第四話
昼休み、言われた通りに生徒指導室に行くとすでにヨシちゃんと工藤が向かい合って座っていた。
「遅いぞ東川」
「へへ、すみません」
「ちっ」
ぺこぺこと謝りながら工藤の隣に置かれた椅子に座る。どうでもいいが俺は学校の椅子が嫌いだ。
ヨシちゃんはいつも以上に真剣な表情になり、机の上に置いてある両手を組んだ。
「呼ばれた理由はわかるな?」
「授業中の無礼です」
「それもそうだが、今回話すのは君たち二人のことだ」
「俺たち?」「僕たち?」
一人称以外がハモった。それの何が嫌だったのか、工藤は「ちっ」と舌打ちをする。
「私の主観なのだが、君たちはあまり関わっていないように見える。それは合ってるか?」
俺たちはこくりと頷く。
昔から思っていたが、教師というのは見ていないようで意外と生徒のことを見ているようだ。安心するようで怖いようで。
「にも関わらず、何故君たちは仲が悪い?」
「別に俺は工藤のことを嫌いじゃないんすけどね……どうやらこちら側が……」
俺が自覚していた少し安心したのか、工藤はふっと鼻で笑った。ヨシちゃんはその光景を見て呆れたようにため息を吐いた。
「私も彼が嫌われる心当たりがある」
「おい」
「しかし、君は極度に彼のことを嫌っているようだ。その理由をどうか話してほしい」
「理由、ですか……」
多分理由はちゃんとあるのだろう。しかしここで彼が躊躇ったのは、もしかしたら俺が傷つくのではないかという工藤の中に残っていた良心だろう。
しかし理由を話さないことには進まないとわかったようで、工藤は口を開いた。
「彼の生活態度が気に食わない」
「というと?」
「努力もせず、苦労もせずに呑気に、他力本願で過ごして、まるで自分が中心かのような態度をとるのが嫌いなのです。そしてこれは僕の個人的な感想なのだが、このエリトマジク学園に入学しておいて、勉強には反抗的、部活動には入部せず、そして魔学には否定的……そんなところご嫌いです」
「ゔっ……」
覚悟はしていたが、そうはっきりと言われてしまうと俺であっても傷ついてしまう。しかも全て事実なのが憎い。
てかヨシちゃんは何で頷いてんだよ。
「たしかに、私も彼のそんなところが嫌いだ。大嫌いだ」
「おいあんた――」
「しかし。その分彼の魅力的である部分もよく知っている」
「ヨシちゃん……」
俺は感動した。普段怖いヨシちゃんでも、俺のことをちゃんと見てくれていたんだ。そしてこうして、生徒のことを思って行動してくれている。なんて素晴らしい教師なんだ――
「ん? 待てよ見当たらないな」
「おいこら。あんたそれでも教師か」
するとヨシちゃんが今まで真剣な表情が台無しになるほど大きく笑い始めた。普段は仏頂面だから気付かないが、ヨシちゃんは笑うとめちゃくちゃ可愛い。
「このように私は彼によく生徒指導をしているが、彼と話していて飽きたことはない。たしかに、いつも楽しいというわけではないが、東川のような呑気な人間が一人や二人いた方が、少しは楽しいと思うぞ」
「そうですか……しかし、やはり僕は彼のことが好けません」
「別に彼と仲良くしろとは言っていない。人のいいところを見つけろと言っているんだよ」
たしかに工藤は休み時間もずっと一人だ。彼は単に臆病なのではなく、人の悪いところしか見れないから人と関わらないのではないだろうか。ヨシちゃん、そこまで見抜いていたのか。
「そして……ここからはまた真剣な話に戻るぞ」
そう聞いて俺と工藤は崩れかけていた姿勢を正した。ヨシちゃんも先程の笑顔を消して再び真剣な顔に戻った。
「君たちは真逆な存在だ。魔法がよく使える工藤と、魔法が使えない東川。もし……もしの話だが、君たちが争ったとして、どうなると思う?」
「俺の圧勝っすか?」
「逆に決まっているだろ」
「そう、工藤の圧勝だ。そしてその場合、最悪どうなるかなんて、君たちなら考えたらわかるだろう?」
最悪俺が死ぬ、ということだ。
そう考えると、今にも殺されそうで俺は隣を見ることができない。まあ流石に成績を重視している工藤がそんなことするわけないのだが。
「だから君たち二人は、あまり深く関わってほしくないのだ。それぞれのテリトリーを築き上げ、学園生活を送ることだって可能だろう」
「まあたしかに」
「僕はずっとそうしたいです」
「いつも絡んでくるのはお前だけどな」
「なんだと?」
まずい、つい口に出てしまった。やっぱり心の中でツッコミを入れるのは良くないのかも。
ヨシちゃんが察して立ち上がり、止めに入ろうとするが、それを圧倒するほどの怒声を工藤が上げた。
「調子に乗るなよ!? 僕だって絡みたくて君と絡んでいるわけじゃない! できるなら今すぐに僕の前から消えて欲しいくらいだ!」
「じゃあ魔法でやらで消してみたらどうだ?」
「貴様……また魔法を馬鹿にするのか!?」
「おい工藤落ち着――」
「決闘だ!」
それはこの学校では特別な意味を持つ言葉だった。それは普通、生徒がマジン5に近付くために自分よりも強さが上の生徒に申し込むものだ。
つまり今工藤が言った「決闘」は本来の意味そのままだということだ。ケジメ、と言った方が簡単だろうか。
すると工藤はポケットからハンカチを取り出して、それを俺の足元に投げつけた。
「東川湊、僕は今君に決闘を申し込む!」
「工藤!」
「やってやろうじゃねえか」
俺はそのハンカチを拾った。つまり決闘の承諾。
「放課後、グラウンドに来い!」