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プロミスランド  作者: 独瓈夢
第一部 カナンの地
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第8章 旅立ち

 第8章  旅立ち


  

 ローランが計画していたエルサレム行きは、エルミンたちの予測通り、ミレーヌが結婚後すぐに妊娠したために延期され、子どもが生まれて長旅に耐えれる年になるまで待つことになった。

主の年1175年4月30日。無事に女の子が生まれ、マリー=フランソワーズと名付けられた。 




  主の年 1176年5月10日 月曜日 朝7時。


 ローランはミレーヌと1歳になったばかりのマリー=フランソワーズとともに、デイジョンを出発した。

最初の目的地は、デイジョンから307トワーズ(約600Km)離れたジェノヴァだ。

5月になったとは言え、まだ朝は8度ほどで肌寒い。マリー=フランソワーズが風邪を引かないようにミレーヌはウールのマントで包んで馬車に乗った。


 馬車は15日かかってジェノヴァに着いた。

ジェノヴァは、|メル・ドゥ・リギュリー《リグリア海》に面した港町で、ヴェニス、ピーゼ(ピザ)アメルフィ(アマルフィ)などと海洋貿易を競っている海洋国家だ。

 「絵のように美しい」と言われるリグーリア地域の中心にあるジェノヴァは、「円形劇場」と呼ばれる自然の半円形の港であり、周りをアペニン山脈によって囲こまれている天然の良港として古代より栄えて来た町だ。

ジェノヴァ湾には数えきれないほどの多くの船が停泊し、ガレー船が次々と入港、出航している様は壮観だった。



    中世期のジェノヴァ

挿絵(By みてみん)



 ジェノヴァから3日間船に揺られてポルトゥス(オスティア)に到着。

そこから陸路でローマに向かった。ローマ帝国は、皇帝フレデリック(フリードリヒ)フレデリック(バルベルーズ)1世の治世下にあり、皇帝は宥和政策を推進し、ローマ帝国の混乱を終止し、帝国はしばしの安定期を迎えていた。

 整然としたローマの街並みは、さすがに皇帝の住む都だけあって、美しく格調高い建物の数々にローランたちは目を瞠った。

 ローマには見物を兼ねて三日滞在し、それから馬車に乗ってアペニン山脈を超え、15日かけてアドリア海に面するバーリ港に到着。そこからはヴェニス人の商船に3日間乗ってドゥラスに到着。



中世のローマ

挿絵(By みてみん)



 ドゥラスはビザンティウム帝国の西の玄関だ。

ドゥラスは、周囲には岩でできた天然港があり、内陸は湿地で海側は高い崖という地理条件のため、陸からも海からも攻めるのが難しい町だ。バルカン半島の最西端という恵まれた場所にあることから、ドゥラスにおいても古来より貿易が盛んであった。


 ドゥラスからは再び陸路を16日間、距離にして220トワーズ(約430Km)旅してテッサロニケまで行き、それから、カヴァラ→ コモティニ→ エディルネ→ チョルルと約1100トワーズ(約2145Km)の距離を陸路旅行してコンスタンティノープルに到着した。この旅程に約1ヶ月(30日)費やした。



 コンスタンティノープルは、ローマの皇帝コンスタンティヌス1世が、主の年330年に古代ギリシアの植民都市ビュザンティオンの地に建設した都市だ。コンスタンティノープルは(いにしえ)の時代よりアジアとヨーロッパを結ぶ東西交易ルートの要衝であり、また天然の良港であるコルネドオール(金角湾)を擁していた。

 日没時に太陽の反射のために金色に輝く海の色に由来すると言うコルネドオール(金角湾)は、ボスフォー(ボスポラス)海峡の入口にあり、ビザンチン時代から東西をつなぐ貿易港としてコンスタンティノープルの繁栄に大いに寄与して来たという。

 コンスタンティノープルは、ビザンチン帝国の帝都であり、東地中海の政治、経済、文化、宗教の拠点として、またロシア、ブルガリア、イスラム圏諸国、アペニン半島の諸都市国家、エジプトなどの各地から多くの商人が訪れる交易都市として繁栄を遂げた。


 その地理的重要性から、古代よりペルシャ帝国、ノルマン人、イスラム勢力など外部からの脅威に常にさらされ、また反乱などにより何度も王朝が代わったが、ジャン(ヨハネス)2世コムネー(コムネノス)皇帝によって治められているビサンチン帝国の帝都は、現在でもローマの10倍以上、実に40万人の人口を擁する大都会として栄えていた。すでに最盛期のバシレイオス2世皇帝の時代ほどではないが、いまだ繁栄を続けていた。


 コンスタンティノープルの町(1200年当時の想像図)

挿絵(By みてみん)

 

