第5章 小春月
慶安三年 神無月八日。
大安吉日のこの日、蓮之輔は志津と祝言を挙げた。
古来よりの仕来りに則って、昼九ツに蓮之輔が婿入して、伊桐悠左衛門、義母の塁、嗣子の銀太郎に会った。引き出物をとして後藤廉乗作の装剣金工と縁起物である高砂人形を贈り、その後盃を交わし、九ツ半のち暇した。
夕七ツ半になると、志津が伊桐家の門を出た。
いよいよ新居へ嫁として引っ越すのだ。用人に先導されて、徒士二名、挟箱、打ち物(長刀)、乗物の脇に侍二名、合羽籠一つ、それに槍持・挟み箱・侍・草履取りの四人が供をする。
婚礼の供立行列は婿側の身分・禄高に相応するのが通常であり、新婦の家の格式の方が低ければ、員数はそちらの格に合わせる。軍役で侍が二名になるのは四百石取りからで、徒士も侍と見なすと四名で七百石取り格となるので、わずか二百石取りの伊桐家の禄を遥かに超えた立派な供立行列と言える。
悠左衛門や塁が内職で頑張っただけあった。
柚良家も八百石とそれほど多くないので、少なくとも家禄基準で考えれば、格上の花嫁の供揃だったと言えよう。それもこれも、すべて志津の義父である伊桐悠左衛門と義母の塁の志津を思う心からだった。
夜になって花嫁一行は長屋に到着した。
長屋では、門火で花嫁を迎え、それから新居となった四部屋の家で延々と夜中過ぎまで祝宴が続いた。そして翌日は、靈瞑新道流師範の龍野無念斉以下、道場の高弟たちや同僚、右馬之丞や神峰小太郎、保利田権左衛門たちが大挙して押し寄せ、明け方近くまで飲んで騒いだ。
そして婚礼から三日目は、三ツ目の祝儀のため、用人を使者として皆子餅と干鯛を柚良家(本家である蓮太郎の屋敷)へ贈り、柚良家からも同様に祝儀の品が廉太郎に送られて来た。同日、仲人を訪問し、婚姻済の挨拶をして鰹節一連贈った。
四日目は昼九ツに柚良蓮太郎と玲を訪問し、午後からは親戚一同が集まって婚礼の祝儀となった。翌五日は志津の初めての里帰りで、悠左衛門と塁に挨拶をし、それから集まっていた親戚一同とともにまた祝儀となった。
こんな具合で、祝言を挙げてから一週間は、お礼、訪問、贈り物、祝儀とキリキリ舞いするような忙しさで、蓮之輔は志津と新婚夫婦らしい生活が実際に始まったのは十日ほどしてからだった。
式三献
「那珂殿からの命がない限り、武術の鍛錬は続けて頂きたい」
との内藤小兵衛の言葉にしたがって、蓮之輔は靈瞑新道流の道場に毎日通っていた。
祝言を挙げるので、龍野無念斉に言って十日間の暇をもらっていたので、十日振りの道場通いとなった。
道場では、師範の龍野無念斉や先輩の高弟たちから祝いの言葉をもらったが、道場の仲間たちからは新婚なので散々冷やかされた。
夕方まで師範代補として道場で弟子たちを指導したり、高弟たちと試合をしたりし、夕七つになると、赤坂の紀州藩中屋敷内にある新居-長屋-に帰って来た。
夕餉
蓮之輔は帰りにいつも湯屋に寄って汗を流して来るので、帰宅してからは夕餉をとるだけだ。
志津は、右馬之丞の妻の栞代といっしょに毎日朝湯に行っている。
蓮之輔は、男の多い夕方に志津が湯屋に行くのは嫌だった。いくら浴槽の中は顔も見えないほど暗いと言っても、流し板の場所や脱衣をする板間は明るい。
そんなところで、若く美しい妻の躰を助兵衛な男どもの目に晒したくなかったのだ。
右馬之丞に話したところ、彼も同意し-実際のところは、蓮之輔が言うまで右馬之丞は気がつかなかったのだが- 以来、志津と栞代は、蓮之輔と右馬之丞が、朝家を出た後にそろって湯屋に行くようになっていた。
「旦那さま、お帰りなさいませ」
障子戸を開けて家に入ると、志津が急いで来て、玄関の上り口に両手をついて迎えてくれた。
志津と所帯を持つようになって以来、毎朝出かける時は玄関まで来て送り出してくれ、帰ってくるとこうして迎えてくれる。志津は母親から教えられた“妻として当然なこと”をしているのだが、蓮之輔にとっては新鮮な感動だった。
蓮之輔は腰から大刀と脇差を外して志津に渡すと上り框に腰かけて鞋を脱ぐ。
「今日は、生きの良い鯵を売りに来ましたので、二匹買いしましたの。栞代さんは三匹買われて、たった今まで七輪で焼いていましたのよ」
刀掛けに刀を置きながら、志津が浮き浮きした声で言う。
