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私の人生に、満たされる人は誰なのか  作者: 真ん中 ふう
3/5

#3

その姿に、国王であったエトワールの面影は、見当たらない。

ボロボロになった衣服。

手首と足首には、縄で縛られた後。

足元は裸足で、汚れている。

顔には無数のかすり傷。

そして、ボサボサになった頭には、包帯が巻かれ、目は生気を失い、どこを見ているのか分からない。

暗い部屋の隅っこに身を縮めて、ぼーと座っている。


「エトワール…国王様…。」

その姿にエヴァは言葉を失った。

信じられなかった。

あの偉大で寛大なエトワール国王はどこに行ってしまったのか。

ジャンはエヴァの足元に片膝を落として、報告する。

「発見したときには、すでにこのようなお姿で、谷底におられました。体に剣で斬られた傷があり、我々で処置を致しました。」

エヴァは静かに頷く。

ジャンは続けた。

「深手と聞いておりましたが、お体の傷は致命的なものはありませんでした。しかしながら、かなりの高さから谷底へと落ちたにしては、よくご無事でと言う他ありません。」

「谷底に落ちたのではないのかも知れないわね。」

エヴァには、他の可能性が浮かんでいた。

それは、エトワールの手足に付いた、拘束されていたのであろう痕を見れば分かる。

「国王様の護衛達は?」

「我々が着いた頃には、すでに帰還している様子でした。」

「国王様を置いて。…酷い人達…。」

エヴァは、眉間を寄せた。

その表情には、怒りが表れている。

「エトワール国王は、我が国で保護いたします。ヴィクトリアには、国王様の事は、伝えなくて良い。」

ジャンはエヴァを見上げた。

「どういうおつもりで?」

エヴァはジャンを見た。

「あなたも私が呪いの神だと信じているの?」

エヴァのその言葉にジャンは目を見開いた。

「エヴァ様。なぜ、その事を…。」

「どうなの?」

エヴァはジャンの疑問には答えず、強く問う。

そんなエヴァにジャンは、忠誠心を示すため、腰に差していた短剣で自らの腕に刃を走らせた。

傷口から滴るジャンの血。

「この血もこの身も、あなた様に。」

忠誠心を見せたジャンの行動にエヴァは表情一つ変えずに言った。

「その思いが本物なら、あなたは呪いの神には殺されない。」

いつもと違うエヴァの態度に、ジャンはわずかに恐れを感じた。

こんな脅すような言葉をまさか、エヴァから聞く日が来るとは思わなかった。

ジャンの目に、16歳のおてんばだったエヴァの姿は、見えなくなっていた。

エヴァは変わり始めていたのだ。

「すべて、仰せのままに。」

今のエヴァにはその言葉が最適だと、ジャンは感じた。

(ついに時が来たのかも知れない。国王様が仰っていた、その時が…。)

ジャンは、自分の意識を改めなければならないと感じた。

変化を遂げる、エヴァを守る為に。


エトワール国王が城内で保護されていることは、エヴァ、ジャン、ネル、そして、エトワール国王のお世話係に任命されたジャンの息子達、アビーとヘンリーしか知らなかった。

それは、エヴァが命令したこと。

サラの事があって以来、エヴァは慎重になり、裏切り行為が行われればすぐさま処刑する旨を、それぞれに伝えていた。

エヴァにとって、裏切り行為が怖いのではない。

自身が行おうとしている復讐を成し遂げるための、裏切りは阻止しなければならないと考えていた。

「私が復讐を果たすのは、お父様とお母様の無念を晴らすため。そして、もう一人の私、叶恵の為に。」

今のエヴァを占めているのは、そんな思いだった。


エヴァは時折、エトワール国王の元へと訪れていた。

その時は、お世話係のアビーとヘンリーも一緒だった。

相変わらず、意識がどこかへ行ってしまっているエトワールの姿を見るたび、エヴァの胸は締め付けられた。

(私の考えが正しければ、エトワール国王は、裏切られている。)

