ストーリーモード いざ、冒険へ
早朝、まだ日の昇りきらぬ薄暗い中、フィオ達三人とマイエルは帝都を出発した。
道中はトラブルも無く、拍子抜けする程あっさりと件の遺跡へと着いた。
「何これ?」
「崖を掘って建てたんでしょうか?」
遺跡は見える範囲では二階建てで、パッと見は石造りのようだった。
何より異質なのはその場所だ。壁のような崖から顔を付き出すようにその遺跡はあった。
「〈大破局〉の名残りかな、遺跡には奇妙な所に建ってる物も多いんだ――あれ?」
「どうしました?」
「扉が開いてる……ちゃんと閉めて行った筈だけど……」
見れば、玄関らしき両開きの扉は片方が少しばかり開き隙間を見せている。
「マイエルさんが見つけてから今日までの間に、誰かに見つかった?」
「ええっ!? じゃあお宝は無し!? お金出したのに!!」
「30Gあれば一泊出来るもんな……。それより、問題は"誰が"見つけたかだよ。ヒト族だったら無駄足を踏んだだけだけど、蛮族だったら一気に危険度が増す」
フィオの言葉に緊張が高まる。しかし、
「君さぁ、途中までは良かったけど、蛮族のくだりはもっと勿体ぶろうよ。物語なら盛り上がるポイントだよ?」
なんて、マイエルは混ぜっ返す。
「それ必要ですか?」
「必要だよ! ねぇルース君?」
「え? えーと……」(チラッ
「………」
淡々と返すフィオ。なぜか不満げなマイエル。返事に窮するルース。目で助けを求められてこめかみを押えるエイル。
「ともかく、全て憶測だ。蛮族の侵入を想定した上で探索すればいい。今更帰る気は無いだろ?」
「「もちろん」」
三人の遣り取りにマイエルは満足げに頷く。
「そうそう、若者はそう来なくっちゃ。それじゃ、僕は帰るよ。頑張ってね〜」
「はい、マイエルさんもお気を付けて」
「ありがとうございました~」
「……。えーと、お疲れ様です?」
案内を終え帰って行くマイエルを見送り、三人は改めて遺跡を見上げた。
「よし! 早速」
「待った。探索の前に栄誉補給しよう」
「そうだね、お昼にはちょっと早いけど、どれ位時間掛かるか分からないし。ルースもいいかな?」
「あ、はい」
立て続けに正論を並べられ、ルースは振り上げ掛けた拳をそっと下ろした。
「えっと、今度こそ探索開始でいい?」
干し肉と硬いパンの昼食を簡単に済ませ、ルースは出会って間もない仲間に確認を取る。
「じゃ、今度こそ。――行くぞ! おー!!」
「おー!」
「……?」
拳を上げやる気を溢れさせるルースに、エイルは乗り良く合わせ、フィオただ不思議そうに見ている。
微妙な空気になるかとエイルは焦ったが、ルースはフィオの反応を気に留めず、ワクワクと遺跡へ向かった。
案外、相性は良いのかも知れない。
「さて、まずは入口周辺を調べるか」
「遺跡には入らないの?」
「こういう時、入る前に出来るだけ情報を集めるのがセオリーなんだよ。今回は特に、何者かが中に居る可能性が高い。――周辺に足跡とか残ってれば手掛かりになる」
「なるほど」
「下調べなら任せて! スカウトだから!」
「そっか、なら任せる」
元気良くルースが請け負い、早速地面に膝を着いて観察する。
「二人共慣れてるの?」
「俺は両親が冒険者だから、基礎は習ったよ」
「フィオも? 俺も俺も〜、母さんから戦闘教わって、父さんからスカウトやレンジャーの技術教わったんだ〜」
「へぇ、良いね。僕は神殿で育ったから、その辺あんまり経験無くて。あ、野外活動は経験あるから」
「……戦闘経験は」
「……ええと、あんまり」
「まぁ、そうだな。そっちは俺とルースが担当しよう」
「うん! 大丈夫、俺が戦うから!」
「……しゃべるはいいけど、探索は? 何か見つかったか?」
「や、やってるよ! え〜っと、特に気になる物は見つからなかったけど」
「そう?」
「う〜ん、ここ数日、雨は振ってないよね?」
「ああ……。失敗した、マイエルさんにいつ遺跡を見つけたのか、具体的に聞いとくんだった」
「まぁ、いいんじゃない? とりあえず入って見ようよ。――罠は、見なくていいかな」
「そうだね、罠があったら教えてくれるだろうし」
