始まりの終わり
……なんで、あんたが
私の筈、なのに
私が、先なのに、
なんで、どうして
なかないでって、ないてないわよ
なくわけないでしょ
あんたがいなくなって、せいせい、して、るわよ
うっさい、あんたのほうが、うそがうますぎるだけ、でしょ
いやよ、あんたがいなくなるくらいなら、わたしがいなくなったほうが
あんたのほうが、ずっとずっと、だいじに、おもわれてるわよ
わたしなんて、しょせん、ここをいじするための、どうぐなんだから
だから、おねがいだから、いかないで、おいていかないで
おねがいだから、いや、いやよ、あんたのいないせかいなんかいらない
あんたのいないじんせいなんかいらない
だから、いやいかないで、おねがいおねがいだから
ばか、ばかばかばか! なんでいまさらそんなこというのよ!
おそいわよ! おそすぎるわよ! いまさらいまさら!
いかないで、いかないでよ
ばかぁっ!
「ほんと、あんたも暇よねぇ」
いつも通りの博麗神社の境内。
掃除を終えて縁側に腰を下ろした博麗霊夢は、いつも通りに隣に座り込んでる霧雨魔理沙に言葉を投げつける。
お前が一人で暇してるから来てやってるんだろ
「っさいわね、私はちゃんと忙しいわよ」
魔理沙の言葉に答えを投げ返し、霊夢は湯飲みに注いだお茶に口をつける。
「今日はこれから紅魔館に行かなきゃいけないし」
あ? あいつらまたなんかやらかしたのか?
「なんか用事があるからどうしても来いってウルサくてね」
そう呟きながら、お茶を飲み終えて湯飲みを置く。
「ということで、後片付けおねがいね」
すっと立ち上がった霊夢はそのままふわりと浮かび上がった。
にまにま笑う魔理沙が手を振ってきて。
ソレには答えず、紅魔館へと向かった。
「と言うことで、来たんだけど」
「いらっしゃいませ、と言いたいんですけどね~」
紅魔館の正門に陣取っている美鈴が、なぜか拳法の構えをとって立ちはだかっていた。
「あん?」
「お嬢様から、腑抜けた元博麗の巫女を叩きのめしなさいって言われてるんですよ……、あの、手加減お願いしますね?」
レミリアの発言に苛立ちながら札を構える霊夢。
そんな霊夢に本気を感じたのか、冷や汗を浮かべた美鈴が一歩下がり、
「美鈴、何をやっているのかしら」
「あ、咲夜さん」
その隣に咲夜が唐突に現れた。
「あんたも、邪魔しにきたわけ?」
苛立ちを込めた呟きに、咲夜が深々と溜息を吐いて眺めてきた。
その視線の冷たさに、妙な違和感を覚える。
「どうやら、本当に腑抜けているみたいね」
「悪いけど今回は私も引っ張り出されてるの」
「私も居るよ~、あ、アイツは時計塔から高みの見物してるって」
その言葉と同時に、パチュリーと日傘を差したフランまでが姿を現し、四人が霊夢を囲うように散らばって。
あいつら全員で来るなら、私も混ざるか?
「私だけで十分だから、魔理沙は下がってて」
隣に立つ魔理沙に声を掛けて、同時に周囲の四人の顔色が変わった。
憐憫、嫌悪、愕然、疑問。
それぞれの表情の意味が分からない霊夢に、フランが笑顔を向けてきた。
「何言ってるの?」
「は?」
「霧雨魔理沙は■■■よね? ■と■してるの?」
その言葉にノイズが乗って何を言われたのか聞き取れない。
『フラン様』
美鈴と咲夜が困ったような表情で口を挟んでくるけれど、フランは天真爛漫な微笑みで語を繋ぐ。
「あ、そっか、魔理沙■■だの霊夢のせいだったよね。それも■れた?」
「……何を言ってるのか、何を言いたいのか、分からないんだけど」
無性にフランの笑みがかんに障る。
美鈴と咲夜の表情にも不快感を覚える。
背後から聞こえてくるパチュリーの呆れたような溜息にも苛立ちが湧いて。
よしやれ霊夢!
