第7章 マリアージュ
第七章 結婚式
主の年 1174年6月16日。
デイジョンの教会。
この日、ローランとミレーヌは結婚式を挙げた。
3年に交際を始めた二人は、ローランが18歳になるなるのを待って婚約をして、3ヵ月後に結婚式を挙げたのだ。
ミレーヌの結婚衣装は、純粋さを象徴する青のドレスだった。
頭には白トレフェの花冠をかぶり、白いヴェールで顔を覆っていた。
一方、ローランは、長いチュニックの上にコートを着てとマントを羽織り、下はピッタリしたブレイにストッキングだ。いずれも、金または銀の刺繡が施された煌びやかな衣装だ。
そして、腰には剣を下げていた。エルサレムに行ってテンプル騎士になると知ったヴァランタンからの贈り物だった。
こう書くと、いかにもローランの花婿衣装の方が豪華そうだが、ミレーヌの胸はローランの母親マリー=アグネスが送った宝石と金で出来たネックレスで飾られていたし、腕にはモンバール伯爵家の当主から贈られた宝石が埋め込まれた高価なブレスレットをつけていた。
ミレーヌは15歳になっていた。
女性は12、3歳で結婚するのがふつうだったので、15歳と言えば少し遅いくらいだ。
しかし、司教さまのご子息と婚約しているので母親も何も心配してなかった。
父親代わりのラウル叔父と腕を組んで祭壇へと向かうミレーヌの顔は、白いヴェールの下で紅潮していた。
ローランと知り合った時12歳だった少女は、すっかり一人前の女性に成長し、もう、子どもを産んでも十分に育てられる体になっていた。
教会の前の広場は、結婚式のために美しく飾られらていた。
バラ、スズラン、デイジー、コクリコ、ユリなど季節の花で、司教夫人であるマリー=アグネスが町民の女や娘たちを雇って、庭や山野に咲いている花を集めさせたものだ。
父親代わりのラウル叔父と腕を組んで、花で飾られたアーチをくぐって両側にたくさんの招待客-正式な招待客はそれほど多くない。ほとんどがデイジョンの町民だ。
結婚式は、数少ない庶民の楽しみの一つであり、ただでご馳走を飲み食いでき、ダンスも出来るので、みんなこぞって行くのだ。
人でいっぱいの広場の中に開けられた通路を通って教会の正面玄関に着く。
そこには満面に笑みを浮かべたローランがいた。そして、両側には二人の証人が、微笑んで立っていた。
証人の一人はヴァランタンだった。彼は、「レイの証人は俺がやる!」と婚約式の時に証人を買って出たのだ。もう一人の証人は、モンバール三代目伯爵ヒューバート の息子のジーフレだった。
結婚式の儀式はバンジャミン司教によって、厳かにはじめられた。
ミレーヌはローランの左側に立つ。これは、イブはアダムの左肋骨から作成されたという理由からだ。
「ただいまより、神の負わしますこの場所で、ローランと ミレーヌの結婚式の儀式を執り行う。ここに参加した者のうち、誰かこの二人の結婚に反対する理由がある者は、今すぐ言うように。誰れも言わなければ、儀式を続ける...」
.........
.........
ローランとミレーヌにとって、重苦しいような数分が過ぎる。
二人とも何も後ろめたいことはしてないし、二股も浮気もしてないが、それでもやっかみを持つ者がいるかも知れない...
だが、杞憂に過ぎなかった。
招待客たちも周りの者たちの中で誰かが何か言うかもしれないと興味津々の顔だったが、誰も咳一つ出さなかった。そもそも、デイジョンでもっとも権力のある司教さまの息子にも、そのノイヴァであるミレーヌにも横恋慕をしたり、虚言をしたりする者などいなかった。
「よろしい。誰もこの二人の結婚を阻止する理由はないのだな? では、今度は二人に訪ねる。おまえたち二人は、神聖な結婚が出来ない理由はあるか?」
これも形式上の質問で、結婚が出来ない理由は、アンセスト、アデューテレ、レイプ、および断食などだが、当然、ピュアな交際をして来た二人にはまったく問題ない。
「「ノン!」」
ほぼ同時に答え、おたがい顔を見合わせ微笑んだ。
「よろしい。では、これよりサン・ビーブラの拝読を行う」
そう言って、バンジャミン司教は皮表紙の分厚い聖書を開いた。
『あなた方は神に選ばれた者。
聖なる者、愛されている者として、思いやりの心、親切、へりくだり、優しさ、広い心を身にまといなさい。
互いに耐え忍び、誰かに不満があったとしても、互いに心から赦し合いなさい。
愛は、完全さをもたらす帯です。そして、キリストの平和にあなた方の心を支配させなさい。
あなた方が一つの体に結ばれる者として招かれたのも、この平和のためなのです。
そして、感謝の人となりなさい』
「おまえたち二人は、生涯、この誓を破らないことを神に誓うか?」
「「ウィ!」」
誓いが終わると、司教は若い神父が盆に乗せた結婚指輪を持って来た。
「父と子と聖霊の名において。アーメン」
バンジャミン司教は祈りの言葉を述べながら、三つの指輪をローランに渡し、それをローランはミレーヌの人差し指、中指、薬指に嵌める。
「これにて、二人の結婚式は神に祝福されたものとなった。それでは、新郎は新婦にベーゼを!」
ローランは、ドキドキしながら、ヴェールをめくると、そっと目をつぶったミレーヌにベーゼをした。
パチパチパチパチ......
