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私の人生に、満たされる人は誰なのか  作者: 真ん中 ふう
2/5

#2

エヴァとサラが、城に戻ると、城内は、あわただしく動いていた。

「何事?」

エヴァが声を上げる。

「エヴァ様。我が国の使いの者から、知らせが入りました。」

側近のネルがエヴァに、知らせが書かれた紙を渡した。

それに目を通したエヴァは、すぐさま、家臣達に指示を出した。

「軍を出す!」

そう言うとエヴァは、身支度に入った。


「またもや、この国の水源を狙っているのね。」

エヴァの国は、豊かな緑と、水源に恵まれており、その恩恵は周りの国へも、経済協力として、提供されている。

しかし、そんな国の資源欲しさに、遠くの国から戦いを強いられる事があった。

今回も、エヴァの国を資源ごと、奪おうと動いた国があったようだ。

「エヴァ様、夜には我が国の周りを、敵兵が囲む見込みです。」

「いま、手薄なのは?」

「北側のみです。」

「いいわ。全兵士が集まりきる前に、こちらから仕掛ける。あちらの、全兵力が整うまでの残り時間は?」

「3時間です。」

「日没までは、あと2時間。暗闇になる前に片付ける!」

エヴァは、剣を持ち、軽い防具だけをつけ、すぐに城の外へ出た。

「エヴァ様。軍の準備がまだ間に合いません!」

兵士の一人がエヴァの元に片膝を落とし、報告する。

「構わない。今出れる者だけで先発する。後の者は準備が出来次第、順次出なさい。」

エヴァは、軍師であり、戦士。

このエヴァの素早く、大胆な作戦は、いつも国を守ってきた。

そしてこのエバーグリーンの中でも、腕の立つ剣士達、三人を先発に従える。

その後ろには30人程の兵士が続く。

「門を開け!」

エヴァの掛け声と共に、北側の門が開かれる。

エヴァは、国の北側に出た。

そこは、小高い丘。

隠れる場所がないので、敵は最後までこの場所に兵士を置かなかった。

エヴァは、そのまま北側の丘を進み、見晴らしの良い場所まで来た。

そこから国の周りを見ると、ずらりと敵国の兵士が並びはじめていた。

「人の国へ。図々しい。」

エヴァは、剣の柄を胸に当て、目を閉じる。

「お父様。お母様。エヴァの勝利を見守って下さい。」

そう言うと、エヴァは目を見開いた。

「行くわ!」

エヴァは、丘を駆け降り、敵兵の群れの中へと、突進していく。

「うおー!!!」

エヴァの後ろに、エバーグリーンの兵士達が、声を上げながら、突っ込んでいく。

その突然の襲撃に、敵兵は、急いで剣を構えた。

しかし、間に合わず、どんどん切り捨てられていく。

「はぁー!」

先陣を切っているエヴァの周りに数人の兵士が囲み出す。

エヴァは、その中心に入り、ためらいなく、剣を振るって行く。

中心から前の敵兵を斬り倒し、すぐさましゃがんで、後ろから来た敵兵をかわす。

その低い姿勢のまま、右に移動し、次の敵兵を下から上へ斬り上げる。

その勢いを保ちながら、回転し、先程かわした、敵兵を斬る。

倒れた敵兵をジャンプで越え、着地と同時に次の敵兵を斬り捨てる。

エヴァの迷いのない、素早い動き。

そして、的確な判断力によって、敵兵は次々と倒されていった。

そのエヴァの戦いぶりを見ていた、敵兵のトップは、残りの兵を引き上げていった。


エヴァが戦場にたって、15分程の出来事だった。


「エヴァ様!」

エヴァが城に戻ると、側近のネルがすぐさま駆け寄ってきた。

「お怪我はございませんか?」

