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プロミスランド  作者: 独瓈夢
第一部 カナンの地
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第14章 褒賞

 第14章 褒賞


 主の年 1177年11月25日 金曜日。

 エルサレム王国東部- ジザルディ山。


 昼過ぎ- 


「よくやったぞ!レイ!」

ヴァランタンが喜色満面でバンバンとレンのヘルムを叩く。

「まったく見事だった!」

ウード・ド・サン・アマン団長も、ヘルムを外して汗だらけの顔で褒める。


「いやあ、ローランは本当に凄いな!あのまま上段から斬りかかっていたら、完全に受けられて反撃されていたからな!」

「まったくだ。あんな剣法、いつ覚えたんだ? 俺も今度あれを真似て見るよ!」

ギョームやピエール、レモンドなども口々にローランの剣技を褒める。



 それから夕方になるまでエジプト軍の残党狩りをした。

サラーフ・アッ=ディーンは、テントの中にたくさんの金銀や宝石類、それに愛妾らしいムスリム女たちを残して命からがら逃げだして行った。

 エルサレム軍の損失は戦死者1千100人、負傷者750人とかなり大きかったが、サラーフ・アッ=ディーン軍の損失は戦死者2万3千人以上という大損害だった。


 エルサレム城への帰還は二日後になったが、先に伝令を走らせて戦いの結果を知らせていたこともあり、ジザルディ山での戦いがエルサレム軍の大勝利で終わったこと、テンプル騎士団の圧倒的な強さ、それとレンとラシードの戦いの様子などがエルサレム市民に伝えられたために、城外にまで市民たちや防衛のために残った将兵たちが出向いて大歓声のもと迎えられた。




 主の年 1177年12月10日 土曜日。

 ヴィレ・ドゥ(エルサレムの)エルサレム()


 ボードワン王は、戦いの疲れからか床に臥せているとローランはヴァランタンから聞いた。

2週間後、ローランはボードワン王から明日謁見をされると伝えられた。ジザルディ山での戦いでの功績だと王の使者は言った。


 翌日、身支度をして宮殿に行く。

控えの間には、ウード・ドゥ・サン・アマン団長、アルノー・ドゥ・トロージュ 副団長、ユーグ、レモンド、ヴァランタンたちテンプル騎士団の幹部(リュトナン)、ホスピタル騎士団のロジェ・ドゥ・ムーラン団長、と騎士団の幹部(リュトナン)が数人、それに十字軍の騎士が数人いた。


 しばらくすると、謁見の間に入るように執事が伝えに来た。

謁見の間のボードワン王は、数日前に病床から起き上がったばかりで、まだ顔色は優れない様子だった。

 近くにいるアンティオキア公ルノー・ドゥ・シャティヨンやオーヴェルニュ大司教が心配そうな顔で王を見ている。ボードワン王から離れたところには、シビーユ、アニェス・ド・クルトネー夫人、イザベル王女の顔も見える。

 シビーユはボードワン王の1歳年上の姉で、前年に夫であるモンフェッラート侯家のグリエルモを失くし未亡人となっていたが、グリエルモの子を身籠っていた。

 アニェス・ド・クルトネーはシビーユの母親で、娘のシビーユを利用して何とかエルサレム王国の中にふたたび権力を取りもどそうと画策していると言うのがもっぱらの噂だった。


 病弱なボードワン4世を王として擁くをかかえるエルサレム王国には、ビザンティウム帝国や近隣の十字軍諸国などの思惑が絡み、複雑でたいへんな権力争いが起こっていた。

 1177年に巡礼にやって来たフランドル伯フィリップは、従弟であるという立場を利用してボードワン王にシビーユと彼の臣下との結婚及びエルサレム王国の摂政権を要求したが、強硬な反対意見のために断念している。

 だが、エルサレム王国は、いまだに新来十字軍騎士を中心とする宮廷派と十字軍諸国の諸侯を中心とする貴族派の勢力争いが大きく渦巻いていた。



     テンプル騎士の盾

     挿絵(By みてみん)  



 テンプル騎士団を代表してウード・ド・サン・アマン団長とホスピタル騎士団を代表してホスピタラー騎士団のロジェ・ドゥ・ムーラン、そして十字軍騎士の代表にボードワン王からお褒めの言葉と褒賞-金貨- が賜れたあとで、ローランの名前が呼ばれた。