「……遊んであげるわ。「夢想天生」」
魔理沙の声を受けて、霊夢はスペルカードを掲げた。
「ちょいきなり最強!?」「こっちもやるわよ!」「はぁ、全く■んでからさえ迷惑なんだから、あの■■ネズミは」「あははは、最初から全力? じゃこっちもだね!」
「で、あんたは何をしたかったわけ?」
四人をあっけなく打ち倒して入りこんだ紅魔館、時計塔の前にふわりと浮かび上がった霊夢は、日傘を差して優雅に佇んでいるレミリアを睨み付ける。
レミリアの手から離れた日傘がふわりと浮かび上がる中、手にしたソーサーの上から持ち上げたティーカップを口元に運んだレミリアが、その飲み終わったカップとソーサーを手から離した。
音も無く落ちていくカップとソーサーが地面にぶつかって砕け散るのが見えた。
「儚いものよね、壊れる時というのは」
「あー?」
どうせまたいつもの意味の無い軽口だろ
魔理沙の言葉にただ頷きを返し、その瞬間目を細めたレミリアが睨み付けてきた。
「まだお前には■■■が■■てるのかい? まだ■■■の■が■■えているのかい?」
また、妙なノイズ。
その理由が分からなくて、戸惑いを浮かべたまま、レミリアを見つめる。
「はぁ……、そんなことだから、”元”博麗の巫女と馬鹿にされてるの、分かるかしら?」
「誰が元よ」
そーだそーだ、バカなのは事実だけど
「私はチルノじゃ無いんだけど?」
隣の魔理沙に視線を向けて、睨み付ける。
そんなこちらの様子に、憐憫と侮蔑の混じった表情を向けてくるレミリア。
「実際に、このままでいれば、博麗の巫女でもないただの人間として、処分されるわよ? 分かっている?」
言いたいことが分からない。
そう返そうとして、不意に怖気が走った。
にぃ……と、今まで見たことのない、吐き気がおきそうなほどの邪悪な笑みを、レミリアが浮かべたのだ。
「どうせ、ただの人間になるのなら、私が食べても問題は無い筈よね」
おい! 博麗の巫女に手を出す気かよ!
「ただの人間に、なるわけ無いでしょ」
魔理沙に大丈夫と視線を向けて、札を取り出す霊夢。
そのとき、微かな違和感が湧いて、その理由が分からずに首を振った。
「そう、今はまだ、ね」
と、まるで今浮かべた笑顔が嘘だったかのように、沈痛な表情へと変えたレミリアが悲しげにこちらを眺めてくる。
「博麗霊夢、お前はこれから一つの選択を迫られるよ。その選択次第では、お前は本当に”元博麗の巫女”として、妖怪に最高の餌として付け狙われる」
そんなこと、私がさせないぜ!
