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プロミスランド  作者: 独瓈夢
第一部 カナンの地
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第15章 ランデヴー

 第15章 ランデヴー


 主の年 1177年12月13日 火曜日。

 ヴィレ・ドゥ(エルサレムの)エルサレム()


 ローランがアリックスを初めて見たのは、ジザルデの戦いの2週間後、ボードワン王から王宮に招聘され、アスカロン要塞およびジザルデの戦いにおける活躍にお褒めの言葉を頂き、男爵の爵位をあたえられた時だった。

 もっともヴェール越しだったので、高貴なムスリムフィーレ()だとしか最初はわからなかったが。

そして、その高貴なムスリムフィーレ()の侍女に「アリックスさまがお話を伺いたい」と伝えられたのだ。


 ローランは、ジザルデの戦いでの武勇伝でも聞きたいのだろうと思って気安く請け負った。

高貴なムスリムフィーレ()が、アリックスという名前だと知ったが、彼女のファミリーネームが“ダンジュー”だと知って、かなり興味をもったが、その日はローランが男爵に叙爵されたことを祝う宴会が彼の家で開かれることになっていたので、それ以上アリックスのことも侍女のことも忘れてしまった。


 「宴会の費用がローラン持ち」と知ったミレーヌから烈火のごとく怒られたが-

結婚してから早3年半経ち、ローランは見事にミレーヌのオシリに敷かれるようになっていた。

実際に18歳半になったミレーヌの身体は見事に熟成し... -いやいや、ワインではないのだから熟成ではないが、熟れた女性を言い表すのにこれほど適した言葉はないだろう- ベッドで一回り大きくなった彼女の白いオシリに敷かれるのもローランの楽しみの一つであったが... 


 美しく、賢いミレーヌのおかげで、夕方から押しかけて来たウード団長以下、アルノー副団長、ヴァランタン、ユーグ、レモンド、ピーター、ウィラーム、ギョームたちに費用を割り勘で払わせることに成功し、イリニやセシリア、それにユーグたちの妻や現地妻や恋人たちも参加して、賑やかな『叙爵パーティー』となった。

 そして、その時にウード団長はすでに子爵の称号を持ち、 アルノー副団長、ヴァランタン、ユーグ、レモンドたちも男爵の爵位を持っていることを知ったのだった。

「なあに、子爵さま、男爵さまと言っても、ここはフランスじゃないんだから、誰も領土を授けられてないし、持ってもないんだ。名前だけの爵位さ!」

ヴァランタンが、葡萄酒で赤くなった顔で説明した。

「なあんだ... ちょっとガッカリだわ」

ミレーヌが、追加の焼きキジバトをセシリアといっしょに裏庭から持って来て不満げな顔をした。

「ミレーヌ、あなた領地で何をしようって考えていたのよ?」

イリニが新しい葡萄酒の栓を抜きながら目を丸くして訊いた。




 主の年 1177年12月16日 金曜日。

 ヴィレ・ドゥ(エルサレムの)エルサレム()


 ローランが男爵の爵位を授けられ、()()()で祝賀宴会が開かれてから三日後。

一人の下僕が、テンプル騎士団本部にいたローランに届け物を持って来た。

 朝食後、テンプル騎士団本部に行って、いつも通り2時間ほど訓練をして一休みし、水を飲んでいたとコキに従者が「言付物(ことづかりもの)です」と言って渡した。


美しい布に包まれた木箱を開けると、中にはビザンティウム帝国産の葡萄酒が入っていた。

そして、葡萄酒の瓶を取りだすと、箱の中の藁の間には手紙があった。

『王宮の南門から2つ目の通りの肉屋の3軒隣りの家で、夕方4時に。 A.D 』

短い連絡文だった。おそらくほかの者に見つかっても、差出人がわからないように2文字だけしか書かれてなかった。A.Dはおそらく、アリックス・ダンジューの略字だろう。


 その日は出撃もなく、昼食後軽く鍛錬を済ますと、「フォルジェロン(鍛冶屋)のところに用事があるから」とヴァランタンに伝えて、水浴して汗を流してから茶色のフード付きキャソックを着て本部を出る。テンプル騎士は、任務の時以外は赤十字の入った白い長衣とマントを着ない。