「あるわけないでしょ。」

エヴァは、笑顔で答えた。

その様子にネルは安心したようで、ほっと胸を撫で下ろした。

「奇襲をかけるつもりだったのでしょうね。」

「だとしたら、準備に時間が掛かりすぎてるわ。あれだけの兵を集めていたなら、さっさと行かなければダメよ。」

「エヴァ様は本当に、頭の回転がお早い。」

「戦いで、迷ったら負けよ。過信し過ぎてもいけないわ。」

「今回の敵兵は、一体どこの国から…。」

「そんなの、どうでもいいわ。我が国を狙う者は、なんであれ、斬り捨てる。それにしても、周りを囲まれるまで気付かなかった、こちらにも落ち度があるわ。」

「申し訳ございません。」

「最近はこの国を狙う輩が増えている。…使いの者を今の倍にします。」

エヴァは、そう指示を出すと、着替えへと、向かった。


着替えを済ませたエヴァは、体を洗い清める為、風呂に入った。

大きな風呂に肩まで浸かり、足を伸ばして座る。

風呂の温度が心地よく、息が漏れた。

そして、エヴァは、先程の戦闘を振り返った。

目を閉じると、その時の光景が甦る。

斬り捨てていった敵兵達は、所属を示す家紋をつけていなかった。

しかし、賊にしては、しっかりしすぎている。

それに、引き際が早かった。

(本当に、我が国の資源を狙っていたのかしら?)

そんな事を考えていると、眠気がエヴァを襲った。


気付くとエヴァは、暗闇の中に立っていた。

(これは、夢?)

そう感じるくらい、現実味がない空間だった。

前の方から誰かが歩いてくる。

しかし、それが誰なのか、エヴァには、すぐ分かった。

「叶恵?」

エヴァが声を掛けると、その女性は、顔を上げた。

「エヴァ。」

女性が答えた。

「やっぱり、叶恵ね。」

目の前の叶恵は、悲しそうに微笑んでいる。

「エヴァ。」

叶恵は、右手をエヴァに差し出した。

エヴァは、差し出された右手に、自分の右手を合わせた。

まるで、鏡の中の自分と向き合っているようだ。

「エヴァ、お願い。私の願いを叶えて。」

叶恵の悲痛な表情は、エヴァの胸を締め付けた。

「叶恵の願いは、何?」

「…復讐して欲しいの。」

その言葉には、叶恵の後悔が滲んでいた。

「私は、あの人に屈してしまった。歩けなくなったショックで、何も考えられなくなったの。」

「そうね。辛かったわね。」

エヴァには、叶恵の気持ちが手に取るように分かる。

「でも、私をあんな体にしたのは、あの人だったの。」

「どういう事?」

「あの夜、私を階段から突き落とした人間がいたの。それが、姑の悦子。」

「なんですって!」

「あの人は、赤ちゃんが生まれたら、私を亡き者にするつもりだった。ところが私は生きていた。だから、歩けない事を理由に、離婚を迫った。そして、私から赤ちゃんを奪ったの。」

叶恵の絶望が、合わせた手から、伝わってくる。

「私は、あの人を許せない。」

穏やかな性格の叶恵が、怒りを見せた。

「私だって、そうよ!」

叶恵の心と連動するように、エヴァの気持ちもヒートしていく。

「許せないわ、絶対に!」

エヴァは、叶恵と合わせた手を握った。

「あなたなら、分かってくれると信じてたわ。」

叶恵が悲しい笑みを浮かべながら、繋いだ手に力を込めた。

「エヴァ、私はいつも、あなたを見つめているわ。」

そう言うと、叶恵の手が徐々に離れていく。

「叶恵!」

エヴァは、叫んだ。


しかし、そこには、暗闇があるだけだった。



「はっ!」

エヴァは、目を覚ました。

体は湯船の中。

(さっきのは…夢?)

