第7話 Sideステファニー
〈ステファニー視点〉
「お前の結婚相手が決まった」
そうお父様が言ってきたのは、領地へと引っ越す二日前の事だった。
私は領地に引っ込むのは嫌だと最後まで抵抗してみせたが、この屋敷も売り払わねばならないと言われ、渋々納得していた最中の出来事だ。
「どなたなの?」
私は正直、期待していた。殿下に婚約破棄された時には絶望したし、フェリックスとの結婚もダメだと言われ、その時はこの世の終わりだと嘆き悲しんだ。
しかし、私はどちらも『元』とはいえ殿下の婚約者であり、宰相の娘だ。スペックとしては高い。この美貌だって、そこら辺の令嬢とは訳が違う。
「隣の国の侯爵だ」
侯爵か……公爵でないのは残念だが、今現在自分の立場は伯爵令嬢。それならば、侯爵でも問題ない爵位だ。
「そう……まぁ良いわ。隣の国は豊かな国だし」
正直、この国で結婚したら王宮の夜会で殿下の姿やフェリックスとあの女の姿を見なきゃならないと思っていた。社交は私の得意とする所なのに、周りの目を気にしながらの夜会など楽しくない……とも。
「良かったな。領地に行きたくなかったんだろ?お前は二日後に隣国に行け。私達も同じ日に領地へ行く」
「え?お父様達は隣国へ来られないのです?結婚式への参列は?」
こちら側の親族が一人も出席しないなど、たとえ国が違ったとしてもおかしいに決まってる。
「結婚式?結婚式はしないらしい」
「しない?!!そんな!!絶対に嫌です!!」
今からドレスの用意を大急ぎでさせて……と既に私の頭の中には皆に祝福されている中、豪華なドレスを着た自分を想像していたので、驚いて大きな声を上げてしまった。
「お前が嫌でもこれは向こう側の意向だ。……三度目の結婚だからな」
「三度目?!」
「あぁ」
そう言って父は目を逸らした。
「三度目……そんな!では私は後妻……?」
「そうなるな。あちらは歴史ある侯爵家だが、当主は派手な事を嫌う質らしい」
「後妻なんて、絶対に嫌です!!三度目なんて……その侯爵はおいくつなんですか?!」
「確か……四十後半だったか?」
「そんな……私はまだ十八ですよ?三十歳近くも離れているなんて……絶対!!嫌!!」
「お前は嫌がるだろうと思っていたが、これは陛下が持って来た縁談だ。断ることは出来ん」
「そんな……これは……罰ですか?」
「さぁ……な。こうなったのもお前が金を使い込むからだ」
「お父様だって知っていて黙っていたくせに!その上、お父様も言えない様な事をしていたのでしょう?」
「だから私は罰を受けているじゃないか!宰相も解雇、伯爵に降格。これ以上陛下の気分を損ねる訳にはいかんのだ!お前も欲しいものがあるなら、何故私に言わなかった?金なら……」
「私、知っているのよ。お父様にも借金がある事。それに……私は殿下が贈るべき物を自分で買っていたにすぎません」
「どこで私の借金を……?いや……まぁ、良い。それはおいおい返していく予定のものだ。それより……お前……何も反省していないのだな」
「反省?何を反省する必要があるのです?殿下は私を十年も放っておいたのですよ?側に居ないのならば、贈り物や手紙で私の機嫌を取るべきでしょう?」
私の言葉に父は頭を緩く振った。
私がどんなに嫌だと言っても、泣き落としで情に訴えても、この結婚の話が覆る事はなかった。
二日後、結局私は隣国へ、他の家族は領地へと向かう事になった。
弟は別れ際に『お前のせいだ』と静かに私に言った。馬鹿馬鹿しい。自分の能力があのジェフリーより低いことを棚に上げて。
母はずっと俯いたまま。父は『元気で』と一言だけ言った。
馬車に乗り込む。隣国には陸続きでも行けるが、大きな運河で隣接している為、船に乗って向かう事になった。その方が早く到着するのだそうだ。全くもって嬉しくない。何なら永遠に着かないで欲しい。
どうしてそんな歳上のおじさんと、この私が結婚しなければならないのか。
「私が何をしたって言うの?」
私は馬車の中で独り言ちた。
馬車は王宮の豪華な屋根が見える道を通る。本当なら、あそこが私の居場所だったのに。お金を使い込んだのも、私を放置する殿下への意趣返しのつもりだった。
『婚約者を大切にしないとこんな事になるのよ』と。
王宮を過ぎ去り、大聖堂に通りかかった時だった。
窓の外に見たくもないのに、飛び込んで来た光景。
フェリックスとあの女との結婚式だった。幸せそうに微笑むあの女と、フェリックスが見える。
馬車を停めて、乱入でもしてやろうかと一瞬考える。全てを壊してやろうか……と。
フェリックスのあのだらしない顔。よく見るとそんなにかっこよくない……わよね。
そんな事を思うのは悔しさからか……いや、そんな事はない。私は何処にいても輝ける!
結婚相手だってそんな歳上であるなら、そう先は長くないかもしれない。そうすれば私は遺産を手にして自由になれる。
見目の良い護衛を雇ったって良い。隣国の侯爵ならば金もあるし、私専属の護衛を雇ったっておかしくはないだろう。どうせ跡継ぎもいる筈だ。夜の相手もしなくて済むかもしれない。
……そう考えると何だか少しウキウキしてきた。
私は窓の外の幸せそうな二人に心の中でこう言った。
『さっさと地獄に落ちろ』と。
船に揺られ、馬車に揺られて辿り着いた場所は隣国の王都でも郊外にあたる場所だった。
うーん。これじゃあお買い物一つ行くにも結構面倒だ。侯爵なんだから、もっと良い場所に屋敷を構えれば良いのに。
私は船着き場に迎えに来た侯爵家の馬車を降りた。
御者が年寄りで、そのシワシワの手を握るのが嫌だった。
屋敷も何となく辛気臭い。そう言えば派手な事を好まないと言っていたっけ。
「遠路はるばるようこそおいでくださいました。私は執事のバルトと申します」
白髪交じりの髪をきっちりと撫で付けた執事が挨拶をした。
「どうも。で、侯爵様は?」
「……ご当主はこちらでございます」
何か言いたげな執事に案内され、私は執務室と思われる部屋へと通された。
私は王太子教育で身につけたカーテシーをしてみせる。
「はじめまして、ステファニーと申します」
神経質そうな細身の男が私を見ている。彼が私の結婚相手の様だ。
「私の名前はサイモンだ。ふむ……まぁ若くて健康であれば何でも良いと言ったが、見目は良いようだな」
何て失礼な男なのかしら。私は内心ムッとしていた。私が美しいのは当たり前じゃない。
貴方なんかには勿体ない程よ。
サイモンと名乗った男は実年齢より老けて見えた。まぁ……我慢するしかないわね。直ぐに素敵な護衛でも雇えば良いわ。
そして、その男は続けた。
「君の仕事は跡継ぎを残すことだ。今までの妻には子がなかったのでな。それ以外は大人しく過ごす様に。君が殿下の元婚約者で大失態を犯して婚約破棄された事は、この国の上位貴族なら知っている話だ。これ以上恥の上塗りにならぬよう」
私はその言葉に目の前が暗くなった。