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プロミスランド  作者: 独瓈夢
第二部 辛卯の変
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第22章 流転

 翌日― (4月21日)


正雪は昨日教えた陣形が、どのようにして雑貨衆や島津藩、紀伊藩などの兵士によって訓練で適用されているかを調練場がよく見渡せる高台から、みんなに見せていた。


 水平線から上った朝日が顔に当たり、正雪は眩しそうに目を細めながら話している。

朝一番に、陽が正雪の顔に当たり、その背後に聳える百丈(300m)を超える帽子山にも当たるのを見ながら、昨夜見た夢のことを思い出していた。



      フランス・ディジョン

     挿絵(By みてみん)



 夢と呼ぶにしては、(うつつ)のような奇妙な夢だった。

そして、二度目に見る奇妙な夢だった。一度目は、志津と夫婦(めおと)になってから、初めて床を共にした時。その夢を見た後で、蓮之輔は彼と志津が前世でローランとミレーヌという名前のフランス人の夫婦だったと言うことを知った。 



 昨夜の夢は最初に見た夢とはかなり違っていた。

夢の中で、蓮之輔は鳥になったかのように蒼空を飛んでいた。 

ただ、翼も鳥の体も見えないのでまるで魂だけが飛んでいるような感じだった。

眼下には緑豊かな野山が広がり、野兎や鹿が見え、川にはさまざまな魚が泳いでいる。


肥えた平野には、無花果(イチジク)、山葡萄の木、野イチゴなどがあり、たわわに実がなっている。

蒼空を反映した水田には、稲穂が揺れ、それに青々とした大豆畑には数えきれないほどの(さや)下がっている。


蓮之輔は、()()()()()()()()()()()()()()()。眼下に見える景色は、日本の風景のようだったが、このような和のとれた美しい所が果たして日本のどこかにあるのか蓮之輔は知らない。

蓮之輔がローランという名前のフランス人であった時に見た光景は、彼の地-たぶんフランスだろう-の風景だったのを思い出した。



 蓮之輔は、思い出した。


“ローラン あなたは シビーユを 殺さなければなりません”

夢の中で“声”はそう言った。そうしなければ、 『カナンの地(桃源郷)』は実現しないと。


米、麦、大豆、小豆などが豊富で誰も飢えることのない処。

そこでは人は長寿を享受し、生まれによる身分の差別はなく

もはや病で苦しむこともなく、仕合せに暮らせる処だ。


 しかし、「カナンの地(桃源郷)を実現するためには、シビーユを殺さなければならない」とその声は言った。エルサレム王国の女王であるシービユを。

 濃い茶色の長い髪を持つ美しく若い娘と侍女に案内されて、彼女たちだけが知っていた隧道(トンネル)を通ってエルサレム宮殿の中に侵入した。


 案内をしてくれた若い娘の顔を思い出した。

彫のある顔にすっと通った鼻、濃い茶色の美しい髪の娘... 

“何という名前だったか... ああ、アリックスだ。娘の名前はアリックスだった。

そして侍女はザフィーラという名前だった”。


 苦労して宮殿に侵入し、シービユ王女の寝室にまで行ったが、無防備で安心しきって寝ているシービユの美しい顔を見ると殺すことを躊躇ってしまい、とうとう殺すことができなかった。



 そして― 


エルサレム国王ボードワン4世は崩御し、ヒッティーンの戦いでエルサレム軍は大敗した。

蓮之輔(ローラン)ニザリティ(ニザール派)の戦士ラシードと戦い、勝負には勝つことが出来たが、ローランはすでに深手を負っていて、出血多量で死んでしまった。


 死ぬ間際、蓮之輔(ローラン)は、カナンの地(楽園)の地の夢を見たのだ。

草原には色とりどりの花が咲き乱れ、蝶が舞い、小鳥がさえずっていた。

小川では鹿が水を飲み、それを野兎が興味深そうに目をクリクリさせて見てる。

 10歳になって、すっかりおしゃまな女の子になった娘のマリー=フランソワーズ が、5歳の息子のウーゴと手をつないでキャッキャと声を上げながら花咲く草原を楽しそうに走っていた。


「フラン、フラン、ウーゴを連れてここにいらっしゃーい!」

蓮之輔(ローラン)の妻のミレーヌ(志津)が呼ぶが、子どもたちは遊ぶのが忙しくて聴こえない。

「なによ、もう!せっかく蜜をたっぷりいれたコレフ持って来たのに... これじゃ蜂さんの餌だわ」

ブンブンとコレフに群がる蜂を手で追いながら、ミレーヌ(志津)がぼやくのが聴こえた。

「しかたないさ。こんな平和な青空の下で、美しい景色のところにいるんだ」

「それもそうね、モナムール」

ミレーヌ(志津)が、近寄ってチュッと口づけをした。


「オレたちも、子どもがお腹を空かしてもどって来るまで昼寝でもしようよ」

「私は今は眠くないから、ちょっと子どものところに行って見るわ」

「そうか。じゃあ オレは 少し 寝るよ。 なんだか... 急に 眠く なって きた...」

そう言いながら、蓮之輔(ローラン)は大きく口を開け両腕を伸ばして欠伸をした。


「ゆっくり休んで、愛しい蓮之輔(ローラン)

