第14章 彩葉
十日後(三月十七日)―
暮れ六つ過ぎ。
源次郎はふたたび辰蔵の見世にやって来た。
もちろん、彩葉の水揚げをするためだ。
源次郎は、辰蔵の計らいで奥の座敷にいた。
奥の家は辰蔵家族の住まいで客用ではない。だが、辰蔵も芳も源次郎を普通の客と見てなかった。
それ以上に、百両という大金を水揚げ料として払った源次郎を、隣室で三分遊女と戯れている客の声が聴こえる二階の部屋に通すのも憚られた。
そこで自分たちの部屋を提供することにしたのだ。
奥の家は、床の間、座敷、居間、湯殿などがあり、出入りは裏木戸からもできるようになっており、源次郎も今日は人目につかないように裏木戸から入っていた。
彩葉は、美しく着飾っていた。
太夫ほど豪華な衣装も家が一軒買えると言われるほど高価な装飾品も頭につけてないが、それ相応の衣装と装飾品をつけた彩葉は、とても美しかった。
芳が手配した酒膳が女たちによって運ばれてくる。
「それでは、ごゆるりと」
両手をついて頭を下げると、芳は襖を閉めて去って行った。
源次郎が彩葉と過ごす間、芳は表の見世を采配し、辰蔵は蔵を改築して茶室にした離れにいるらしい。彩葉の水揚げに大枚をはたいた源次郎が、気兼ねなく楽しめるようにとの心配りだ。
部屋にはすでに寝具が敷かれており、枕元には水差しと懐紙が入った漆塗りの箱が置いてあり、火鉢が置かれた部屋は暖かかった。
「旦那さま、どうぞ」
彩葉が、徳利を持って酒を勧める。
粘り気があり、甘く味の濃い丹波の寒酒は、源次郎が好きな蛸の桜煎や鰹の辛子味噌ともよく合う。
「彩葉、おめえ下野国小山の生まれらしいが、歳はいくつなんだ?」
「十九です、旦那さま」
「そうか。で、なんで、その年になってから遊女になろうって思ったんだ?」
通常、廓で働く遊女は、七、八歳くらいで禿として遊郭に入り、十四、五で振袖新造として水揚げをして客を取りはじめる。
二十歳近い年の新造はめずらしい。かと言ってまったくいないわけではなく、器量が良ければ少し年を喰っていても新造になれる。
「親もじさまもばさまも流行り病で死んでしまって、身寄りがなかったのを遠い親戚が不憫に思って、江戸で働くところを見つけてくれましたのです」
「なんだ、そりゃ?体よく売られたって訳か?」
「いえ。その親戚は十両で私を売って、うち八両はわたしに渡してくれましたのでとても恩を感じています。それに身寄りのないわたしは、一度お江戸を見てみたいという気持ちもありました」
江戸は、“花のお江戸”と言われるくらい、地方や田舎に住む者たちにとって憧れの町だ。
若い彩葉が、江戸を見たい、知りたいと思うのも無理ないことだった。
「そうか。まあ、辰蔵っつあんは怖い男だが漢気があるし、内儀さんはお前さんと同じ武家の出身で苦労した人だ。辛抱していれば、道も開けるってもんだ」
「はい。この見世で働けるようになって良かったと思っています。それに最初のお客さまが、源次郎さまなのも幸先の良いことだと喜んでおります」
居住まいを正して、彩葉は深く頭を下げた。
「いいってことよ。俺も若い女が好きだからな!」
そう言うと、源次郎は彩葉の白い手をとった。
柔らかく小さな手は少しふるえているようだった。
心は覚悟していたも、体は正直でこれから始まる事に慄いているのだろう。
源次郎が裏木戸から入った時に、辰蔵は挨拶をしたあとで
「若旦那。彩葉は新鉢ですんで、やさしくしてやってくだせえ」
と低い声で言っていた。
「お前さんも少し飲みな」
源次郎が彩葉にも勧める。
「はい。いただきます」
こくんこくんと白い喉を動かせて酒を飲む。
それを見ながら、源次郎は盃の酒を口にふくんだまま、彩葉の白い手を引き寄せ、自分の膝に彩葉の上半身を横たえた。
「旦那さま!」
少しおどろいた目で彩葉が見る。
その紅い口に自分の口を合わせると口移しで酒を飲ませた。
そのまま彩葉の口を吸う。
彩葉は、濃紺の地に鶴と松、亀と水の見事な刺繍がはいっている仕掛の下には、同じ鶴と松、亀と水の綺麗な刺繍が入った黄色地の掛下着を着ていた。
源次郎の手は躊躇なく掛下着の襟から中着の下へもぐりこみ、襦袢の下で高鳴っていた彩葉の胸に達した。
初めて男に触れられた乳房は、やわらかくしっとりとしていた。
だが、芯はまだ少し硬い感じだ。源次郎の指先は、胸の桜の実を弄る。
「あ あぅん...」
初めて感じる心地よさに、彩葉は思わず声を出した。
そして、自分の出したはしたない声で真っ赤になった。
源次郎は、仕掛を脱がし、俎帯を解いた。
掛下着を脱がせ、中着、襦袢と剝いで行った。
彩葉の両足の下に片腕をいれ、もう片腕を脇の下にいれて抱き上げる。
