第16章 リタニ川の戦い 前編
第16章 暗雲
主の年 1179年5月10日 水曜日。
ヴィレ・ドゥ・エルサレムのとある二階家
「あっ... ふぅ~ん...」
アリックスはローランに抱かれ、ベーゼされると目を閉じた。
少女の胸から、これから始まることへの不安と期待で高鳴る心臓の音が聴こえそうだ。
アリックスは無我夢中でベーゼをしている。
ローランの肩を突かんだ手は、最初のうちこそ力がこもっていたが、次第に力が抜けてだらんと下がってしまった。
ローランは、アリックスのマントを外す。その下は長袖のヒジャブだ。
アバーヤを突き上げているサンをそっとアバーヤの上から触る。
アバーヤを着ている時は、かなり胸が前に出ていると思っていたが、触れて見ると、かなりとがったサンだとわかった。
ローランはアリックスをひょいと横抱きした。
「!」
アリックスがおどろく。
たぶん、お姫さま抱っこは、子どもの以来だろう。
ベーゼをアリックスの顔のいたるところにしながら、ベッドに仰向けに横たえる。
ローランもアリックスの横になり、手を下に伸ばすとシルクのアバーヤの裾をあげた。
そしてふくらはぎを優しく撫ではじめた。
ローランの手は、ふくらはぎを上り、腿を撫でる。
アバーヤはすでに半分以上がめくれて、白い腿が露わになった。
「ローランさま...」
ローランが恥ずかしそうにローランの手を押さえるが
ローランは構わずにさらに奥へ伸びる。
「あ...」
アリックスが声をあげた。
............
............
............
主の年 1179年5月中旬。
2年前(主の年1177年)、サラーフ・アッ=ディーンは大軍を率いてエルサレム王国に侵攻したが、ボードゥアン王が指揮する少数のエルサレム軍によってジザルディ山 の戦いに大敗北を喫した。
1135年の十字軍国家
サラーフ・アッ=ディーンは、ダマスカスからエタ・ラタン・ドリオンに侵攻した。
ダマスカスは1154年に、アレッポのザンギー王国のヌールッディーンに征服された。ヌールッディーンはダマスカスを首都と定めた。ヌールッディーンは、父親譲りの勇猛さでもって1149年にはイナブの戦いで十字軍国家アンティオキア公国の公爵レーモン・ド・ポワティエを破って殺し、さらに1150年にはユーフラテス川の西に残っていたエデッサ伯国を滅ぼし伯爵ジョスラン2世を捕らえた。
そして1154年、父ザンギーが最後まで手に入れられなかったダマスカスをブーリー王国から奪い、自らの首都としていた。しかし、ヌールッディーンの死後、ダマスカスはサラーフ・アッ=ディーンによって攻略され、その首都となった。サラーフ・アッ=ディーンはダマスカスに城砦を再建し、商業・文化に力を入れ、ダマスカスには多くの大学が作られ「乱されることのない研究と隠遁」を求めて世界中から集まる勤勉な若者や知識を求める者が集まる知識の都となっていた。
ダマスカスのゲート
十字軍はそ圧倒的な強さ-特に重装備の騎士の防御力による- でもって、地中海東沿岸にあるシリア・パレスチナへ攻め込み、フランク人騎士と戦ったことのないトルコ・セルジューク兵軍やエジプト軍を圧倒したが、すぐに敵は十字軍兵やフランク人騎士と戦う術を覚えた。
鈍重な馬に乗る騎士に対して、セルジューク兵やエジプト兵は足の速いアラブ種馬を駆って、威力の強いアーク・コンポジティをもつ弓騎兵で攻撃するようにした。
