第一話
ピピピピ……
「お兄ちゃん、早く起きて!」
朝、スマホの目覚まし機能の音と今年で10歳になる我が妹の声が聞こえて目を覚ます。いや、実際のところは数分前から目が覚めていたのだが、やはりベッドから降りるのがとても憂鬱なのだ。
だって仕方ないじゃないか。今日は5月6日月曜日、つまりゴールデンウィーク明けなのだ。あと1日……あと1日休みがあればこんな憂鬱にはならないのだ。
こんな気持ちになるから休みなんか元からなかった方が良いんじゃないだろうか。しかしやはり、このような長い期間の休みはやりたいことがほとんどできる。だからなくてはならない存在――
「起きてっ!」
「うっ――」
バサっと我が妹が俺が包まっていた布団を小さな手で俺から剥ぎ取った。
それにしても最近寒い。地球温暖化が進んでいるというのに何故こんなに寒いのだろうか。
と言っているが、正直俺は寒い方が好きだ。地球温暖化の進んでいる今の夏なんて地獄と呼ぶ以外なんて呼ぶのだろう。
「おーにーいーちゃん!!」
「ん――ぐはっ!?」
突如俺の横腹に重量が加わる。
それは我が妹である。成長期もまだ来ていないというのに何故こんなに重いのだろうか。
「おっ、きっ、てっ!」
「ぐふっ――ぐへっ――ぐはっ――!」
我が妹は俺の腹の上でぴょんぴょんと跳ね始めた。
「わ、わかった……起きるから……早く退いてくれ!」
「へへっ」
可愛らしく笑ってから「行こ、ミケ」と言いながら俺のベッドの下で寝ていた三毛猫を抱き上げて俺の部屋から出て行った。まだ彼も寝ていたというのに、可哀想だな。
俺はしばらくして大きな欠伸をする。そして体内の血流を良くすると重たい体を持ち上げてベッドから降り、部屋を出て階段を降りてリビングへ行く。
そこの食卓にはすでに父さんが新聞を読んで座っていて、その対角線上の席で我が妹がミケに餌をあげていた。ちなみに母さんは隣の台所で朝食を作っている。
俺が席に座ると父さんが新聞から仏頂面な顔を出して「湊」と俺の名を呼んだ。
「学校生活はどうだ?」
「どうって聞かれても……まあ楽しくやってるよ」
「そうか。お前のことだからいじめられているとでも思ったが、安心だな」
「それが愛する息子に言うことかよ。まあ確かに一部からは嫌われてるけど、同じように一部からは好かれてるから」
本当に普通である。普通の高校生活を送っている。
「ところで湊ちゃん、ガールフレンドとかはいないのかしら?」
「ぶふぉっ――!」
「ちょ、父さん汚い」
母さんが台所から顔出して聞くと、俺ではなく父さんが新聞に向かって飲んでいたコーヒーを吹き出した。
「母さん、こいつに彼女ができると思っているのか!?」
「でも湊ちゃんイケメンじゃない?」
「ふっ、今の時代、勉学とスポーツと魔法ができない男はモテないんだよ。いくらエリート高校の『エリトマジク学園』に入学したからと言って、そこで最下位ならば意味がないだろ」
「あんたほんと父親としてやばいぜ……」
父さんは俺に厳しいように見えるが、これが彼なりの愛情表現なのである。まあツンデレというやつだろうか。気持ち悪。
「できたらすぐにお母さんに紹介するのよ?」
「嫌だよ。母さん絶対なんかするじゃん」
「そ、そんなことないわよ。ほら、朝ごはんよ」
焦ったように首を振りながら、母さんは彼女の魔法で朝食の乗った皿を四人分宙に浮かせて食卓へと運んだ。
父さんはそれを確認すると彼の魔法で新聞紙を紙エプロンに変化させた。
「今日はカレーか」
「パパだけエプロンずるい!」
「環奈はパジャマだからいいじゃないか。父さんはスーツなんだぞ?」
「そういや環奈、学校の授業でエプロン作ったんじゃなかったか?」
「あっ、ほんとだ! ママにプレゼントしようと思ってたのに学校に忘れてた!」
「あらあら、嬉しいわね」
このように、東川家の家族は皆仲が良い。
――俺は支度を全て済ませて、普段とは数分遅い時間に家を出る。
「行ってきます!」
「あら、気をつけるのよ」
母の声を背に俺は全力で走る。
ブー……ブー……
すると、ズボンに入れていたポケットが震え始めた。何かとポケットから出すと、画面には『安室誠也』という名前と着信の応答、拒否ボタンが表示されている。安室誠也というのは俺がいつも一緒に登校している友人である。
応答の緑のボタンを押してスマホのスピーカー部分を耳に当てる。するとスピーカーの方から焦った声が聞こえてきた。
『もしもしみなっち、今どこだってんだよ!?』
みなっち、というのは俺の本名東川湊の下の名前から来たニックネームである。
「今家出たとこだ」
『何でそんな呑気なんだよ……いいから早く来いってんだよ! 電車来ちまうぜ!?』
「別にお前の魔法使えば大丈夫だろ?」
『その他力本願をやめろってんだよ!』
「はいはい、走ればいいんだろ」
俺はゴールデンウィーク明けの気怠さが残る足を根気で動かして渋々と走り出す。
駅に着くと、足をパタパタとさせた高校デビューでしたであろうセンターパートの男子生徒がいた。
「おはよう誠也」
「だから何でそんな呑気なんだってんだよ! 急ぐぞ、電車はあと1分で来ちま――」
プルルル……
『電車が発車します』
ホームの方からそんな放送が聞こえてきて、誠也は絶望したように膝から崩れ落ちた。しかし流石と言うべきか、すぐに立ち上がって俺に手を差し伸べてきた。
「急ぐぞみなっち!」
「うい」
俺は誠也の差し伸べた手を取った。
その瞬間、俺と誠也の立っている床に黄色に光魔法陣が現れた。
「テレポート」
誠也がそう唱えた瞬間、俺と誠也はその場から姿を消した。