草の上に気持ちよさそうに横になった蓮之輔(ローラン)の頬をやさしくなでるミレーヌ(志津)

微風に揺れるシャタン・クレール(明るい栗色)の髪、そして深い湖のようなヴェール()の瞳。 


「愛しているわ。モナムール」

チュッと額にベーゼをして立ち上がる。


「フラーン、ウーゴ!」

爽やかな香りを残して草原の中を軽く走って行くミレーヌ(志津)


 そして―


蓮之輔(ローラン)は、永久の眠りについた...


 ............ 

 ............ 

 ............ 


 蓮之輔は、()()()()“夢の中で見たこと”を冷静に反芻していた。


 前世で起こったを―


“そうか... あの時、俺がエルサレム王国でシービユ女王を殺していたら... 

夢の中の“声”の云った通りのことをしていたら... 

エルサレム王国は、滅びることなく続いていたのかも知れない。


 そうしていれば、俺は妻のミレーヌと娘のマリー=フランソワーズ、息子のウーゴと仕合せに暮らせていたかも知れないんだ。

 マリー=フランソワーズが大きくなり、誰か男前の若者と結婚し、ウーゴも立派な若者に育ち誰か美しい娘を妻にして、それぞれ可愛い孫を産んでくれ、蓮之輔(ローラン)ミレーヌ(志津)は孫たちの成長を楽しみに見ながら仕合せな一生を終えれたのだろう。


 そうなっていれば... 

ミレーヌ(志津)は、独り寂しく寡婦(かふ)として余生を過ごすこともなかったのだ。

“では、俺が今世で志津に出逢い、おたがいに一目惚れをしたのも偶然ではなかったのだ。

俺と志津は、あの時代でも夫婦だったのだ... 


では、アリックスは... 

八依(やえ)か!” 

アリックスの顔と重なって、八依の白い顔が目に浮かんだ。


正雪先生の道場で、八依と巡り合ったのも偶然ではなかったのだ。

ウマ(右馬)はヴァランタン従叔父(いとこおじ)で、八依はアリックスの生まれ変わりなのか!

ミレーヌ同様にローランを深く愛してくれたアリックス...

そして常に蓮之輔(ローラン)を支えてくれたヴァランタン伯父(右馬之丞)。 


仏蘭西で、耶路撒冷(エルサレム)で、蓮之輔(ローラン)とともに生き、支え、

いっしょに暮らし、愛し合った者たちが

今ふたたび此処に集まって来ているのだ。



(... 蓮之輔、いえ、ローラン...)


ローランであった時に聞いたあの“声”がまた響いて来た。


(由井正雪の世直しは成功させなければなりません。どんなことがあっても)


「どんなことがあっても?」


(幕府も必死になって探索をしています。すでに数人捕らえられています)


「えっ?誰が捕えられたのですか?」


(それは、今はそれほど重要ではありません。要は、あなたたちが策通りに動き、幕府を転覆し、新しい征夷大将軍を立てることです)


「あ、新しい征夷大将軍!?)


「それは... 将軍・徳川家綱さまを亡き者にし、新しい将軍さまを立てると云うことか?」


(今の幕府では、世の中は変わりません)


「そ、それはそうだが...」


(今、あなたたちが、しっかりと動かないと由井正雪の策は露見して、関係者はみんな捕縛・処刑されてしまいます。薩摩藩も紀州藩も安芸国広島藩もすべてお取り潰しに遭い、藩主は切腹となります。そして正雪の策に加担した者もその家族も親族も... すべて極刑を受けるでしょう。)



志津と八依、友人の右馬之丞(うまのじょう)栞代(かよ)の顔が目に浮かんだ。

そして、由井正雪の端正な顔と内藤小兵衛、那珂(なか)小右衞門(こうえもん)たちの顔も次々に目に浮かんだ。兄で柚良(ゆら)|家の当主である蓮太郎と(あによめ)の玲、父・宗太郎と母・の律、志津の両親である伊桐(いとう)悠左衛門と塁などの顔も浮かぶ。


そして、今も脳裏に刻まれている、鈴ヶ森刑場で見た、見せしめのために晒首(さらしくび)にされていた罪人たちの頭を。志津が、八依が、右馬之丞(うまのじょう)栞代(かよ)が処刑され、梟首(きょうしゅ)されるなど耐えられない。


「そんなのは嫌だっ!」

大声で叫んでガバっと布団から跳ね起きた。

全身にびっしょりと汗をかいていた。


「旦那さまっ、どうされたのですか?」

横で寝ていた志津が慌てて起きた。



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