 11月のエルサレムは、4時はもう夕方で日はかなり傾いている。

神殿と王宮を囲んでいる城壁の南門を出て、手紙に指示してあった通りに、南門から2つ目の通りに入る。少し歩くと肉屋の看板があり、その近くにヒジャブを被ったムスリム女性が立っていた。

女性はローランを見るとヴェールを上げた。あの侍女だった。


「後をついて来てください」

そう言って、侍女はすたすたと歩きはじめた。

ローランは少し距離をとって歩く。


侍女はさらにもう一つ南側の通りに入り、少し歩くとかなり大きな二階屋のドアを鍵で開けた。

入る前に左右を見て人がいないか確認した。

「私が先に入るので、ローランさまは誰かに見られてないか確認してから入ってください」

そう言って、侍女は家の中に入った。


ローランはしばらくして、同じように人がいないのを確認してから入った。

なぜ、それほど用心をするのかわからなかった。

恐らく、あの高貴なムスリムフィーレ()が、お忍びで街に来ているのだろうと考えた。

“高貴なムスリムフィーレ()が、宮殿でオレと会えない事情って何だろう?...”


二階屋は空き家のようで、人が住んでいるらしい気配はなかった。

「こちらです」

そう言って、侍女はリビングを通り抜け、2階へと続く階段を上る。

ローランは後に続く。アバーヤ越しに侍女のオシリが揺れる。

ローランは若いし、侍女も30歳くらいの女ざかりなので、いくらアバーヤで覆っていても出るところは出ているし、揺れるところは揺れるのだ。


二階の廊下を進んで、一番奥の部屋のドアを開けた。

一人の若いフィーレ()が、窓際に置かれた椅子に座っていた。

「ローラン男爵さま」

ヴェール(グリーン)の瞳の少女は、そう言って立ち上がった。

ヒジャブは被ってなく、彫のある顔にすっと通った鼻と長く美しいマロン・フォンセ(濃い茶色)の髪。

年は15,6歳といったところか。美しいフィーレ()だ。

彼女は黒いマントを羽織っていたが、その下は刺繍の入った美しいアバーヤを着ていた。


「ザフィーラ、どうもありがとう」

「お礼など言わないでください、プランセス(お姫さま)プランセス(お姫さま)がお望みのことをいたすのは、私の役目です」

「でも、こんなことは誰もしてくれないわ」

「それでは、私は別室でお待ちしております」

ザフィーラと呼ばれた侍女はアリックスとローランに一礼して部屋から出て行った。


けっこう広い部屋の中には、アリックスが座っている窓際の椅子と小さなテーブルと天蓋の付いた大きなベッドと鏡が立てかけてあるサイドボードがあり、床には上質の絨毯が敷かれていた。

家具は新しいものではないが、それほど古いものでもないし、埃もついていない。

誰かが最近運びこみ、きれいに掃除したことがわかる。そう言えば、階下もきれいにしていた。


「ローランさま。テンプル騎士団の勇者さまを、このような形でお呼びして申し訳ありません」

プランセス(お姫さま)・アリックス、レイでいいですよ」

「え? でも... 男爵さまを」

「私もあなたをアリックスと呼びますから」

「じゃ、じゃあ、レイさま」

ポッと頬を赤めて恥ずかしそうに言った。


「アリックス、それでオレをここに呼んだのは、どんな用事なのですか?」

「あ、あの...」

ローランから直視されて、アリックスは真っ赤になって俯いてしまった。

「武勇伝を聞きたいのですか?」

「えっ、ええ。そうです!男爵さまの...」

「レイでいいです」

「レイ男爵さまの勇敢な戦いぶりを」

「わかりました」



「...で、サラーフ・アッ=ディーンのあとを追うことを決意されたボードワン王を守りながら、オレたちテンプル騎士は、アスカロン要塞を包囲しているエジプト軍を突破したんだ...」