騎士は矢で倒せなくても、騎士の乗る馬を倒せるし、射程が300トワーズもある敵弓兵は、何よりやっかいな歩兵相手には恐るべき殺傷力があった。
防御でも、セルジューク兵やエジプト兵は、「ディル」とアラブ語で呼ばれる鎖帷子の上に「ジョシャン」と呼ばれるスケール・メイルやアルミュー・デカイレを使うようになり、フランク人騎士たちに引けを取らない防御力を持つようになったのだ。
それに、戦いにおいてもっとも重要な要素- 兵力において敵は常に十字軍やテンプル騎士団、ホスピタル騎士団を上回っていた。
倒されても倒されても、敵はいくらでも補充が出来るのだ。それに対して、十字軍やフランク人将兵たちは遠いフランスから数ヶ月旅をしないと中東には到着できなかった。
それに加えて、野戦においては戦略的優劣が勝敗を分けたが、地方の防衛と敵の牽制に大きな威力をもつ主要な要塞の包囲作戦に十字軍やフランク人騎士団はほとんど失敗していた。状況は完全に行き詰っており、このままではジリ貧を免れない。
ダマスカスから出陣したサラーフ・アッ=ディーンは、バニアスに本陣を置くと近隣の村々とシドン近くの収穫物と沿岸地域を略奪するために襲撃部隊を放った。農民と町民たちはエジプト軍の略奪のために貧窮化した。このままサラーフ・アッ=ディーンに好き勝手をさせ続ければ、エルサレム王国を含む近隣キリスト教国家はすべて弱体化してしまう。
主の年 1977年5月30日 月曜日。
ボードワン王は、5千人の兵を率いてエルサレム城から出陣した。
出陣に先だって、ボードワン王と騎士たちは、聖墓教会でオーヴェルニュ大司教の主導で今度の戦いの勝利を神に祈った。
今回も、いつも通り、ミレーヌとマリー=フランソワーズが見送りに来ていた。
イリニとセシリアもいっしょにいる。イリニはヴァランタンは出陣しないのだが、ミレーヌの友だちなので来てくれているのだ。
「ローラン、無事で帰って来て――っ!」
「パパ――っ、無事に帰ってくるのよ――っ!」
ミレーヌとマリー=フランソワーズが叫んでいる。
「安心しろ、今回も無事に帰って来る!」
ローランも手をふって答える。
「パパーっ、マモンをまた抱きたかったら、ブジで帰ってくるのよーっ!ムグムグっ...」
「フ、フランっ!」
ミレーヌが真っ赤になってフランの口を塞ぐ。
マリー=フランソワーズも2歳半になり、かなりモノゴトがわかるようになっていた。
パパとマモンが、彼女が寝たあとで、こっそりとフェルラモールということも、よくするということも知っていたのだ?
周りの者たちが大笑いし、ミレーヌが真っ赤になって恥ずかしがっている。
「ウィラーム、捕虜になってもムスリムの女を抱いちゃダメよーっ!」
「ウィラームっ、セシリアをまた抱きたかったら無事で帰って来るのよーっ!」
セシリアとイリニもとんでもないことを叫んでいるが、これも毎回の事だ。
「おれは... セシリアだけだ...」
ウィラームがボソッと言う。
「ウィラーム、セシリアはちゃんとシャッテを洗って待っているわー!きゃははは」
イリニが大声でセシリアをからかう。
それを聴いた騎士たちや群衆が大笑いする。
「セシリア... 「バブッシュ」の世話たのむ...」
ウィラームは、「バブッシュ」という名前のシャッテを飼っていて、とても可愛がっていたのだ。
いや、イリニがシャッテと言ったのは、「バブッシュ」のことではないのだが...