エヴァは、一つの仮説を立てていた。

ジャンから聞いた、エトワールの発見時の様子。

賊に襲われたと言う場所の詳細。

そして、使いの者から届いた手紙を読んだ時のヴィクトリアの様子。

(ヴィクトリアは、あの文章から、すぐに死んだと判断した。手紙には行方が分からずと書かれていたのに。)

エヴァが思考を巡らせていると、聞き覚えのある声が、耳に届いた。

「叶恵?」

辺りを見渡しながら、エヴァが呟く。

しかしアビーとヘンリーにはその声は届いていないのか、不思議そうにエヴァを見ている。

(私にだけ、聞こえているのね。)

エヴァは何かを察し、アビーとヘンリーに告げた。

「少しの間、席をはずしなさい。」


「叶恵。どこにいるの?」

エトワールしか存在しない部屋でエヴァが呼び掛けた。

すると、エトワールの手を優しく撫でている誰かの姿がうっすらと見えた。

「叶恵。」

そう呼ばれ、叶恵は静かに微笑む。

「どうしたの?私だけに何か、伝えたいことがあるの?」

エヴァは叶恵の声が自分にしか聞こえていないことから、そのように感じていた。

「エヴァ、ヴィクトリアの事に気付いたのね。」

「やはり、そうなの?」

叶恵は悲しそうに頷いた。

そして、エトワールを見つめて言った。

「ヴィクトリアはエトワールを殺して、女王になろうと企んでいる。」

「では、賊に襲われたのは嘘?」

「それは本当。でも、それを好都合と考え、エトワールを見捨てるように指示しているわ。本当は視察に向かう道中で殺害する計画を立て、護衛にそれを命じていた。」

「なんて女なの!」

エヴァは思わず、自身の手にぎゅっと力を込めた。

「あの時見せた使いの者からの手紙。あれの前に本当は賊に捕まったと手紙が来ていたわ。そこでヴィクトリアは見捨てるように命じ、自分を悲劇のヒロインにするために、嘘の手紙を送らせた。」

