ストーリーモード 戦い
どくどくと心臓が内側からルースを叩く。
蛮族が居る。そう聞いてからルースは密かに緊張していた。
大丈夫。故郷でも、戦う事は出来ていた。師である母からも及第点は貰ったのだ。落ち着いていれば大丈夫。
なんて考えていたが、それは希望的観測でしかなかった。
部屋は寝室だったのか中央にベッドがあり、そのベッドで三匹の小柄な蛮族が飛び跳ね、その横に大柄な蛮族が佇んでいる。
フラッシュバック。怒号。悲鳴。血。振り上げられた粗末な剣。ニヤリと嗤う醜悪な顔。
「小さいのはゴブリン、デカい方はボガードだ。ボガードは連――!?」
「っああああああっ」
気が付いたら飛び出していた。
松明を放り、中でも脅威になりそうな大柄な蛮族ボガードに槍を突き込む。
しかし分かり易い大振りな攻撃だったからか、ボガードはヒョイと槍を躱す。
そこに。
「ルース!?」
エイルの悲鳴じみた声が届いた。
それに、ルースの意識は冷水を掛けられたように、過去の幻影から現実に引き戻された。
――やってしまった。
「――俺も前に出る。エイルは周囲の警戒頼む」
「わ、分かった」
ルースが正気に戻るのと前後して、フィオも前に出る。何事か分からないが、一人で蛮族に囲まれるのは危険過ぎる。
ベッドから降りた三匹のうち、手近にいたゴブリンに狙いを定め魔力を乗せた一撃を放つが、知らず焦っていたのか避けられてしまう。
調子に乗ってからかってくるゴブリンにイラッとするが、とりあえずルースをフォローし、蛮族がエイルへ向かうルートを潰す位置取りは出来たので良しとする。
「どうしたんだよ、ルース」
その問いからは、叱責も憤怒の色も感じなかった。ただただ、純粋な疑問。
その淡々とした声音に、ルースは救われる思いがした。
「ごめん、なんか、頭真っ白になって……」
「……落ち着いたなら、いい。とりあえずこいつ等倒そう。ルースは引き続きボガードを頼む。俺はゴブリンを削る」
「分かった!」
ボガードはこの中では最も強く、フィジカルが然程強くないフィオの手に余る。ルースが何を思ってボガードに突進したかは知らないが、結果的には悪くない配置となった。
なんとか持ち直し、次の攻撃ではルースもフィオも攻撃を当てるが決定打にならず、その後はことごとく攻撃を避けられてしまう。
一方蛮族の攻撃もろくに当たらない。大してダメージが無いのはいいが、双方共ダメージを与えられないまま時間だけが過ぎて行く。
そうして前にも後にも進まない攻防が数度繰り返された所で。
「ええい、埒が明かないっ! 【ファナティシズム】! エイル、回避捨ててダメージ食らうようになるから回復頼む!」
「えっ、分かった、【キュア・ウーンズ】」
動かない状況に、フィオが切れた。
回避を下げる代わりに命中力を上げる魔法。多対一のこの状況では悪手と言っていい選択だったが、このまま時間だけ潰すよりはマシだ。
重傷覚悟での行動だったが、ゴブリン達はフィオが何か仕掛けた事を警戒してか、全員ルースの方へ向かった。
助かったが、ちょっと拍子抜けでもある。
ちなみにそのルースは、ボガードとやり合いながらもゴブリンの攻撃も全て躱した。
一か八かのその判断が功を奏したのか、一匹、二匹とゴブリンは倒れ、フィオが二匹目のゴブリンを斃した直後、ルースもボガードを下した。