頼もしい声で叫ぶ魔理沙が、その本気の表情が嬉しくて。
なのに、ずきりと胸の奥が激しく痛んだ。
「お前はお前のしたことと、お前のしていることを見つめないといけない。時間はあまりないからね」
レミリアが魔理沙を無視している。そのことに妙な感覚が強くなって。
それ以上、その感覚に飲まれる前に、霊夢はレミリアに背を向ける。
「キリサメマリサの本当のノゾミを忘れちゃいけないよ」
なんだよ、私の望みって。訳解らない事ばっか言うんじゃねえよ
「……帰ろ、魔理沙」
もう、レミリアと関わり合う気になれない。
だから、その言葉を遺して霊夢は宙に浮かび上がった。
神社の上空に到着した霊夢は、縁側に座ってこちらを見上げてくる魔理沙に手を振って応えながら、妙な違和感を覚えた。
その理由が分からずに、ふわりと魔理沙の前に降り立つ。
「あーもう、ちゃんと片付けてって言ったでしょうが」
置きっ放しのお盆をみて、溜息を吐く霊夢。
えー、面倒くさいじゃん
「その面倒くさいことを私にやらせるつもり?」
だって、ここは霊夢の家だぜ? なんで客が片付けなきゃなんないんだよ
唇を尖らせてぶーたれる魔理沙。
深々と溜息を吐いた霊夢は、すっと間合いを詰めて、唇を軽く塞いだ。
……なぜか感触が無いことに訝りながら離れた霊夢を、顔を真っ赤にした魔理沙が睨んでくる。
なにするんだよ、ヘンタイ
「ヘンタイで結構、あんたのこと好きなだけだもの」
頬の熱さに、自分も顔が紅くなってることを自覚しながら呟く。
そう、霊夢にとって特別なのは、好きだと言いたいのは言えるのは魔理沙だけ。
わ、私も、霊夢のこと、すきだ、けど
そんな魔理沙の言葉に、胸の奥が熱くなり、同時に強烈な痛みを覚えた。
『はぁ』
同時、背後から聞こえてきた溜息に、霊夢は思わずこめかみを押さえながら振り返る。
「……これは、看過できませんね」
「この子をこれ以上はほうっておけませんもの」
そして、背後に立っていた二人の姿に、流石に言葉を失った。
紫と映姫。
まず有り得ないツーショットに、呆然とする霊夢を余所に、紫と映姫が視線を交わし合う。
「手を煩わせて申し訳ありません」
「いえ、彼女が居ないと、私達も困りますので」
そう言って頭を下げ合った二人が、こちらに顔を向けてきて。
「霊夢。いい加減、目を覚ましなさいな」
「そうです。あなたが何時までもそうだと、彼女が成仏出来ませんよ」
紫と映姫の言葉に、戸惑いを覚えた。
二人が何を言いたいのか分からない。
「霊夢、霧雨魔理沙は■んだのよ」
「そう、なのにあなたのせいで、彼女は彼岸をわたることも出来ません」
相変わらず、魔理沙に関わる言葉にはノイズが走って聞き取れない。
けれど、映姫の成仏という言葉が、彼岸という言葉が、訳もなく胸の奥に突き刺さって。
「……まだ、思い出したくないというのかしら」
「仕方ないことでしょう。ですが、思い出せないのに忘れない、その想いのせいで彼女がこのままでは怨霊になってしまいます」
怨霊、また胸の奥が痛む言葉。
その意味が分からなくて、霊夢は映姫を睨むことしか出来ない。
大丈夫か、霊夢?
「だい、じょう、…………ぶ?」
隣から聞こえてきた声に、答えを返しながら横を向いた霊夢は、言葉を失った。
満面の笑みを浮かべた魔理沙がいる。そう、それはそのとおり。なのに、全身血みどろで腹部が大きくヘコみこめかみがえぐれた姿になっているのだ。
「え?」
訳が分からずただ傷だらけの魔理沙を見つめる。
「……霧雨魔理沙。今だけは、幻想郷の冥廷を司る最高裁判長として許します。生前の姿を現しなさい」
『霊夢っっ!』
そして、その傷だらけの魔理沙の隣に、全く同じ姿の魔理沙が、けれど今にも泣き出しそうな悲痛な表情を浮かべて立っていた。
「……魔理沙が、二、人?」
「いいえ、片方は本物の霧雨魔理沙の魂、もう一つはあなたが作り出した幻影ですわ」
紫の声がきこえた瞬間、
【霧雨魔理沙は死んだよね? 誰と話してるの?】
【あ、そっか、魔理沙死んだの霊夢のせいだったよね。それも忘れた?】
【はぁ、全く死んでからさえ迷惑なんだから、あの金髪ネズミは】
【まだお前には魔理沙が見えてるのかい? まだ魔理沙の声が聞こえているのかい?】
【霊夢、霧雨魔理沙は死んだのよ】
レミリア達の言葉の聞こえなかった部分が思い出された。
そう、出掛けるときには縁側で見送られたのに、レミリア達との会話でそばに居るなんて有り得ないし、帰ったときには縁側で待っていたなんて有り得ない。
あいつらの言う事なんて気にするな
『バカ霊夢! いい加減しっかりしろ!』
二人の魔理沙の声がきこえてくる。
私はいつでも一緒にいるぜ、大事な恋人だからな
『お前がそんなんじゃ、私だって離れられないだろうが!』
笑顔で話す魔理沙と泣きそうな表情で叫ぶ魔理沙。
ずきりと、頭の奥と胸の奥が同時に痛む。
……なあ霊夢、私のこと嫌いなのか? ずっと、ずっと一緒にいられるのに?