「ああ、ウマさんは、大飯食らいだからな」
板の間に座りながら、右馬之丞がうまそうな顔をして鯵を食べている姿を想像した。
志津がお膳をもって来た。膳の上には、ご飯、味噌汁、漬物、そして志津と栞代が煙と戦いながら焼いたであろう旨そうな鯵の塩焼きが乗っていた。
「ほう、うまそうだな!」
「大根も一本買って、栞代さんと半分こしましたの」
「焼き魚に大根おろしは合うからな」
「明日は大根の味噌炊きにしますわ」
「うまい!」「うまい!」
と連発しながら旺盛に飯を食べる蓮之輔。
そんな蓮之輔をうれしそうに見ながらご飯を食べる志津。
「今日は髪が一段と美しいな?それに匂いもとてもいい!」
志津は、今日は祝言を挙げてから初めての床入りとなるので、髪結いを呼んで髪を整え、鬢付け油を着け、朝湯に行ったにも関わらず、蓮之輔が帰ってくる前にまた身体を水で清めて準備をしていた。着ている小袖も、今日は普段は着ない余所行き用の小綺麗な小袖だ。
志津はお膳を片付けたあと、横に来てお茶を湯呑に注いでいた。
蓮之輔の誉め言葉を聞くと真っ赤になった。
湯呑のお茶を半分飲むと、蓮之輔は志津の手を引っ張った。
志津が蓮之輔の方に倒れかかるのを腕を握って止めると―
胴に手を回して、さらに引き寄せた。
「旦那さま...」
そっと見上げる志津。
顔が見る見る赤くなる。
蓮之輔は、その愛らしい口を吸った。
「ふむむ...」
これから起こることへの期待から、蓮之輔さまの口吸いに過度とも言えるほど反応してしまう志津だった。
山茶花の立花
伊桐家に正式に志津との縁談を云納してから祝言を挙げるまでの三ヶ月の間、蓮之輔と志津は逢引を重ねた。武家の娘- 伊桐家は貧乏旗本でも武家なのだ- が逢引をするなど常識から言えば考えられないことだが、蓮之輔はそんなことを気にしなかったし、瀟灑な彼に一目惚れをした志津にとっては、毎回心が弾むような楽しい逢引だった。
当然ながら、逢引では志津は毎回口を吸われ、胸を揉まれた。
深川八幡祭りを見に行った帰りの逢引では、境内社の中の暗がりで、恥ずかしいことに小袖の前を広げられ、襦袢をはだけられ、乙女の肌を露わにされた。
さらにそれだけでは終わらず、蓮之輔は湯文字の中に手を入れ、もっとも恥ずかしいところに触わられた。
志津は恥ずかしくて死にそうだった。
しかし、蓮之輔とは祝言を挙げて夫婦になるのだ。
将来夫となる男が求めるのなら、操を捧げることも志津は厭わないつもりだった。
だが、蓮之輔はそれ以上は何もしなかった。
“操を捧げる”と覚悟までしていた志津は、何だか拍子抜けした気がしたが、
同時に安堵したのも正直な気持ちだった。
- ∞ -
新居となった紀州藩中屋敷の裏手にある長屋。
その中の一軒の家の板の間で、蓮之輔は志津の胸を揉んでいた。
シュッシュッと音をさせて帯が解かれ、小袖が脱がされた。
襦袢が開かれ、雪のように白い胸が露わになった。
志津は恥ずかしさと同時に、これから始まるであろう事への期待で胸がドキドキとして痛んだ。
蓮之輔は湯文字一枚になった志津を抱え上げると、寝室に入った。
そこにはすでに寝具が敷かれており、枕元には水差しと桐箱が置かれていた。
部屋の隅には志津が活けたのだろう、山茶花の立花が活けられていた。
桐箱は、志津が嫁いだ時に持参したもので、お針箱として使っているのを見たことがあるが、なぜ、床入りの寝具のそばにあるのか、蓮之輔にはわからなかった。
“秘画でも入れているのか?”と思ったが、それなら寝室に持ちこむ必要はない。
蓮之輔は志津を布団の上に寝かせると湯文字を解いた。
無垢な穢れのない雪のような白い志津の躰がそこにあった。
両の胸は冬の雲取山の如く白く高く
徳利の括れの如くきゅっと締まった腰
鹿のようなすらりとした手足
白絹のような滑らかな腹
脚の間の黒々とした繁み
朱色の湯文字が腰から下に開かれ敷かれており、
志津が女であることを強調しているかのようだった。
蓮之輔が、志津の美しい躰を眺めていると―
何もされないので奇妙に思った志津は目をそっと開けた。
そして、隆々しくなっている蓮之輔の物が目に入り、吃驚したのと恥ずかしさで慌てて目を閉じてしまった。
初めて見る男の物...