それなら合点がいくと、エヴァは思った。

ヴィクトリアの言葉は不可解であった。

手紙を読み、エトワールを心配するのではなく、「死んだ」と言った。

それは、賊に捕まり、見捨てたのが自分だから、出た言葉。

「酷い女。」

エヴァの仮説は、真実へと変わった。

エトワールは、王妃ヴィクトリアに裏切られていた。

「エヴァ。私は今がチャンスだと思うの。」

叶恵はエトワールの手を離し、立ち上がって言った。

「ヴィクトリアは今静養しているわ。私は私が味わった苦しみをヴィクトリアにも与えてやりたい。」

いつになく強い叶恵の言葉。

エヴァは頷く。

「私はヴィクトリアを討つわ。」

「待って。」

エヴァの言葉を叶恵が強く止めた。

それを不思議そうに見るエヴァ。

すると、叶恵から思いもよらない提案が出た。

「討つのはまた後で。」

「なぜ?」

「まずは、愛しの王子をヴィクトリアから奪う。」

「え?」

「私は生まれてすぐに、子供を奪われた。その復讐を。」

叶恵の瞳が、熱く怒りを灯している。

その瞳をみていると、叶恵がエヴァに最初に言った言葉を思い出す。

悲しい瞳で叶恵が懇願したこと。

「復讐して欲しいの。」


エヴァは一度目を閉じた。

そして、もう一度目を開けた。

「そうね。ずっと待っていたものね。私があなたを認識するまで。分かったわ。あなたのために、王子を奪う。」

すると叶恵は、悲しい笑みを浮かべ、頷いた。

目には涙を滲ませて。

「エヴァ。もうひとつお願いを聞いてくれる?」

「何?」

「王子の事よ。」

そう言った叶恵の瞳は優しい眼差しに変わり、こう言った。

「王子は、あなたに育てて欲しいの。」



エヴァは、アビーとヘンリー、ジャンを自室に呼び出した。

叶恵の復讐を果たすために、計画を立てる。


「今回戦いを仕掛けるのは、王子を略奪するため。」

エヴァの言葉に三人は頷く。

詳しい理由は知らされていない。

しかし、自分達が支える国王が決意したことには、逆らわない。

それがエヴァが、呪いの神として目覚め始めているなら、なおさら。

自分達は亡き国王に言われた通り、エヴァを守るだけだ。

「名目はヴィクトリアが私を侮辱したことによる報復とする。」

戦いを仕掛けるには、大義名分が必要。

今回は少数ではあるが、軍を動かすのだから、兵士を納得させなければならない。

それが、エヴァを侮辱してきた事なら、エヴァを慕う兵士たちを奮い立たせるには十分だった。

「戦闘の目的は、王子を奪取する事。我々がエバーグリーンの人間だと知られてはいけない。あくまで、賊による誘拐事件だと思わせる。」

エトワール国王が行方知れずとなっているように、王子も同じ様にしなければ、ヴィクトリアに絶望を与え、エトワールを裏切った事への後悔を味わわせなければ、エヴァの気持ちが収まらない。

エヴァは、叶恵の復讐と共に、エトワールの敵も取るつもりでいたのだ。

「作戦決行は1週間後。子の刻。良いか!」

「はっ!」

こうして、準備は進められていった。


作戦決行日、前夜。

エヴァは、エトワールの部屋を訪れた。

そこには、月夜を眺めながら、窓際に体を寄せるエトワールの姿があった。

エバーグリーンに来てから、エトワールの意識は未だ、回復していない。

言葉を発することもなく、ただ、与えられた食事をとり、アビーとヘンリーによる世話を受け入れていた。

ただ、変わったことがある。

それは、見た目。

城に来たときは、ボロボロの状態であったが、世話役により、身なりを整えられ、見掛けは普通の質素な男性となっていた。


エヴァは、エトワールの元に膝ま付き、声を掛けた。

「エトワール国王様。私はあなたの愛息をこの城にお招きいたします。」

エトワールは、相変わらず、月を眺めている。

「王妃ヴィクトリアは、あなたを裏切り、見捨てた女。私が尊敬して止まないあなたを侮辱し、騙し続けてきたことは、許しがたい事実。どうか、あなたが愛した女性に報復することをお許し下さい。」

そう言って、エヴァは頭を下げた。

今のエトワールは、何も状況が掴めていない。

意識さえもどこにあるのか分からない、さ迷い人。

エヴァの言葉が、真意が届くとは思えない。

しかしエヴァは、この作戦を決行するにあたり、エトワールに許しを乞うことを避けては通れないと感じていた。

たとえ、エトワールの意識が戻り、ヴィクトリアに報復したことを、エトワールに恨まれたとしても…。

そんな悲しく、強い決意をしたエヴァに、奇跡が起きた。

エトワールに下げたエヴァの頭を、大きくて暖かい何かが触れた。

そして、その物はエヴァの頭を優しく撫でている。

それは、慈悲深い瞳でエヴァを見つめるエトワールの手。

今まで、反応のなかったエトワールが、初めて自ら行動を起こした。

エヴァは、信じられない光景に、暖かさに、自然と涙が溢れた。

「エトワール様。」

そう呟くエヴァから流れる雫を、エトワールは拭ってくれた。

「お許し…くださるのですか?…エトワール様。」

エヴァの声は、歓喜で震えていた。

そんなエヴァを見つめながら、エトワールはただ、優しい眼差しを向けているのだった。


時は訪れた。

決行日、子の刻。

事前にヴィクトリアが別の城に移り、静養中であることをつきとめていたエヴァの軍は、その城が眼下に見下ろせる場所に辿り着いた。


エヴァは、その身を麻のマントで覆い、頭から足元までを隠している。

ジャンもアビーもヘンリーも同じ様に身を隠し、目元だけを出した格好だ。

その他の兵士達も同様で、エヴァの軍は、端から見れば、柄の悪い賊、そのものだった。


エヴァは、剣の柄を胸に当てた。

そして、目を閉じる。

「お父様、お母様、どうかエヴァを見守って下さい。」

誓いの言葉を終えて、エヴァが目を見開いた。

「我らに勝利を!」

その言葉と共に、エヴァは崖を駆け降りた。

そのエヴァの後ろを兵士達が勇ましい声を上げながら、同じ様に駆け降りていく。


突然の賊の奇襲に、ファルツの兵士達は城に響き渡る鐘を鳴らした。

そして、城のいろんな扉から、ファルツの兵士達が剣を持って立ちはだかる。

(さすがはエトワール国王様の軍隊ね。整うのが早い。)