招待客たちから拍手が沸き起こり
ピュ―――!
きゃ――あ!
口笛や叫び声が出る。
そして、結婚式の儀式は無事終了した。
「おめでとう。幸せになりなさい」
父親、養父として、バンジャミンがにこやかに笑って二人を祝福する。
「おめでとう、レイにミレーヌ。これからは、私もあなたのマモンだから、何でも言ってちょうだいね!」
マリー=アグネスが、ミレーヌを抱きしめる。
「ミレーヌ、本当におめでとう!レイ、ミレーヌを幸せにしてやって!」
母親のマリー=ルイーズがミレーヌを抱きしめ、頬にベーゼをする。
「ありがとう、マモン!」
「お義母さん、まかせてください。たくさん子どもを作って、お義母さんを幸せにしてあげますよ!」
「レ、レイっ、もう、そんなことを約束しているの?」
ミレーヌが真っ赤になる。
子どもをたくさん作るためには、何をたくさんしなければならないか知っているので、母親がそういったコトに励んでいる二人を想像したと考えて恥ずかしくなったのだ。
しかし、夫婦となった者が、毎日毎晩そんなコトをするのは、大人なら誰でも知っている“ふつうのこと”だということを、まだ初心なミレーヌは知らない。
招待客たちがバラの花びらを撒き、祝福する中をローランとミレーヌは、幸せでいっぱいの笑顔で腕を組んで広場に置かれた長いテーブルに座る。
テーブルには、次々に親族たちや招待客たちが座り、さっそく山と盛られたご馳走を食べはじめる。
コルヴェール、フザン、ペルドローなどの丸焼き、ガチョウの丸ごと蒸し煮にガチョウに栗を詰めこんで焼いたもの、ポール丸焼きにセーフと野菜のテリーヌとセーフの焼き肉。肉類が圧倒的に多い。
果物は、レイザン、ポメ、アブリコー、フィゲール、チェリーザ、それに乾燥ナツメヤシ。
飲み物は、クラレットがメインだ。ほかにもヒポクラスやセルヴォアーズなどの瓶や樽が大量に置かれており、酒類が飲めない者のためにイドロメーリャも用意されている。
「ワーッハッハ!これで、おまえも一人前の男だ!」
ローランの横に来たヴァランタンが、葡萄酒ので真っ赤になった顔でローランの肩をバンバンと叩く。
宴会もたけなわになり、司教夫妻たちは、葡萄酒のグラスを片手に椅子を立って、主な招待客たちと立ち話をしている。ホストは、こういう機会を利用して、さまざまな情報交換や子どもたちの将来の縁組などについて意見交換や感触などを探るのだ。
「はい。ありがとうございます、ヴァランタン大伯父さん」
「ヴァランタン大伯父さま、高価なネックレスをありがとうございます。今日はマリー=アグネスさまから頂いたネックレスをつけましたけど、とてもうれしかったです」
今日は義母となったマリー=アグネスから贈られたものをつけていたが、ヴァランタンは別のネックレスをプレゼントしていたのだ。
「いや、礼を言うことなどないぞ?どうしても礼を言いたいと言うのなら...そうだな、新婚初夜にネックレスだけをつけてベッドに入るという方法もあるな? ワーッハッハ!」
「え?...」
ミレーヌが、最初は意味がわからなかったが、すぐにそれがどういうことか気づいて真っ赤になった。
「ミレーヌ、どうしたんだい?」
ちょうどその時、友人が祝福を述べに来ていたので、ローランは何でミレーヌが真っ赤になって俯いてしまったのかわからない。
「あなたっ!」
ブロン・ユーブルーの美女が、ドレスの腰に手を当ててヴァランタンの後ろいた。
