第17章 リタニ川の戦い 後編
“テンプル騎士は敵を羊の群れと見て突撃する”
(Templars charge their adversaries as though they consider enemies to be sheep)
この言葉ほど、テンプル騎士の攻撃の恐ろしさをうまく表現した言葉はないだろう。
テンプル騎士は、岩のように崩れない楔形の隊形で突撃するという恐ろしい戦術を使う。
密集隊形で馬に乗り、矢も剣も傷つけることのできないマイユを装備した騎士が、4メートルもある鋭いランスを向け驀進して来るのだ。迎え撃つ-迎え撃つことが出来ればだが- 敵にとって、これほど恐ろしいことはないだろう。
「彼らは敵が野蛮人であっても、バーバリアンの軍隊であっても、決して怯むことはなかったし、恐れもしなかった」とクレルヴォーのベルナルドゥス(St Bernard of Clairvaux, 1090年 - 1153年8月20日)は書いている。上官の命令に絶対順守することが規定されているテンプル騎士団の規則では、テンプル騎士は許可なく戦闘中に傷のために戦線を離脱することできないとあった。
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主の年 1179年6月10日 昼過ぎ。
リタニ川のとある場所。
ヴィレ・ドゥ・エルサレムから北方に13万2千トワーズ離れたところにあるリタニ川の川岸で戦いは始まった。
「シュヴァリエス・タンピエー、アタッケ・フォルマーション!」
ウード・ドゥ・サン・アマン団長が、剣を抜き命令を下した。
「「「「「「「「「ウイ ムッシュ―!!」」」」」」」」」
テンプル騎士がザザザザーっとアタッケ・フォルマーションをとった。
「シュヴァリエス・タンピエー、アタ――ッケっ!」
ウード団長が、剣を敵の方向に向け号令した。
「「「「「「「「「ウイ ムッシュ―!!」」」」」」」」」
ドドドドドドドドド.........
ドドドドドドドドド.........
ドドドドドドドドド.........
近隣の村の略奪から戻って来たばかりのサラーフ・アッ=ディーン軍部隊、約千人ほどエジプト兵たち目がけてテンプル騎士団は丘の上から怒涛のように駆け下りた。
突如現れた、白地に赤の十字架を染めた旗を翻してテンプル騎士を見て、エジプト兵たちは驚愕した。
慌てふためくエジプト兵たちは応戦するどころではない。その真っただ中に砂塵を巻き上げてテンプル騎士隊が突撃した。
“(テンプル騎士は)一斉に拍車をかけ、左にも右にも向きを変えずに突撃した。
サラディンが指揮する多数の騎兵の大隊を見ると、彼らは巧みにそれに近づき、
すぐにそれ(サラディンの騎兵大隊)を突破した。
敵は間断なく打ち倒され、散り散りになって逃げ、攻撃され、踏みつぶされされた。
サラディンは、彼の将兵たちがバラバラになって逃げ惑っている見て打ちのめされた。
... あらゆる方向から(テンプル騎士の)剣が彼らに向けられていた。”
と年代史家のRalph of Diss (or Ralph de Diceto. 1120 – 1202)は記述しているように、テンプル騎士はまさしく無敵だった。( )は作者の注釈
エルサレム軍とサラディン軍の激戦が行われたリタニ川
くさび形隊形で鋭いランスを構えて突撃するテンプル騎士は無敵だ。
エジプト兵たちは、防衛体制をとるひまもなくテンプル騎士のランスの餌食となった。
初撃でランスを手放した騎士たちは、剣を手に逃げ惑う敵を追撃する。エジプト兵たちは、剣で切られ、蹄にかけられ、片っ端から倒されて行く。
「一人も残すな――っ!」
フォルマーションの先頭を走る指揮官の幹部 ギョームが叫ぶ。
ローランは、自慢の0.65トワーズもある長剣を振って、逃げるエジプト兵を切る。
ほかの騎士たちも、片っ端から切り殺し、馬の蹄にかけている。
テンプル騎士が通り抜けたところは、まさしくローラーが通ったあとのようだった。
初撃のランス攻撃でほぼ100パーセント目標の敵兵を倒し、ランスで致命傷をあたえなかったとしても馬の蹄で重傷をあたえるのだ。テンプル騎士が過ぎたあとは、エジプト兵の死体と重傷で呻く兵しか残ってなかった。
そのあとに、黒地に赤の十字架を染めたサーコートのテンプル騎士団のセルジャンが続き、それから十字軍騎士が雄叫びをあげて続き、運よく生き残った敵や、テンプル騎士の進路から逃れた雑魚をことごとく倒して行く。
30分もしないうちに勝敗は決した。
リタニ川の河辺は、いたるところエジプト兵の死骸だらけだった。
遅れて来た歩兵部隊が、エジプト兵のテントや死骸を探って金目になるものを探している。
これもいつもの風景だが、何度見ても浅ましく、嘆かわしい光景だ。
初戦で勝利したので、みんな浮かれていた。
エジプト軍やセルジューク軍たちの上級指揮官や司令官などは、財産を遠征に持って行く習慣がある。
司令官などは、妻や愛妾などまで伴って遠征するくらいだ。
どういうわけか、エジプト軍の野営地には女は見当たらなかったが、いくつかのテントの中に金銀や宝石類が見つかり、見つけた者は大喜びをし、まだ見つけてない十字軍の騎士たちや兵たちは、血眼になって片っ端からテントを探して回っていた。
自然とエルサレム軍は、戦いの後でそのあたりで休憩することになった。
テンプル騎士たちも馬から降り、従者が馬の傷の手当をしたり、蹄の具合を見たりしている。
エルサレム兵の死骸やテントから目ぼしい物を見つけた兵たちも、何も見つけることが出来なかった兵たちも、それぞれ河原に座りこんだり、川の水を飲んだりしている。
今日は、たぶん水辺のこの場所で野営することになるのかも知れない。
激しい戦いのあとで、それも大勝利であったこともあって、みんなゆっくりしていた。
突如、先ほどエルサレム軍がやって来たのと同じ方向から、鬨の声が響いた。
「アッラーフ・アクバ―――っ!」
「「「「「「「「「「アッラーフ・アクバ―――っ!」」」」」」」」」」
ドドドドドドドドドドドド.........