「本当に凄いですわ!」

アリックスは、目をキラキラさせて聞いている。

「それで、アスカロンから抜け出した時には、敵を何人ほど倒されたのですか?」

「最初の3人まではおぼえているが、その後は数えていない。とにかく、オレたちの進路をふさぐ敵兵を片っ端から斬り倒し、馬の蹄にかけたからな!」

「私もボードワン王陛下といっしょに、テンプル騎士さまたちに守られて戦って見たかったですわ」

頬を紅潮させて興奮気味に話す美少女。


 その日は1時間ほど話したあとで帰った。

「レイ男爵さま。またご連絡をしますから、お話を聞かせてくださいね」

ウキウキした感じで、ちょっぴり名残惜しそうな顔で言った。

ドアから出て行こうとするローランの背に、「今度はデイジョンのお話とか、エルサレムに来るまでの旅のお話もぜひお聞きしたいです」と言う声が聴こえた。

廊下にはザフィーラがいて、頭を深く下げてローランに礼をした。





 主の年 1177年12月28日 水曜日。

 ヴィレ・ドゥ(エルサレムの)エルサレム()


 アリックスとのランデヴーはその後も続いていた。

クリスマスも過ぎ、エルサレムは朝晩けっこう冷えるようになっていた。

その日、ザフィーラは籠に入ったイチジクを送って来た。

中のイチジクの下に手紙が入っていた。

《いつも通りの時間にお待ちします。A.D 》

と小さな紙切れに書かれてあった。


フォルジェロン(鍛冶屋)のところに行くとヴァランタンに知らせる。

実際、ローランは手と足に付ける防具を作らせていた。

紙切れを手の中に丸めたのでヴァランタンは気づかない。


「なんだ、また見目麗しきフィーレ()からの(みつ)(もの)か?」

イチジクを一つとって齧りながらヴァランタンにが言う。

テンプル騎士にはかなりの女性ファンがいて、よく贈り物をされるのだ。

「まあ、そんなところです」

「ミレーヌには持って帰らない方がいいぞ?オンナはすぐヤキモチを焼くからな!」

「ご忠告、ありがとうございます」


 ローランは本部の裏にある独身者用の宿舎に備え付けられている水槽で水を浴び、エジプト産の歯磨きペーストを歯磨き木に塗って歯を磨いた。

 プランセス(お姫さま)・アリックスと会うのだ。食べかすの残った口や臭い口は、それこそ()()だ。

歯磨きペーストも歯磨き木も、エルサレムに多く出入りする旅商人から買ったもので、歯磨きはビンロウの木の実とナイル川沿岸の土を混ぜ合わせたもので、歯磨き木はインド産と聞いた。


 歯を磨き終えると、これもインド産のクル・ド・ジローフル(丁子ちょうじ)の入ったアルコール液で口をすすぐ。そのあとで あごを剃って、鼻髭を整える。テンプル騎士の多くは立派なアゴ髭や鼻髭を生やしているが、レンはまだ若いのでアゴ髭は伸ばさずに鼻髭だけをほどほどに伸ばしている。

髪を整え、いつも通りに茶色のフード付きキャソックを着て宿舎を出た。

午後4時だと言っても、12月は寒い。吐く息も白い。


 外に出ると、午後4時だというのに神殿の上に月が出ていた。

大理石造りの神殿には金の装飾が施されており、夕陽の光に照らされて美しく光っている。

ローランは狭い石畳の道を宮殿の方に向かって歩き、南門から出るとドロローサ通りにあるシャルルの店に入った。

 シャルルは武器のフォルジェロン(鍛冶屋)ではなく、金物細工のフォルジェロン(鍛冶屋)だ。

ユーゴンは剣やランスの穂先を作などを作るが、防具は作らない。

 ジザルデ山の戦いで、キュイラス(胸部・背中防具)の防御力が優れていることを見たローランは、シャルルに、「スパイルレー(肩当て)」、「ブラース(腕防具)」、「タイレ(腰防具)」、「キュイス(大腿部防具)」「グレーヴェ(脛防具)」などを作らせていたのだ。