「知ってて黙ってたなら、訴えよう」
「フィオ……」
「と、とにかく入ろう!」
なんとも反応に困る事を言い出すフィオに、ルースがささっと遺跡の玄関を開けた。
当たり前だが中は真っ暗だ。それでも開けた玄関から二体の石像があるのは確認出来た。
「これがマイエルさんの言ってた石像だね」
「ああ。例の文字もある」
言ってフィオが示したのは石像の足元。読めはしないが、その模様がマイエルの見せた物と同じなのは判別出来た。
「とにかく明かりが要るね」
言って松明を取り出したのはルース。手慣れた様子で火を点ける。
「……念の為、もう一本点けるか」
「あ、そうだね」
「? 二つあった方が良いの?」
「いつ、どんなアクシデントがあるか分からないからね。例えば、先頭のルースが松明持った状態で落とし穴に落ちたりしたら、残って動ける俺たちが、直ぐには動けないなんて事態になるだろ?」
「ああ、確かに」
「凄く分かり易かったけど例え……」
「戦闘になったら俺も前に出る事になるから、もう一本はエイルが持って」
「了解」
もう一本松明を点け、中の様子がよりハッキリと確認出来た。床には埃とシャンデリアの破片が散乱しているが、罠の類いは無さそうだ。
「特に何も無さそうだし、次行こうか」
「だね」
「そうだな」
隊列はスカウト技能のあるルースが先頭で、真ん中にフィオ、最後がエイルという順番になった。
広いエントランスは玄関の正面にのみ扉があり、そこへ向かうと――。
「あれ、少し開いてる。それに泥が付いてる」
「本当だ。それも新しい」
「分かるの?」
「少なくとも300年経ってるとは思えないな」
「あ、そういう」
「やっぱり先客が居るね。気を付けて行こう」
頷いて、ルースは扉を開けた。
そこは左右に長い廊下で、正面に女神像があった。入って右端には上り階段が、左端には下り階段がある。
「調べるからちょっと待ってて」
先ずはルースが罠の確認。何も無いと確信を得て、二人を呼ぶ。
「また石像だね」
「バルトゥー氏は石像が好きだったのか? ――あ、目の所、宝石じゃないか?」
「あ、本当だ。キレイだね」
「え? 値打ち物? 持ち帰る?」
「石像ごとは無理だし、持ち帰るなら石だけかな。外せそう?」
「これくらいなら。でもちょっと時間掛かりそう」
「なら帰りにしよう。丁度出口目の前だし」
「了解です!」
「……そんな、強盗みたいな」
「みたいじゃなくて強盗だろ。昔の人から使えそうな物掻っ払ってるんだから」
それが冒険者の始まりだ。〈大破局〉の後、復興の為に使える設備を掻き集めたのが、今も続いている。
「それはともかく、次二階と地下、どっちに行くかだな」
「……ねぇ、さっきドアに泥が着いてたんでしょう? 床に落ちてたりしない?」
「あ! 見てみる!」
言われてルースが床に膝を着き痕跡を探る。さっきは罠の有無に気を取られ、そこまで考えてなかったらしい。
……自分もスカウト技能学ぼうか、とその背中を見てフィオは思う。
やがて。
「あった! 泥が二階の方に続いてる! それと足跡があった。蛮族だ」
「蛮族か。先にそっちを片付けようと思うが、いいか?」
「うん、探索中に後ろから襲われても嫌だし」
「俺も異議なし」
「決まりだな。一応確認するよ、ルースは前衛。魔法は無くて近接攻撃のみ。エイルは後方で回復と支援。僕は基本前衛で、状況を見て魔法攻撃や支援魔法も使う」
相手が蛮族であれば、戦闘は避けられないと見るべきだ。
三人は気を引き締めて二階へと向かった。
階段を上りきると、階下と同じ大きさの廊下に出た。
玄関がある方向の壁には扉が二つあり、どちらも閉まっている。反対側――崖側――にはガラス窓が。
「は? 窓?」
蛮族を警戒する中、フィオが窓に食い付いた。
「フィオ?」
「……うん、しっかり窓だ。普通に開け閉め出来るようになってる……。うわぁ何これ」
と、なぜか活き活きと、宝物でも見つけたような様子で窓を撫でるフィオ。
「えーと、フィオ? どうしたの?」
「見てこれ! 窓! おかしい!!」
頬を上気させ、キラキラした目で窓がおかしいと訴えるフィオ。
(……わかる?)
