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僕だけの、一人だけの夜  作者: 福野 みふ
第一章

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3/3

まだ来ない夜

長めです。

 学校に着くと、僕を待つのは少しの静寂だけだ。もちろんそこに、人の気配はない。


 推しについて公言―どころか誰にも話したことがない僕に、そういう類の友達はいない。耳を立てて周りの会話を聞いていると、同担がクラス内に3人ほどいたのだが、別に仲良くなる必要を感じなかったため、スルーした。決して同担拒否ではない。歓迎は、しないが。


 「そういう類の」友達はいない、というよりかは、そもそも僕目線で友達と呼べるほど気の置けない人がいないのだ。僕を友達だと思っている奴も、そうじゃないと思っている奴も、僕を好いている奴も、嫌っている奴も、僕にとっては皆んな同じ「他人」だ。


 誰もいない教室で、僕と関係を築いてくれているやつのことを考える。別に、小学生のころは友達だっていたんだから、そういう関係が全く分からないわけではない。だが、オタクになり閉鎖的な性格に変わってしまった僕を受け入れてくれる友達はいなかった。僕とそいつらは、それくらい軽くて其の場凌ぎの関係だったのだ。とはいえ、小学校で仲良くしていたやつが、中学校に入って急に性格が変わったのだから、そりゃ距離を置くだろう。中学校を卒業する頃には、友達などいなくなっていた。


 過去を深く考えすぎるのも損なので、推しを摂取することにした。この高校では、生徒の自主自立を掲げているため校則がほぼなく、スマホの利用すらも規制がない。最悪、授業中に使っていても校則違反にはならないのだ。もちろん、それだけレベルの高いところなので、授業中に娯楽目的でそんなことしていてたら、勉強についていけなくなってしまう。現実はそんなに楽じゃない。


 今日の朝の衝撃と、昨日の夜の出来事を思い出すと、脳内はヨゾラさん一色になった。「有名になりたい」というあの人の切なる思いを知り、いつもとは違う行動を目撃したからこそ、僕は平常心なんかじゃいられなかった。頭が回らず、指が上手く動かず、ヨゾラさんに会いに行くのに時間がかかってしまう。


 教室の扉はちゃんと閉めているので、誰かが入ってきたらすぐに分かる。そうなったらスマホの画面をニュースに切り替えて、現代社会の情勢を恨めしそうに眺めていればいいのだ。こうやって隠しているから、誰とも深い友人関係を築くことができないのだけれど。


 隠蔽用のニュースタブを開いた状態で、僕はスマホの画面をヨゾラさんに染めた。どうやら一般的なオタクは、スマホの壁紙を推しにするそうなのだが、誰かにスマホの画面を見られたときに事故る危険性を考慮して、僕はやっていない。そのため、スマホで推しを眺めるためには、そのためだけにSNSに飛ぶ必要がある。それを僕は、手間だとは感じていない。


 やっぱりヨゾラさんは絵が上手いのだ。自分の推しが天才だとなんだか誇らしくなってくる。こんな、底辺に近いような人間にも、素晴らしい推しがいるというだけで、ステータスに華が添えられたような感じがする。そういう意味でも、僕の人生自体にも、彩りを加えてくれてくれるのが、推しという存在だ。


 どうして「イラストレーター」として活動をしないのだろうか、と思った。それでいいじゃないか。こんなに絵が上手ければ、十分生きていけるぐらいは稼げるだろう。それが嫌なのだろうか。自分の好きなことを仕事にすることで、それを嫌うようになるのが、怖いのだろうか。その気持ちは、残念ながら少しわかる。なぜなら僕は、仕事は仕事でしかない、というような未来を望んでいるからだ。


 暗黙のルールというか、僕自身が勝手に決めていることの一つに、「日中はヨゾラさんと会話をしない」というものがある。理由は色々あるが、一つは自分が「日中もスマホを触ることができる人間である」ということをバラさないためだ。僕が学生だということは、僕の投稿を調べればすぐに割れるだろう。実際、今日の朝も、学校についての鬱憤をぶちまけてきた。それを見つけられると、日中にスマホを触れる学校は数少ないことから、身元がかなりバレてしまう危険性があるのだ。他の人から見れば、気にしすぎと思われるかもしれないが、こういう些細なことを気にしない者が、デジタルタトゥーを刻むようになるんだ。馬鹿め。


