第3話 Sideアイーダ
〈アイーダ視点〉
「最近ジェフリーが物凄く忙しそうなのよ……つまらないわ」
私は仲良しの友人とのお茶の席で思わず愚痴を零した。
「フェリックス様も良く王宮でお会いすると仰っていました」
「そうなのよ!まだ学園も卒業していないのに王宮に入り浸って……」
「……正直に言ってジェフリー様は優秀すぎて……もう全ての学習を終えられています。本当なら今すぐにでも卒業しても何の問題もないのです。今は在籍しているだけ……といった所でしょうか」
学園で教師をしている友人は困った様に微笑んだ。
私はこの友人が大好きだ。
「そういえば……最近は良く殿下がアイーダ様の所へ行かれていると」
友人の言葉に私は眉間に皺を寄せた。
「殿下とミリアンヌ様がね。うちの猫に会いに足繁く通ってくるわ」
「……迷惑そうですね」
クスクス笑うマーガレットに私は口を尖らせた。
「相手は殿下だもの。気を使うったらありゃしない!ルルももう歳だし寝てばかりなんだから見に来ても面白いことなんて何もないのよ?」
私の言葉にマーガレットは微妙な表情を浮かべた。
「まぁ……殿下の目的はそれだけではないでしょうし……」
「え?何か言った?」
「いいえ。元々その猫ちゃんは殿下の猫だったとか?」
マーガレットが何かゴニョゴニョ言っていたが、良く聞こえなかった。
「そうなの。……前にステファニー様が動物を虐めているのを見たことがある……って私が言ったのを覚えてる?」
「ええ。意外に思った事を今も覚えておりますが……今となっては少しだけですがステファニー様の本性と言いますか……そういうものが分かった気がするので」
「貴女も随分と迷惑掛けられたものね。……その虐められていた動物ってのが、ルルなの。あれは王宮の中庭で行われたお茶会の時だった。ステファニー様が白い子猫を抱えて皆から離れていくのを不思議に思って後をつけたの。そしたら、その猫を噴水に投げ入れたのよ?!信じられる?!小さな子猫よ?!ステファニー様はそのまま走り去って……私は慌てて噴水に入ったの」
「アイーダ様らしいです。普通のご令嬢ならきっと誰かを呼びに行っていたでしょう。それを躊躇いもなく噴水に飛び込むなんて……」
「人間には大した深さじゃないけど、子猫なんて溺れてしまうわ。直に助けなきゃ、意味がないじゃない!」
そう言った私にマーガレットは微笑んだ。
「だからアイーダ様らしいと言ったのです」
と。
そういえば、ジェフリーにも良く言われる。『アイーダらしいね』と。私には何が自分らしいのか分からないが、私は私。自分が自分らしいのは当たり前だと思う。
「ルルちゃんがその時アイーダ様がステファニー様から助けた猫だったのは分かりましたが、でもどうして殿下の猫をアイーダ様が?」
「私だって驚いたわよ。殿下が留学に行く前日だったかしら?急にあの時の子猫を連れてうちに来たんですもの。留学中、預かって欲しいってね」
「なるほど……それで預かる事になったんですね?」
「違うわよ?預かるのは嫌だって断ったの。だってそんなにコロコロ飼い主が変わっちゃったら、猫だって困惑しちゃうでしょ?それにその時はこんなに長く殿下が留学するとは思っていなかったから、仲良くなったと思ったら直に殿下にお返ししなきゃならなくなると思ってたの。だから一度は断ったんだけど……それならばこの子を君の猫にしてくれないかって言われて。それならって了承したのよ」
「アイーダ様ぐらいですね……そんな風に殿下にはっきり言えるのは」
マーガレットは少し驚いた様な顔をした。
「でも……あの時ルルを飼うことに決めて良かったって思ってるの。今更手放せないもの。だってルルは私の大切な家族だから」
「……きっと殿下もアイーダ様にルルちゃんをお譲りした事で安心して留学に行けたのでしょう」
「うーん……でも何であの時私だったのかしら?それこそフェリックス様でも良かったと思うのよ。殿下の周りには側近候補と呼ばれていた令息達がたくさん居たのに。まぁ……ステファニー様は論外だけど」
「アイーダ様が信頼に値する方だからですよ。アイーダ様の言葉はとても素直で信用出来ます」
そう微笑む友人の元に、
「メグ!迎えに来たよ!」
と少し前に結婚して彼女の旦那様という名誉を得た男が満面の笑みで駆けて来た。
「まぁ!随分と早いではありませんか?!」
マーガレットは驚きながらも同じ様に笑顔を返す。
「ミリアンヌ様の体調が思わしくなくてな、観劇は中止になったんだ。付いて行かなくて良くなったお陰で早く帰れた」
「ミリアンヌ様お身体が?大丈夫なのでしょうか?」
優しいマーガレットは心配そうに眉を下げた。
「食べ過ぎだと。この国の食事が口に合う様で、つい食べすぎてしまうらしい。大したことは無いが大事をとって、今日は早く休むそうだ。殿下もその分仕事が捗るだろう」
二人を見ながら、私はマーガレットが学園に居た頃の事を思い出す。正直な所、私はこの男が嫌いだった。