しかし、エヴァの中に叶恵の想いがしっかりと残されていた。

(叶恵…)

エヴァは、胸に両手を当てた。

(きっと、私が….。)

エヴァは叶恵の願いをしっかりと心に刻んだ。



エトワール国王との約束の日、エヴァは10名程度の家臣と女中を連れて、隣国ファルツを訪れた。

エヴァが通された、大きな広間には、先月よりも大きなお腹の王妃ヴィクトリアが待っていた。

そして、エトワール国王は、すでに出発している様子であった。

「よく、来てくれました。」

歓迎の言葉とは裏腹に、王妃ヴィクトリアの声は、感情がなく平坦だ。

「王妃様、お体はいかがですか?」

エヴァは、妊婦であるヴィクトリアを気遣う。

しかしヴィクトリアからは「あなたが心配する事ではないわ。」と言う、冷たい言葉しか返ってこない。

「あなたを心配しているのではありません。私はエトワール国王のお子さまを案じております。」

エヴァは、まっすぐにヴィクトリアをみつめ、言い放った。

そして、ヴィクトリアに一礼して、エヴァは言った。

「しばらくの間、警護させて頂きます。」


ヴィクトリアの警護と言っても、エトワール国王の国の中。

危険な状況はない。

しかし、エヴァにはあることが気に掛かっていた。

それは、エバーグリーンに奇襲を掛けようとした、部隊の存在。

どこかの国なのか、賊なのか、未だに分かってはいない。

エバーグリーンが狙われた様に、国王不在のこのファルツを襲ってくる輩がいるかも知れない。

そう考えると、ヴィクトリアの警護にも力が入る。

エヴァは、ヴィクトリアが動く度に、ついて歩き、側に居ることを心掛けた。

そんなある日。

王妃ヴィクトリアの元に、使いの者が、ある手紙を持って現れた。

それは、エトワール国王に同行している家臣が書いた手紙だった。

ヴィクトリアは、手紙を読むなり、その場に膝から崩れ落ちた。

「ヴィクトリア様!」

エヴァは急いで、ヴィクトリアの体を支えた。

身重のヴィクトリアを倒れさせる訳にはいかない。

そんな、ヴィクトリアの表情は強ばり、体は小刻みに震えている。

「国王が…私のエトワールが…」

ヴィクトリアから悲痛な響きを持った言葉が紡がれる。

「エトワール国王がどうされたのです?!」

ヴィクトリアの体を支えながら、エヴァが問う。

すると、ヴィクトリアが声を震わせながら答えた。

「死んでしまった…。」

一瞬、ヴィクトリアのその一言がエヴァには理解出来なかった。

「死んだ?…エトワール国王が?なぜ!」

エヴァはヴィクトリアの手から、手紙を引き取る。

そこには、こう記されていた。


「道中、賊に襲われ、国王様が深傷を負われたまま、崖から転落。お姿が見つからず。」


「もう、駄目だわ…。あの人はもう…。」

ヴィクトリアが深い悲しみの声で呟く。

「何を仰られますか!王妃様!まだ亡くなったとは、決まっておりません!そんな事があってなりますか!」

エヴァは、自身にも言い聞かせるように強く言った。

信じたくもない。

あの寛大で、尊敬の念を抱かされるエトワール国王の悲報など、エヴァには信じられなかった。

それに、エトワール国王には、護衛がついているはず。

エトワール国王の護衛が、賊などに負かされるのだろうか?

