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第8話


「懐かしい……」


図書館の扉を開ける。本の匂いに包まれたこの空間が私はやはり落ち着く。


私の左手を握ったイディスが、図書館の中へと入りたくてウズウズしているのか、その手を引っ張った。


「おかあさま、すごい!ご本いっぱいね!」


「シーッ。イディス、ここでは静かに皆がご本を読んでるの。だから声は控え目にね」



「はい。ごめんなさい」


素直に謝る我が娘に私は思わず笑みがこぼれた。

いつもフェリックス様が言っている『イディスは小さなメグだな』と。本当に私にそっくりね。本が好きな所なんか特に。


「じゃあ、ご本を選びに行きましょうか」


私が言うと、イディスはにっこりと笑って私の手を離した。逸る気持ちを抑えられないのか、早足になりながらもイディスは本棚の方へと向かって行った。


「慌てなくても本は逃げないのに……」

私は苦笑しながら、その小さな背中を追った。







もう絵本では物足りなくなったのか、私がフェリックス様にいただいた本を読ませて欲しいとせがまれて、五歳の彼女にはまだ早いかもと思いながらそれを渡した。


『お母様の大切な本だから優しく扱ってね』


『はい!これっておとうさまからのおくりものなんでしょう?』


『ええ、そうよ。お母様の宝物なの』


そんな私達の会話に庭から戻ったフェリックス様が割り込む。




『お父様の宝物はお前達だぞ!』


『おとうさま!おにいさま!』『あら?二人とも稽古は終わり?お疲れ様』



剣の稽古から帰って来た二人が私達の元に顔を見せた。


『お母様、ただいま帰りました』


フェリックス様にそっくりな息子がにっこりと笑う。

七歳になったブライアンはフェリックス様の様な騎士になりたいと剣の稽古に毎日勤しんでいた。

そろそろ婚約者を考えなければならないが、なかなか本人が首を縦に振らない。


『ブライアン、帰って来て直ぐで申し訳ないのだけど……そろそろ絵姿だけでも見てみない?』


最近の私とブライアンの会話はこの話題から始まる事が多いのだが、彼はそれにムスッとした顔で答える。


『まだ考えたくありません。お母様みたいな女の子なら絵姿ぐらいは見てもいいですけど』


……こんな所までフェリックス様に似なくても良いのに……。






「おかあさま、あのご本を取ってほしいの」


イディスの声に我に返る。イディスを見ると本棚の一番上の棚を指差している。必死につま先立つ彼女につい笑みが溢れた。


例の本をイディスはたった一人で読んでみせた。そして彼女はこう言った。


『騎士ってかっこいい!ね、おかあさま!』


それを聞いて喜んだのは、もちろんフェリックス様だった事は言うまでもない。





「あのご本ね。うーん……あの棚はお母様も手が届かないから踏み台を探してくるわ、待っててね」


イディスにそう言って、私はキョロキョロと辺りを見回した。


少し離れた所に踏み台を見つける。

私は娘に背を向け、踏み台を取りに向かおうとした。その時、


「あの本かい?はい、これで間違いないかな?」

と懐かしい声が聞こえて、私は急いで振り返った。


「デービス様……」


「やぁメグ、久しぶりだね」


そこには記憶にあるデービス様より少しだけ日焼けした彼が居た。


イディスは目的の本を手渡されて目をキラキラと輝かせている。それを見てデービス様は、


「本当に君にそっくりだ」

と笑った。






「いつこの国に戻られたのですか?」


「一昨日……だったかな?多分八年ぶりぐらいだ」


私達は学生時代お気に入りだった、窓際の席を陣取っていた。

イディスは既に本に夢中で私達の小さな声など耳にも入っていない様子だ。



「もうすっかり人気作家ですね」


デービス様の本は各国で人気で、彼はすっかり時の人だった。


「ありがたい事にたくさんの読者の方々に読んで貰えてるけど、僕自身は全く変わらないよ。少し日焼けしたぐらいかな?」


デービス様はそう言って白い歯を見せた。


「まだあの国に?」


私が妊娠前にフェリックス様と訪れた海の見える国。

結局、あの時もデービス様に会うことは出来なかったが。


「あの国はお気に入りだから、屋敷を構えたけど、今だに色んな国を行ったり来たりしているよ。しかし海が近い国が多いかな?お陰で日焼けした」


「デービス様、とっても楽しそうですね」


「楽しいね。好きな事を思う存分出来ているし。色んな国に足を運んで、現地の人々と交流したり、風習を見たり聞いたり。刺激が多い毎日だよ。あの時、思い切って行動に移して良かったって思ってるんだ。毎日充実してる。まぁ……少しだけ心残りはあるけど」


最後の言葉が小さな声で聞き取れなかった。


「ん?少しだけ……何ですか?」


「いや、何でもない」


「おかあさま……」


すると、私達の会話にイディスが小さな声で参戦する。


「なぁに?」


「ねぇ、この字はなんてよむの?」


小さな指が、少し難しい単語を指差していた。


「これは『拘束』と読むのよ。……っていうか、イディス、何の本を読んでいるの?」


「ん?この国のれきしの本よ」


そう得意げに答えたイディスに、デービス様は、


「こんな所までメグにそっくりだ」

と微笑んだ。


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