いつの日か
サラッとお読みください
「……よし、これでいい」
私はこの売春宿の一番の売れ筋のルナ。両親の商売が上手くいかず、借金の形として売られてこの売春宿へと八歳で来た。成人である十五からは客を取らせられ、一晩、偽りの愛を囁く。
煙管をふかしながら両親への手紙を書き終え、引き出しにしまう。返事は一度も帰ってきたことは無いが、時折両親からプレゼントが届く。
私は別に両親を恨んだりはしていない。寧ろ、私が売られる事で商売が立ち直るのなら、喜んで身を差し出すだろう。年季があけたら真っ先に両親に会いに行くつもりだ。
そして、私は今宵も一夜限りの恋を売る。
今日は常連客のレオノール様の予定が入っている。はっきりレオノール様は謎だ。レオノール様は私に執着する。獣のように私を抱き、気が失うまで付き合わされる。
レオノール様は知らない人がいないほどの金貸しだ。先代から跡を継ぎ金貸しで儲けている。跡を継いだ最初の頃は取り立てが酷かったそうだが、今は穏便に事を進めているらしい。
今宵も仕事が終わり、水を飲もうと下に降りると売春宿のオーナーとレオノール様が何か話していた。少し開いた扉から声が聞こえる。
「ルナを身請けしたいって……アンタ、自分のした事が分かっているのか?」
「分かっている……それでも俺はルナが欲しい」
「なら条件がある。お前がしたことをルナに正直に話したうえでルナが身請けを望むなら、ルナをアンタにやろう」
「……分かった」
私は音を立てないように部屋へ戻る。なんの話だ?レオノール様は私に何かしたのだろうか。だが、身に覚えがない。
するとノックの音が聞こえ、扉を開けるとレオノール様が立っていた。
「お待ちしていました、レオノール様。……どうかなさいました?そんな思い詰めた表情で」
レオノール様は無言でベッドの縁へと座り、思い詰めた表情で口を開けたり、閉めたりしている。
私はレオノール様の横に座りレオノール様が話し出すのを待ってみた。きっと、何か言いづらい事なのだろう。レオノール様は私の机を見て俯き加減に聞いてくる。
「お前はまだ両親に手紙を書いてるんだな」
「何故それをレオノール様が知っているんですか?」
「……お前が両親に書いた手紙は、全て俺が預かっている……お前の両親は……もういない」
「え……?どういう意味でしょう……」
私は何を言われたのか一瞬分からなかった。両親はもういない?何故、どうして?
「最初俺がこの仕事に継いだ時、荒い取り立てをしていたのは知っているな?お前の両親に金を貸したのは俺だ。そして、お前の両親に金を貸して取り立てで追い詰め、お前の両親は心中した……」
「嘘よ!!だって、両親から定期的にプレゼントが届いて……」
「全部俺がした事だ。お前があの両親の娘だと気付いたのは出しっぱなしにしていた手紙で、知った。それから俺はお前に何も言えず、唯、両親の代わりに贈り物をする事しか出来なかった……」
「……って……出て行って!!もう二度と顔を見せないで!!」
レオノール様を突き放し、手当たり次第物を投げる。私は両親を死に追い詰めた男に抱かれ続けていたのだ。なんと滑稽な話だろう。届かない手紙を書き続けていたなんて。
私は泣きながら嗤う。もう、何でも良い。もう、私が男に抱かれる理由などない。レオノール様が出て行った後、私は床に座り込み、ベッドに頭を預ける。溢れる涙がシーツに染み込み濡らす。
それからの私は廃人のように一日を過ごす。夜にはレオノール様が毎日の様に来る。廃人のように過ごす私を唯見つめ、何かを話し掛けてくる。
そして朝日が昇る前に帰っていく。そんな夜が続き、私は現実から逃げるように、レオノール様に抱いてくれと頼んだ。
快楽に身を任せ、全て黒に飲み込まれてしまえばい。そうすれば両親の笑った顔が消える。
そんな夜が三ヶ月続いた時、月のものが来ていないのに気付いた。憎い男の子供が私のお腹にいる。私は呆然とし、レオノール様が来る前に売春宿から逃げ出す。行く当てもないのに、私は走る。走り続けて、森の奥へと入り込み大きな湖へと着いた。
私は吸い込まれるように湖にゆっくりと足を進め、水がお腹まで浸かった時に、お腹にいる子供の安否を気にしてしまった。死にたい、だけどお腹の子供は何も悪くない。私と一緒に死なせたくない。
その時レオノール様が焦った表情で湖に入ってくる。私は逃げる様に再び足を進めた。そして、一気に湖の深さが変わり、水の底へと沈んでゆく。
(ごめんね、こんなお母さんで。あなたも生まれるなら違うお母さんが良かっただろうに)
沈んでゆく私をレオノール様が力強く引っ張り、水面に引き上げる。
「頼む!!死ぬな!!殺すなら俺にしろ!!お前には俺を殺す理由がある!!」
「……何度も思いました!!貴方を殺そうと何度も思いました!!でも、出来なかった!!死のうとしても、お腹にいる子供は死なせたくないと思ってしまった!!私はもう、どうしたらいいの!?」
「腹に子がいるのか!?湖からあがるぞ!!体を温めないと!!」
体を持ち上げられ、壊れ物を扱う様に地面に下されてレオノール様は火を急いでおこす。
「頼むルナ……子供がいるなら余計に身請けを受けてくれ」
「……何故、私に拘るのですか。両親が生きてる様に装ったり、罪悪感ですか……?」
「最初は後悔と罪悪感からだった。だが、お前を知れば知る程、愛しくて、そばにいて欲しくて、だが俺にはそんな資格がない事も分かっていたのに……俺はお前を手離せないんだ、、諦めきれないないんだ……」
泣きながら私に縋るレオノール様は、私の知っている獣の様な人じゃない。ただ、愛しいと泣き叫ぶ子供の様だ。私はレオノール様の頭を私の膝に引っ張り、耳をお腹に当てさせる。
「……私はこの子を産みます。貴方を愛せるかは分かりませんが、この子を私は愛します。だから身請けの話、お受けします」
私は涙を流しながら不格好に微笑む。レオノール様を私は許せないだろう。でも、いつか許せる日が来たらいいと思ってしまう自分もいた。