『なあ霊夢、せいせいしてるって、言っただろ。私よりお前の方がいなくなった方が良いって言っただろ』
霊夢、大好きだぜ。だからずっと一緒にいよう。
『霊夢好きだ! 大好きだから! 頼むからお前は生きてくれよ! 頼む霊夢! 行かせてくれよ!』
正反対の事を言う二人の魔理沙に、けれどとうとう泣き出しながらそれでも必死に叫ぶ魔理沙の姿に、ぱきんっと何かが壊れる音がした。
それは、本当にどうしょうもないタダの事故だった。
山に近い崖の下を魔理沙と一緒に散歩していた時に、石が雪崩のように降ってきたのだ。
それは完全に予想外に過ぎて反応することすら出来なかった霊夢を、魔理沙が突き飛ばして代わりにその石の雪崩に全身を打ち据えられてはじき飛ばされたのだ。
あわててそばに駆け寄った霊夢は、その全身の傷に、べこりとヘコんだ腹部に、こめかみが抉れている様子に、一目で間に合わないことを悟った。
悟ってしまった。
「……なんで、あんたが」
「……へへ、どじった、ぜ」
「私の筈、なのに。私が、先なのに、なんで、どうして」
倒れ込んでいる魔理沙のそばにへたり込む霊夢の目から、ボロボロと涙がこぼれ落ちる。
「泣かな、いで、くれよ」
「なかないでって、ないてないわよ、なくわけないでしょ」
魔理沙の言葉に泣きながら叫ぶ。それしか出来ない霊夢に、魔理沙がゆっくりと手をのばして。
「ごめん、な」
優しくこちらの頬を撫でてくる、申し訳なさそうな魔理沙の声を聞きたくなくて。
「あんたがいなくなって、せいせい、して、るわよ」
「へた、な、うそだ、ぜ」
「うっさい、あんたのほうが、うそがうますぎるだけ、でしょ」
泣きながら頬を撫でる魔理沙の手に自身の手をそっと添える。
抱きしめたりなんて、できるわけがなかった。
「ごめ、んな、さきに、いく、ぜ」
「いやよ、あんたがいなくなるくらいなら、わたしがいなくなったほうが」
良いわよ。そう言おうとした霊夢だが、魔理沙の力の入ってない手でぺちんと頬を叩かれた。
「おま、えは、みんなに、すか、れ、てる、んだ。そんな、こという、なよ」
「あんたのほうが、ずっとずっと、だいじに、おもわれてるわよ。わたしなんて、しょせん、ここをいじするための、どうぐなんだから。だから、おねがいだから、いかないで、おいていかないで」
嗚咽混じりになりながら、それでも必死に叫ぶ霊夢。
全身の傷からあふれ出す血が、魔理沙の終わりを感じさせて。
「おねがいだから、いや、いやよ、あんたのいないせかいなんかいらない。あんたのいないじんせいなんかいらない。だから、いやいかないで、おねがいおねがいだから」
だだっ子のようだと言われても仕方のない叫びは、強引に遮られた。
何処にそんな力が残っていたのか、魔理沙が上半身を起こして、キスしてきたのだ。
その体を抱き留めて、離すことが出来なくて。
「すき、だ、れいむ。あい、してる」
「ばか、ばかばかばか! なんでいまさらそんなこというのよ! おそいわよ! おそすぎるわよ! いまさらいまさら! いかないで、いかないでよ」
必死に叫ぶ霊夢の腕の中で、魔理沙の体から力が抜ける。
「……さよ、な、ら」
その呟きと同時に、魔理沙の命が尽きた。
「ばかぁっ!」
ただ叫びながら、泣くことしか霊夢には出来なくて。
「魔理、沙」