あいつ、結局一人でボガード倒しちまったな。
知識があるだけに、その難しさが理解出来たフィオはルースの戦闘能力の高さに感心する。ボガードを相手取りながらもゴブリンの行動を躱していたあたり、才能はあるのだろう。
そしてボガードが倒れれば、残ったゴブリンが武器を捨て、ギィギィと何事か訴え始める。
状況的に命乞いだろう。どうするか、とフィオが検討しようとした所で、ボガードを倒したルースが問答無用で最後のゴブリンを刺し貫いた。
そして倒れたものの、まだ息のある蛮族にとどめを指してゆく。
そして全ての蛮族が死んだのを確認すると、ルースは大きく息をつき、恐る恐るといった様子で二人を振り返った。
いたずらが見つかった犬のような顔で、何か言おうとしては口を閉ざす。
そんなルースにフィオはやはり感情の伺えない様子で言う。
「とりあえず、全員無事で何より。で、提案なんだが、剥ぎ取り終わらせたら、休憩も兼ねて反省会しよう」
ルースもエイルも異論は無かった。
剥ぎ取りを済ませ、ザッと部屋の探索を終えた三人は隣の部屋で休憩を取る事にした。あの場で話をするには死体の放つ異臭がキツかったからだ。
罠の有無は確認したが何も無かった。寝室の隣はどうやら書斎で、この建物は一個人の邸宅と言った様子だ。イチイチ罠を設置するような施設では無かったらしい。
窓が開けられたので、開けて光と風を取り入れる。それだけで、昂った神経が和らぐ気がした。
「とりあえず、回復しようか。フィオは魔香草持ってるんだっけ?」
「ああ。レンジャー技能は無いから、どっちか処方頼む」
「それなら俺が! 細かい作業は得意なんだ!」
失敗を取り戻したいのか、ルースが勢い良く手を上げ、フィオはそれに応じた。
エイルも自分の魔香草を渡し、MP回復を頼んだ。ルースの気持ちを汲んだのもあるが、実際にルースは手慣れていて、自分で処方するより効果がありそうだったのだ。
そうして出来た時間でエイルは考える。フィオが怒るのは正しい。命のやり取りをする場で不可解な行動を取られれば周囲も危険に晒されかねない。今回大した問題にならなかったのは運が良かっただけなのだから。
しかし、ルースが理由も無く危険な真似をするとは思えない。何よりあの時のルースは明らかに様子がおかしかった。
まずは冷静に、ルースから何があったのか聞き出そう。そして理由が何であれ、フィオにもルースと行動するのを納得して貰わなければ。
最低でも、目的を達成して帰るまでは。
エイルが決意を固め、ある程度落ち着いた所で、ルースは自分から切り出した。
「さっきは、ごめん。急に飛び出して」
「全くだ。お陰で攻撃魔法を使いそびれた」
「「?」」
首を傾げる二人に、フィオは自分の覚えている攻撃魔法が範囲型の一つのみで、敵味方が入り乱れていると使えない事、それゆえに戦闘になったらまずそれを使う気でいた事を説明する。
「ゴブリンは魔法攻撃に弱いから、接近戦に持ち込む前に弱らせられると思ったんだ」
「……ごめんなさい」
フィオの言葉にエイルは密かに冷や汗を流す。不用意に敵に突っ込み、味方の妨害をしたとあってはルースは何も言えなくなってしまう。
何か言わなければ、と焦るエイルの心情など知らず、フィオは続ける。
「いや、俺もこういう事は事前に伝えておくべきだった。で、ルースはなんであんな行動取ったんだ?」
(……あれ?)
