い出した。今日の夕方頃も体毛のないこんな猫を見た事を、、、 


 「待って、今日のあの猫見たわ!、、いや、、あの猫か知らんねんけど、あの種類の猫見たわ」


つわの「夕方頃、いつ?」


けいん「窓拭いとる時や」


つわの「お前が知らんうちに買ったんやないの?」


けいん「なわけあるかいな、つわのも見たことないん?」


つわの「俺ないわ」


猫はしばらく見つめると、静かに門を通り過ぎていった。


菜月「あかんわ、こんな時にあれはあかんわ」


菜月はホッとした様子で通りに出て、あの猫がまだいないか辺りを警戒しながら早々と車に乗り込んだ。

 つわのも後を続き、けいんもドアの鍵を閉めると車に乗り込んだ。また、老婆の住処へ車を走らせた。

車内で指輪を観察するけいんとつわの。


けいん「これが、アンベリーなんや」


つわの「なんで、けいんは死なへんかったの?」


けいん「わからん」


おじいちゃんから借りた菜月の車は、ガソリンメーターの表示が一つになった。


 菜月「やばい!ガソリン入れな、止まるかもしれへん」


 けいん「お!俺ガソリン代出すわ!近くにガソスタない?」


つわの「あるで、鹿野駅の近くや」


菜月「そこで一回ガソリン入れるわ!」


時間は既に夜中の3時半すぎ、普段なら家で寝ている時間、Tシャツ一枚の為にここまでになっている事を不満に思いながらも、起こった出来事が奇妙すぎて、3人ともこの不満すら意識の中になかった。





「それはまるで悪夢みたいだった」



緊迫しながら鹿野駅まで辿り着くと、けいんはガソリン代をつわのに渡した。


 つわの「俺?」


けいん「そうや、入れ方知っとるやろう?入れて」


菜月「頼みますわー」


不機嫌ながらもつわのは車を降りて、ガソリンを入れた。2000円分だ。

 ノズルを給油口に差し込み、入れ切るまで待っていると、、、

 コンクリートでできた床を、何者かがゆっくり歩いてくる足跡が響く。車が視界を妨げ、何が近づいてくるか見えない。

 しかしそれは、ゆっくりと車の影になって見えてきた。人ではなかった、、、、


 「え?」


つわのの前に現れたのは、けいんの家の門の前にいた体毛のない猫だった。

 その猫に恐怖を感じたつわのは、ノズルを粗末にスタンドに戻すと、急いで車の中に入った。


「えぐい!みんな見てみ、あの猫さっきおったよな?」


運転席の菜月はサイドミラーでその猫を見た。


菜月「きゃあああ!」


けいん「なんで!!」


菜月は猫から逃げるように急いで車を走られせた。

 異常なまでに足が早く、どこまでも追いかけてくる。


菜月「あの猫!普通やない!!」


つわの「猫は確か俊敏だったよな、あれが普通や」


菜月「んな訳あるかい!」


車は赤信号問わず時速80kで走行、後ろの猫は車のスピードに追いつけるほどなのだから唯者じゃない。

 猫から逃げるようにしてとうとう老婆の待つ倉庫が見えてきた。


 けいん「なぁ、猫もうおらんよ!」


けいんとつわのはソワソワしながら、後ろを見渡し、猫がいなくなるのを確認すると落ち着きを取り戻した。


 菜月「なんだったん、あれ?」


 けいん「分からへんけど、あの猫グアナムの前によくおるで」


 つわの「よう、分からんわ。気持ち悪い」


 けいん「はよ、老婆に指輪渡そう!」


 菜月「もう、終わらせようや」


菜月は最初来た時と同じ場所に車を停めると、ドアを開けて顔を覗かせる。猫がいないのを確かめると、すぐさま降りて倉庫内に避難。

 倉庫を出る時に、老婆がいる認識で鍵を閉める事を完全に忘れていた。


 つわの「やっば!」


つわのはガソリンを入れた時に給油口のキャップを閉め忘れた事に気づいた。

 「これでよう走れたわ」

しっかりキャップを閉めた時にはけいんと菜月は既に倉庫に入っていた。倉庫に入ろうと入り口に向かっていると、さっきの猫の気配がする。

 「見えませーん」つわのは心の中で、そう唱えながら早歩きで倉庫の中へ入っていく。猫はつわのを見つめるだけで、これ以上近づこうとしなかった。

老婆はエンジンの音で3人が到着したのに気づき、入り口先で待っていた。


 けいん「ばあちゃん!持ってきたで!」

 