 今日がいつもと何ら変わらない日常として始まるのなら、あと5分くらいで一気にクラスメートがなだれ込んでくる。つまり、僕が僕である時間はあと5分弱ということだ。誰かが来た瞬間に僕が仮面を被るのはいつものこと。毎日そんなことが僕の中で行われていることは、僕以外の誰も知らない。まぁ、気づいている人もいるかもしれないが、僕がそれを知る術はない。もしくは、人間は僕を含めみんながそういう仮面を被って生きているのだろうか。それもわからない。


 スマホから左手を離し、片手だけで持つ。親指を流してニュースを眺めていると、頭には何の情報も入ってこない。脳に初めて届いた情報は、教室の扉が開く音だった。


「おぉ。知か」

「あ、おはよう。【S】くん」


 クラスメートが一人、異様な空気漂う教室に足を踏み入れてきた。そんな空気を作ったのは、僕だ。


「相変わらずはえぇな」

「電車の兼ね合いで早めに来てるだけだよ」


 これは事実だった。この情報に関して、わざわざ【S】くんに嘘をつく必要もない。全てを嘘で着飾ってしまうと、その後に同じ嘘をつくのが面倒くさい。


「何見てんだ?」

「ニュースだよ。世の中は平和に見えて、実はそうではなかったりするからね。知っておくことは大切だろう」

「んぁ、俺はあんま興味ねぇなぁそういうの」


 椅子の背もたれの後ろに手を回して天を仰ぐ【S】くんは、決して馬鹿な生徒ではない。そもそもこの学校はレベルが少しばかり高いので、ここに入学している時点でまあまあな優等生であることがわかる。


 彼は平均点を取る天才だった。下手すると半分以上の教科が平均点ピッタリ、という漫画みたいな成績をたたき出すことがある。要するに、僕よりは馬鹿な人間だ、ということだ。


 まぁ、僕と比較してしまうと、彼がかわいそうになってしまう。もしこのクラスに、テストの点数で僕に勝とうと思っている人間がいるのなら、「そういう考えを持っているからいつまでも馬鹿なのだ」と言ってやりたい。


 数十秒間の沈黙を二人で味わうと、女子が3人、教室に入ってきた。その中に、僕とよく話す人―おそらく彼女は僕のことを友達だと思っている―が1人。


 よく話すとはいえ、性別の違いもあって、わざわざ狙って話しに来ることはない。もちろん僕が行くことはまずないので、今日の朝は話をしないこととなった。別に問題はない。


 他人に見られる表面上だけがいつも通りになった僕は、せっせといつも通りの僕を演じた。特筆することはない。気づいたら席に着き予習をしている【T】くんも、黙ってソシャゲに勤しむ【A】くんも、遅刻ギリギリで滑り込んでくるが遅刻は絶対にしない【Y】くんも、みんないつも通りの一日を始めていた。だから僕も、いつも通りの一日を始めた。それだけだ。


 午前中の授業はごくごく普通に、かつ面白みがなく終わった。平凡な一日が一番幸せだが、楽しさはない。その両立を目論む人間が成功するのなら、僕は失敗で終わる人間でいい。努力は嫌いだ。


 昼食はいつも【A】くんと取っている。彼はサンドイッチ率が高い。


 昼食を一緒に取ると言っても、特段ベラベラと話をしながら食べるわけでもない。昼食はそれぞれがそれぞれの活動を全力で行うためのエネルギー補給である、という考えが何故か共通していることを、僕は彼の行動から感じていた。


 決して話さない、というわけでは、ない。


「すげぇなサッカー。親善試合とはいえ4-0だぜ」

「昨日の試合かい?」

「あぁ。相手とはほぼ実力差ないからなぁ。短期間での急成長が目覚ましいわ」


 確かに今日の朝、一瞬だけ眺めたネットニュースにサッカーの話題が載っていた気もする。特段興味があるわけではないが、同じ国の人間が活躍をしていることに悔しさを感じる人間は、海外ファン以外いないだろう。僕は、それには分類されなかった。