“蓮之輔さまの“アレ”が、私の中に...”
胸がどきどきした。
アレが入る時は痛いのかしら…
と考えていると口を吸われた。
そして胸を優しく揉まれ、桜の実を抓ままれた。
「あぅう...」
また思わず口から声が漏れ、恥ずかしくなった。
蓮之輔の舌は志津のアゴの輪郭をたどり、耳にまで行くと
舌の穴を舐められた。
志津はゾクゾクっと感じた。
「ひっ!」
驚いて声が出るほど、気持ちよさが耳から足の指の先まで痺れるように走った。
蓮之輔の手は下がり、茂みに包まれた水蜜桃にまで達した。
志津自身、風呂に入った時にさっと洗う以外、触れることもない恥ずかしい処をさわられていた。
強弱を交えた蓮之輔の巧妙な手つきに、今まで知らなかった志津の中にあった火山が鳴動を始めた。
休火山の火口にまで上昇した岩漿が、火口でぶつぶつと沸騰を始め、地鳴りが始まった。
志津はもはや別のイキモノになった如く、声を上げ続け、躰は鳴動し始めていた。
口・胸・彼処―
蓮之輔は容赦なく、休火山を責め続けた。
鳴動は最高潮になり... 突如、火山は噴火した。
岩漿が火口から噴出し、爆発を起こした。
.........
.........
噴火が収まり、余震が静まった時、志津は自分が武士の娘としてあるまじき下品な声を上げ、はしたない動きをしたことを思い出し、顔から火が出るほど恥ずかしかった。
息が静まるのを待って、志津はそっと蓮之輔を見て小さな声で言った。
「旦那さま、はしたない声を出して申訳ございません...」
「何も謝ることはないぜ。気持ちよかったんだろう?」
「え?」
「女はな、こういう時に気持ちよかったら声を出しちまうんだよ」
「!」
「だから、ちっとも恥ずかしがることは、ねえってことさ!」
「でも、とても恥ずかしいです... ふぎゅっ!」
最後まで言わせずに、蓮之輔は口を吸った。
そして、目覚めた火山はふたたび掻き乱された。
蓮之輔が、“女は目合いの時、気持ちよかったら声を出す”と言ったので、遠慮しながらも声を出していた。
いや、最初のうちは“はしたな過ぎないように”控えていたつもりだったが―
産みの母以上に志津をかわいがって育ててくれた義母が、志津が嫁ぐ時に一枚だけ持たせてくれた秘画に描かれていたことと同じようような事を蓮之輔がした時、武士の娘、いや妻としての節度は、どこかへ飛んで行ってしまった。
目覚めた火山の中でふたたび始まった鳴動は、想像もしないほど激しいものだった。
火山の鳴動は次第に激しくなり、噴煙が火口から噴き出続ける。
そして―
大噴火が起こった。
地面が大きく揺れ、大爆発が起こった。
鳴動は続き、 毘沙門天を抱きしめ、思いっきりその背に爪を立てていた。
その夜、志津は十回以上“噴火”した。
翌朝―
志津はいつもの週間で蓮之輔より先に目を覚ました。
だが、昨夜の激しい火山活動を思い出し、顔を赤くしながら、ずーっと蓮之輔の寝顔を見ていた。
蓮之輔が目を覚ますと慌てて目を反らし、朝餉の用意をするために起き上がろうとしが、蓮之輔に手を掴まれて布団の上に倒れた。
「旦那さま? ふぎゅっ!」
朝飯前ならぬ、朝餉前の目合いとなってしまった。
しかし、朝から新妻の柔肌を楽しめるというのは、蓮之輔にとっても妻を娶る前には想像もできなかった楽しみだった。
終わったあとで、志津はあの桐箱から浅草紙を出して蓮之輔に渡してくれた。
志津は自分にも浅草紙を取り、後ろを向いて股を拭いた。
志津が水差しといっしょに枕元に置いた桐箱は、昼間はお針箱として使い、夜は浅草紙入れとして使うのだとその時蓮之輔は知った。
さすがに昨晩の今朝で、腰が少しおかしくなったので、右馬之丞に頼んで道場を休むことを龍野師範に伝えてもらい、志津と“蜜月”の朝を楽しむことにした。
朝からしっぽりとまた睦あった後で、志津はすぐに着物を着て、襷をかけ、前垂れを付けるといそいそと朝餉の用意を始めた。台所の方から包丁で何かを刻む音と小歌が聴こえて来た。それを聴きながら、蓮之輔は寝入ってしまった。
箱枕
* 婿入 朝婿入=婚礼当日の朝、新郎が初めて新婦宅を訪れること。江戸時代初期はこのような風習がまだあった。
* 当時の婚礼については、『旗本子女の婚姻について』(西沢淳男)を参考にさせていただきました。