 老婆「ほな、見せえ!」


けいんは小箱を開け、中にハマった指輪を見せた。老婆は目を光らせ、ゆっくり指輪に腕を伸ばした。

 小箱の中の指輪を手に取ると、涙声に言った。


 「これや」


つわのが入ってきた頃には老婆は既に指輪に釘付けになっていた。そして自分の目線より上に指輪をあげると、片方の震える手で指輪を人差し指にはめた、涙を流しながら、、、

 つわのは、菜月とけいんに言った。


「あの猫がついて来よる、、、」


けいんと菜月はつわのの方を振り向いて目を見開いている。「はぁ?」

 老婆は指輪に話しかけている。


「そうか、そうやったんかぁ、お疲れ様やなぁ」


つわのは老婆の指にはまったアンベリーの指輪がまるで、涙を流しているように見えた。老婆の独り言がそうでないように感じてしまう事そのものが不思議な光景だ。

 指輪は何かを語っているかのように老婆に向かって光っている。しかもシャッターはしっかり閉めたはず、一階には光などないのにどこからか光が溢れ出ている。

「指輪や、、、」つわのは呟いた。


しばらく、老婆と指輪に気が取られていると、ガシャン!とシャッターが持ち上げられて落ちる音がした。

 後ろを振り向くと、そこにはあの猫がいた。


 「はぁぁ!」


つわのは息を呑み、けいんと菜月も青ざめた顔をしている。

 すると老婆が言った。


 「ほな、怖がらんでええよ。あの猫は守り神や、けいん、なんで生き残れたと思う?」


けいんは老婆を見る。


 「お前のお母さんの理想に守られたんや、あの猫もこの町も、、、お母さんの憧れやったんやろ?」


けいんは微かな記憶を思い出した。


 「せや、この町、お母さんが指輪買ったとこ、スウィンクス、お母さんが飼いたがってた猫や、、、」


けいんは大きな涙の雫が床に落ちてゆく。


 「お母さんの大きな憧れと理想が、お前を守っとったんじゃよ、けいん!もう大丈夫や」


老婆は優しい声でけいんに言った。


菜月「そうや!あの猫、スウィンクスっていう種類や!」


つわの「スウィンクスって、あんなに早く走れる種類なん?」


猫はゆっくり4人の元に歩いていく。そして、けいんの前に来ると足元にクビを擦り、けいんは腰を下ろし猫を撫でた。猫は気持ちよさそうにひたすら撫でられた。

 菜月とつわのはその様子を見守っている。

 けいん「ありがとうな、ありがとう」


老婆が言った。


 「もう、時間やで」


猫は老婆に従うように、けいんの手から離れゆっくり老婆の元へ歩いて行った。

 けいんはそんな猫をずっと見つめている。


 「ほなありがとさん」


老婆の声は掠れた老婆の声からどんどん若い声に変わっていき、その容姿も若返っていく。


 「おおきに!」


その声はもう若い女性の声だ。気づけば、その姿は光に包まれた赤い着物に黒のおかっぱ頭の少女のような容姿に変わっていた。

 つわのと菜月もその姿に感嘆した。


天井から光が差し込んだ。まるで光の坂のようだ。

 猫は走ってその坂を上がっていく。その様子は天に昇っているようにも見える。猫に続いてかつての老婆も3人に頭を下げると、後ろを振り向きゆっくりと昇っていく。


 光はやがて2人の姿を消し去り、ゆっくりと閉じて消えていった


 菜月「はち子はもう亡くなってたんや」


菜月は呟いた、、、、





秋の夕暮れ時、外は帰宅ダッシュの真っ只中。ロングコートを着たサラリーマン、悩みなんてないように笑い喋りながら帰宅する学生たち、そんな彼らを横目にみながらけいんは今日も店の窓ガラスを拭いている。通りすぎるお客さん達は、店のディスプレイに惹かれて窓ガラスに手をつけ、店内から窓を見ると窓ガラスは手形がいっぱい。まるで、幽霊屋敷みたいだ。


 「けいん!」


サチコさんが店のドアから顔を出し、けいんを呼んでいる。


 けいん「はーい」


「窓拭き終わったら、ディスプレイ変えたいから、手伝ってぇーー」


いつになくサチコさんは陽気、そしてそれに答えるけいんの声は活気に溢れている。


「はーい、了解でーす!」


グアナム神戸店は今日も賑わっている。そして明日も賑わっているだろう。



                 END


文章能力に劣っているところもありますが、みなさん、楽しみいただけたでしょうか?

こちらの作品は物語だけでなく、芸術、音楽として一つの作品にしていこうと思ってます。

また、今後もこちらに投稿するかもしれないので、また暇があった際に立ち寄って頂けたら嬉しいです!


ではまた!


※ただいま練習中♪♪

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