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シンデレラ・トゥルー・ラヴ

作者: 彩雅 葵

知らね俺オフィスなんかで働いたことないし

まあリハビリですよはい

―たった2文字伝えるだけ。それだけなのに私はあなたに言わなかった。言えなかった。


今以上の関係になりたかった。でもそれ以上に今以下の関係になることが本当に怖かった。


もし本当に神様がいるのならば、もう一度私にチャンスを与えてくれないだろうか。


ついでにあの時よりもちょっぴりかわいくて、とびきりの自信に満ちた私にしてはくれないだろうか。


あなたとの幸せを夢で終わりにはしたくない。お願い―


気付いた時にはあの感覚が戻ってきた。天使のような誰かに必死に訴えかけるような不思議な夢を見ていた。


昨晩の定時過ぎ、私は自分のミスのせいでオフィスに残って書類と戦っていた。明日の昼の会議資料だったが、まさかの印刷してからグラフの数値のミスに気付くという体たらく。表計算ソフトでおおよそゼロからグラフを作り直してはいるものの、このオフィスが郊外の都市に位置しているうえに、昨今の社会変動で終電が早くなってしまったため、このままではオフィスで夜を明かすことになりそうだ。どうやら採用したデータの数値に誤りが含まれているらしいというところまではつかめたのだが、その内容を精査するのが全く終わらない。と、いうかどのデータが誤っているのかさえ把握できていない。

刻々と迫る終電時刻に焦りを感じながら、私は必死でパソコンとにらめっこをしていた。そんな私を見かねたのか、はたまたからかいに来たのか、あなたはまるまると膨れたビニール袋を携えて現れた。


「あれ?もう帰ったんじゃ...」

私が拍子抜けしていると、あなたはクスリと微笑んで、

「ばーか、同僚を置いて帰るかよ。ほれ、差し入れ。コーヒーとエナドリとお菓子とお酒とおつまみ」

と、その袋を私の隣のデスクに置いた。同期入社で、同じ配属先のあなた。顔も性格も非の打ちどころもなく、社内の女性陣からも人気が高い。私の方が仕事はできると思っていたが、こんなミスをするようじゃあ、あなたの方が仕事はできるのかもね。

「ごめん、ありがとう。差し入れは受け取っておくわ。でも今日はもう遅いし、あなたも帰った方がいいよ。これは私の問題だから」

「聞いていなかったのか、全く。要するに、手伝ってやるよってことだよ」

「えっ...あ、ありがとう...」

礼はいらない、と言わんばかりにあなたは笑顔を見せて、向かいのデスクで自分のパソコンを開いた。

「ほれ、早くファイルを送ってくれよ」

「うん、今メールで送るね」

「おっけ...ん、きたきた、サンキュー」


私がファイルを共有するとすぐにあなたは目を細めて数値を確かめ始めた。それからは気まずい沈黙が続く。聞こえるのはパソコンの操作音とあなたの唸り声だけ。作業に集中したいところだが、ついついあなたが気になってしまう。コーヒーを飲むときにちらちらとあなたの顔を窺う。やっぱり美形だな、とうっとりしてはばれないうちにと仕事に戻る。

なのに、ああこんなにイケメンなんだから彼女くらいはいるんだろうな、私みたいな女には微塵も興味がないんだろうな、なんてことをついつい考えてしまう。

もし終電を逃したら2人きり...いやいや、まさかね。どうしよう、頑張らないとまずいのに...


それからも私はデータを精査してはあなたの顔を覗き込んでいた。何回チラチラ見たかもわからない。そうこうしているうちに終電まで15分を切った。訂正はもう少しかかりそうだ。

...彼が私の見込みを裏切る超有能な人物でなければ。


結果から言えば案の定であった。あの後も2人無言を貫いて仕事なり休憩なりを繰り返していたところ、終電が行ってしまってから彼が口を割った。

「だーめだこれ。全くわからん。ごめん、普通に進んでないや」

「ええ、そんな気はしていたわよ。まあ無理しないで早く...もう帰れないのよね...」

「何を言って...ええ!?もうこんな時間?嘘だろ?」

あなたも終電が無いことに気付いてしまった。わかりやすく狼狽する姿は滑稽だった。勿論あなたをそんな目で見ていられる余裕は私にはなかったのだが、何となくもうすぐで片付きそうな気がしていたこともあり、あなたほど焦ることはなかった。

