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ひつじ彼女  作者: 白河律
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     3


 「――天使さんが言う所によれば、自然の中で命が食物連鎖をするように、ひとの魂も連鎖するそうなんです。でも最近は困っているんですって、ひとの数が増えているけれどその分、魂も不足しがちならしくて」

 「そうなんだね」

 お昼ご飯の焼きそばパンを食べ終えた後、コ―ヒ―を飲む片手間に美浜さんの話を聞く。

 初めて出会った日から、美浜さんと昼休みを屋上で過ごす事が多くなった。

 クラスの男子からは、羨ましいだの、付き合っているのか、とか言われるが特に心ときめく事はない。

 「だから未練を持っていて上手く連鎖できない魂に対して、一時的に体を与えて蘇らせて、その未練を晴らさせて回収するんだそうです」

 ……美浜さんはたまにこんな不思議な話をする、羊の姿で。

 そんなんで、心ときめく方が不思議だ。

 他の男子が見れば、小柄で童顔で可愛らしく巨乳らしい美浜さんも僕には所詮、羊の姿にしか見えないからだ。

 「……時雨さん、私の話を聞いています?」

 「そうだね」

 コ―ヒ―を啜る。少し苦い。

 「……聞いていませんね」

 「いや、ごめん。どう返したらいいものか分からなくて。その〝天使さん〟っていうのは美浜さんが、羊の姿になってからの恩人なんだっけ?」

 「そうなんです!私が羊の姿になってから、住居や学校の事とか色々と手配してくれたんです!銀髪で、背中から小さい羽根の生えた女の子で、天使みたいに可愛らしい子なんですよ!」

 「はあ……」

 もう、ため息みたいな相槌しかできない。

 これまで美浜さんから聞いた話によれば、その〝天使さん〟が美浜さんが羊の姿になってから、世話を焼いてくれた人なんだそうだ。

 ちなみに本名は、BK201というらしい。

 ……本当に天使なのかね、その人。話の内容からしても、どっちかと言えば、死神なのではないかと思ってしまう。

 本当に美浜さんの話は、不思議で満ちていた。

 いや美浜さんの事だけでも、不思議な事なんてもう山ほど起こっているから、否定しようもないのだが。

 「でも、あれだね……ふと、美浜さんの話を聞いていて思ったんだけど」

 「なんですか?」

 「人って死んでも案外、自由になれないものなんだと思った。自分の命とか、魂くらいは自分の自由に……というか好きにしてよさそうな気がするんだけど、そうじゃないんだなって」

 そう、それはどこか気味が悪い。

 「でも……天使さんはいい子なんです。それに私は、そのお陰で時雨さんと会う事も出来たし……」

 美浜さんが俯いて、話す声は徐々に小さくなっていく。


 「私が……本当に〝話す〟事が出来たと思えたのは、あなたが……初めてだったから……」


 羊の顔でありながら、その表情は暗く曇っているように見えた。

 なんでだろうか。ふとその時、姉さんの事を思い出したのは。

 殺されてしまう少し前に話した時、一瞬だけ思い詰めた表情をした瞬間を。

 あの時、姉さんは何も言わなかったけれど、殺されてしまうまで男と不仲だなんて一言も漏らさなかったけれど、本当は何かを言いたかったんだと思う。


 ――僕はまだ知らない。何故、美浜ひつじが羊の姿になってしまったのかを。


 彼女は、まだ僕に何も言わない。

 けれど、このままの雰囲気ではいたくてなくてこう言った。

 「美浜さん、放課後って空いてる?」

 「えっと……はい、空いてはいますけど……」

 僕の様子を伺うようにして、美浜さんは顔を上げる。

 「一緒に駅前のクレ―プ屋さんに行かない?美味しいお店があるんだけど、久しぶりに食べたくなったから」

 「あ、はい……行きます。是非とも、一緒に行かせてください!」

 羊ながら美浜さんの目が輝く。

 「でも……もしかして、これってデ―トになるんじゃ……」

 「何か言った?」

 美浜さんがまた何か呟いたみたいだが、聞こえなかった。

 「何でもないですよ……!」

 顔を真っ赤にして、美浜さんは叫んだ。


     ◇


 約束した通りに、放課後には駅前のクレ―プ屋に来ていた。

 評判の店である事と、時間帯も相まって多くの学生や子供、親子が並んでいた。美浜さんとふたり(ひとりと一匹ともいうかもしれない)で並んで待つ。

 注文を終えた後、それぞれが頼んだクレ―プを受け取る。

 美浜さんがクリ―ムとイチゴのトッピングで、僕がバナナだ。


 「――世界の平和と、日々の糧に感謝します」


 いつも昼食を食べる時と同じように美浜さんは、祈りの言葉を唱える。

 「美浜さんは、神様を信じているのかな?いつもお祈りをするみたいだけど」

 気になって聞いてみた。

 「あの、これは……」

 答えようとして、美浜さんは言い淀んだ。


 「……いえ、私の家の習慣だったんです。ずっとしてきた事なので、なかなか抜けなくって。神様を信じているかとかは、関係無くて……」


 そう言ってクレ―プを一口齧る。さっき屋上で浮かべたような曇った表情で。

 その顔を見て、僕は失敗したなと思った。そんな顔を見たくなくて、この場所に連れてきたというのに。だから、誤魔化すようにして言った。

 「美浜さん、クレ―プ美味しい?良かったら僕のも一口、食べてみる?」

 「……いいんですか?」

 思い詰めていても、クレ―プそのものは美味しかったようで、そう尋ねてくる。僕は頷く。

 「でも……どうやって食べたらいいんでしょうか?片手でも放したら…クレ―プが零れてしまいそうです……」

 美浜さんの言う通りだった。羊の体の前足で(驚異的な事ではあるが、今の彼女は二本の足で立っている)クレ―プを持っているのだが、口を付け始めたそれは形が崩れて容易に零れそうになっていた。

 「じゃあ、こうしようか。はい、あ―ん」

 僕は自分のクレ―プを一口千切って、彼女の口元に運ぶ。

 「え―と、ひ、人前でするんですか……?」

 彼女が顔を赤らめて、周囲を見渡す。

 ああ、そうか。周りには美浜さんは羊ではなく、女の子に見えているんだっけ。評判のクレ―プ屋の前とかいう公衆の面前で、あ―んをしている学生服の男女か。

 お天道様の下で堂々とイチャついてんじゃねえぞ、ゴラァ!とか心の中で言いたくなるか、自分なら。

 周囲を見ると、心なしか注目されている気がした。それでも視線に堪えて続ける事にした。

 「あ―ん」

 「うわわわわ……ほ、本当にしちゃうんですね…なら、私も耐えます!あ―ん!」

 美浜さんが、クレ―プを食べる。

 うん。これは、なかなかはずかちい。

 「どう、美味しい?」

 「美味しいですけど……恥ずかしいです……!」

 「同感」

 そうして、僕らは笑いあった。



 僕と羊の姿をした奇妙な彼女の穏やかな時間は続く。

 ゆるやかな風の中を歩くように。

 その日々が、ずっと姉さんの事ばかりを思い続けてきた僕には酷く新鮮に、けれど懐かしくも思えたんだ。


 ――僕が姉さんを強く慕うようになったのは、本当はそんな穏やかな日々の中の事ではなかったんだろうか。


 忘れていた事と、忘れられない事。望んでいた事と、望まなかった筈の事。

 クルクルと――狂々と回る日々の中で、コワレテしまってから出会った僕らの日々は、やはり静かに崩壊しようとしていた。

 散りゆく桜の花びらのように。


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