 ローランが前に出て、アーモリー王の前にひざまずくと、王は若いテンプル騎士を見てにこやかに微笑んだ。


「ローラン・ドゥ・ディジョン。さすがテンプル騎士団創始者の一人であるアンドレ・ドゥ・モンバール殿の孫だけありますね。今回のアスカロン要塞の包囲突破における勇敢な戦いぶり、そしてジザルデ山の戦いにおいても目覚ましい戦いをし、サラーフ・アッ=ディーンの軍の敵の騎士を4人、軽装兵を7人倒しただけでなく、ニザリティ(ニザール派)の強敵との対決にも見事に勝利しただけでなく、捕虜にしたと聞いています。誠に聖地エルサレムを守るテンプル騎士にふさわしい働きでした!」

若い王は、ローラン の働きを心からよろこんでいるようだった。

ただ、まだ疲れがその顔に残っているようなのが気になった。

「陛下直々のお言葉、かたじけのうございます」

ローランは深々と頭を下げた。

「これからも、エルサレム王国のために尽くしてください」

「はっ」


ボードワン王は執事に向かって頷いた。

「これより、ボードワン王陛下から、ローラン・ドゥ・ディジョンに爵位があたえられます!」

執事が王の合図を待っていたかのように、少し声を張り上げて-威厳を見せるかのように-告げた。

「ローラン・ドゥ・ディジョン。跪きなさい」

「はっ」

ローランはすぐに跪くき、頭を下げた。

ボードワン王が玉座から立ち上がり、ローランに近寄った。

執事が、黄色いビロードの上に、一振りの見事なクトー(両刃ナイフ)と記章が乗せられた銀製のトレーを持って来た。


王の後にいたアンティオキア公が恭しく差し出す剣を取るとボードワン王は告げた。

「ローラン・ドゥ・ディジョン。そなたをエルサレム王国の王の名において男爵に叙爵(じょしゃく)する!」

ボードワン王はそう言いながら、剣の刃の側面をローランの右肩に当て、次に剣をローランの頭の上に上げ、それから右肩に当てたとのと同じ刃の側がローランの体に触れるように反時計回りに反転させると左肩に当てた。

「ローラン・ドゥ・ディジョン。そなたは正式にエルサレム王国の男爵となった。さあ、立ちなさい」

ボードワン王は、ローラン新男爵のために作らせた記章を胸に付ける。

「ローラン、この命ある限り、ボードワン王陛下とエルサレム王国のために尽力する覚悟です!」

「たのみますよ!」

にこやかに笑って王は答え、また玉座にもどった。

「これにて謁見を終わる!」

執事がまた声を張りあげた。


「ローラン、おめでとう!」

謁見室から出てから、ウード団長やヴァランタン、アルノー副団長、ユーグ、レモンド、ピーターたちから祝福され、肩をバンバン叩かれ、むさ苦しいハグにあったあとで、後ろの方で見ていたロジェ・ドゥ・ムーランが祝いの言葉を言った。

ロジェ・ドゥ・ムーランは、ホスピタル騎士団の団長だ。

「ありがとうございます」

「あの胸と背中に付けていた防具はいい。ホスピタル騎士団でも採用しようと思っているが、問題ないか?」

「えっ、まったく問題ありません。ドロローサ通りに入って5番目の通りを左に入ったところにあるフォルジェロン(鍛冶屋)のシャルルに作らせました」

「おう、あのあたりはフォルジェロン(鍛冶屋)の店が何軒かあったな!」

「はい」

「かたじけない」

礼を言って禿げ頭のホスピタル騎士団団長は去って行った。


「おい、ローラン!」

「はい。何ですか、ムッシュ・ウード?」

「何ですか、ムッシュ・ウードじゃないだろ、ローラン?」

アルノー副団長が、ガッシりとローランの肩を大きな手でつかんでギロリと見た。

「なにをヘイヘイとホスピタルのボスに、()()()を作った鍛冶屋の名前を教えているんだ?あん?!」

「し、()()()?」

「そうだよ、ローラン。おまえ、テンプル騎士団よりホスピタル騎士団の方が大事なのかよ?」

「いっそ、ホスピタル騎士団に移籍したらどうだ?」

「黒いサーコートと黒いマントが似合うかもな?」

ユーグ、レモンド、ピーターたちもニヤニヤ笑っている。

「おまえたち、ローランをからかうのはそれくらいにしておけ」

ウード団長が言わなかったら、1時間くらい吊るし上げを食らっていた... 