「結局、私一人でもあんまり変わらなかったみたいね。あなたどうするの?もう私はここに泊まっていくけど」

あなたは少し傷ついたような表情を見せて、

「あー...っと。俺もここに泊まる気でいたんだけど」

申し訳なさそうに言った。私は心の中で「チャンスきたっ!」と叫んだ。今晩はあなたと過ごせる。こんなに早くチャンスが来るとは思っていなかった。今の私ならあなたに想いをぶつけられる、あなたもそれに応えてくれる。なぜだかそんな気がしてきた。

「じゃあ、日付変わる前に片づけちゃいましょうか」

「オッケー、俺もどうにかするよ」

「あなたは分かんないなら周り片づけといてよ。さすがにこんな汚いオフィスじゃ寝られないわ」

「うっ...了解で~す」

日付が変わるまで残り20分を切った。終わりが見えてきた。これなら何とか間に合いそうだ。必死にキーボードを叩く。修正するセルはあと50...40......20...10...


「あぁー!終わったあぁー!」


23時57分、本日のタスクを片付けた。私はなんとか日付が変わるまでに終わらせられたことに安堵した。

「おつかれ!今から宴会だな!」

あなたは缶チューハイを勢いよく開けてこちらに差し出してくる。私も揚々と受け取り、お互いの缶を、中身がこぼれるのを厭わずに強くぶつけた。

「かんぱーい!!」

疲労に一撃のアルコールと炭酸が格別に染み渡る。

「今日はどうもありがとう。お陰様で今日中に何とかできたよ。本当に感謝してる」

「いやいや、こういうのしか力添えできなくて悪かったよ」

「ううん、いいの。それよりあなたに1つ。このタイミングでいうのもおかしいかも知れないんだけど...」

ここしかない、と思った。いや、本当は口が勝手に言葉を紡いでいるだけだったのかもしれない。

「あなたって女の子からすっごくモテてるでしょ?」

「えぇっ...そう...なの?」

「自覚無いの?ほんとうに?」

「いや...俺はこの会社に本命の女の子(ひと)がいるからさ...」

「ほかの女の子の思いは届かないってわけね。あ~あ、私もあなたのことを好きな女の子の1人だったのにな~」

言っちゃった、と思い、慌てて口を噤んだ。でも思っていたのと違った。こんなにぺらぺらとあなたと喋れるだなんて信じられなかった。そしてあの願いが通じたのか、あなたに対して少し胸を張って喋れている気がする。

「今なんて言った?」

驚いたような表情であなたが聞き返す。

「え、『私もあなたのことを好きな女の子の1人だったのに』...って、2回も言わせないでよ!」

1度ならず2度までもこぼしてしまった。顔から火が出るとはよく言うが、本当に燃えているんじゃないかと思えるほど顔が熱くなった。

まもなく日付が変わる。

「いや...俺の本命の子って...陽楓(はるか)ちゃん...君のことだよ」

「あ...あ...え?」

涙がこぼれだしたのはきっとお酒のせいだろう。本当に嬉しかった。ただそれだけだった。

でもあなたを好きだという他の恋敵に見せてやりたいとも少しだけ思った。

私は何も言わずにあなたに抱きついて、あなたの胸で涙をぬぐった。あなたは何も言わずに頭を撫でた。この上なく幸せな時間だった。

12時を回る。落ち着いたのかなんだかわからないが、急に頭がパニックになった。

なんで私はあなたに抱きついているの?なんであなたは優しく微笑んで私を受け入れてくれているの?というか、私本当に告白しちゃったの?あなたも私のことを好きでいてくれたの?

恥ずかしいが勝ってしまって、あなたの腕から逃げるように抜け出す。

「あの、笑わないで聞いてほしいんだけど」

もう一度あなたに、ちゃんと2文字伝えようと思った。

「ん?なあに?」

「えっと...その...」

言えない。やっぱり恥ずかしい。さっきは2回も言えたのに。

「実は昼休憩中に夢を見たの」

逃げるように話題を変える。

「そのときに出てきた天使みたいな女の子が、私の願いを聞いてくれたの。もう1回チャンスをくださいって」

「チャンス...?」

きっとあなたは知らないはず。私は2回目の今日を生きているのだ。

「あなたに...伝えられないでいたことがあったから...」

また言えなかった。ただ顔を赤らめて俯くことしかできない。しばらく沈黙が流れた後、今度はあなたが口を開いた。

「実は俺もちょっと前におんなじような夢を見たんだ。キューピッドみたいな夢」

「えっ?」

俯いていた私の顔が上向く。同じような夢、それもキューピッドのような夢。私は確信した。あぁ、これは運命なんだ。きっと私が願う前から神様は私の恋をうまくいくように運命を仕向けていたんだ。

