第10章 入団試験
主の年 1176年9月29日 朝。
ヴィレ・ドゥ・エルサレム
テンプル騎士団本部。
朝食を終えると、ヴァランタンはローランをテンプル騎士団のウード・ドゥ・サン・アマン団長の元へ連れて行った。
ミレーヌは、ヴァランタンの現地妻レオニーといっしょに、ローランたちが住む家を見て回っている。
ヴァランタンは借りたらいいと言ったが、資金は十分にあるので購入することにした。いつかデイジョンに帰る時は、転売すればいい。
テンプル騎士団の本部は、「神殿の丘」にあるソロモンの神殿のそばにあった。
ボードゥアン2世王は、テンプル騎士団が創立された時、「神殿の丘」にあった自分の宮殿-旧アル・アクサモスク-を初代のテンプル騎士団団長ユーグ・ド・パイヤンにあたえたという由緒ある建物だ。
ウード・ドゥ・サン・アマンは、1171年に8代目のテンプル騎士団団長として就任したリームザン出身の騎士で、就任後、ユーグはナーブルス、ジェリコ、ジャラシュなどにおける軍事作戦を主導し、テンプル騎士団はいずれの戦いにも見事な勝利を収め、その指揮力と軍事作戦能力をボードワン4世王に示し、それゆえ絶大な信頼を得ていた。
「おう。ヴァランタンのクジンか!」
ウード・ドゥ・サン・アマンは、60歳半ばを超えた老齢のどっしりした感じの男だった。
「いえ、クジンではなく、ヌーヴォ・ペチフィなんですが...」
「ガッハッハ!どちらも似たようなものだ。で、剣の方はどうなんだ?最初の戦いで死んだなどとなったら、新婚の妻にワシが殺されかねん」
「それは、デイジョンにいたころから、俺がみっちり鍛えていますから大丈夫です」
「ふむ。では、試しにウィラームと試合をして見ろ。ちゃんとマイユを着けさせてな!」
そういう話しの流れで、ヴァランタンの予測通り(ひょっとすると、そういうふうにヴァランタンが仕組んだのかも知れない)、昨夜夕食をいっしょにしたウィラームを相手にして入団試験の試合をすることになった。
ローランは、持参したマイユを着て、カスケを被り、練習用の木剣をもたされた。
ウィラームは、ヴァランタンよりいく分低い身長、たぶん0.90トワーズくらいだったが、サーコート越しにでも、筋骨隆々だとわかる鍛えられた身体をしていた。
試合に使う木剣は0.50トワーズほどの長さで、硬いオーク製だ。
鋼の剣に近い重さを感じさせるために、剣の部分が太くなっている。
“ふうむ。これで4マルクほどの重さだな…”
ローランは、1、2回木剣を振って重さを確かめる。ヴァランタンと練習していた時に使っていた木剣は、2マルクほどの重さだったから約2倍の重さだ。
しかし、ローランはすでに3.5マルクある実剣で練習を重ねて来たので、ほんの少し重いと感じる程度だった。
「よし。試合は3本勝負だ。2本とった方を勝ちとする!」
審判のヴァランタンが神妙な顔でルールを告げる。
試合の場所はテンプル騎士団本部棟の前の広場だ。
新顔がテンプル騎士団の入団試験をやるというので、周りは騎士や従者たちでいっぱいになった。
「おい、あいつヴァランタンのクジンだってよ!」
「いや、そうじゃなくてヌーヴォ・ペチフィだそうだ」
「面構えだけは、いっちょ前のテンプル騎士みたいだな!」
「いや、あれはトゥンベールの顔だ」
「ウィラームにコテンパンにされるのにグロート30枚かけるぞ!」
「おれは20枚かけるぞ!」
「ウィラームにグロート40枚!」
「オレはグロート30枚」
「グロート20枚!」
「グロート40枚だ」
圧倒的にウィラームが勝つ方が多い。
「ローランにベザント2枚!」
突然、審判役のヴァランタンが太い声で言った。
「き、ベザント2枚!?」
「おい、正気か?」
ベザント1枚は、エルサレムで一家族が楽に2ヵ月は暮らせる価値なのだ。
みんなが驚くのも無理はない。
「新顔はそんなに強いのか?」
「じゃあ、おれはローランにグロート20枚だ」
「オレもローランにグロート30枚!」
「グロート25枚!」
ローランにかける連中が三分の一になった。
「初め――っ!」
ヴァランタンの大声で試合は始まった。
開始の合図とともに、ウィラームはリカッソとグリップを二つの手で持つハーフグリップで木剣を構えた。
ウィラームは両腕を上げると木剣をローランの顔に向け、先端をやや下げる。こうすることで自分の弱点である脇の下をガード出来る。ウィラームの木剣の先端は、ローランの脇を狙い右腕は下に伸ばしている。さすが実戦で鍛えているだけあって、隙がない。
ローランは、木剣のキヨン(十字鍔)を自分の脇の下に当て、剣先をまっすぐウィラームに向けた。ランスを構えたようなスタイルだ。
「ムッ!...」
カスケの下でウィラームが感心する。
しかし、次の瞬間―
ビュンっ!
