鬼マネージャー
イマックスさんとのサシ飲みの翌々日、チェキ券を握りしめてなゆちの前に立った湊人に、なゆちは開口一番、
「みなと、何か収穫はあった!?」
と大声で訊ねてきた。
なゆちのヲタクはあまりいない。とはいえ、物販に全く人がいないわけではない。
湊人は、人差し指を立て、「シーっ」となゆちを注意すると、大きく首を横に振った。
「全然ダメ。ひな同様、イマックスさんも自殺の理由について全然心当たりないみたい」
「うーん……とすると、他殺かな?」
「その可能性もあるけど、それについても特に手がかりがあるわけじゃないんだよね」
なゆちが右手の親指を下向きに伸ばし、その他の指を軽く丸める。半分ハートの形である。そのことに気付いた湊人は、左手で同じく半分ハートの形を作ると、なゆちの指先に自分の指先を合わせ、完全ハートの形を作る。
パシャっという音がして、フラッシュが焚かれる。
これでハートチェキの完成である。チェキを撮影したなゆちのマネージャーは、まだ画像が浮かび上がっていない、でき立てほやほやのチェキをなゆちに手渡す。
「……やっぱりマネージャーかな?」
「え?」
湊人は、今チェキを撮ってくれたなゆちのマネージャーに目線を遣る。
「違う。私のマネージャーじゃなくて、いつきのマネージャー」
「ああ、哲平さん」
「そうそう」
いつきのマネージャーは、30代くらいの背の高い男性で、「哲平」と呼ばれている。
「哲平さんがどうしたの?」
「もしかしたらいつきを殺したのかもしれない」
「え!!?」
今度は、なゆちが人差し指を立てて、「シーっ」と湊人を注意した。
「突然大声出さないでよね」
「いや、だって、なゆちが驚くようなことを言うから」
「別に根拠があるわけじゃないよ。ただ、哲平さん、よくいつきに怒ってたから」
「たしかに……」
哲平さんがいつきを怒っている場面は、湊人も何度か見ている。物販中に何かと些細な理由でいつきを怒鳴っていたのだ。
「でも、なんというか、哲平さんは、性格が細かいというか、厳しい人だから、それでいつきによく注意をしていたのであって、別にいつきのことが嫌いだから怒ってた、とか、そういうわけじゃないんじゃないかな?」
「だけど、結構怒り方が異常だった気がする。いつだったけ。たしかみなともいたときだと思う」
「ああ。分かる。たしか初台のライブハウスで、いつきが物販に遅刻したときでしょ?」
「そうそう! それ!!」
もう1年以上も前の出来事だったと思うが、その場面は鮮明に覚えているから、よほど印象的な出来事だったのだろう。細かい事情は分からないが、哲平さんが、いつきに対して「遅刻するんじゃねえよ!! てめえ、プロだろ!? やる気ねえんだったら帰れよ!!」等々、まるで部活の鬼コーチの如く、いつきを叱りつけていたのだ。あの光景はたしかに異常であった。
いつきは泣きながら、ただただ平謝りしていた。
「いつき、真面目なタイプなのにね。あんなに怒られて可哀想だな、って思った」
「仮に哲平さんがなゆちのマネージャーだったら、毎日怒鳴られるだろうね」
なゆちが、テヘッと舌を出す。なゆちは遅刻の常習犯であるし、その他のルールについてもあまり気にしていない節がある。
現に今も、チェキサインの時間は1分であるというルールを破り、そもそもペンすら持たず、延々と湊人と喋り続けているのである。
「哲平さん、怒ると人格変わるから、勢いでいつきを殺してもおかしくないんじゃない?」
「うーん、そういうものなのかな……」
日頃怒られてストレスを溜めているのはいつきの方であるから、いつきが哲平さんを殺す、というのなら分からなくはないが、その逆はあまりしっくり来ない。
「なゆち、時間。早くして」
いくらなゆちのマネージャーが、哲平さんと比べて温厚な性格だとはいえ、ここまでダラダラと湊人と話し続けていることは看過できなかったようだ。
なゆちは注意されるやいなや、まだサインの書かれていないチェキを湊人に渡した。
そして、
「私の方は若干の収穫があるから、ライブハウスの入り口で待っててね」
と言って、微笑んだ。
出待ちを要求するアイドルなど前代未聞だが、状況が状況なので、湊人も進んで「ルール」を破ることにした。