「思い出したようね。霧雨魔理沙が死んでしばらくしてから、あなたは居もしない魔理沙に話しかける様になったわ。そのせいで博麗の巫女の代替わりをすべきか見極める必要がでてきたのよ」
紫の言葉を無視して魔理沙へと、自身の作り出した幻影では無く本当の魔理沙をしっかりと見つめ、そのそばに辛うじて足を運ぶ。
「魔理沙……ごめ、ん」
『霊夢?』
そして、魔理沙の前でくずおれるように跪き、土下座した。
『れれ、れいむ!?』
「ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめん」『何謝ってるんだよ!』
更に続けようとした言葉を遮られ、強引に体を起こさせられた。
「だ、って、だってわたしのせい、わたしのせいであんたが、あんたが……。……よかったのに、しねばよかったのに、あんたじゃなくて、わたしが、わたしが、わたしが死ねば良かったのに!」
ぼろぼろの魔理沙を見ながら想いがこぼれ落ちる。
そう、魔理沙に生きていて欲しかった。
自分が死んだほうがきっともっとずっとよかった。
自分が生きていたって、きっと誰も喜んだりしない。
自分が生きていたって、きっと誰からも蔑まれるだけ。
自分が生きていたって、きっと誰にも良いと言われたりなんてしない。
だから、自分が死んだ方がきっと良かった筈なのに。
なのに、自分が生きてて。
なのに、魔理沙が死んで。
自分が死ぬべきだったのに。
自分が死ななきゃ行けなかったのに。
自分が死んだ方が絶対によかった筈なのに。
『……しかた、ないんだよ』
やさしくしないで、そう叫ぼうとする霊夢は、眼前にある魔理沙の顔に何も言えなくなる。
いつの間にか、あの事故の痕跡のなくなった、綺麗な魔理沙の顔に、見とれてしまって。
優しく、唇をふさがれた。
甘く切なく悲しい口づけ。
ゆっくりと離れた魔理沙が、苦しげに見つめてきて。
『私だって、死にたくなかったけど、それよりも、お前を救う方が大事だったんだよ』
「私だって同じよ! なのに、なんでなんでわたしなんかのために、わたしなんかのせいで!」
いまここで自分が死んで魔理沙が蘇ってくれるなら、今すぐ自害して果てたってかまわない。
自分なんかより魔理沙の方がきっともっと此処にとって大切な筈で。
生きていて欲しかった。
死なないでいて欲しかった。
寸前まで秘めてた想いを重ねることも出来ずに、ただ一方的に押し付けられたのが悲しかった。
生きていて欲しかった。
生きていて欲しかった。
生きていて欲しかった。
生きていて欲しかった。
もう今更遅すぎる。
もう取り返しなんて付かない。
想いを重ねていたかった。
言葉を重ねていたかった。
同じ物を共に快く感じ、同じ物に共に哀しみを覚え、互いの為に出来ることをもっとしたかった。
生きていて欲しかった。
生きていて欲しかった。
生きていて……、欲しかったのに。
『……なあ霊夢』
いつの間にか抱きしめられて、頭を撫でられていることに、悲しさと同時に嬉しさも感じてしまう自分が悔しくて。
「なに、よ」
『泣くなよ』
「泣いてない」
ぐすひくっと鼻をすすりながらも、言い返す。
『私は、お前を助けられて、満足だったぜ』
「ふざけないでよ」
ぼろぼろとこぼれ落ちる涙を拭いもせず言葉を投げつける。