そして、寝具の上に寝かせると緋色の湯文字を解いた。
白く無垢な体がそこにあった。
男をまだ知らない若い躰が。
誰も触れたことのない、白い胸、薄い陰。
源次郎は、強く唆られるのを感じた。
彩葉は目を瞑っていた。
おそらく、恥ずかしくて堪らないのであろう。
横にすると、彩葉の胸が思っていた以上に大きいのに目を瞠った。
襟元から手を入れて触った時に、少々鳩胸だと思ってはいたが、
こうして仰向けになっているのを見ると、二つのこんもりとした山そのものだ。
「江戸の二ッ森山だな!」
「え?」
“これから何が行われるかは、内儀さんや先輩遊女たちに一応教えられてはいて、覚悟は決めていたが、突然、源次郎が突拍子もないことを言ったのでびっくりして目を開けた。
「いや、出羽国にな、お前さんの胸そっくりの形の山があるんだよ」
「わたしの胸そっくり?」
思わずつられて訊き返してしまった。
「ああ。二ッ森山と言ってな。でっけえ二つの山で、おっぱい山って呼ばれているんだ」
「えっ、おっぱい山?」
そう言って、源次郎が“でっけえ山”と言ったを自分は鳩胸だと言外に行っているのだと気づき、赤くなって思わず手で胸をかくしてしまった。
「おっと、せっかくのきれいな胸、隠しちゃいけねえよ!」
「きれいな胸...」
彩葉は、源次郎の言葉におどろいた。
ほとんどの男は鳩胸の女を好まなかった。
彩葉を買った女衒も、彼女を買ったあとで泊まった旅籠で、留女に駄賃を払って彩葉を風呂で洗わせ、部屋にもどってから着物を脱がせて品定めをした時に
「ちぇっ、鳩胸か!」と残念そうに言ったのを今でも鮮明に覚えている。
鳩胸と言われたのも恥ずかしかったが、母親意外には見せたことのない体を他人に見せたのが死ぬほど恥ずかしかったのだ。
源次郎は、そっと彩葉の手を胸からどけた。
そして慣れた手つきで触りはじめた。
彩葉は、先ほど感じた心地よさをまた感じはじめた。
「あ あぅん...」
自分で触っても揉んでも何とも感じないのに、男に触られているからか、それとも美丈夫である源次郎に触られているからかわからないが
「あぅん あぅん...」
彩葉の口からは、声が漏れ続けていた。
はしたない声だとは、わかっているが、自分でもどうしようもないのだ。
“初めて抱かれる人が、源次郎さまで良かった…”
そう思うと、ますます心地よさが増し、布団をしっかりと握りしめ、たとえようのない心地よさに浸っていた。
源次郎は、彩葉の胸をさすり、桜の実をつまむ。
源次郎の手は分厚く、少しざらついた感じの手の平で触られるのは心地よかった。
桜の実を弄られるとぴりっと強い心地よさを感じ、ひときわ弾んだ声が口から漏れる。
口を吸われ、胸を揉まれ、散々体を触られ、
弄られ、彩葉の息は荒くなった。
そして身体がどうしようもないほど火照って来た。
恥ずかしいことだが、早くして欲しかった。
十五歳で初めて月水があった時、彩葉は母に“男女の目合い”を教えられた。
「おめもこれでおぼご産めるようなった。この先、嫁いだら立派な跡継ぎ産まんなね。そのだめには、夫どなる男ど寝床でするごどを一応覚えでいなげればならね」
母親はそう言って、嫁ぐときに母(彩葉の祖母)から持たされたという秘画を見せた。
秘画に描かれている巨大な男の陽物を見て、彩葉は仰天した。
彩葉が男の其れを見たのは、彩葉が通っていた寺小屋で、町民の男の子たちがお寺の庭の木の根っこに小便をしているのを見た時くらいだった。
だが、その秘画には、男の子たちのミミズみたいな物とは比較しようもない、想像を絶するような巨大な陽物が、生々しく女の秘所に入れられている絵が描いてあったのだ。
彩葉は、驚きのあまりしばし言葉も出なかった。
そして其れが自分の彼処に入れられているのをなぜか想像した。そのような恥ずかしいことを考えた自分がとても恥ずかしく感じたのを覚えていた。
母親は、そんな彩葉を秘画を見て恥ずかしがっていると思って
「彩葉、そげん心配せんでもええ。こげん大きいのは絵だけだで」
と経験のある女らしく笑みを浮かべた。
もし、その時、母親が彩葉の考えていたことを知ったら、恐らく彩葉以上に仰天していたことだろう。
秘画
源次郎は素早く着物を脱いだ。
朝晩の素振りで鍛えた逞しい体が現れた。
源次郎が下帯を外すと、秘画でしか見たことのない物がそこにあった。
秘画の男たちのほど仰々しいものではなかったが、それでも源次郎のはかなり立派なものだった。
裸になった源次郎は、彩葉の白い足を開かせるとその間に頭を入れた。
「!」
秘画で見たことはあったが、実際にされるとは思わなかった彩葉は驚いた。
それから、源次郎が彩葉にしたことは...