予想外の発言に、虚を突かれる。
エイルの戸惑いを他所に、ルースはポツポツと語りはじめた。
「その、俺は小さい頃、村が蛮族の襲撃に遭って……」
まだほんの幼児だった頃、村が蛮族に襲われた事。襲撃はルースの両親の活躍もあり退けられたが、死人が出、後遺症の残った者も居た事。
ルース自身は大した怪我も無く済んだが、危うく殺されかけ、又、親しい友人が大怪我を負う場面に居合わせた事など、恐ろしい記憶が、今もルースを苛んでいる事を。
「母さんに鍛えられて、戦う事を覚えて、故郷ではゴブリンくらいなら退治出来るくらい強くなったけど、たまにフラッシュバックしてパニックになる事があるんだ」
ルースは二人の反応が怖かった。
それは蛮族に抱いているのとは別種の恐怖だ。故郷でも、いつまでもゴブリン相手にパニックを起こすルースは下に見られ、足手纏いとして嫌厭された。
故郷を出たのは、両親の勧めでもあるがルースとパーティーを組んでくれる人が居なかったからでもある。
なんとかパニックを起こさないようになっても、一度付いた評価はそう簡単には覆らない。
だから故郷を離れたのに、パーティーを組んで初の戦闘でやってしまうなんて。
「なるほどな……。ああなるのは、蛮族相手限定なんだな?」
「うん」
「あ、コボルトは? 彼等は蛮族だけど、街で料理店やってたりするよ?」
「う。まぁ、居るの分かってれば、耐えられるから……」
「コボルトでも怖いのか?」
「…………」
ルースはバツの悪そうな顔で頷く。
コボルトは弱い。下手をすると戦闘力の無い一般人にも倒されそうな弱さだ。単身でボガードを倒せるルースなら何の脅威にもならない。
それでも、恐怖心はどうにもならないのだ。
エイルは納得し、同情すると共にルースの選択を疑問に思った。怖いのならば無理せず戦わなくてもいいだろうに。
「ああなるのはイレギュラーだったのか? 今までは抑制出来てたんだよな? いや抑制する為に冒険者になったのか?」
「え、ええと、故郷にいた時は安定して戦えてたし、何度か経験積めば、落ち着いていられる、と思う、けど……」
「分かった。蛮族と戦う時は、予めルースがいきなり暴走するのを組み込んで当たろう」
「「え?」」
ルースもエイルは同事に疑問の声を上げた。
今のは、ルースを糾弾する流れではなかったのか。
「ん? なんだ?」
「え、と、パーティー、続ける、の?」
「なんだ嫌か?」
「じゃなくて! ……いいの? 俺みたいな……欠陥ある奴が、仲間で…………」
「欠陥て言うなら、俺こそ欠陥人間だろ?」
「へ?」
「これまでの経験だと、そろそろ俺と組むの考え直してる頃だと思うけど、二人はどう?」
「あ……」
心当たりのある二人。
「俺自身はピンと来てないけど、散々『空気読めない』だの『考えてる事が分からない』だの言われてるんでな。二人共、俺に対して思う所があるなら言ってくれていい。というか言ってくれ。俺は言外に匂わされても分からないから」
「え、ええ……?」
……ああ、そうか。
フィオは、ルースを責める気なんて、最初から無かったんだ。
「……。確かにやり難いと感じる所はあるけど、そんなに問題には感じないよ。それより、フィオは問題があるのはお互い様だから、ルースを責める気は無い、って言いたいの?」
「!」
「そうだな。まぁ、問題抱えて無い奴の方が珍しいと思うけど」
「!」
「フィオ……!」
フィオの言葉に感激するルース。
そしてエイルも。
問題なんて、あって当たり前。そう、当たり前の話。けれど――ナイトメアである自分を受け入れて貰う為、人付き合いを完璧に熟さねばならなかったかったエイルには、少なくない衝撃で。
「――僕も、自分の弱みを打ち明けられるルースは強いと思うし、他者や自分の欠点を受け入れられるフィオを尊敬するよ。出来れば、これからも二人と冒険したいと思う」
「エイル……!」
「それに、今回は僕もちょっと失敗したし。神聖魔法に精神を安定させる魔法があるからそれを使う手もあったのに気付かなかった。ごめんね」
「そういやあったな。ルースが直ぐに正気に戻らない時には使おう。ルースもそれでいい?」
「う、うん」
「ん。他に気が付いた事はあるか?」
「そうだね――」
そのまま平和に、文字通り反省会となった。
エイルの不安は杞憂に終わった。穏やかな空気にホッとし、『これはフィオの気遣いだろうか』と考え、即打ち消す。
まだ短い付き合いだが、フィオはそんなタイプではないと思う。
ルースを吊るし上げる気だと、こっちが勝手に気を揉んだだけ。
フィオは確かに付き合い難い、面倒な人物だろう。
けれど、"普通"であればエイルの想像した展開になり、ルースはパーティーを抜けるか、悪い立場に立たされていた筈だ。
そうならなかったのは、フィオが普通ではなかったからで。
(ああ、ザイア様、この出会いに感謝します)
フィオは自己申告通り、人付き合いに難があるのだろう。だがそれゆえに、人間関係特有の陰湿さも持たないというなら、それはいっそ好ましい。
そして良くも悪くも単純で素直なルースも。
奇跡のような巡り合わせに、感謝の祈りを捧げた。
 




