第5話 Sideアイーダ
〈アイーダ視点〉
「何だか周りはみーんな幸せそうね」
殿下に撫で回されて疲れたのか、クッションに丸まって休むルルに向かって、私は小声で胸の内を打ち明けた。
ルルは耳をピクピクと動かしているが、目を開ける素振りはない。聞いてるくせに、私の愚痴なんかには構っていられないという事だろう。
ジェフリーが今も色々と仕事をさせられているのは分かっているし、宰相になった暁には、もっともっと忙しくなるのだろう。
「これじゃあ、マーガレットの事を言えやしないわ」
学園でマーガレットに『放っておかれるわよ』なんて偉そうに忠告していた自分が恥ずかしくなる。
しかし、近衛騎士団の副団長になったと言うのに、フェリックス様はマーガレットの後をついて回っている。
「羨ましい……」
つい本音が漏れる。ま、聞いているのはルルだけだ。好き勝手言った所で困ることはない。
そう考えていたら、私の部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「はい?」
「ジェフリー様がお見えでございます。お通ししても?」
「え?!ジェフリーが?!」
さっきまで仏頂面だった私は愛しい人の来訪の知らせに笑顔になる。
そんな私の声が煩かったのか、ルルは迷惑そうに目を開けると、『うーん』と伸びをした後、クッションから飛び降りて何処かへ歩いて行った。
「アイーダ、急にごめんね」
謝罪を口にしながら、ジェフリーが現れた。
「ううん!でもどうしたの?」
さっきまで会いたかったくせに、急な来訪にほんの少しだけ不安になる。何かあったのかしら?
「はい、これ」
ジェフリーは後ろ手で背中に隠していた、小さなブーケを私の前に差し出した。
「可愛い!でもどうしたの?これ。別に私のお誕生日でもないし……」
困惑する私に、ジェフリーは笑いながらリボンの掛かった箱も合わせて差し出した。
「今日は僕達が出逢って丁度十年の記念日だから」
少し照れた様にそう言ったジェフリーに私は思わず抱きついた。
「そんなの私も忘れていたわ!覚えていてくれてありがとう」
「忘れる訳ないよ。十年前、婚約者として君と初めて顔を合わせた日だ。僕にとって大切な記念日だよ。最近は忙しくて会いに来れなくてごめんね」
「正直寂しかったし……周りの皆が羨ましかったけど、忙しくしている中でもこうして私の事を想ってくれていたんですもの……ぜーんぶチャラよ!」
そう言った私はゆっくりとジェフリーから離れ、改めて差し出された箱を手にとった。
「開けてみて」
リボンを解いてその箱を開ける。そこにはパールとルビーのネックレスがキラキラとした輝きを放っていた。
「綺麗……とっても素敵ね」
「気に入った?なら良かった」
「でも……悔しいわ。貴方のサプライズはこうしていつも成功するのに……」
私は嬉しさが隠せずニヤニヤしながらも、わざと口を尖らせてみせた。
そんな私を見て、ジェフリーはクスクスと笑うと、もう一度私を抱き締める。
「素直な君が大好きだよ。ずっとこのままで居て」
ジェフリーの言葉に私は腕の中で頷いた。