「おっ、誰かと思ったら、うちのヴェニュー、エルミンさまじゃないか?」
ヴァランタン大伯父の妻のマリー=エルミンだ。マリー=ナニナニと言う名前が多いので混乱を避けるためにエルミンとふだんは呼ばれている。
大伯父より6歳若い妻で、その美貌の噂を聞いて、ヴァランタンが本家のヒューバート・ドゥ・モンバール伯爵に頼みこんで結婚したアンジュー地方の貴族の娘だ。
「ったく。何をミレーヌに言っているかと思ったら、とんでもないことを!」
ブーブー口を尖らせて説教をしている。
「そう怒るなよ、ヴェニューさま。今日はお目出度い日なんだから!」
「おだてたってダメよ!」
まだ22歳なのだが、すでに6歳年上のヴァランタンを尻に敷いているようだ。
「ぷっ、もういいです、エルミンさま。大伯父さまも悪気があって言ったことではないのですから」
ミレーヌが堪えきれずに噴き出した。
「ごめんなさいね、ミレーヌ。でも、これで私たちは親戚になったのよ。仲良くしましょうね!」
「は、はい。こちらこそよろしくお願いします」
ミレーヌは、あらためてエルミンを見る。
さすが貴族の娘として育っただけあって、品格が感じられるが、少しも偉ぶったところがない。
そして... 美しすぎる。
彼女とは婚約式の時に初めて会っただけで、その時もたいへん美しいと思ったが、婚約式の時は伯爵夫妻やそのほかの偉そうな人がいたので緊張しすぎて、よく見ることも出来なかったし、会話も出来ずに挨拶をしただけだったのだ。
「もう... こんな下らないことを言う殿方は、ここに置いて、私たちは若い妻たちのところに行きましょう」
そう言って、エルミンはミレーヌの手をとって歩き出し、少し離れたところのテーブルに行った。
「あら、エルミンさん、花嫁さんを連れて来たの?」
「ミレーヌさん、可愛いわね!」
「本当!道理で司教さまも奥さまもローランの結婚に賛成したはずね!」
テーブルには、着飾った若い女性たちがいた。
どうやらエルミンの友人たちらしい。
それから、ミレーヌは若妻たちに囲まれて楽しいおしゃべりをした。
夫の操縦法とか、姑とうまくやる方法とか、初夜についての注意点とか...
(最後の助言は、恥ずかしくて耳を塞ぎたかったが、せっかくエルミンさんが紹介してくれたお友だちの助言なので、そうするわけにもいかなかった!)
「レーレーヌ、ミレーヌが恥ずかしがっているじゃない?」
「いいのよ、エルミン。今聞いて恥ずかしがる方が、無知で何も知らずにベッドにはいってから恥ずかしがるよりもいいんだから!」
「そうよ、あなただってそう思ったでしょ?」
「くっ...」
確かにそうだった。
広場の中央にはスペースが作られ、賑やかにダンスが始まった。
ミレーヌもローランと数回踊った。饗宴は続き、酔いも回ったみんなはさらに賑やかになり、ダンスに熱中し、疲れると座って酒を飲み、また踊り出す。
饗宴は一晩中続くのだ。ヴァランタンも美しいエルミンと華麗な踊りを披露した。
若妻たちも、それぞれの夫と楽しそうに踊り、司教夫妻も、モンバール伯爵夫妻も踊りの輪に加わった。
ローランもミレーヌもクラレットの飲み過ぎで、少し酔っていた。
「よし、ローランもミレーヌも、もうフェティでの義務は終わった!みんな、マリエが神聖で有意義なヌイデノーズを過ごせるように、寝屋まで送ってやろうじゃないか!」
ワ―――オ!
きゃ―――っ!
待ってましたー!
いやーん!