「それはいいことだな」

「好きな人とかいねぇの?」


 唐突かつ端的な質問に、僕は口に含んだお茶を吹き出しそうになってしまった。その様子を見て、【A】くんが笑う。


「そんなわかりやすく動揺しなくても...」

「堪えながら笑わないでくれ」

「で、どうなんだ?でもその反応、いる感じで図星だな?」

「いや、君の期待を裏切るようで悪いけれど、残念ながらいないね」

「でも、昔はいた」


 彼のその一言に、僕は意図せず目を見開いてしまった。


「はい図星」

「...その通りだよ」

「いつの話さ?」

「長年の片思いを拗らせて、結局言えずじまいさ。もういいだろう?」

「あはは。悪かったな」


 やはり僕は動揺している。いや、【A】くんからの質問にではなくて―まぁ実際それにも動揺はしたのだが、この動揺の根源は、ヨゾラさんにある。


 ペースが狂うな。ヨゾラさんがいつもと違うことをするだけで、僕はいつも通りの「僕」としての学校生活を送れなくなる。ヨゾラさんが僕に心の内を明かすだけで、僕は不用意に自分の本当を「他人」に明かしてしまう。出来事は連鎖するものだ、と思った。


 そこからは大した会話もなく昼食を終えた。そもそも今日みたいにここまで話すことはあまりないし、少なくとも僕はそれを求めてはいない。嘘がバレるといけないから。


 午後の授業もやり過ごし、部活に参加していない僕は早々と学校を後にした。僕は、今ものすごく夜を求めている。もちろん、ヨゾラさんに会いたいからだ。


 もう他の推しのことは考えられないし、もし考えられたとしてもそれだけでは満たされなどしないだろう。禁断症状ばりに体がヨゾラさんを欲していた。


 自然と歩くペースが上がる。駅までの距離が近くなるとともに、僕とヨゾラさんの距離は近づく。無論、それを認識できるのは僕だけだ。僕が何をしようと、ヨゾラさんには関係がないし、僕がヨゾラさんに関係することもできない。


 相当な早歩きをしていたのだろう。すでに駅が見えている。さらに足のピッチが上がる。無意識的だった。全部の歯車が―結果的には良い方向に―狂っている。それも、たった一人のせいで、たった一人のために。誰もそれを求めていないのに。


 馬鹿馬鹿しい、自分のためだけの欲求衝動に駆られていると、時は速く過ぎる。結局人間は、自分にとって都合のいい解釈を勝手にするように作られているのだ。気づいたら駅だった。なんとも都合がいい。


 自動改札機には引っかかることなく、駅のホームへと向かう。もちろんだが、そんな僕のことを、誰も気に留めない。今日、僕の中で、僕のペースが狂っていたとしても、それは僕の中で起きていることだから、他人から見れば僕は、普段通りの至って一般的な高校生だ。


 電車を待っている、非常に忙しい他人たちの列に紛れ込めば、待っているのは推しとの時間だ。僕は今まで以上の速度でスマホを起動し、ヨゾラさんに会いに行く。もう他のことを考える暇はなかった。


 異常な(へき)をもつ頭のおかしい人間たちとは違って、僕は我慢することに快感を覚えない。俗に言う「ドM」みたいな、そういう特殊な人たちとは違う。いくらオタクだからって、全員がそういうアブノーマルな特性をもっているわけではない。勘違いしないでほしい。


 自分が正常であることを口実に、欲望に忠実になっていると、電車はすぐに来た。まだまだ太陽は高いので、電車は比較的空いている。スマホを眺めながらも、決して人とぶつかることなく、僕は電車の席に座った。スマホの画面を注視していたが、蹴躓くこともなかった。


