第2章 ヴァランタン
主の年1177年8月12日金曜日。
ヴィレ・ドゥ・エルサレム 午後3時過ぎ-
エルサレムの騎士団本部で、今日の戦いの戦果報告と反省会を兼ねた会合が終わったあとで、聖墳墓神殿で到着したばかりの巡礼団とともにミサに参加した。
司祭はエラクリウス・ドゥ・オーヴェルニュ大司教だ。騎士たちは、今日の戦いで無事だったことを神に感謝し祈った。巡礼たちは、聖地への途上で亡くなり、天国に召された家族や親戚・知人のために祈り、そして生きて“神の子・イエスさまの死と復活・昇天の地”である聖地へ辿りつくことが出来たことへの感謝の祈りを捧げた。
巡礼たちの中には、感動のあまり、祈りに唱和出来ずにすすり泣きだす者もいた。キリスト教徒にとって、聖地への巡礼は、それほど重要なことなのだ。
ミサが終わると、ローランはヴァランタンと並んで教会を出た。
「レイ、今日もがんばったな!」
ヴァランタンが、大きな手でローランの肩を叩く。
ヴァランタンはローランの従叔父だ。
ローランより12歳年上のヴァランタンはローランより背が高く、がっしりした体格をしている。
彼はテンプル騎士団創立者の一人、アンドレ・ドゥ・モンバールの孫になる。
そのこともあって、ヴァランタンはテンプル騎士団の中でもとても尊敬され、テンプル騎士団総長のオドー・ド・サンタマンからも絶大な信頼をされていた。
レンランド・ドゥ・ディジョンは、1156年3月21日に、フランス東部のディジョンで生まれた。
デイジョンはモンバールの南東に位置するヴィレで、ローランの祖父はアンドレ・ドゥ・モンバールの弟のガエタン・ドゥ・ディジョンだ。したがって、アンドレ・モンバールはローランの伯祖父になる。
当時の貴族の例にもれず、レンランド の祖父のガエタンは、兄のアンドレが家督を継いだあとで神職に就き、ディジョンの町の司教となった。
ローランは、祖父ガエタンの後を継いで司教となった父バンジャミンの長男として生まれた。
しかしローランは父の後を継いで司教になる気持ちはまったくなかった。
小さい頃より武術が好きで、しょっちゅう本家のヴァランタン伯父のところに行き、彼から剣の使い方や戦い方を習った。
それも司教の息子なので、両親はしっかり教育を受けさせ、とくに父親のバンジャミンは、「剣ばかりふり回しておってはバカになる。本を読め!」と言って、毎日本を読ませた。
ローランが17歳になった時、ヴァランタンは聖地を異教徒から守るためにエルサレムへ行くことを決意し、妻と子供たちを残してモンバールを後にした。
ローランがヴァランタンといっしょに旅立たなかったのは、一つには彼がまだ未成年だったからだ。
そして、もう一つの理由が- それは、彼にはペチタミがいたからだ。
-∞-
「レイ、お前は筋がいい。どうせ親父の跡を継ぐ気はないんだろうから、騎士になれ!」
剣の稽古で、8歳になったローランが持つ0.40トワーズほどの木剣の打ちこみを片手で軽々と木剣で払いながらヴァランタンは言った。言った。
「いいか、レイ。騎士はな、マーリアは、剣では切れん。力強い騎士なら腕や肩の骨など折ることができるが致命傷にはならん!」
ガツン!ガツン!
10歳になり、身長も0.74トワーズになったローランが打ちこむ木剣を半分真剣に受けながらヴァランタンは言った。
「敵を殺すには、敵の攻撃力を奪い」
ガツン!
ひときわ強い一撃でローランの木剣はふっ飛んだ。
ヴァランタンの木剣の切っ先は、ローランの喉に突きつけられていた。
腕は衝撃でビリビリしている。
「だがな、騎士はコイフで頭から胸元まで覆っている!」
あっという間もなく、ローランはヴァランタンに足を掛けられて、地面に転がされた。
「だからな、クトーで目を突く!」
ヴァランタンの太い指が自分の目を突き刺すと思って、ローランは目を閉じてしまった。
「目を突いてめくらにするんですね!」
「片目を突いただけでは、もう片目が残っている。脳ミソを差すんだ!」
「!...」
「それか...、ここだ!」
思いっきり左腕に脇の下を太い指で突かれた。
「痛っ!」
「何でここを突いたかわかるか?」
「心臓?」
「その通りだ。マイユの弱点は脇の下だということを忘れるな!」
「うん。覚えておくよ!」
次の訓練の時、ヴァランタンはマイユを持って来てローランにつけさせた。
ローランは14歳になり、身長も0.93トワーズに伸び、ふつうの大人並みの高さになっていた。だが、0.97クゥデーの身長があるヴァランタンよりまだ低い。
「それにしても、本当に重いな!」
「ワッハッハッハ!マイユをつけても、軽々と動けるように筋肉をつけないと、そんなにフラフラじゃ敵にすぐ殺されてしまうぞ?」
ヴァランタンは、ローランにマイユをつけさせて戦い方を教えていた。
「それにエルサレムはクソ熱いところだ。体力の消費も激しい。これが終わったら、おまえのモナムールがいるアユイ村まで走って往復しろ!」
「ええっ?そりゃいいけど...」
思わず、ミレーヌの顔を思い浮かべて頬がゆるむ。
コイフを脱ごうとしたら、ヴァランタンがギロリと見て言った。
「何をやっているんだ?」
「何って、マーリアを脱ごうと...「
「コイフとマーリアをつけたまま往復するんだ!」
「オオ、モン・ジュー!」
結局、20キロある重いマーリアをつけたまま、513トワーズ以上離れたサン=ルミー村まで走って行くことになった。
*【クゥデー】(キュビットとも言う)は52.5センチ。
*【トワーズ】 当時のフランスの距離の単位で約195センチ。