「これから先、私はどうすれば…この子が不憫だわ。父親のいない子供なんて…。」

ヴィクトリアは、しゃがみこみ、声をあげて泣き出した。

「信じなさい!自分の夫を!」

泣き崩れるヴィクトリアにエヴァの激が飛ぶ。

そんなエヴァの言葉に、ヴィクトリアが顔を上げた時、ヴィクトリアの体に、衝撃が走った。

「…!」

ヴィクトリアが声を詰まらせてお腹を押さえ、眉間に皺を寄せる。

「どうしたの?!」

ヴィクトリアの異変に気付いて、エヴァが声を掛けたが、すぐに周りにいたヴィクトリアの女中達三人がエヴァを押し退け、ヴィクトリアの元に集まった。

エヴァは何が起こったのか分からないでいた。

すると、エヴァの女中のサラが駆け寄ってきて、エヴァに小声で耳打ちした。

「陣痛が始まったのですわ。」

「陣痛?」

まだ16歳のエヴァには、妊婦という存在が身近ではなかった。

ヴィクトリアが子を宿しているのは知っていたし、妊娠と言うことがどういう事であるか、分かってもいた。

しかしエヴァにはどこか、遠い世界の話のように感じていた。

「どうなるの?」

「今から出産の為の準備が始まります。エヴァ様はご自分のお部屋へ。」

「でも!」

「エヴァ様、今はあなたに出来ることは、何もありません。」

出産がどういうものであるか知らないエヴァにとって、サラのその一言はとても説得力を持って伝わった。


エヴァは自室にいる間、あることを考えていた。

(エトワール国王のお姿が見えないと言うことは、どういうことかしら?)

もし最悪、死んでしまったとしても、亡骸は見えるはず。

(どの辺りで襲われたのか、場所を調べなければ。)

そう思い立ったエヴァは、すぐに家臣であるジャンを呼んだ。

ジャンはエヴァの家臣の中でも優秀で、エヴァの父の時代から、エバーグリーンを支えてきた、剣士でもある。

「エヴァ様、お呼びでしょうか。」

ジャンは片膝を床につき、頭を下げる。

「すぐにこの城を発ち、エトワール国王の元へ行きなさい。」

「国王の足取りを掴めと?」

「そうよ。賊が相手なら、大人数で動くのは目立っていけない。あなたの優秀な息子達、アビーとヘンリーを連れていって構わない。」

「それでは、エヴァ様に何かあった時、危険です。」

ジャンはいつもエヴァの思いきりの良い作戦や命令に、冷や冷やとさせられている。

今回も、エヴァの警護の為に連れてこられたはずの自分達を、他国の為に動かそうとしている。

「そうよ。だからこそ、あなた達に行って欲しいの。時間は僅かしか与えられない。あなた達しか、出来ないことよ。」

そのエヴァの言葉にジャンは返す言葉が見つからなかった。

エヴァの身を守る為、任務をいち速く遂行出来るであろうと言う、エヴァからの期待を感じる。

そして、そんな難度の高い仕事が出来るのは、自分達だと、認めてくれている。

こんな最上級の褒め方を、ジャンは他に知らない。

だからこそ、期待に応えたいと思う。

エヴァはまだ16歳だが、人の心を掴む力を持っている。

それは、エヴァの本心からの言葉だと分かるから、誰もがエヴァを敬愛するのだ。

ジャンは感嘆した。

本当にエヴァには、勝てないと実感する。

「承知しました。」

「ありがとう。」

エヴァも満足そうな笑みを浮かべている。

「必ず、ご期待に応えてみせます。」

そう答えたジャンの瞳は、自信を漲らせていた。


ヴィクトリアが出産に入ってから、数時間が過ぎた。

時折サラが状況を伝えてくれる。

「ヴィクトリア様はまだ、陣痛の波の中におられるようですわ。もしかしたら、明日になるかも知れません。」

サラからそう言われて、エヴァは驚いた。

出産とはお腹が痛めば、すぐに生まれるものとばかり、思っていた。

実際は、母親が何時間も痛みに耐え、生まれてくることを、エヴァは初めて知った。

「お母様もきっと、苦しい思いをして、私を生んでくださったのね。」

エヴァは改めて、母親の偉大さを感じた。

「そうですわ。だからこそ、我が子が愛しくなるのです。」

「愛しく…。」

エヴァはそう呟きながら、ある人物を思い出していた。

(叶恵…)

愛しい我が子を失った、もう一人の自分。

生きる世界が違えど、エヴァと叶恵は、同じ人間。

(どんなに苦しかったことか…。どんなに辛かったことか…。)