(いや全然)
こっそりと囁き合う二人に、何も伝わってないと気付いたフィオは説明を加える。
「だからさ、この家、崖の中にあるでしょ、こっち側は土だけで、窓作る意味無いでしょ? それなのに窓はある。家主が余程不可解な思考の持ち主でなければ、この屋敷は元々は野外に普通に建ってたって事だ。それが〈大破局〉によって崖の中に埋まった。〈大破局〉ではありえないような天変地異が沢山起きたと書物で読んだけど目の当たりにしたのは始めてだ! 地形が変わるのはいいとしてなんてこの屋敷は無事なの? 崖が出来たり移動するような事になったなら家なんて無事で済む訳ないのにこのガラスでさえヒビ割れも何も――」
「う、うん、分かった。この屋敷が珍しいのは分かったけど後にしよう? 今は蛮族をなんとかしないと」
「……ああそうだった、そっちが先だね」
エイルの制止に、フィオはしぶしぶと窓から離れた。
エイルとルースはホッと息を着く。察してはいたが、フィオのヲタク気質は付き合うのが大変そうだ。
「ルース、足跡は分かる?」
「今調べる」
フィオの圧に呑まれていたルースも、我に返って廊下を調べた。結果。
「……ごめん、何も分からなかった」
聞き耳を立てても何も分からなかった。
「まぁ、状況を見るに、あの二つの扉のどちらか、あるいは両方に蛮族が居る訳だよな? だったら当てずっぽうで片方開けて、当たりならそれでよし、外れなら探索は後にしてもう片方、って感じでいいんじゃない?」
「そうだね、両方に居る可能性もあるのか……それなら一人は扉の外で警戒してた方がいいのかな?」
「それだと挟み撃ちになるし、いっそ扉を閉めて片方ずつ相手した方が良いか?」
「それだと部屋閉じ込められる事にならない?」
「あー、確かに。……いや、確か外に面した窓があったな。閉じ込められたらそこから脱出出来ないか?」
「ええ? 凄く高い所にあったよ?」
「俺はあれくらいならなんとかなるけど」
「俺も平気」
「危ないのはエイルか……」
「えっ? わ、分かった! なんとか降りるから!」
「まぁロープもあるしなんとかなるだろ。蛮族が二手に別れてなかったら杞憂で済むし」
「あ、そっか、そういう可能性もある、ってだけの話なんだっけ」
「そう。何が起きるか分からないんだから、あらゆる想定をしておかないと」
「どっちにしろ扉の所で待機して警戒する必要はあるよね? それは僕の役目かな?」
「だな。俺とルースはまず前に出るし。異変があったら直ぐに知らせて」
「了解!」
「じゃあ開ける? どっちから?」
「あ、待って先に守りの魔法掛けるよ。【フィールド・プロテクション】」
「あ、俺もバフ掛けとく。【エンチャント・ウェポン】×2、【プロテクション】×2」
エイルが防御力を上げる範囲魔法を掛け、フィオは攻撃力と防御力を上げる魔法を前衛二人に掛けた。
「じゃあ開けるよ」
先陣を切るのはルース。取手に手を掛け、後ろの二人に声を掛け勢い良く扉を開けた。
そして。
「ギャギャ?」
「ギィィィ」
「……グル」
そこに居たのは二足歩行の、しかしどう見ても人族ではありえない姿。
蛮族だ。




