第2話 Sideデービス
〈デービス視点〉
「デービス!久しぶり!」
司書の時とは違って、何だかキビキビとして見えるのは図書館ではなく出版社で彼と会っているからだろうか?
「サーフィス殿、お久しぶりです」
「『殿』は止めて欲しいかな。こっちの方が『先生』って呼ばなきゃならない立場なのに」
「それこそ止めて欲しいって言っただろ?まだ薄っぺらい紀行本を一冊書いただけなんだから」
苦笑する僕にサーフィス殿も笑う。
「それも立派な作家としての仕事だよ。あと……読んだよ原稿」
小説を書いてみたい……そうは思っていたが、まさか思いついたのが恋愛小説だとは彼も意外だっただろう。自分自身でも驚いていた。ただ……彼女に会ってから初めて知ったこの宝物みたいな気持ちをどうにか表現してみたかったのだ。
「どうだった?って僕が恋愛小説なんて意外だったかな?」
照れ隠しからか、僕は自らそう切り出した。
「確かに少し意外だったけど……面白かったよ。あんな感じの恋愛小説が最近の若いご令嬢には人気なんだ。受けると思うよ。直ぐに着手しようって編集長とも話していたところさ」
「そうか……君に相談して良かったよ」
僕がホッとした様に微笑むと、サーフィス殿も頷いた。彼だってあくまで仕事だ。友人だから……という訳ではないと思いたい。
「ところで……結婚式の招待状が宛先不明で返って来たって嘆いてたよ。言われた通り帰って来る事は言ってないけどね」
サーフィス殿からメグの結婚式が明日な事は手紙で知らせてもらっていた。もちろんそれを理解した上でだ。
「メグの笑顔は見たいけど、彼の幸せそうな姿には興味はないからね」
「……かっこ良く譲ったんじゃなかったのかい?」
「戦う前に逃げ出しただけさ」
自嘲気味に笑う僕にサーフィス殿は顎をさする。
「デービスが本気になれば、いい線行ってたと思うけどね。友人の僕が言うのもアレだが、フェリックスは不誠実過ぎた」
「僕には継ぐ家はない。メグにみすみす苦労をさせたくはないよ」
「耳に痛い話だね」
境遇が似てるサーフィス殿なら、その言い訳で納得してくれる筈だと思って口にする。まぁ、半分は真実だから問題ないだろう。
本気で戦って負ける方がカッコ悪い……そんな本音は隠しておくに限る。
「それはそうと、君は招待されているんだろう?」
「フェリックスの数少ない友人だからな。……一緒に行かないか?彼女はきっと喜ぶよ。フェリックスは渋い顔をするかもな」
気を使ってくれているのは分かるが……どんな顔で彼女を祝福すれば良いのか分からない僕は曖昧に微笑んでお茶を濁した。
未練がましいって言葉は僕の為にあるんじゃないかと思う。
サーフィス殿には結婚式には出席しないよ……なんて言っておきながら、結局こうして影から見ているなんて……。
王都でも、古く格式がある事で有名な教会の扉から二人が出てきた。
離れた場所から覗き見なんていう悪趣味な事をしている僕の耳には二人の声は聞こえないが、周りの招待客が祝福している様子は見て取れた。
「綺麗だな……」
メグのドレス姿に思わず溢れた。
その時にザーッと木々を揺らす風が吹く。
風に舞うベールを手で押さえる彼女を風から守る様にフェリックス殿が自分の体で囲う。その様子がとても自然で……僕の居ない間にメグとフェリックス殿との間に見えない絆が出来ている様に感じた。
「幸せなんだな」
メグの笑顔を見れば分かる。彼に愛されて幸せだと。フェリックス殿もあんな風に笑う事が出来るんだと驚いた。
もう満足だ。
そろそろこの場を去った方が良いだろう……そう思った時、メグが急に周りを見渡して、少しだけ寂しそうに微笑んだ。
もしかして……僕の事を思い出してくれているのだろうか?自惚れてるって思われても良い。僕はそうだと思い込む事にした。……それぐらいは、神様、許してくれますよね?
「おめでとう」
いつの日かこの言葉を直接君に届けよう。その時はきっとこの胸の痛みも薄れている事だろう。
僕は幸せが溜まっている場所に背を向けて、歩き始めた。
もう振り返りはしない。前を向いて行こう……決して彼女に負けない様に。
「デービスさん!今日も良い天気だね」
「マナさん、本当ですね。これなら洗濯物も良く乾きそうだ」
この国に滞在してもう一月半。この海の見える部屋が気に入りすぎて、宿屋の部屋を月単位で借りてしまった。
マナさんはこの宿屋の女将さんで、人懐こい笑顔が魅力的だ。長居する僕に嫌な顔一つせず、ここに置いてくれている。その代わり、少しガタのきたこの宿屋の修理は率先してやらせてもらっているのだが。
窓から海を眺める。照りつける太陽が海に反射してキラキラしている。昼間も綺麗だが、この海に沈む夕日がまた格別なんだ。
あまりにも気に入って、ついメグに『旅行するならこの国がおすすめだよ』と書いてしまった。
「デービスさん、荷物が届いてるよ」
マナさんが小包を抱えて持ってきた。
送り主はサーフィス殿だ。いよいよ、あれが形になったみたいだ。
「ありがとう」
笑顔で僕がそれを受け取ると、マナさんは
「嬉しそうだね」
と僕につられて笑っていた。何となく二人で笑い合う。
部屋の扉を閉めて、小包を開ける。
そこから五冊の本が出てきた。僕の小説がこうして形になっている事に感動する。僕はその表紙を撫でた。少しザラザラとした手触りが心地よい。
『本の虫令嬢は幼馴染に夢中な婚約者に愛想を尽かす』
このタイトル、彼女は気に入ってくれるかな?
まぁ……フェリックス殿にはどう思われても構わない。本当に愛想を尽かしてくれたら良かったのに……なんて期待をこのタイトルに込めてしまったのだから。
僕はその中の一冊を彼女に送るべく、また包み直した。
手紙はあえて書かない。伝わると良いな……と思う。
君が僕にとってのヒロインだって事が。