エヴァは偉大な母親になったはずの叶恵に思いをはせずにはいられなかった。


真夜中、エヴァはなかなか眠れずにいた。

叶恵の事を思うと、辛すぎてたまらなかった。

そんなエヴァの部屋を誰かがノックした。

現れたのは女中のサラ。

サラは優しい笑顔で、エヴァにこう告げた。

「お生まれになりましたよ。エトワール国王によく似た、男のお子さまですわ。」

その知らせは、暗く沈んだエヴァの心を救ってくれた。

「ヴィクトリア様が、エヴァ様をお呼びですわ。」

そう言われ、エヴァはヴィクトリアが休む部屋へと向かった。


ヴィクトリアの部屋の前には、たくさんの兵士が立っていた。

王子が誕生し、喜びよりも緊張感が走っていた。

(国王になられるお子さまですものね。)

エヴァがそんな事を考えていると、部屋の奥、カーテンの向こうからヴィクトリアの甲高い声が聞こえてきた。

「あなたは今まで何をしていたの!こんなものを用意して!王子よ!この国の国王になる我が子に、こんなもの着せられないわ!作り直しなさい!」

その物言いは、今までのヴィクトリアよりも、きつく感じられて、エヴァは気を引き締め直して、ヴィクトリアの前に立った。


エヴァは、ヴィクトリアに一礼した。

「王妃様。おめでとうございます。ご立派な王子のご誕生に私も喜びに震えておりますわ。」

それはエヴァの本心。

母になったヴィクトリアに敬意を持っていたし、王子の無事に安堵もした。

人が命を誕生させる事への尊敬が高まっていた。

しかしヴィクトリアは、エヴァをみるなり、相変わらずな冷たい視線を送ってくる。

そんなヴィクトリアからエヴァは思いもよらない言葉を投げ掛けられた。

「あなたは、血も涙もない人ね!」

エヴァは言葉の意味が理解できずに、呆然とした。

すると、ヴィクトリアが続けた。

「これをご覧なさい!」

そう言われ、ヴィクトリアの傍らで眠る、赤子の王子を見た。

ヴィクトリアが赤子の産着をめくると、露になった腕に何か、痣の様なものが浮かんでいた。

それは生まれたての肌には似つかわしくない黒色の痣。

「これは?」

エヴァが問うと、ヴィクトリアは目をつり上げて、怒りを露にした。

「とぼけないで!あなたは私を怨み、占い師に私の子供を呪わせたのでしょう!あなたの国のお抱えの占い師に会いに行ったのはわかっているわ!」

「ヴィクトリア様。お体に触ります。」

ヴィクトリアの興奮した様子に、周りにいた女中の一人がヴィクトリアをなだめる。

「何の事ですの?」

エヴァは状況が掴めずにいた。

「この痣は、悪魔の印。まさかそれが、王子の腕に。」

ヴィクトリアをなだめながら、女中が語る。

よく見ると、王子の腕の痣の形は、暗闇の中で、微笑みを浮かべる何かの顔にも見える。

「帰ってちょうだい!今すぐに!」

女中の腕にしがみつきながら、ヴィクトリアは金切り声をあげ、ベッドの脇にあった水の入ったコップをエヴァに投げつけた。

それはエヴァの肩に当たり、エヴァの顔を濡らして、カランカランと地面に落ちた。

「エヴァ様。帰りましょう。これ以上、産後の方を興奮させてはいけませんわ。」

エヴァはサラにそう言われ、ヴィクトリアの部屋を後にした。


ヴィクトリアの言う、「占い師」とはゲランの事だと分かる。

だが不思議なのは、ゲランに会いに行ったことをなぜヴィクトリアが知っていたのか。