ドドドドドドドドドドドド.........
ドドドドドドドドドドドド.........
騎兵部隊を先頭に、津波のようにエジプト軍が、襲って来た。
先ほどとはまったく逆だった。しかも、エルサレム軍の兵力はエルサレム軍の比ではなかった。
エジプト騎兵は、エルサレム軍に近づくと一斉に持っていた槍を投げた。槍は正確に次々とエルサレム兵たちを貫く。
「ぎゃっ!」
「ゲッ!」
「うぎゃあ!」
悲鳴を上げて、次々と倒れるエルサレム兵。
別の方角から、今度はエジプト弓騎兵が現れた。
「アッラーフ・アクバ―――っ!」
「「「「「「「「「「アッラーフ・アクバ―――っ!」」」」」」」」」」
ドドドドドドドドドドドド.........
ドドドドドドドドドドドド.........
さらに別の方角からも、エジプト弓騎兵が現れた。
「アッラーフ・アクバ―――っ!」
「「「「「「「「「「アッラーフ・アクバ―――っ!」」」」」」」」」」
ドドドドドドドドドドドド.........
ドドドドドドドドドドドド.........
エジプト弓騎兵たちがもつ強力なアーク・コンポジティから、矢が雨のようにエルサレム兵たちの上に降る。しかも、彼らはエルサレム軍の周りを走り回りながら、矢を射かけるのだ。
エルサレム兵たちは、反撃するのも容易ではなく、身を隠す木や岩などもなく、バタバタと倒されて行く。
「シュヴァリエス・タンピエー、デファンスフォルマーション!」
ウード団長が、剣を抜き命令を下した。
「「「「「「「「「ウイ ムッシュ―!!」」」」」」」」」
テンプル騎士がザザザザーっと盾を構えてデファンスフォルマーションをとる。
もう、馬に乗っている時間はない。
それどころか、雨のように降る矢のため、すでに多くの馬が倒されているし、防御の弱い防具をつけている従者たちも多くが倒されたか、または逃げ回っており、どこにいるのか、まだ生きているのかもう死んでいるのかさえもわからない。とてもではないが、馬に乗ってアタッケ・フォルマーションをとるのを不可能だった。
雨のように降りそそぐ矢を盾で防いでいると、半月刀やメイスを持ったエジプト歩兵部隊が凄まじい鬨の声をあげてなだれ込んで来た。
彼らは、白装束を着たテンプル騎士たちを見ると、目の色を変えて攻撃して来た。
テンプル騎士は、彼らにとって鬼のように恐ろしい存在なのだ。それゆえ、鬼の首をとれば英雄と見なされ、サラーフ・アッ=ディーンから直々に褒賞をもらえるのだ。
「油断するなーっ、気を引き締めろーっ!」
「「「「「「「「「ウイ ムッシュ―!!」」」」」」」」」
そこへエジプト兵が叫び声を上げながら、メイスを、半月刀を振りかざして突進して来た。
ガッ!ゴッ!ガッ!
テンプル騎士が左手の盾で受けて、右手の剣で敵兵の顔を目がけて突き出す。
「ギャアア!」
「ギエッ!」
「グハッ!」
たちまち倒されるエジプト兵。
「シュヴァリエス・タンピエー、アタ――ッケっ!」
ギョームが叫ぶ。
「「「「「「「「「ウイ ムッシュ―!!」」」」」」」」」
よせ来る敵を盾で押し返しながら、剣で突き刺すテンプル騎士。