「好きよ魔理沙。あんたのことが好き」
『私も、だぜ』
顔を真っ赤にする魔理沙を仇敵のように睨みつける霊夢。
「でも、あんたがいなくなった、この気持ちどうすれば良いのよ」
もう死んでいる相手への想い。
捨てることなんて絶対に出来ない、どれだけ悲しくなろうと辛くなろうと捨てられない。
そんな想い。
『なあ、霊夢。私達が出会った時のこと、覚えてるか』
「わすれるわけ、ないでしょ」
そう、魔法の森に少女が住むことになったから見に行って欲しいと、霖之助に言われて訪った廃屋。
危険だから里に帰れと言ったのに――おまえがひとりでいるならわたしだってだいじょうぶ――、そんなことを言っていた。
『あれが、始まりだったん、だよな』
「……そう、ね」
それから事あるごとに神社に来てちょっかいをかけてきた魔理沙。
最初はどうでも良い相手で。
けれど、唯一の友達になって。
その気持ちが、もっと特別なモノになっていって。
『私達は、ここで終わるけど。けど、きっとまた先へ続いてくと思うんだぜ』
「私は終わりたくないわよ。……いっそ、私も一緒に」
『ソレはダメだ』
「魔理沙の、馬鹿ぁ」
『馬鹿で結構、それじゃやっと霊夢が目を覚ましたし、そろそろ行く時間か』
え? と問いかけるより早く、映姫が口を挟んできた。
「そうですね。霧雨魔理沙、あなたにも善行ができたというのは驚きですが」
『ヒドい言い方だなぁ。って言うか、小町の奴がお迎えに来るもんだと思ってたけど』
「当然来ます。さて、博麗霊夢」
魔理沙が映姫の隣に立つのを涙をこぼしたまま見つめる霊夢。
「これから彼女の事を忘れる事無く、けれどその想いに溺れて幻想郷を蔑ろにしないことがあなたに出来る善行です。精進しなさい」
『じゃあ、霊夢。またな』
あっけらかんと手を振る魔理沙。
その様子に、涙を拭って。
「……うん、また、ね」
霊夢は出来る限りの想いを込めて、満面の笑顔を向けた。
せめて、魔理沙の死出の旅路に少しでも慰めになるようにと。
そして、ふっと魔理沙の姿が消えて、形の無い霊魂が浮かび上がる。
映姫の歩みに合わせて動き出す魔理沙の魂に手をのばしそうになって、辛うじて堪えた。
「……霊夢」
「……迷惑、かけたわね」
いつの間にか隣に立っていた紫に言葉だけを投げつけ、強引に抱きしめられた。
「悲しいときは、泣きなさいな。今だけは、博麗の巫女も幻想郷の調停者もみんなみんな休んでも誰も文句は言いませんわ」
「……ぐすっ……魔理沙、魔理沙ぁ」
紫の胸に顔を埋めて、嗚咽を漏らす。
「魔理沙、魔理沙、魔理沙ぁ……こんなの、やだ……こんなのやだ……魔理沙、魔理沙、まりさぁ……」
優しく抱きしめられて、頭を撫でられる。
寸前までされていた魔理沙の感触を思い出しながら、霊夢はただ涙をこぼし続けた。
「おまえがこうはくみこか」
「こうはくがなによ、しろくろのくせに……?」
「なんだよ」
「まえにも、あった?」
「…………んー、あったきがするぜ?」
「ともかくなんのよう?」
「あそうぼうぜ! げんそーきょーはぜんぶをうけいれるんだからおまえがあそんだっていいんだぜ」
「わたしはいそがしいの……っていいたいけど、たまにはいいか。それじゃいくわよ」
「え、あ、おう! それじゃいくぜ!」
死に別れ話
苦しい