それはエヴァとサラしか知らないはず。

自室に戻り、エヴァはサラに向かい合った。

「サラ、あなたが話したのね。」

エヴァはまっすぐな瞳でサラを見つめた。

「エヴァ様。何を仰いますか!私では…。」

「サラ!」

エヴァがサラに強く問う。

サラは目を泳がせていたが、堪忍したのか、下を向いて言った。

「私は元々、この国…ファルツの人間なのです。」

「あなたはスパイね。」

エヴァのその言葉に、サラは体を強ばらせた。

「いつからなの?」

冷たさを感じ、怒りをも感じさせるエヴァの言葉。

しかし冷静さは忘れていない。

「エヴァ様がお生まれになる少し前からですわ。」

エヴァは目を見張った。

サラはエヴァが一番心を開いていた女中だった。

エヴァが夢をみて泣いたときも、その暖かい胸を貸してくれた。

そのサラが、長い年月エヴァを見守っていたのではなく、エヴァや、父上や母上、エバーグリーンを裏切っていた。

「狙いは何?」

サラは身を震わせ始めた。

「ご勘弁下さい。それだけは、ご勘弁を。」

サラは何かに怯えていた。

エヴァには分からない、何かに。

「ヴィクトリア様に、誤解を解いてちょうだい。私は呪ったりしていない。」

すると震えながら、サラが答えた。

「だって!ヴィクトリア様を嫌っていたでしょう?偉そうだって!それに、ゲランが言ったの!あなたが生まれる前に、予言した時言ったのよ!あなたは深い闇を持ち、呪いの神として生まれる!人々を呪い殺すために生まれてくるって!」

サラはそう叫んで、床に崩れ落ちた。

「あの日、私はあなたが悪夢を見たと言ったから、ゲランの元へ一緒に行った。でもあなたは、悪夢をヴィクトリア様のせいにして、ゲランに呪いをかけさせたのでしょう?それを証拠に、王子は痣を持って生まれてきた。」

被害妄想としか言えない、サラの言葉は止まらない。

そして、サラは上目遣いにエヴァをみて、不気味に笑った。

「あなた以外、いないじゃない!そんな事が出来る人は!何の躊躇もなく、人々を剣で切り裂いてきたあなたは、呪いの神なんだから!」

そう言い放ったサラの目は正気を失っているように見えた。

エヴァは壊れていくサラを見つめた。

それは異様で、無様で、そして悲しい姿だった。


エヴァはサラを置いて、エバーグリーンに戻った。

他の家臣や女中達には、何も言わなかった。

サラの本当の姿のことも、王子の痣のことも、全てを自身の胸にしまいこんだ。

そしてサラが語ったエヴァの出生のことも。


エバーグリーンに戻った翌日、エヴァは一人で占い師、ゲランの元へと向かった。

エヴァが来ることを予言していたのだろう。

ゲランは扉の前でエヴァを出迎えた。

「ようこそ、おいでになりました。エヴァ様。どうぞ。」

そう言うとゲランは家の中へと進んでいった。

エヴァは、ゲランの後をついて、家へと足を踏み入れた。


サラと一緒に来た時のように、ゲランは温かい紅茶をエヴァに差し出した。

エヴァはそれを一口飲み、ゲランに問いかけた。

「どう言うことかしら?」

「ご自分の出生を知られたのでしょう?サラは本当に、強かな女でございます。」

「強かはあなたも同じでしょう?なぜあのような嘘をついたのかしら?」

「嘘ではございません。あなた様は呪いの神でございます。」


ガタン!


