転生
短編です。
気が付いたら河原に居た。足元に丸い石がゴロゴロとしている。
ローヒールのパンプスを履いた自分の足を見つめ歩きにくいだろうなと思う。
左手にスマホを握り締めていた。画面を見ると緊急地震速報の画面が表示されている。
『そうだった。仕事中にデスクの上にでコレが鳴り出しんたんだっけ』
手に取って画面を見ようとしたところまでは覚えている。その後どうして此処に来たのかがわからない。
スマホをポケットにしまって川を見る。ずいぶんと幅の広い川で向こう岸が霞んでいて見えない。水はごうごうと音を立てて流れている。
突然、足元に人が湧いた。たぶん子どもだと思う。子どもっぽい顔つきをしているから。その子は裸で体中にチューブが繋がっている。手足がとても短くてたぶん歩けないのだと思う。河原の石ころの上に仰向けになって寝ていた。
目が合った。そして互いに目をそらすことが出来なくなった。
「えっと、立てる?」
思わずそう声をかけたけど、無理だよね。返事も返って来ない。だって口からもチューブが出ているし、あれは気管チューブとかいうやつかな。人工呼吸器に繋げるヤツ。チューブは口から10センチくらい出ていてその先が切れている。チューブの先に存在するはずの器具はみえない。手足をバタバタさせているけれど苦しそうな様子ではなさそうだ。女の子だ。だって裸だから性別がまるみえだ。
その子は訴えるように私を見つめる。何をしてもらいたいと訴えているのかな?とりあえず私は彼女を胸に抱き上げた。思ったよりもずっと軽かった。チューブも意外と邪魔にならなかった。彼女は短い手で私の肩をテシテシと叩いた。たぶんお礼を言ったんだと思う。
気が付けば河原に立つ人が増えてきた。増えてきたというよりは混雑してきた。次々と人が現れ押されるように川に向かっていく。
『あれ、まずいな。このまま押されると川に落ちるかも。私、仕事で着ていたスーツのままだし、落ちたら泳げないかも』
そんな風に思うけれど不思議なことに不安はない。パンプスで石ころの河原を歩いているのに歩きにくくもない。おかしな感覚だ。
隣にいる男の人が血まみれで『痛い、痛い』と呻いている。気が付けばそういった血まみれの人が大勢いた。
人に押されるようにして川へと近づいてゆく。川岸には小舟があった。その舟に岸の人たちが乗り込んでいる。大抵の人は行儀よく順番に乗り込んでいるようだけど、たまに大声を出したり前の人を押しのけようとする人がいるようだ。そういったお行儀の悪い人を船頭さんはひょいとつまみ上げてはポイポイと川に投げ込んでいる。投げ込まれた人はおぼれている様子もないから泳いで渡ろうとしているらしい。すごいな。
どうやら乗舟するときにお金を払うらしい。前の人が船頭さんに小銭を渡しているのが見えた。
困ったな。お財布は会社のロッカーの中だよ。ポケットの中にはスマホがあるけど。電子マネーで支払えるかな?
私の順番が来たので船頭さんに尋ねてみると黙って黒い板を差し出してきた。
「それじゃ、この子と二人分お願いします」
黒い板にスマホをかざすと電子音がした。無事支払いができたようだ。胸に抱えた子が短い手でテシテシと私の肩を叩く。たぶんありがとうと言っている。
小舟に乗って船頭さんの指し示す位置に座る。一緒に乗っているのは五人くらいか。白い着物を着ている人やパジャマの人だ。スーツを着ているのは私だけ。もっとも私の抱えている子どもは裸だけれど。
小舟は滑るように川を渡ってゆく。川の水はごうごうと大きな音を立てて流れているのに小舟は全く揺れない。船頭さんの腕が良いのだろう。しばらくすると向こう岸が見えてきた。向こう岸にはお花畑があるような気がしたけれど違った。向こう岸も石ころの河原だった。
小舟から降りて船頭さんにお礼を言った。胸に抱いていた子もバイバイと手を振っている。一緒に降りた人たちも丁寧に頭を下げていた。船頭さんは軽く頷いて向こう岸へ戻っていった。
さてこれからどうしようかと思っていると
「服を脱いで裸になったら列にお並び」
と言われた。とても年を取ったお婆さんが私に話しかけたのだ。
「その子も裸になるんだよ。わかったね」
そう言ってどこかに行ってしまった。
「私はともかく、あなたは既に裸よね」
胸に抱えた子どもに向かってそう言うとテシテシと短い手で肩が叩かれる
《チューブもはずす》
なぜかこの子のテシテシの意味が分かるようになった
「自分でできる?」
テシテシ《無理。お願い外して》
「分かった。やってみるね。痛くしないようにしようと思うけどうまくできなかったらごめんね」
テシテシ《大丈夫、きっと痛くない》
私は石ころの河原に子どもをそっと降ろした。子どもは仰向けになって大人しくしている。
「まずは何処からにしようかな。腕からにする?」
短い手がテシテシと河原の石を叩く《うん。お願い》
腕のチューブは絆創膏で固定されていたから、それを少しずつ剥す。絆創膏をはがし終わるとチューブも一緒に取れてしまった。先に針がついていたから点滴のチューブだったのかな?