彩葉の想像もつかなかったことだった。
秘画で見たこと、そして想い描いていたこととは、月とすっぽんの違いだった。
.........
.........
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一刻ほど後、彩葉は無事、水揚げを終えることができた。
布団の上には、彩葉が生娘であった証拠が残っていた。
彩葉は、たった今さっきまで激しく目合っていた疲れからか、寝入ってしまっていた。
源次郎は湯殿に行って湯を浴び、着物を着ると茶室へ向かった。
茶室は蔵を改築したもので、辰蔵はそこで帳簿を見ていた。
湯殿は近いので、源次郎が湯を浴びていたことは知ってはいただろう。
茶室に入って来た現像に座布団を勧めると、辰蔵は禿にお茶を淹れて持って来させた。
「彩葉は、上玉。いや絶品だったぜ、辰っつあん」
源次郎は、美味しそうにお茶を啜りると上機嫌で言った。
「そりゃあ良うございました!」
吉原の大見世でもない辰蔵の見世の新造の水揚げに百両もの大金を払ってくれた源次郎が、彩葉を絶品と賞賛してくれたので思わず笑顔になった。
「で、これは、俺の気持ちとして取っておいてもらいてえ」
そう言うと、懐から紙入れを出すと、懐紙に包んだ金を二つ出して辰蔵の前に置いた。
「若旦那、そりゃいけませんや!水揚げ代は、すでに頂いておりやす」
「いや、そう言わずに。彩葉のような上玉の女を提供してくれた辰っつあんと内儀さんへの礼と彩葉への心付けだと思ってくれ」
紙包の一つは、厚さから見て三十両はあるだろう。
もう一つは五両ほどか。いずれにしても、水揚げ料としてすでに百両を払ってもらっている。
その上三十両も払うというのは、辰蔵はさすがに度を越していると思った。
見世だろうが、香具師だろうが、商売である以上、儲からなければならない。
しかし、欲を出して儲け過ぎようとしたら駄目だ。商売を長続きできなくなる。
なので程々に儲かるのが、商売を長続きさせる秘訣なのだ。
「辰っつあん。... 自腹を切ってくれなんて、お奉行も俺も言ってないぜ?」
さすがに与力だけあって、源次郎は辰蔵が岡っ引きたちに奉行が調達した金を分けたことを知っていた。
そして、みんながそれぞれ公平に二十両と言うかなりの金を手にできるように、辰蔵が自腹を切って- ちょうど三十両- 配ったと言うことを。
財布代わりに使用された紙入れ
そこに源次郎が終わったらしいと知らされたらしい芳がやって来た。
「仁科さま。彩葉のこと、首尾良く水揚げをしていただき、お礼を申し上げます」
丁寧に両手をついて礼を言った。
そして、夫の辰蔵の前に懐紙に包まれた金があるのを見て全てを察した。
「仁科さま、それは...」
“お仕舞ください”、または“不要でございます”と続けようとしたのだろうが、湯呑を置いた源次郎が手を上げてそれを制止した。
「いや、お内儀さん。たった今、辰っつあんにも話したばかりだ。これは受け取ってもらわなけりゃあなんねえ」
「誠にかたじけのうございます」
有無を言わせない源次郎の口調に芳は深く頭を下げた。
「もう隠居している辰っつあんに腰を上げてもらうんだ。俺は本当にすまねえと思っている」
「滅相もごぜえません」
辰蔵も深く頭を下げた。
裏木戸から出る時に、源次郎は見送りに来た辰蔵と芳を見た。
「彩葉は気にいった。またちょくちょく逢いに来るぜ!」
そう言って、機嫌よく出て行った。
〽逢ふて立つ名が名のうちかぁ 逢はで立つこそ立つ名なれぇ
思ひ出すとは忘るる故よぉ 思ひ出さぬよ忘れねば
秋は夜長し訪ふ人もなし…
源次郎が口ずさむ弄斎節が宵闇の中から聴こえて来た。
頭を下げたまま見送っていた辰蔵と芳は、どちらからともなく顔を見合わせ微笑んだ。
* 掛下着は、仕掛(打掛)の下に着る振袖です。