エヴァは、敵軍隊の対応の速さに満足そうにニヤリと笑う。

それは、エトワールが不在であっても、エトワールの力が働いていると感じて、喜んでいるようだ。

そして、戦いそのものを楽しんでいるようにも見える。


エヴァは、自分から敵兵の中に飛び込む。

すぐさまエヴァは囲まれた。

しかしそれは、エヴァの想像の範囲内。

エヴァは止まらず、目の前の敵兵を切り捨てる。

そしてすぐにジャンプして、倒れてきた敵兵をかわし、そのまま城に向かって走る。

そんなエヴァを敵兵が追うが、すぐにアビーとヘンリーが立ちはだかり、敵兵を食い止める。

右からも左からも襲いくる敵兵に対しては、エヴァの軍隊が応戦する。

城の周りはあっという間に、戦場と化した。


エヴァが城内に侵入すると、別部隊の数人がエヴァに襲いかかる。

その兵士をエヴァは、迷いなく次々と斬っていく。

エヴァが斬り残した兵士は、後ろに付いていたジャンが担当する。

エヴァとジャンは息の合った動きで、敵兵を斬りながら、城内の奥へと進んでいった。


城の奥に進むにつれ、兵士の数が減り、女中達や、老兵ばかりになっていく。

どうやら、エヴァとエヴァの軍隊は、この城を制圧する事に成功しているらしい。

エヴァとジャンは、怯える女中達には目もくれず、襲ってくる老兵は、動けないようにみぞおちなどを打ち、気絶させた。

もう、エヴァとジャンに戦いを挑める者は居なかった。

エヴァがある扉を開けた。

「何!何者なの!」

そこには、大きなベッドがあり、ヴィクトリアが半身を起こして、身構えていた。

その横には、王子の眠る小さなベッドがあった。

エヴァとジャンは無言で目配せをする。

その身を隠したエヴァが剣を片手に、ヴィクトリアのベッドへ近づく。

「何!誰か!誰か!いないの!早く!来て!」

ヴィクトリアは、無言の賊に恐ろしさを感じて、大声で叫んだ。

しかし、この城の中にヴィクトリアの声に応えられるものは居なかった。

エヴァは、ヴィクトリアの鼻先に剣を向け、低くガラガラとした音声を作り、こう言った。

「質問に答えよ。」

そう言って、王子のベッドを顎で示した。

ヴィクトリアはその方を見て、青ざめる。

そこには王子に対して剣を向けるジャンがいたのだ。

エヴァの問いに答えなければ、王子の命はないと示しているのだ。

「お前がエトワールを裏切った理由を言え。」

ヴィクトリアに選択肢はなかった。

ここで答えなければ、王子が殺されてしまう。

そんな絶望がヴィクトリアの口を開かせた。

「私は、農民の子だった。その中でも貧民と言われる程、惨めな部類。同じ農民同士の間柄でも、貧富の差によって、差別され続けてきた。私はそんな生活が嫌で、自分の地位を上げるために、いろんな策を練ってきた。」