風切り音を立てて、ウィラームの木剣がローランの脇目がけて突き出された。
しかし、それを予測していたローランは、ウィラームが腕を動かした瞬間、反射的に上体を低くすると片膝を曲げ、木剣をランスのようにウィラームの股間に向けて突き出した。
ガッ!
股間プロテクターのおかげで、辛うじて悶絶は避けれたが...
ウィラームは、しばしうずくまったままだった。
「一番目はローランの勝ち!」
ヴァランタンが告げる。
2番目の勝負は、先に1本をとられたウィラームも用心して、木剣の先端を細かくクルクルと回し始めた。
戦いのイニシアチブを取る剣法で、ローランも同じように先端を回し、相手の隙を狙う。
おたがいに間合いがかなり近いので、一瞬も目を外せない。
「キエ――ッ!」
叫び声と同時に、ウィラームは腰を捻って剣を逆手にするとハンマーアタックでキヨンでローランの頭を横から殴ろうとした。
瞬速で木剣でそれを払うと、そのまままた姿勢を低くしてバランスを崩したウィラームの膝の裏に長いグリップを当て、足を持ち上げて倒した。
そのまま馬乗りになったが、すぐにひっくり返された!
身体のバネの力がハンパない。
そのままゴロゴロと床を上になったり、下になったりしながら転げまわる。
「それまでじゃ!」
ウード・ドゥ・サン・アマンの一声で、試合は中断された。
ちょうどウィラームがローランの上になった時で、ウィラームがポンメルでガンガンとローランのカスケを殴りつけ、ローランがクトー《両刃ナイフ》を腰のベルトから抜いた時だった。
「一勝一敗だ。最初の試合はローランの勝ち。二度目はウィラームの勝ちだ。木剣だから、ポンメルで殴られてもあまり感じないだろうが、本物の剣のポンメルだと、あれだけ殴られればかなりのダメージを受け、次にクトー《両刃ナイフ》で喉を切られるか、脇から心臓を突かれる」
ヴァランタンが、審判を下す。
そして、ウード・ドゥ・サン・アマンを見た。
ローランもウィラームもウード・ドゥ・サン・アマンを見る。
周りの騎士たちや従者たちも固唾を飲んで立派な白ヒゲ生やした団長を見る。
「ローラン・ドゥ・ディジョン。ただいまより、貴殿をテンプル騎士として認める!」
ワ――――――っ!
一斉に声が上がる。
「やったな、ローラン!」
「見掛け倒しじゃなかったぞ!」
「ウィラーム相手に見事だった!」
「騎士団でも腕の立つウィラームと引き分けるとは!」
騎士たちがローランを褒める。
「クソっ、引き分けとは...!」
「ウィラームが勝と思ったのにな!」
「さすが、ヴァランタンのクジンだけある!」
「いや、そうじゃなくてヌーヴォ・ペチフィだってば!」
「どうでもいい。掛けで勝ったら、今日は酒場でたっぷり飲むはずだったんだが...」
「拍子抜けだな!わっはっはっは!」
賭けに負けた連中が口惜しがり、残念がっている。
「儂は引き分けに賭けたから、掛け金は全部儂のものじゃ!」
ウード団長が、椅子から立ち上がりながら言った。
「ええっ?団長は引き分けるに賭けたんですか?」
「そうだ。悪かったか、ヴァランタン?」
「団長は... やっぱり慎重ですな!」
「と言うことは、掛け金は全部団長の独り占め?」
「そう言うことになるな。これで3ヶ月ほど飲み代が浮くというもんじゃ!」
「そんな、団長!せめてローランの歓迎会とか開いて、みんなに酒を奢ってくださいよ!」
テンプル騎士たちが泣き言を団長に言っている。
しかし、ウード団長は掛け金を全部財布袋に入れ、かなりの重さになったのを見て、ほくそ笑みながら本部棟に入って行った。
エルサレムの城壁から見たダビデの塔
*【トワーズ】 当時のフランスの距離の単位で、1トワーズ=約195センチ。
*【マルク】 リー ヴ ル ・ポワ・ド・ マルクの略。当時のフランスの重量の単位で、1マルク=約489.5グラム。