エヴァが怒りを露に、立ち上がった。

「ふざけないで!そんな事、お父様もお母様もどんなお気持ちで聞かれたのか!」

ゲランはエヴァを見上げた。

「国王様も王妃様も、私の予言を聞いて、今のあなたの様に、激しく憤ってらっしゃいました。しかし過去に何度も予言を的中させてきた私の力を信じてもおられた。」

エヴァは眉間にシワを寄せる。

「どう言うこと?」

「私は別世界のエヴァ様の事をお話致しました。」

「叶恵の事?」

ゲランは頷く。

「エヴァ様が、悲しい運命を辿った叶恵の生まれ変わりであり、その復讐の為に、生まれ変わってきたのだとお伝え致しました。」

エヴァの中で、叶恵の顔が浮かぶ。


「復讐して欲しいの。」


夢の中で叶恵はそう言って、エヴァと手を合わせた。



「エヴァ様は、叶恵の思いを遂げるために生を受けた。それを証拠に、あなた様は叶恵の気持ちに理解を示しておられる。」

「それは、そうだけど…。」

ゲランに言われた通りで、エヴァは反論できない。

「この運命からは逃れられません。それゆえ、国王様も王妃様も、生涯あなた様の味方になってくれる信頼のおける部下をあなたの世話役として、つけられました。」

エヴァには心当たりがあった。

自分がどんなに勝手をしても、どんなに無茶な事をしても、彼らはいつも見守ってくれていた。

「ネルやジャン。…スパイであったサラ。みんな私が生まれる前から、お父様の側にいた。」

「親と言うのは、どこまでも我が子が愛おしくてなりません。例え世界を敵に回しても、我が子だけは守りたい。そんな思いが、国王様にも王妃様にもおありでした。」

「みんな何もかも知った上で、私に付いてきてくれていたの?」

ゲランはゆっくりと頷く。

「そして、国王様と王妃様が殺されたのも逃れられない運命でございました。」

その言葉にエヴァは、目を見張る。

「お父様とお母様が亡くなられたのは、視察に向かう船が転覆した事による事故ではないの?」

エヴァは幼い頃、ネルからそう聞かされていた。

ゲランはニヤリと笑った。

「違いますよ。ある人物が事故に見せかけ、殺害したのですよ。」

「誰?!誰なの!」

エヴァが詰め寄る。

そしてゲランは手の指を組み言った。

「王妃ヴィクトリア。」

「何ですって?!」

「ヴィクトリアは悦子の生まれ変わり。そしてヴィクトリアには悦子としての記憶が残っております。あなたが叶恵であることも知っている。あなたが怖かったのでしょう。自分に復讐に来るのではないかと。そして、お二人が亡くなれば、まだ13歳のエヴァ様しか残っていないエバーグリーンは崩壊していくだろうと。それによりエヴァ様も生きてはいけなくなるだろうと考えたのです。」


ガタン!


ゲランの言葉にエヴァは、激しい目眩を起こし、その身を床に投げた。

(お父様とお母様が亡くなられたのは、私が原因?)

自分が叶恵であることが、両親を亡くすきっかけとなっていた事実にエヴァは、ショックを受けた。

そしてエヴァは倒れた床の上で上から降ってくる、ゲランの言葉を聞いていた。

意識が遠退きそうなのをエヴァは、ぐっとこらえる。

ゲランは、くっくっくっと笑い言った。

「ここからは、私が予言した範囲を越えてしまう。この先の未来を私は見ることが出来なかった。全てを知るのは、あなた様だけです。くっくっくっ。」


「エヴァ。」

遠くの意識の中で叶恵の声がした。

「国王様と王妃様が亡くなられたのは、あなたのせいではないわ。全ては悦子であるヴィクトリアが保身を図っただけの事。」

その瞬間、意識を完全に失い掛けていたエヴァの瞳に生気が漲った。

(倒れてなんて、いられない!)


グサッ!


「はっ…う…。」


胸を短剣でひとつきされたゲランは、エヴァと入れ替わるように、床に転がった。

立ち上がったエヴァは、ゲランを見下ろす。

「あなたの予言が的中したのはここまで。もうあなたの力は必要ない。」

すると、ゲランは不気味に笑い、最期の言葉を放った。


「悪魔は突然現れます。どうか、お気をつけて。」


そして、ゲランの体は蒼白い炎に包まれた。


「あなたは、魔女だったのね。ゲラン。」


自らの体を燃やしていくゲランを見ながら、エヴァは呟いた。



数日後、エヴァの元に、一通の手紙が届いた。

それは、エトワール国王の捜索に向かったジャンからだった。


「ご報告。エトワール国王、救出。」


その知らせを受け エヴァはジャンに、こう返信した。

「エトワール国王をエバーグリーンに。」


その手紙からさらに数日後、エトワール国王は、変わり果てた姿で、エヴァの前に現れることとなる。


魔女、ゲランが未来を導くことはもうない。

ここからは、呪いの神として生まれ変わってしまった、エヴァの生涯が始まる。


読んで頂き、ありがとうございました。

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