「さあ、さあ、マリエさまたちのお通りだ。さっさと道を開けろ!」
「みんな道を開けて!」
ヴァランタンがレイナードの肩を抱き、エルミンがミレーヌと腕を組んで、人でごった返す広場を通り抜け、教会本堂の脇の通路を行く。あとにワイワイ騒ぎながら、若妻たちと夫たちが続く。
ヴァランタンもエルミンもすっかり酔ってしまって、今はいかにこの夜を楽しく、面白く過ごすかだけを考えていた。
脇の通路を通り抜け、奥にある居住区の扉を開いると廊下を進んで、司教が二人のために用意した寝室にたどり着く。
「オゥ!ここが、マリエさまたちの天国だ!」
「ワォっ!私たちのヌイデノーズを思い出すわ...」
ヴァランタンが言えば、エルミンも酒に酔って濡れたようなユーブルーで見る。
ローランとミレーヌの部屋は、ベッドに赤いバラの花びらが撒かれ、ラベンダーの花が大きな花瓶に活けられていた。
「さて、司教さまは外交にお忙しそうなので、代わって俺がマリエさまたちのベッド入りを祝福する!」
ワ―――オ!
きゃ―――っ!
早くやれー!
いやーん!
みんなが騒ぐ。
「ローランにミレーヌ!」
クラレットで真っ赤なったヴァランタンが厳かな顔で言う。
「ウィ」
「ウィ」
「ローラン、おまえは男として、可愛い妻ミレーヌを今夜、このベッドで満足させることを誓うか?」
「ウィ!」
ヴァランタンが訊き、ローランが神妙な顔をして答えると、今度はエルミンがミレーヌに訊く。
「ミレーヌ、あなたはローランの妻として、今夜、このベッドでどんな苦難にも耐え、妻として立派にヌイデノーズの務めを果たすことを誓いますか?」
「ウ...ウィ!」
「さあ、じゃあ、俺たちはマリエを手伝ってやろう!」
オオウ!
ヴァランタンが言うと、酒に酔った男たちが威勢よく答える。
そして男たちは、寄ってたかってローランの服を脱がせはじめた。
「私たちは、マリエーのお手伝いよ!」
「「「「「ウィ!!」」」」」
エルミンが命令すると、酒に酔った若妻たちが黄色い声を上げてミレーヌに襲いかかった。
そして若妻たちは、寄ってたかってミレーヌのドレスを脱がせはじめた。
ローランは、そんなものだと教えられていたので、黙ってされるがままだ。
しかし、そんなことは教えられていなかったミレーヌは悲鳴を上げた。
「あれ――っ!」
「うむっ。ローランは、ちゃんと立派なモノを持っているようだ!」
真っ裸にされたローランを見てヴァランタンが大きく頷く。
「ウイ、これなら問題ないだろう!」
「戦い本番の時に使えるかな?」
「見掛け倒しじゃないだろうな?」
周りの男たちがうるさい。
「うん。サンも形悪くないし、キュルも申し分ないわね!」
一糸も纏わない姿になったミレーヌを見て、エルミンが頷く。
「サン、私より大きいわ!」
「キュルは、まだ小さいわね」
「ふふふ。レイに揉まれたら、すぐに大きくなるわ!」
周りの若妻たちが姦しい。
「野郎ども、我々の役目はここまでだ。引き上げるぞー!」
「「「「「ウイ!」」」」」
ヴァランタンの声に、みんなは1秒でも早く広場にもどって酒を飲もうとバタバタバタと音を立てて走って出て行った。
「じゃ、がんばれよ!」
「ミレーヌ、がんばってね!」
ヴァランタンとエルミンが最後に部屋をふり返って言った。
「ウ...ィ」
「ゥィ」
ローランは、裸で突っ立ったまま返事をし、ミレーヌはシーツに包まったまま小さな声で答えた。
廊下を腕を組んで歩いていたヴァランタンとエルミン。
突然、エルミンがヴァランタンを見て言った。
「ねえ、私たちも二度目のヌイデノーズをしましょうよ!」
「やるか?」
「ウィ!」
二人は近くにあった部屋のドアを開けて中に入った...
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朝方になって、バンジャミン夫妻が自分の寝室に入ると-
そこには、すっぽんぽんになったヴァランタンとエルミンが抱き合って寝ているのを発見した。
ヴァランタンは、レイモンとミレーヌの結婚式のあと、家族を残してエルサレムに発って行った。
一応、中世の結婚式を参考として書きました。
今では定番となっている「あなたは○○を妻(夫)とし、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも...(中略) その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」という誓の言葉は、驚いたことに中世当時(この作品の時期)にはなかったそうなので、『コロサイの人への手紙:第3章:12-15節』を代わりに入れました。
また、当時はバージンロードとかもなく、果たして誓のキスもしていたかどうかはわかりませんが、ムードを出すために入れました。結婚初夜に、新郎新婦の友人たちが夫婦の寝室で騒いだのは本当らしいです。今ではこんな風習はありませんが。