()()()を先にライバルに教えた罰として、今夜の祝いの宴会の費用はレイ持ちじゃな!」

「えっ?」

「場所もローラン新男爵の家とする!」

アルノー副団長がダメ押しをした。

「ええええ――――っ?!」


ガッハッハッハ!

ワッハッハッハ

ぎゃーっはっは

ゲラゲラゲラ


テンプル騎士たちが大笑いしながら、宮殿の廊下を歩く。

ローランは、最後尾を歩いていた。

ローラン持ちとなったお祝い会のことをミレーヌにどう説明しようかと悩んでいたのだ。


「もし... ローランさま」

後ろから低い声で呼びかけられた。

ふり向くと、一人の侍女だった。


 このムスリムの侍女は、先ほど謁見が終り、ローランが広間から出て行く時に入口近くにいた若い女の横にいたので覚えていた。侍女が付き添っていたらしい若い女が彼の方をじーっと見つめていたので、とくに気にかかったのだ。

 若い女もヴェールで顔を覆っていたのでムスリム人の娘のようだが、着ている服装はキラキラした装飾の入ったヒジャブだった。侍女がいるところを見ると、ふつうの女性ではないことがわかる。

そもそも、王が謁見をする広間にはふつうの者は入れないのだ。


前を歩いていたヴァランタンがローランが止まったのを見てふり返った。

「先に行ってください」

と言うと、頷いて歩いて行った。


「はい。何でしょう?」

訊きながら、ローランはその侍女の顔を見た。

ヒジャブで包まれた顔は意外と若い。

青緑色の瞳が美しい。眉毛はつながりそうなほど太く濃くクッキリしている。

典型的なムスリムの顔だ。年の頃は30代か。

エルサレムの町にも宮殿にも、ムスリムはけっこう多い。

その多くは奴隷だが、宮殿の中にいるムスリムは結構教養があり、美しい女がいる。


「実は... アリックスさまが、もしよろしければ、お話を伺いたいと申しております」

あまり見つめられたので、頬を赤らめながら侍女は答えた。


「アリックスさま?...」

「はい。アリックス・ジュリアンヌ・サーラ・ダンジューさまでございます」

ラストネームを聞かなければ、ローランはテンプル騎士に憧れる娘からのアプローチと思って、丁重に礼儀よく断ったかも知れなかったが、ダンジューと聞いて気が変わった。

ダンジューという家名は、アーモリー王の実家の家名なのだ。


「ダンジュー家のマドモアゼル(ご令嬢)が、オレと話したいと?」

「... はい。」

「わかりました。それでは、どこでいつお話を聞きたいか、あとで連絡してください」

「ありがとうございます。では、後ほど場所と時間をお知らせします」

そう言って侍女は頭を下げ去って行った。


“それにしても、ダンジューの家名をもつムスリムのお嬢さまが宮殿にいたとは... って、お嬢さまじゃなくて王女さまじゃないのか?”

自分の推理におどろいてしまったローラン。

家に着くまで、アリックスという若いフィーレ()のことだけを考えて、宴会のことはすっかり忘れてしまっていた。


家のドアを開けて、ミレーヌに男爵になったことを伝えて、抱き上げたフランに頬ずりとベーゼをしてから、「じゃあ、お祝いをしなきゃね!」とミレーヌから言われて思い出した。


「ええええ――――っ?!宴会の費用はうちで持つってどういうことなのよ―――!」


すごい剣幕でミレーヌから怒られた。



ボードワン4世王が、テンプル騎士に爵位をあたえたという記録はネットで調べた限りでは見つかっていません。唯一あるのは、ウード・ドゥ・サン・アマンが後年、子爵の爵位を授けられたという記録だけで、これも果たしてボードワン4世があたえたのか、またはフランス王があたえたのかも定かではありません。ローランの叙爵は話を面白くするためにあえて入れました。



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