「俺も願い事を聞いてもらったんだ。俺が一番好きな人である陽楓(はるか)ちゃんが俺のことを好きになってくれるようにってね」

嬉しいのと恥ずかしいのと誇らしいのとキュンキュンするのとが雑ざって私の頭が真っ白、顔が真っ赤になっているのを気にするそぶりも見せず彼はこう続けた。


「正直に答えてね。まだ俺のこと、好き?」


1度深呼吸をする。


「うん、もちろんだよ。私はあなたが大好き」


気持ちが溢れて私はあなたに抱きついてしまった。

あなたの香り...鼓動...筋肉の凹凸...数秒であれこれあなたを堪能した後、自分って変態なんだな、と思えてきて思考をほかのところに切り替えようとした。その時、あなたの腕の中で私ははっとした。夢の手助けが無ければ1度も言えなかった「好き」を、素直な気持ちのままあなたに伝えられたのだ。だがさっきまでのように恥ずかしくてどうしようもなくなるのではなく、すっきりと晴れやかな気持ちになれた。「神様ありがとう」と心の中で繰り返した。


今思えば、運命はあなたの恋のために動いていた。だってついこの間から急にあなたのことを意識して悶々していたのだから。つまり私はあなたの恋愛成就の運命操作の対象に過ぎず、私が見た夢もあなたの見た夢の作用なのかもしれない。端的に言えば私があなたに恋をしたのはレールに沿って進んだ結果であって、私が本当に恋する人はあなたではないのかもしれない。それでも私はあなたが怖いとか、気持ち悪いとか、そういうマイナスなように捉えられないで、素直にあなたのことが大好きだと伝えられた。どっちが本当の気持ちなのか分からなくなってきた。


そんな中彼は嬉しそうに眼を潤わせていた。

「なんだ、最初からおまじないなんかいらなかったんだ!」

「へ?」

気の抜けた返事を私がすると、彼は

「夢の中で聞いたのはね、一週間後の夜12時、つまりさっき日付が変わるときに魔法が解けることになってたんだよ。陽楓(はるか)ちゃんが俺以外のことを好きだったら、あの瞬間俺はフラれてたってわけ」

話がつながった。私は本当にあなたのことが好きだったんだ。あの「大好き」もあなたにぎゅっと抱きついたのも全部本心だったんだ。私の願いもあなたの願いも叶っていたんだ。あなたから離れて自分のデスクに戻ってもう一口お酒を流し込む。そして今度はお酒を片手に椅子のキャスターを転がしてあなたの近くに戻る。

「神様って、本当にいるのかもね」

「ああ、そうだな」

優しく頷くあなたもまた愛おしい。またあなたに触れたくなってきた。

「ねえ、ちょっといい?」

そういって徐に椅子から立ち上がると、私はあなたの口元に口づけた。今度はあなたにどぎまぎしてもらう番だ。

「えへへ...今日はお酒が早いみたい...」

イタズラっぽく笑顔を見せてまたくいっと缶チューハイを傾けた。

私たちは立派な恋人同士。その思いが確信に変わった。


その夜は2人きりの宴だった。酒池肉林、と言っても肉ではなくてお菓子とおつまみなのだが。今までの伝えたかったこと、仕事の愚痴からアダルトな話まで、明け方に寝落ちするまで話し続けた。翌朝は2人仲良く部長の雷を受ける羽目になってしまったが、私にとってもあなたにとってもそんなことはどうでもよかった。


「いや~まさか始業ぎりぎりまで寝ているとは...」

「全く、昨晩は楽しみすぎちゃったかもね」

2人で笑い合って席に戻る。今日はろくに仕事ができない気がする。まだお酒は残っているし、満足にお化粧を直すどころか、濡れたタオルで体を拭いたくらいで、ゆっくりシャワーも浴びることさえ出来ていない。

お酒なりなんなりのせいで少し臭いがしてしまうのは罰ゲームなのか。同僚の目も蔑むような目といやらしい目ばかりで痛々しい。今日は私たちにとって厄日なのだろう。


「ねえ、もう1回確認してもいい?」

仕事に戻る前にあなたに質問をしてみる。

「周りがあんな感じだけど...それでも私と付き合ってくれる?」

それを聞いてあなたは笑いながら、

「当たり前だろ?俺の一番好きな女の子なんだから。今後一生一緒にいたいと思っているよ」

「えへへ、嬉しい。私もあなたを愛してる。一緒にいられるだけで幸せ」


嫉妬と怨嗟と羨望とが入り混じった視線が突き刺さる。「家でやれ」と聞こえてくる気がする。

それでも大して気にはならなかった。だって私はみんなが憧れるイケメンの、本命の彼女なのだから。

珍しく明るいラストになったと思っています。

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