第五話
工藤は俺に決闘を申し込んだ後、走って生徒指導室から出ていった。俺もそれに続いて、ヨシちゃんの静止の声を無視して教室へ向かった。
学年のフロアに上がって一つ気付いたことがある。たしかに昼休みは毎回そうなのだが、今日はいつも以上に騒がしい。
何かと思いながら俺は教室に行く。すると全員の視線が一気に俺に向き、それからコソコソと何かを話し始めた。
「みなっち」
何かと首を傾げていると、誠也が心配するような顔で俺の方へ駆け寄ってきた。
「誠也、今日は俺が人気者らしいが、どうしたんだ?」
「お前が一番知ってるはずだろ? 決闘のことだってんだよ」
「噂って広まるの早いな……」
誠也曰く、生徒指導室の前を通りかかった生徒が工藤の怒声を聞いて耳を澄ませた時、決闘という言葉が出てきて、それを一瞬にして広めたらしい。
すると俺の背後から「湊……」と俺の名を心配そうに呼ぶ声が聞こえた。振り向くと華子がいつも吊り上がっている眉を垂れ下げていた。
「聞いたわよ、工藤くんと決闘するって?」
「まあ、挑まれましな」
パンッと俺の左頬に痛みが走る。一瞬、何が起こったのかわからなかった。
華子の方を向くと、彼女は右手を平手のままでまるで何かを叩いた後かのような姿勢になっていた。
どうやら、俺はビンタされたらしい。誠也もそのいきなりの行動に目を見開いた。
「ハナちゃん……」
「馬鹿じゃないの……」
「は?」
「馬鹿じゃないの!? どうして受け入れちゃうの!?」
「いや、だから挑まれたから――」
「それがどうしてって聞いてるのよ!」
華子の顔は怒っている、というより悲しんでいるような顔だった。横を向くと、誠也も同じような顔をしていた。
「お、お前ら大袈裟だって。ただの決闘だろ? 大丈夫だって」
「あんたね!」
ドゴッ!
「――っ!?」
俺の顔面に何か固いものがぶつかった。そして俺はその衝撃で黒板の方にぶっ飛ばされて、そのまま尻から落ちた。
また華子だろうと思い彼女の方を見ると、彼女は誠也の方を驚くような顔で見ていた。俺も釣られて彼の方を向くと、誠也は右拳を振り下ろした直後のようだった。
「みなっち、お前は馬鹿だってんだよ……」
「だから大袈裟だって――」
誠也は俺に近づき、胸ぐらを掴んだ。近くで見る彼の顔は、彼が滅多に浮かべることのない怒りの表情だった。
「みんなお前の身を心配してんだよ!」
「誠也……」
「まさかみなっち、工藤のやつと互角に戦えると思っているのか?」
「それは思っちゃいねえけど」
「ならどうしてだ? 勉強も運動も魔法も全部工藤の方が上……みなっちが勝っているといえば友達の多さくらいだ。なのにどうしてそんな無謀な勝負を受け入れたんだ?」
華子が聞こうとしていたことをよりわかりやすく説明した。
正直、俺もどうして受け入れたかなんてわからない。その場の成り行きとかで何となくで受け入れただけなのだ。
だがそんな理由が今の誠也たちに通用するわけがない。
「俺は……工藤を尊敬してる。俺よりも何倍も、何十倍も努力してあそこまで上り詰めた彼を俺は尊敬している」
とにかく苦しいから胸ぐらを掴んだ誠也の手を払って立ち上がる。その姿を見て何故か誠也は目を丸くしていた。
「そんな奴とお手合わせできるんだ。光栄の他ないだろう?」
「だからって……」
「それに工藤のプライドを傷つけたくなかった」
これは本音である。
もし申し込まれた決闘を俺が拒否すれば、彼のプライドを傷つけてしまうのではないかと。
すると誠也はそれを聞くとふっと鼻で笑った。
「みなっちらしい。これだから憎めないんだな、みなっちは」
「ははは、照れるなあ――?」
突如、華子が俺の手を取った。
「もう、引き下がらないのよね……」
「当たり前だ」
「じゃあ……死なないでね?」
華子は上目遣いで俺を見上げた。
おいなんだこの可愛い生物は! ただのロリ耳毛だと思っていたが、実はこいつって可愛いのか!?
俺はそんな彼女を抱きしめたい欲を抑えて、片手を彼女の頭の上に載せるだけに済ませた。
「安心しろ。本当に死にそうになったら誠也に助けてもらう」
「結局他力本願かよ!」
そのツッコミの後、俺たちは同時に吹き出して笑った。
そこで俺は思った。
もうこいつらを心配させることをやめようと。