歓声に送られて、ボードワン軍は王都エルサレムを後にした。
今回の戦いでボードワン王を補佐するのは、トリポリ伯爵レーモン3世とテンプル騎士団のウード・ドゥ・サン・アマン団長だ。ヴァランタンは、今回の戦いには参加しなかった。アルノー・ドゥ・トロージュ副団長とともにエルサレム城に守備のために残ったのだ。
エルサレム軍の構成は、テンプル騎士60騎、テンプル騎士団の軍曹150騎、十字軍騎士120騎、それに歩兵が3千人だ。度重なる戦いで、騎士の数はかなり減っていた。
エルサレム軍は5日間行軍して、最初にティベリアスへ向かった。
ティベリアスから転進して北北西に1日の距離のところにあるツファットの砦に向かう。
5月末のこの地域の気温はすでに暑い。雨がほとんど降らないこともあって空気は乾ききっているため、日中の行軍はさながら焼けた砂の上を歩くようだ。
この暑さは病気で身体が弱っているボードワン王をかなり苦しめた。
エルサレム軍は、サラーフ・アッ=ディーン軍を求めて、5日間行軍し、さらに東南東に位置するトロン城(Tibnineチブニン)に入城。
翌日、ボードワン王の率いるエルサレム軍はサラーフ・アッ=ディーン軍を探して北東へと移動した。
主の年 1179年6月10日。
そして、エルサレム軍の斥候はついにサラーフ・アッ=ディーン軍の野営地を発見した。
「陛下、ここから1万トワーズほどのリタニ川のそばに、サラーフ・アッ=ディーン軍の野営地のテントを発見しました!」
「わかりました。すぐに攻撃しましょう!」
トリポリ伯爵レーモンが斥候からの報告を伝えると、ボードワン王は椅子から立ち上がり決意のこもった声で言った。
それを聞くと、ウード団長はテントから出て、近くにいた幹部たちに命令した。
「出撃だ。敵はリタニ川の上流にいる!」
みんなが慌ただしく出撃の準備にかかる。
「腕が鳴るな!」
ギョームが従者が連れて来た馬に乗りながら、ローランに言う。
「ウィ。よいしょ!」
「おまえ... そんなに重い防具をつけて存分に戦うことが出来るのか?」
ローランが馬に乗るのを従者に手伝ってもらっているのを見て、ギョームが少し心配そうな顔だ。
「慣れれば問題なく動けますよ。それに、毎日訓練していますから」
「ほら見ろよ、ウィラームもレイとまったく同じ恰好だぜ?」
少し離れたところで馬に跨ったウィラームの方を顎で示すピーター。
確かに、ウィラームの装備はローランとまったく同じだ。
それもそうだ。ウィラームは、ジザルディ山における戦いの折、特注防具を付けていたローランが無傷だったのを見て、 ウィラームは戦いが終わったあとでローランが無傷だったのを見て、自分の身体にいくつかの矢の痣があるのを見て、マイユだけでは不足と感じ、シャルルの工房のことを一番に聞きだし、エルサレムの町に帰ると、すぐその足でシャルルの工房に行って注文したのだ。
トリポリ伯爵は、すぐに歩兵部隊に突撃を命じた。3千人の歩兵部隊が粛々と敵の野営地を目指して進んでいく。
だが、テンプル騎士団はまだ動かない。
ウード団長は何やらボードワン王と話しているようだ。
ヒヒヒ―――ン
ブルブルッ
ヒヒヒ―――ン
戦いが始まるのを予感したのか、興奮した馬があちこちで嘶いている。
「おいおい。グズグズしていると、歩兵たちに美味しいところみんな頂かれちゃうぜ?」
ギョームがボードワン王のテントに入ったまま出てこないウード団長の方を見てつぶやく。
ウードは、ユーグ、レモンド、ピーターたち幹部といっしょにテントに入ったのだが、何を話しているのか中々出て来ない。
「よし。みんな出撃じゃ!」
20分ほどしてようやく出て来た団長が、待ちに待った命令を下した。
「シュヴァリエス・タンピエー、出発!」
ウード団長が、前方を差す。
ドドドドドドドドド……
砂煙を上げてテンプル騎士団が進軍し、すぐあとに十字軍騎士団が続く。
騎士団はすぐに歩兵部隊に追いつき、歩兵部隊は騎士団の通り道を開ける。
エルサレム軍は、サラーフ・アッ=ディーン軍の野営地が見下ろせる丘にいた。
折しも、近隣の村の略奪から戻って来たばかりのサラーフ・アッ=ディーン軍の部隊、約千人ほどエジプト兵たちが略奪した穀物の袋やヤギやヒツジなどを忙しそうにテントの中に入れたり、綱で繋いだりしていた。
夕食の準備なのか、腹ごなしなのかわからないが、中にはヤギを絞めて解体しはじめている兵も見られるる。
「シュヴァリエス・タンピエー、アタッケ・フォルマーション!」
ウード団長が、剣を抜き命令を下した。
「「「「「「「「「ウイ ムッシュ―!!」」」」」」」」」
テンプル騎士がザザザザーっとアタッケ・フォルマーションをとった。
テンプル騎士団の軍曹
ボードワン4世王とテンプル騎士団が壊滅的な損害を受けた「マルジュ・アユーンの戦い」の章です。