「痛くない?」
テシテシ《痛くなかったよ》
次に鼻に入っていたものを引き抜く。これも絆創膏で固定されている。絆創膏をはがしてから静かに管を抜く。なんだかずいぶん長い管が出てきてびっくりした。次に口の中のやつ。これも太くて長い管だね。お腹にあった管も抜き、最後におしっこの袋の付いた管を股間から引き抜いた。どれを引き抜くのも怖かったけれど最後のが一番怖かった。子どもの体から血が出ていないのを確認してホッとする。そして理解した。
テシテシ《死んじゃったからね。もう体がないんだ。だから痛くない》
「そうだね。私も今理解できた。ちょっと待てて、私も裸になるよ」
パンプスを脱いできちんとそろえスーツを脱いで畳む。スカートもストッキングも脱ぎ畳んで重ねていく。ブラウスを脱いで畳みブラジャーもパンツも脱いだ。髪留めを外して畳んだ服の上に置いた。スマホを髪留めの横に置いて、全部外したかな。体をさわって確認すると眼鏡をはずし忘れていた。これも外してスマホの上に置く。
子どもを抱き上げ列に向かう。
テシテシ《おねえさんが一緒でよかった》
「私もあなたがいて良かった。一人では心細かったと思うもの」
川の向こう側では痛いと呻いていた人が多かったけれど、こちら側では皆大人しい。大方が理解できたのだろうと思う。白くてフワフワした存在になっている。血だらけの人もいなくなった。
白い人たちが一列になっている。私も子どもを抱えたまま列の最後に連なる。直に後ろも長い列になった。私たちは一列になって少しずつ前に進んでいく。ゆっくりと穏やかに。
突然突き飛ばされた。私は子どもを抱えたまま河原に転がってしまった。見れば黒い服を着た人が私を突き飛ばして列に割り込んできたらしい。
「ちんたらしていないでさっさと進め!こんな場所で立ちっぱなしでいられるか!」
黒い服の人は大声で怒鳴っていた。列に並んでいる人たちは皆驚いている。私だってビックリだ。
そこへ体格の良い赤い人がやってきた。頭に角がある。たぶん鬼だと思う。
鬼は黒い服の人の首根っこを掴んで列から引きずり出した。そして持っていた棒でボコボコと叩いている。黒い服の人は大声を上げて抵抗している
「私を誰だと思っている!そんなことをしてただで済むと思うなよ!」
ボコボコに叩かれているのにすごく元気だ。首根っこを掴まれたまま暴れている。
鬼は男を叩きながら引きずってどこかへ連れて行ってしまった。
私は倒れたまま唖然として見ていたけれど、列に並ばなければと思い出して立ち上がった。抱えていた子どもを放り出さなくて良かったなと思う。
ところで私が並んでいた場所は何処だっけ?誰の後ろにいたのか分からなくなってしまった。
「仕方ない。また最後尾までいこう」
テシテシ《急ぐわけじゃないからね》
私たちは微笑み合って列の最後尾に向かって歩き出す。
数歩歩いたところで声がかかる
『お待ちなさい』
振り返ると真っ白い人がフワフワと浮かんでいた。白いというよりは光って眩しい人というのが正しいかもしれない。
『あなた方の浄化は充分です。生まれ変わることができますよ』
私は胸に抱いた子どもの顔を見つめる。
テシテシ《一緒に居たいよ》
私も同じ気持ちだったから何度も頷いた。
『この場所で出会ったのならば深い縁があったのでしょう。一緒に生まれなさい』
すると私たちはふわりと浮きあがった。そして何かに引っ張られてどこかに向かってゆく。そしてトプンと何かの中に落っこちた。
テシテシ《ここにいるよ》
すぐ隣にあの子がいるのが分かった。私も頭をぐりぐり動かして存在を主張する
《私もここにいる》
暗くて暖かくて穏やかな場所で、私たちはお互いを確認しながら静かに漂っていた。
輪廻転生ってこんな感じですよね?
つたない文章ですがお読みいただきありがとうございました。