 さっきの続き。ついでに言うなら、全ての望みを二次元に振り切った頭のおかしい人間たちとは違って、僕はまだ三次元に興味がある。恋愛も、今はしてないがきっとするんだろうな、と思っている。そうすれば、一生隠し通して生きればいい。もし僕に、そういう未来が待っていてくれるのなら、二次元と三次元、両方に僕のステータスを装飾する華があること、それだけが僕の誇りになるんだろう。


 ちなみに今は、イヤホンを耳に突っ込み、歌みたを流している。このノイズキャンセリング機能付きのワイヤレスイヤホンは、高校入学と同時に買ってもらった、僕にとっての愛用品というやつだ。音質がいいので、ヨゾラさんの歌が脳内に直接入ってくるような感覚に襲われる。これはいい意味で、まだ慣れない。


 ヨゾラさんの歌みたは、基本的に静かな曲が多い。それは、彼女の音楽への価値観からなのだろうか。睡眠導入にも使用できるくらい、心が落ち着く声がする。電車内で聞くには、少し眠気を誘いすぎる。


 とはいえ僕は、決して乗り過ごすことなく、電車内の電光掲示板を見て、乗り換える駅で降りる。


 電車の扉が開くと、数人が降車と乗車する。その流れに乗り、僕は再び電車に乗り込む。


 これから最寄り駅までは、特に変わったことはなかった。まぁ今までもそうだったのだが。


 僕は電車を降り、片耳だけイヤホンを外して、階段を上った。周りには歩きスマホをする学生が何人か見えるが、僕は既にスマホをポケットにしまっているから、彼らとは違う。僕だけが、社会的には賞賛されるべき善良な学生だ。


 定期券を取り出し、自動改札機に当てる。ピッという軽快な音とともに、僕は駅という束縛から解放された。だが、左耳だけはヨゾラさんに占領され続けている。あくまで、その状況を招いたのは僕だが。


 ここからは歩きだ。体の左半分だけが、どこか浮くような感覚を残しつつ、帰路につく。


 ヨゾラさんには、オリジナル曲がない。もちろん理由は知名度が原因だ。よって、楽曲投稿は歌ってみたのみになっている。いつか、彼女の音楽観を表現した、彼女オリジナルの楽曲を聞かせてもらいたいものだ。こんなに良い声を持っていて、オリ曲がないのはもったいない。だが、やはりヨゾラさんには有名になってもらいたくない。


 自分の中の、二つの欲望の葛藤をその場に残し、僕は右側だけになった体を家に帰す。


 今思えば、他6人の推したちは、なあなあで推し始めた感が非常に強い。もちろん、推しは推しであるから、大好きで、なくてはならない存在であることは間違いがない。だが今の状況の僕が続くのならば、最終的にはヨゾラさんしか見えなくなる。それは、少し怖い。それは他6人の推しに申し訳ないとか、そういうことではなく、僕自身の意識がヨゾラさんだけにしか向かなくなってしまうことが怖いのだ。


 前を向けば、道がある。それに従うだけの人生を嫌い、道から外れ、馬鹿を見る人間はたくさんいる。僕は、その道を正直に進みすぎる人間なのだ。カーブがあったとしても、お世辞にも猪突猛進とは言えないような冴えない勢いで、まっすぐ進み、道を踏み外すことになるのだろう。それが、一番格好が悪い。


 いや、別に今のは、これから僕が電柱に激突する可能性があることを示唆しているわけではない。そんなわけはない。


 フラグ回収をした時のことを想像すると、アニメみたいに目を回している自分の間抜けな姿が思い浮かび、少し笑ってしまった。だが、僕は精神活動という面で、そうなりかねない人物であることを自覚しながら、生きて行かなければならない。誰かに悟られるわけにはいかない。


 まぁ、道に迷うことはない。少なくとも僕は、前に示されている道を逆走することはない、優良な学生であるということだ。


 家には、寄り道をすることなく着いた。電柱に激突はしなかったが、玄関で蹴躓きそうになった。

長い。読んだ方も疲れたでしょう。

私はASMR聞きながら書いてたから疲れてませんけどねあはは。

てか最後のオチなんやねん。無理矢理すぎやろ。

ってことで読んでくれてありがとうございました。

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