 フォルジェロン(鍛冶屋)の工房に入ると、最初に来た時に比べかなり職人が増えていた。

奥でこちらに背を向けて作業をしている男に声をかける。

「ボンソワ、シャルル!」

男は鉄床の上で鉄板をガンガンとハンマーで叩いているので聴こえない。

「ボンソワっ、シャルル!」

大声を出すと初めて気づいてふり返った。

「ムッシュ・ローラン、ボンソワ!」

額から噴き出ている汗を腰に下げた布切れで拭くと立ち上がった。


ブラース(腕防具)は出来上がりましたぜ、ムッシュ」

そう言って、奥にある作業台の上にあった筒のようなものを二つ持って来た。

「見ての通り、これは、二つのピエス(パーツ)から出来ています」

「ウィ。一つが上腕用、もう一つは下腕用だな?」

「繋ぎは皮ベルトです。上腕の上は皮ベルトでキュイラス(胸部・背中防具)に結びつけます」

「ふむ... これはキュイラス(胸部・背中防具)に結び付けるより、スパイルレー(肩甲)と繋いだ方がいいな」

「その方がいいかも知れませんな、ムッシュ」

「なかなかいい出来だ!」

「来週には多分、防具は全部そろいますぜ!」

「メルシー、ムッシュ。いやあ、ムッシュ・ローランの注文を受けてから、ホスピタル騎士団の連中や同じテンプル騎士団の連中から注文がはいって猫の手も借りたいような忙しさでさ!」

そう言いながら、忙しそうに武具を作っている職人たちを見た。

「じゃあ、来週また来るよ」

出来上がった防具の分の金を払って工房から出る。

「メルシー、ムッシュ!」



 フォルジェロン(鍛冶屋)から出ると、南の方に向かって歩き出した。

夕食の材料などを買う人で賑わう商店を抜け、しばらく行くと住宅が多くなる。

 2階屋でのアリックスとのランデヴーは続いていた。頻度は一週間に一度ほどだ。

しばらく歩いて、2階屋の前で立ち止まった。

誰も見ていないか確認してから、ドアを鍵で開けて中へはいった。


 この2階屋には王宮のとある場所から秘密のトンネルが続いているそうだ。

そのトンネルはエルサレムが包囲された時に王族を逃がすためのものだそうで、エルサレムの城外にまで通じているそうだ。なので、ザフィーラもアリックスも、番兵などに姿を見られることなく、自由に行ったり来たり出来るらしい。もちろん、これは極秘なので、ザフィーラに「これは極秘です。誰にも言わないでください。家に入る時は誰にも見られないようにしてください」とうるさいくらい何度も念を押された。


 いつも通り、家の一階には誰もいず、窓にはカーテンがかけられていて、部屋の中は薄暗い。

居間を突っ切って二階へ上る。階段を上がっているとカワワの匂いがした。

“誰か近所でカワワを飲んでいるヤツがいるのか?”

そう思いながら、二階の廊下を進んで、一番奥の部屋のドアを開ける。


「待ちくたびれましたわ」

洒落た陶器のカップを細い指でもったムスリムフィーレ()が、ヒジャブの間からヴェール(グリーン)の瞳でレンを少し睨むように見た。


 高貴なムスリムフィーレ()-アリックスは窓際に置かれた椅子に座っていた。

そばには横には小さなテーブルがあり、テーブルの上にはカップと対の洒落た陶器のポットが置かれていた。カワワはムスリムたちが好んで飲む飲料だが、エルサレムでは地域文化の影響からか、カワワを飲む者が少なくない。


「それでは、私はいつも通りとなりの部屋にいます」

ザフィーラは、頭を下げ、ちらっとアリックスとローランを見て頷くと部屋を出て行った。

となりの部屋のドアが閉まる音がした。


侍女がドアを閉めるのを待ちかねたように、アリックスは立ち上がるとローランに抱きついた。

そして、もどかしいようにヒジャブを取るとローランにベーゼをした。



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