第七話
「手始めにこれだ!」
工藤が地面に手をつけた瞬間、そこが崩壊し、まるで針の山のようになった。そしてそれは隣へと隣へと崩壊していき、俺の方に向かってきた。
「うわ、あぶねっ」
俺は横に飛び込んでそれを間一髪で避けた。
先程まで俺が立っていたところを見ると、完全に俺を串刺しにする勢いで針が突き出ていた。
俺はあまりの危険な攻撃に工藤を睨んだ。
「危ねえな、殺す気かよ!?」
工藤が奇妙に笑いながら地面から手を離すと、崩壊していた地面が元の姿に戻った。
「まだ、殺さない」
何故「まだ」を強調したんだよ……。
というか今のと言いさっきの壁と言い……こいつの魔法は何なんだ。くそっ、下調べくらいしてくればよかった。
「次はこれだぜ」
工藤は両手を振り上げて地面に向けて振り下ろした。俺は何が来るかと注意深く工藤一点を見つめる。
「――っぐ!?」
俺は左方向にぶっ飛ばされた。
何が起こった? 工藤は何をした?
俺と工藤との距離は20メートルは開いている。さらには工藤はそこから一歩も動いていない。
思考は一瞬で終わり、俺は左半身から地面に叩きつけられた。
「くそ……何が起こった……?」
「湊、危ない!」
「?――ふがっ!?」
俺が立ちあがろうとした時に華子の注意の声が聞こえた。しかし俺はそれに反応できずに、再び次は右方向にぶっ飛ばされた。
さらに謎のそれは俺の顔面にぶち当たったから一瞬くらっと目眩がした。
「一体……?」
工藤の方を見て、ようやくその正体に気付いた。
それはまるで2本の触手のようだが、素材はコンクリートでできていて、まるで地面から直接生えているかのようだった。
それは工藤を守るように周りをうねうねと動いていた。
「何だよ……それ……」
俺は次にその触手に注意しながら立ち上がる。だがコンクリートの塊を勢いよく食らったとのだから頭からは血が出て、意識が曖昧だ。
「中々タフな体だな。まあその方がボくも本気を出す甲斐があるってもんだ」
「へへ……これくらいなんてことないぜ」
「くくく……その減らず口、今にできなくしてやる!」
触手が動き始め、その尖った先端と俺の目があったその刹那、触手が俺向けて高速で発射された。
俺は上にジャンプして避ける。
「やってやるぜ!」
俺は左側の触手に体全体で掴まった。
「ふっ、面白い!」
俺はその不安定なところに立ち、勇気を出してその触手の道を駆け出す。幸いなことに触手が少し太めにできていたから、意外と安定する。
触手の根元は工藤の両手が触れている地面だ。つまりここを進んでいけば工藤に近づくことができる――
「え……?」
一瞬、俺は足を踏み外したのかと思った。だがその考えは、俺と一緒に地面に落ちていくコンクリートの破片を見て打ち消された。
触手を破壊したのだ。
しかしまだもう片方の触手が残っていて、それは天を向いた俺の体を地面に叩きつけた。
「ぐはっ!!」
背中と腹に加わる衝撃で口から血反吐を吐いてしまう。
「まさか君、ボくの魔法を知らないのか?」
喋れない、動けない……意識がほとんどない。
「おーい、起きてるのか?」
起きて……起きて……
「起きて、るっ!」
根性だけで勢いよくその場に立ち上がった。
本当は立てるはずがない。だが俺は立つ。
理由は簡単だ。
少しでも工藤理という男に近付きたい。ただそれだけだ。
「……お前はすげえよ。勉強も、運動も、魔法も、人望も、全て俺よりも遥か上の存在だ。でも……いや、だからこそ、俺はお前に立ち向かう! そして今日……工藤理! 俺はお前を超える!」
「君のそういうところ、ボくは大好きだ!」
工藤は再び地面に両手を突き、触手を地面から生やす。しかしその数は先程の倍。
俺はクラウチングスタートのポーズをとって腰を上げるところまでする。
「「本気で来い!!」」
4本の触手が一気に俺向けて放たれるその刹那、前足で地面を蹴ってロケットスタートする。
触手は地面に突き刺さった後、そこから抜け出して俺の背を追い始めた。
まずは右から一本くる。
それを左側にジャンプステップして避ける。
次は左上から。
それは腰を折り曲げて背を低くして避ける。
最後に左右両方から来る。
それは真上に勢いよく跳んで避ける。
そしてその2本に足を着地させて膝を曲げてクッションをする。
それが破壊される前に膝を伸ばして勢いよく斜め前に跳び上がる。
空中で右拳を握り、そこに全力を込める。
「これで決める!」
「楽しかったぜ、東川ぁ!」
工藤は両手を地面から離して右拳を固める。
今の俺なら、この男に勝てる気がする!