 コンスタンティノープルの住民は、ほとんどグレーク(ギリシア人)だが、東西貿易ルートの要衝であるため、街にはヴェニス人やジェノヴァ人、アラブ人、エジプト人、トルコ人など- 青い目と高い鼻を持ち、髪の毛は茶色系の天然ウエーブの多いフランス人しか知らないローランやミレーヌにとって- チリチリの髪や濃い茶色の髪に黒色や茶色の目、それに黒い肌や浅黒い肌をもつ異国の人々が、それぞれの文化の特色ある衣装で意味の分からない言葉を超え高にしゃべっているのを見るのは驚きであった。


 そして長さ 圧巻は、皇帝コンスタンティヌス1世が大改築を行ったと言われるイポドローム(競馬場)だった。長さ230トワーズ(450 メートル)に幅幅 67トワーズ(130 メートル)という巨大なイポドローム(競馬場)を見て、その巨大さにローランもミレーヌもしばし声も出なかった。

 メル・ドゥ(マルマラ)マルマハ()から数百メートルのところにある、その巨大なイポドローム(競馬場)は皇帝の宮殿に隣接していて、皇帝やその家族は専用通路で直接行き来できるようになっている。

 

 昔はほぼ毎日行われていたというチャリオット・レースは、今は1ヶ月に4回ほどしか行われてないそうだが、ローランたちは運よくチャリオット・レースを観戦することができた。

 ジャン(ヨハネス)2世コムネー(コムネノス)皇帝ならび皇族もイポドロームの東側にある特等席から観戦をしていた。チャリオット・レースは、単なる娯楽イベントではなく、皇帝とコンスタンティノープルの市民が同じ場所で交流できる場所でもあるのだ。


 10万人の観戦客を収容できると言うイポドロームは、満員にこそならなかったものの、伝統の青、緑、白、赤の各チームを熱狂的に応援する市民たちで、さしもの巨大なイポドロームも揺れるようだった。

 チャリオットは4頭立てのクアドリガで、観客はレース毎に賭けることが出来る。一周800メートルのレース場を土煙を立てて疾走するチャリオットを見れば、コンスタンティノープルの市民でなくとも熱くなるというものだ。

 

   ベネチアのガレー船

挿絵(By みてみん) 


 コンスタンティノープルに5日滞在してからエルサレム王国への旅路を続ける。

エルサレム王国までは、アナトリア半島を縦断する陸路ルートもあるが、すでにアナトリア半島の内陸部はセルジューク・トルコの支配下になっていて危険なので、20日ほどかけて安全な海路を行く。

 船旅の問題は、帆だけにたよっていては、風がない時は立ち往生してしまうことだが、ジェノヴァやベネチアのガレー船は、風が少ない時は櫓を使って進むので立ち往生する心配がないという利点がある。

 船はメル・エーゲ(エーゲ海)に沿って、東ローマ帝国の領土を海岸線に沿って大きく西へ回る形で南下し、それから東へ向かってエルサレム王国のアッコン港に着いた。



 ローランたちは、エルサレムへ向かう道中の主要な町― ジェノヴァ、ローマ、テッサロニケ、カヴァラ、それにコンスタンティノープルなどで数日間宿泊し、見物をしたので余計に日数がかかった。

 結局、エルサレムに到着するのに5ヵ月近くもかかる長期旅行となったが、ローランにとっては新婚旅行のつもりなので、まったく気にしてなかった。


「ローラン、申命記 24-5に『男が新たに妻を娶った時は、戦いに送ってはならない。また何の公務もこれに負わせてはならない。その男は一年の間、束縛なく家にいて、その娶った妻を幸せにしなければならない。』とある。おまえも妻を娶って、娘も生まれたことだ。エルサレムに着けば、過酷な毎日が待っているだろうから、今度の旅ではゆっくりと異国情緒などを経験しながら行くといいだろう」

父親のバンジャミンはそう言って、十分過ぎるほどの旅資金を渡してくれた。


「ミレーヌ、あなたとマリー=フランソワーズが旅で不自由しないように、これを持って行きなさい」

姑のマリー=アグネスは、夫のバンジャミンにかくれてヘソクリの金-かなりの金額だった-をそっと渡してくれた。


というわけで、潤沢な旅資金でもって、1年以上遅れてのヴォヤージェ(新 婚)ドゥ・ノース(旅 行)を楽しんだのだった。



 エルサレムに到着したローラン夫婦は、ヴァランタンから大歓迎された。

ローランは、1176年の5月か6月にデイジョンを発つと手紙で知らせていたが、到着日はいつになるかわからないので迎えに来なくてもいいと書いてたのだ。

 当時の旅は予測不明のことが度々起こることがあったので、ヴァランタンにアッコまで迎えに来てもらうわけにはいかなかったのだ。



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