それは、エヴァが初めて知る、ヴィクトリアの過去。

「そして私はある男に出会った。その男は、エトワールの城に内通していた。その男が私に言ったわ。エトワールを殺し、お前を女王にすると。」

「その男はどこに。」

「分からないわ。いつも突然現れ、消えていく。」

そのヴィクトリアの答えに、ジャンは剣を小さく鳴らした。

「ほんとよ!ほんとなの!私はその男の言う通りにしているだけよ!私の身分を隠してエトワールと、結婚させたのも、その男だもの!」

ヴィクトリアは必死だ。

愛する我が子に剣を向けられ、咄嗟に付く嘘とは思えなかった。

「その男は、次はどうしろと言っている。」

「分からないわ!この子を生んでから現れていないもの!」

どうやら、ヴィクトリアの野望を利用している人間が存在するらしい。

その事は嘘ではないだろうと、エヴァは確信した。

しかし、その男の言う通りに動き、エトワールを裏切った事になんの同情も湧かなかった。

ヴィクトリアが持っているのは、自分の欲望だけ。

女王と言う、地位が欲しいだけ。

その事に怒りを感じながら、エヴァはヴィクトリアの、みぞおちに拳を入れた。

「うっ!」

ヴィクトリアは小さく呻き、エヴァの腕に倒れ込んだ。

エヴァは、ヴィクトリアの体を乱暴にベッドに投げ、ジャンに頷いた。

その頷きに、ジャンは剣を腰にしまい、小さな王子を布で優しくくるむと、抱き上げた。

そして、二人は静かになった城を後にした。


エトワールを襲った賊はまだ、どこにいるのか分からない。

しかし、ヴィクトリアの発言から、エトワールを憎く思っている人物が存在することが分かった。

しかもその人物は、エトワールの身近にいる可能性が高い。

だが、襲われてからエトワールはエバーグリーンで保護されている。

その事を知るものは、エヴァの周りにしかいない。

エトワールを襲いに来ることはないだろう。

エヴァは、そう解釈していた。


王子の奪取に成功したエヴァは、王子をエトワールの部屋へと連れていった。

自身もいつものドレス姿で、王子を我が子のように抱きながら。


「エトワール様。あなたのご子息ですわ。」

そう言ってエヴァは、王子を腕に抱いたまま、エトワールの前に膝ま付いた。

しかし、エトワールは王子を見ない。

相変わらず、ボーと前を見ている。

(エトワール様。)