「「うおおおおお!!!!」」
それぞれの拳は相手の顔面に直撃した。
そして先に相手をぶっ飛ばしたのは……俺だった。
「ぐはっ!」
その瞬間はスローモーションだった。俺が工藤に勝ったその瞬間。
工藤は綺麗に宙を舞って、地面に背中から倒れた。
「やってやったぜこの野郎……!」
群集からは歓声が上がった。
「「おおおお!!」」
「すげえよあいつ!」「魔法も使わずに勝てるなんて!」「東川湊に万歳!」
俺は勝った。勝ったんだ――
「……何で立てるんだ……よ……」
気を抜いた瞬間に倒れる俺と同時に、工藤がその場に立ち上がった。
「――っ」
「おいハナちゃん!?」
花山華子が群集から抜け出して、東川湊のもとへ駆け寄った。
「湊、しっかりして!」
「花山さん、僕に任せてくれ」
工藤理はネクタイを結び直しながら倒れた東川湊の方まで歩いた。彼だって立っているだけでも精一杯のはずであるのに。
しかし彼の存在を危険と感じた花山華子は東川湊をその小さな体で包み込んだ。
「何をする気!? これ以上、湊に何をする気なの!?」
「僕も嫌われたな」
「ちょっとあんた……」
工藤理は花山華子の声を無視して東川湊の体に手を触れた。
――目が覚めると、華子が俺の目の前で泣いていた。
少し体を上げると、俺の腹部に手を当てている人間がいた。誰かと思いその手を視線で上っていくと、工藤理がいた。
俺が目を覚ましたのがそんなに驚いたのか、華子は目を見開いて、そして工藤を睨みつけた。
「湊に何をしたの!?」
「お、怒らないでよ」
その工藤の表情は、今まででは拝見することのできなかったものだった。
工藤は優しく微笑みながらその辺にある石を拾った。
「僕の魔法は『破壊と創造』。こんな風に、自分が触れているものを破壊できる」
持っていた石を何もせずに破壊した。
「そして自分が触っている物質で創造できる」
手の上に残った破片を集めて、木の形を作った。
「そうか、つまり……」
「そう。君の細胞を一度破壊し、その破片で再び細胞を創造した」
「一瞬で細胞分裂を行ったって言うの……? あり得ない……」
華子は奇妙なものを見る目で工藤を見た。まあ確かに、今の工藤はめちゃくちゃ気持ち悪い。
「お前、キャラ変わった?」
「酷いな、人がせっかく認めてあげたというのに」
「それ自分で言うか?」
俺は工藤の差し伸べた手をとって立ち上がりながら、あまりのキャラ変に思わず笑ってしまう。
「僕はまだ君が嫌いだ。怠惰で呑気で平凡な君が嫌いだ」
「おい」
「でも、いいところも見つけた。君は本当に、この世から魔法を消してしまいそうだ」
なんか照れ臭くなり、工藤から顔を背けた。
その背けた先では生徒たちが全員こちらを向いていて、歓声と拍手が巻き起こった。
「いい戦いだったぜ!」「今まで見た決闘で一番やばい!」「ってか工藤圧倒的だな」「いやいや、東川のあの根性もやばいって!」「最後、ハナちゃんがみなっちに泣きながら駆け寄るところも感動だぜ」「黙れええ!!」
こうして俺と工藤の決闘は幕を閉じた――
「東川、工藤」
「「ひっ!?」」
「お前たち、後で生徒指導室に来い!!」