エヴァの心に、暗い影が落ちた。

それは、エヴァが王子に対して、エトワールに何か良い空気を運んでくれるのではないかと期待していたからだ。

もしかしたら、王子を見ることで、自身を取り戻してくれるかも知れないと…。


「ふん…ふん…。」

エヴァの腕の中で、王子が小さく、グズリはじめた。

その声はどんどん大きくなっていった。

「ごめんね。ほらほら。」

エヴァが焦って王子を揺らしてあやす。

しかし王子の声は止まらず、部屋中に響く声で泣き出した。

エヴァは王子をあやしながら、部屋を歩いていると、さっきまで視線の合わなかったエトワールと、目が合った。

「エトワール様?」

エヴァは、もう一度、王子をエトワールに近づけてみる。

すると、エトワールが王子に視線を向けた。

王子は元気に泣き続けている。

そんな王子の頬に、エトワールの大きな手が触れた。

エヴァは驚き、目を見開いた。

そして、エトワールを見つめた。

エトワールの口元が震えている。

それは、何かを言いたげな様子だった。

エヴァは、エトワールの口元に釘付けになった。

何か言葉が出るかも知れない。

そんな期待で胸が膨らむ。


「…お…じ…わ…たしの…」


エトワールが途切れ途切れに言葉を紡いだ。

それは、エトワールがこの城に来てから初めての事。

そして、エトワールの目には涙が浮かんでいた。

まるで、王子との再会を喜んでいるようであり、自身を少しずつ取り戻しているようでもあった。

「エトワール様!」

エヴァは、思わずエトワールに抱きついた。

片手で王子を抱きながら、もう片方の腕をエトワールの首に回した。

エヴァとエトワールの間に、小さな温もり、王子を挟んで、三人はしばらく過ごした。


エヴァが王子を奪取してから、数日後。

ヴィクトリアの様子が隣国から知らされた。

目を覚ましたヴィクトリアは、王子がいないことに、大層狼狽した。

近くにいた女中達や、生き延びた家臣達を責め立て、すぐに城中を探し回ったが、王子が見つかるわけもなく、ヴィクトリアは泣き崩れたそうだ。

そして、魂が抜けてしまった様に過ごしていると言うことだった。

そして、襲ってきた賊の正体をつかむため、ファルツ軍が密かに動いている情報も得ていた。

しかし、ファルツはヴィクトリアしかいない。

隣国にも、エトワールに心を寄せるものはいたが、横柄な態度しか取ってこなかったヴィクトリアに同情する者はおらず、情報収集は難航していた。

何よりも、誰も賊の正体がエヴァ達であることを、想像すらしていなかった。


そして、時は流れ、エヴァは22歳になった。

王子の奪取以来、エバーグリーンは穏やかな日々が続いていた。

隣国のファルツでは、ヴィクトリアの意向で、エトワールと王子の葬儀が行われた。

その席でヴィクトリアは、大粒の涙を流し、国民に訴え掛けた。

「私は許さない!私の愛しのエトワールと王子を奪った者達を!」

ヴィクトリアのその悲痛な叫びに、ファルツの国民は同情し、ヴィクトリアを支持しているらしかった。

月日が経つにつれ、ヴィクトリアの女王としての風格は上がっていき、厳しい面を持つ、悲劇の女王として、名を轟かせていた。


「リアム!剣の稽古を始めるわよ!」

そうエヴァが声を掛けると、美しい金髪を弾ませて、高貴な雰囲気の男の子、リアムが駆け寄ってきた。

「はい。お母様。よろしくお願い致します。」

リアムは、エヴァを母と呼び、ジャンから剣を受け取った。

今からエヴァ直々に、剣の稽古が始まるのだ。

そんな二人を優しい瞳で見つめる人が…。

「お父様!僕は強くなります!そして、お母様とお父様をお守りします!」

リアムは、優しい父であるエトワールに決意を伝えた。

すると、エトワールはリアムの頭を撫でこう言った。

「お前はきっと強くなるよ。母である、エヴァの様にな。」

エトワールのその言葉に、リアムは瞳を輝かせた。


7年前のファルツ国の王子、リアムの奪取は誰にも正体が分からないまま、時が過ぎた。

その後、赤子であったリアムと再会したエトワールは、自身を取り戻し、エヴァから全てを知らされた。

しかし、エトワールは自身を襲った賊に関して、何一つとして覚えておらず、ただヴィクトリアの裏切りに、憔悴していた。

そんなエトワールだったが、リアムの成長を目にして、少しずつ穏やかな心を取り戻し、悲しみから抜け出すことが出来たのだ。

そんな折、エトワールはエヴァに感謝の気持ちと、これからも側にいて欲しいと伝えた。

エヴァは嬉しさに涙を流して、エトワールの想いを受け入れ、二人は結婚したのだ。

エバーグリーンの国民には、エトワールであることは知られておらず、その他の隣国にも、エヴァは家臣の一人と添い遂げたと、伝わっていた。

そのため、エバーグリーンの国王はエヴァであり、エトワールが人前に姿を現す事はない。

しかしながら、国民はエヴァが認めた男性との結婚に納得し、祝福していた。

そしてまだ赤子であったリアムは、二人の子供としてすくすくと育っていった。

心配していた腕の痣も、「悪魔の印」と言われていたが、リアムは何事もなく、まっすぐに素直に育ち、エヴァももう痣の事を忘れてしまうくらいだった。

しかし、エヴァには気になることがあった。

それは叶恵の事。

王子を奪取して以来、叶恵は姿を現さなくなった。

(私は叶恵の思いに、報いる事が出来たのかしら?)

そう思いはするが、その事を確かめる術はなかった。



そんな叶恵の事を気にかけながらも、エヴァはひとときの幸福に包まれていた。

今はこの幸せに身を委ねていたい。

息子である、リアムの成長を見守りたい。

そんな思いがエヴァの心を占めている。


魔女ゲランが残した言葉。

「悪魔は突然現れます。どうぞ、お気をつけて。」

この言葉の意味を、エヴァは思い知らされる時が来ることを知らずに、一時の幸せを味わっている。


読んで頂き、ありがとうございました。


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